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運輸省航空局長参議院衆議院
総発言数
2,019
直近の所属会派
直近の役職
運輸省航空局長
直近の発言日
1976/08/05

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 運輸委員会38 件・38%
  • 決算委員会38 件・38%
  • 交通安全対策特別委員会13 件・13%
  • 地方行政委員会8 件・8%
  • 航空機輸入に関する調査特別委員会3 件・3%

※ 全 2,019 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,019 20 を表示
運輸省航空局次長1976/08/05

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第20号

○松本説明員 大変申しわけございませんが、いま先生お読み上げの資料をちょっと私、記憶にございませんので、申しわけございません。

運輸省航空局次長1976/08/05

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第20号

○松本説明員 日本航空機製造株式会社は、御案内のように、航空機のメーカーでございますので、したがって運輸省の所管に属する企業でございません。また、この会社がYS11を売却または売却できない場合にリースパーチェスの形あるいはリースの形で相当数外国航空企業に売りさばいたということは、常識として承知はいたしておりますけれども、個々の案件については、前段申し上げたようなしさいでございまして、私どもは承知しておりません。

運輸省航空局次長1976/08/04

77参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第20号

○説明員(松本操君) 運輸省の方から先にお答え申し上げます。 先生御質問の中にいろいろな要素がまじっておりますので、分けて御説明申し上げたいと存じますが、まず第一に、鹿児島の新空港の建設の経緯、その時点における運輸省の空港建設に対する基本的な考え方がどのようであったかというところを冒頭御説明を申し上げたいと存じますが、御案内のように、昭和四十二年から昭和四十六年度へかけての第一次空港整備五カ年計画、こういうものが当時考えられておりました…

運輸省航空局次長1976/08/04

77参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第20号

○説明員(松本操君) そこで、あと簡単に結論が出てまいるわけでございますが、熊本におきまして、まず四十四年の暮れに、将来大型機が入りました場合に、現在の位置にターミナルビルをつくっておきますと、非常に大型機はしっぽが高うございますので——当時ボーイング747のしっぽの高さを想定しております。このしっぽが高いものですから、転移表面に引っかかって飛行機が入れられなくなる。ターミナルビルの移設などということは将来できることではございませんので…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 お答え申し上げます。 まず、航空機の価格を何をもって押さえるかというのが、実は簡単なようでややこしい問題でございまして、したがいまして、私どもが航空機一機当たりの一番確実な価格として押さえるべきものは全日空としての帳簿価格、これをもって押さえるのが一機一機の価格としては一番確実な価格ではなかろうか、こういうふうに思います。 しかし、それでは今度は、いま先生御指摘のディスカウント、値引きを一体どういうふうにやったのかというふ…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 私ども、最初は有価証券報告書をもって調べておったわけでございます。ところが、四十五年、四十六年あたりのところで一つの段落が出ているではないか、こういうお話もございましたので、したがいまして、全日空が持っております大株主の名簿について、四十五年の時点で小佐野賢治がどのような状態にあったか、これはいま申し上げましたように、小佐野氏は十万四千株、二十八位、〇・五六%、こういうことであった。それが四十六年においては、先ほど来何度も…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 御指摘ではございますが、四十五年についていま申し上げました数字でございまして、それ以前は、実は私どもとしては、小佐野賢治氏の名前において承知をしていないわけで、国際興業というのが昔、四十一年ごろでございましょうか、一%にも満たない数字、〇・八六でございますか、あったという話を承知をしておるわけでございますが、小佐野賢治氏という名前になって出てきているのは、私どもが承知しておりますのは四十五年以降、二十八位、〇・五六%から始…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 お答えいたします。 いま先生おっしゃいましたように、騒音対策というものが、空港整備の外部不経済的な事態を通り越して当然内部経済に取り組まなければならない、こういう時点に立ち至ってまいりました。そこで、長期的に見て空港整備を一体どのようにしたらよろしいのか、こういうことについての長期的な計画を諮問するという形で、四十九年の四月に私どもは航空審議会に諮問をまず出したわけでございます。その諮問の過程においていろいろと議論をしてま…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 私、正確に記憶がございませんが、ジェット料金というものが出てまいりました基本は、「航空機騒音対策のための新規財源措置について」と申します航空審議会の答申が基本になっておりますので、これに対する解説的なものは、あるいは部内資料として、あるいは航空審議会に対する説明資料といったようなもので当然つくっておると思いますけれども、部外に出すような資料としては、私ちょっと記憶にございません。

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 いま先生が前段の方でお読み上げになりました資料を私、手元に持っておりませんので、それに明快に直截的な御返事を申し上げかねる点があるのでございますが、考え方といたしまして、航空審議会の答申の出てまいりますまでの段階においていろいろな議論があったことは事実でございます。それは、おっしゃるように、非常にたくさんの騒音対策費を必要とする特定の空港については高くするとか、あるいはほとんど問題のないような空港はむしろ安くするとか、そう…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 先ほど私お答えの中で、答申が出た後でいろいろと変えたことはないはずでございますとお答え申し上げましたが、ただいま拝見いたしましたところによりますと、五十年の二月ごろの内部のいろいろな議論の資料のようでございます。したがいまして、おっしゃいますように、航空審議会の財政小委員会にこれが出されたのか、出す前に私どもの中で議論しておった資料か、ちょっと私、明快な記憶がございませんけれども、いま御指摘のありました、およそ航空審議会に…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 まず第一に、先生いまいろいろ御試算になったそういう数字で計算すれば、あるいはおっしゃるようなことであるのかもしれませんけれども、先ほど来御説明申し上げておりますように、五十年の初めのころに実はいろいろな案があったことは確かでございまして、その中には、いま先生が御指摘のような、特定の空港について特別高く取るとか、あるいは重量比をうんと減らして騒音比によってうんと高く取るとか、いろいろな案が出たり消えたりしておったことは事実で…

運輸省航空局次長1976/07/22

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第17号

○松本説明員 まず第一に御理解願いたいと存じますことは、告示が出ましたのが五十年の八月でございますので、告示案というような形で議論された資料ではあるようでございますけれども、その時点で、答申ももらわずに告示の出せるはずもございませんし、告示案という、その形をとったのがいかがであったかというふうにむしろ私は思うわけでございまして、答申ができて、告示の案として固まったものが途中でひっくり返ったということではございませんので、この点はぜひ御理…

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 いま先生おっしゃいましたような御質問がございましたので、当時、航空局といたしまして三井物産に対しそのような事実があるのかどうかということを調査したようでございます。その結果、三井物産からの回答といたしましては、そのようなことは承知していない、こういう回答がございまして、それをもって私どもの方は一応調査を打ち切っておる、こういうのが実情でございます。

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 お答えいたします。 先生御案内のように、私ども昭和四十二年を初年度といたしまして第一次の空港整備五カ年計画をスタートしたわけでございますが、この時点においては空港特会というものがなかったわけでございまして、これは一般会計の中で何がしかの金を将来に対して先づけをする、こういう形でスタートをしたわけでございます。しかしながら、一般会計の中において融通できます額というものはおのずから限られておりますので、したがって、これはやはり…

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 ただいまの御質問のうち、航空五社がどの程度の分担をそれぞれしているかという点については、実は私いま資料を持っておりませんので御容赦願いたいのでございますが、五十一年度予算の例で申し上げますならば、空港整備特別会計の収入と申しますか、全規模が一千億ちょっとでございますが、その一千億ちょっとの中で特別会計の純正自己財源といわれますもの、つまりこれは空港使用料収入、その中身は着陸料、それから航行援助施設利用料、それから特別着陸料…

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 昭和四十九年の四月二十日であったと記憶しております。

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 日台路線の復活によりまして、日本アジア航空が東京−台北の運航を開始いたしましたのは五十年の九月十五日でございます。

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 先生御承知のように、四十七年七月一日の示達というものは具体的なありようを書いてあるわけでございまして、基本的な物の考え方は四十五年十一月の閣議了解でございます。その閣議了解の中の国際線の関連につきましては、先ほど大臣が御答弁申し上げたような次第になっておるわけでございますが、これにつきまして先生御質問の日台の問題が出てまいりましたときに、これをどうするのかということをいろいろと議論する方があったことは事実でございます。しか…

運輸省航空局次長1976/07/15

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第15号

○松本説明員 四十七年十月三十日にトライスターに決めたという報告は大臣あてにございました。当時の大臣は佐々木秀世大臣であったと思います。