P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
防衛庁人事教育局長衆議院参議院
総発言数
633 件
直近の所属会派
—
直近の役職
防衛庁人事教育局長
直近の発言日
1967/12/15

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 内閣委員会44 件・44%
  • 法務委員会27 件・27%
  • 予算委員会第二分科会17 件・17%
  • 決算委員会8 件・8%
  • 予算委員会2 件・2%
  • 予算委員会第一分科会1 件・1%

※ 全 633 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

633 件中 20 件を表示
防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 一つ陸士長でなくなられた場合の例をとって申し上げたいと思います。二十歳で陸士長の一号の給与をもらっておって殉職された人でございますと、遺族補償一時金が七十七万六千円でございます。それから葬祭補償が四万六千五百六十円、それから退官退職手当は公務員法による死亡でありますので、増額されるわけであります。六万五千五百二十円、これを合計いたしまして八十八万八千八十円です。それから、賞じゅつ金を支給するような事由にちょうど該当する場…

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 現在の国の制度といたしまして、国家公務員災害補償法あるいは共済組合法のたてまえから申しますと、先ほど申し上げた程度の金額しか実は支給ができないわけでございます。昨年国家公務員災害補償法ができまして、扶養すべき家族、扶養しておった家族がおりますものにつきましては年金制度ができまして、だいぶ改善されたわけでございますが、先ほど申しましたように、独身の若い隊員は、その収入なり給与によって生計を維持しておった遺族もないわけでござ…

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 お答えいたします。 昭和四十二年十月末現在でございますが、自衛官の充足率は、陸上自衛隊が八九・四%、海上自衛隊が九三・一%、航空自衛隊が九四・二%、自衛官全体の充足率は九〇・七%でございます。なお、われわれといたしましては、自衛官の募集につきまして、募集目標を掲げてやってきておるわけでございますが、この目標の達成率は今日まで一〇〇%に達しておる、こういうことになっております。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 私、現在資料を持ち合わせておりませんので……。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 募集の場合に非常に無理をして隊員をとっているという点もあり、したがいまして、中には隊内の規律ある生活になじまない、そこから逃避したいということで抜け出ている者もあるんじゃないかという感じがいたします。その他、また健康上の理由あるいは個人的な理由があるかもしれませんが、先ほど申しましたように、そうした事由別の数字を本日は持ち合わせておりませんので、後ほどまた御説明さしていただきます。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 事実問題についてだけ私からお答えいたします。 ただいま先生から花輪について出していないというお話がありましたが、この献花用の花輪につきましては国費で出されております。それから参列者の遺族の旅費につきましては、防衛庁が監督しております防衛弘済会というのがございますが、この中に共助部がございます。この中から金を負担しております。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 従来、この遺族の問題につきましては、各幕僚監部が主体になってやってこられました。したがいまして、内局のほうにおきましては、その実情把握というものは必ずしも十分でなかった、こう考えております。したがいまして、今後それぞれの幕僚監部を通じまして、八百数十柱の遺族の現況というものにつきまして、もう少し具体的な実情把握をいたしまして、今後の施策の資料にいたしたい、こういうふうに考えております。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 ただいまの御質問の航空機の事故の件数、昭和二十九年七月一日、すなわち、自衛隊発足以来の数を申し上げます。四十二年十一月一日現在で二百六十六件、航空機は二百八十五機、殉職者を二百五十五名出しております。昭和二十九年七月一日から昭和四十二年十一月一日までの統計でございます。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 先ほど申し上げました数字は、陸海空全部を含めての機数でございます。したがって、三分の一以下であると思います。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 先ほど三分の一以下と申しましたが、三分の一に足らないという意味で申し上げたので、その点……。

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 先生御承知のように、防衛庁の参事官は、各省の参事官とちょっと趣を異にいたしまして、防衛庁の設置法にありますように、防衛庁の基本的な施策に関して大臣を補佐する立場にあるわけです。この参事官の、各局長大部分がその地位を占めております。また、この局長を補佐する者として課長、それからいまお話しの部員があるわけでございます。防衛庁の内局は、いわゆる大臣が陸海空の自衛隊を政策統制すると申しますか、いわゆるシビリアン・コントロールをす…

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 先ほどお答えいたしましたように、大臣が防衛庁を管理するにあたりまして、その政策的な面について補佐する立場にあるわけでございますから、第一線に行って一緒に演習をやるというようなことを本来の任務といたしておるわけではございません。しかし、有事の場合においていつでも即応する体制というものは、大臣を補佐する立場として常に持っておらなければならないわけでございます。この有事即応、常時勤務体制の立場から考え出したところの給与体系でご…

防衛庁人事局長1967/12/15

第57回 衆議院 内閣委員会 第2号

○麻生政府委員 管理監督の責任にある者に対しましては管理職手当を、一般職よりは率が低いのでありますが、支給しております。

防衛庁人事局長1967/11/07

第56回 衆議院 内閣委員会 第6号

○麻生説明員 ただいま御質問の自衛隊内におきます。特に人事上のことについてのお話だと思いますが、規律違反事故の状況につきましては、それぞれ事故が発生いたしました場合においては即刻中央に報告させるようにしております。そしてそれに基づきまして毎年統計をとっておるわけでありますが、概略な点というお話がございましたので、規律違反の最近における趨勢について申し上げます。 昭和三十八年から申し上げますと、発生率は千人に対しまして、陸、海、空合わせま…

防衛庁人事局長1967/11/07

第56回 衆議院 内閣委員会 第6号

○麻生説明員 ただいま申しましたのは規律違反全体についてでございます。

防衛庁人事局長1967/10/25

第56回 参議院 決算委員会 閉会後第3号

○説明員(麻生茂君) 今回、森田局長の防衛庁葬を行なうに当たりまして準拠してわれわれが考えましたものは、昭和四十一年の三月二十四日に次官会議の申し合わせがございます。「省庁葬の実施について」という申し合わせがございますが、この申し合わせによりますと「殉職者又はこれに準ずる者及び当該省庁の業務について、特に功績顕著な者に対し、これを行なうことができるものとする。」それから「葬儀の執行者は、当該省庁等の長が当たることを原則とする。」こういう…

防衛庁人事局長1967/10/25

第56回 参議院 決算委員会 閉会後第3号

○説明員(麻生茂君) 今回の故森田局長の死につきましては、公務上の死亡として国家公務員災害補償法上の給付をするかどうかということについては、現在慎重に考えております。なかなかこの公務上の死亡ということに関連いたしましては、公務と死亡との間に相当の因果関係もなければならないわけでございまして、その辺のところは慎重にいま検討している段階でございます。

防衛庁人事局長1967/10/20

第56回 参議院 内閣委員会 閉会後第3号

○説明員(麻生茂君) お答えいたします。 陸上自衛隊の高射砲学校所属の第百二十三特科大隊は、先ほど御質問のありました今月の六日十六時から千葉県長生郡長南町におきまして民泊をしたわけでございます。民泊は二人一組で行なわれたわけでございますが、その中に森二曹と石井士長という組があったわけでございますが、事件はこの一組のうちの石井士長について起きたわけでございます。 ちょうど両人が分宿しましたところは荒井さんというお宅であったわけでありますが…

防衛庁人事局長1967/10/20

第56回 参議院 内閣委員会 閉会後第3号

○説明員(麻生茂君) 先ほどお話し申し上げましたように、私どもの報告なり、あるいは調べたところによりますというと、七日の日には森二曹があいさつに行っておることは、これは間違いないと思います。そうして部隊に帰りましてから、中隊長に石井が森二曹とこの事件についての報告をしておるということでございます。で、中隊長が現地におもむきまして謝罪をしておるのは十月の十一日でございます。先ほど申し上げましたように、十月の十一日でございます。報告は副大隊…

防衛庁人事局長1967/10/20

第56回 参議院 内閣委員会 閉会後第3号

○説明員(麻生茂君) 先ほど申しましたように、七日はちょうど土曜日であります。それから八日は日曜で、九日が月曜日、十日が祭日だということであります。この事実がわかりましたならば、さっそく中隊長としては、役場なりあるいは関係のところへ行って謝罪をするというのが適当ではなかったか、あとから考えますとさように思います。