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日本社会党参議院
総発言数
2,993
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1964/10/01

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会67 件・67%
  • 予算委員会17 件・17%
  • 石炭対策特別委員会8 件・8%
  • 文教、石炭対策特別委員会連合審査会5 件・5%
  • 本会議2 件・2%
  • 議院運営委員会1 件・1%

※ 全 2,993 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,993 20 を表示
日本社会党1964/10/01

46参議院 文教委員会 閉会後第5号

○豊瀬禎一君 この学徒援護会の学生に対する問題も何かそういう一つの、純然たる管理権の問題だけでなくして、一つの文部省の一貫した学生指導の方針の中から出てきておるくさみを感じるのです。なるほど、紛争が起こっておるから今年度は予算はやりますまいと、表向きにはそういう言い方でしょうけれども、やはり学生運動の活発なところに対しては文部省があるコントロールをやっておるということは、私どもの触覚では争えない事実だと思うのです。それがどういう方向にい…

日本社会党1964/10/01

46参議院 文教委員会 閉会後第5号

○豊瀬禎一君 最後ですが、いまおしまいのほうに言われた、大学に要望し改善を求めるということは当然あると、これはきょうはこの問題が主たる議題じゃないから、これ以上進めませんけれども、そこまで立ち入ってはならないと私は思っています。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 議事に入る前に大臣にお尋ねしますが、歴代大臣は、そのあいさつというか、就任の際の施政の概要というか、それは必ず印刷にされ、しかも、灘尾大臣の際には、所信表明が不十分でしたので、再度印刷して出す、こういう処置をしたのですが、新大臣は、さきの本委員会の開催の際にも御出席なかったように承っておりますが、いささか当委員会に対する慣例を破り、大臣の文教行政に対する態度としてはけげんに感じますが、どういう所存ですか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 ことばじりをとるわけではないですが、一端を御説明したということは、後日、従来の慣例どおり文書にしてあらためて出すという意味ですか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 政務次官来ておらぬではないか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 いまの米田さんとあなたの質疑応答を聞いておりますとね、八月二十六日、私が、社会党文教部として正式にあなたに申し入れいたしたいと思って参りましたと言った際の、あなたの、灘尾さんからの引き継ぎを受けられた際のあなたの御説明というか、それと若干こう食い違っておるような気がするのですが、あの際に私に明確におっしゃった灘尾引き継ぎ事項について、そういうことは私どもとしては信じられない。委員会の始まる前にきちんと念を押したが、あれは私…

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 次官の小林君、あるいは担当の福田初中局長等からも、あれから以降、閣議決定されるまでの間に——私もあなたにいきさつについては説明をいたしましたが、大臣引き継ぎ事項をめぐって、いわゆる引き継ぎのひとつの方便として、新次官あるいは担当の局長からも、その後お聞きになっておりませんか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 その際の、それぞれあなたが意向を聞かれた人々の、あなたに対する説明というか、そのことの中で、灘尾さんのあなたに対する引き継ぎの内容、あるいは引き継いだ精神と言いますか、それは政令改正の方向に引き継いだというあなたの私に対するお答えとは一致しておりましたか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 次官にお聞きしますが、政令改正を阻止する方向で引き継がれておったのか、進める方向の引き継ぎであったのか、全く記憶はないということですか。それともいずれでもなかった。ただ政令改正問題が残っているという程度の単に事務を引き継いだのですか、記憶がないという意味ですか、内容がはっきりしているというのですか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 この前後に次官から話を聞きましたという前後とは、私ども社会党文教部の代表が次官とお会いしたのは九月たしか五日か、九日であったと思うんです。両日のいずれかですが、そのころを指しますか、省議決定の八月四日ごろを指しますか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 その際に八木前次官からも聞かれましたか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 先ほど米田委員が指摘したように、八木前政務次官は、はっきりと灘尾前大臣がそのような引き継ぎをするはずはない、こう皆さんの前で言い切ったのですが、その次官のことばを信用すれば、その前後とおっしゃる八月三十一日、これは自民党文教部会における文部大臣に対して申し入れの前後ですね。また、私が文教部を代表して愛知大臣に、政令不制定の申し入れをした後のことですから、あなたがきわめて内容的には前向きな政令改正の方向か、政令改正阻止の方向…

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 その努力というのは、念を押すまでもなく、政令改正を行なわないという趣旨の努力をしてくれという意図と解してよろしいですか。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 次官のお答えになっている内容は、私の理解度が不足しているのかわかりませんが、一向に何を言われたのかわかりませんよ。各省庁との予算の折衝の努力というのは、いろいろ予算編成期でしょう。私が聞きたいのは、文教部会の一員であり、ある意味では主要メンバーであるべき八木前次官が、私どもが八月二十六日、文部大臣に正式に党としての、社会党の文教部としての申し入れをした以降の話し合いの中で、八木前次官が政令を改正するような方向に努力してもら…

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 たびたび米田委員から指摘しておりますように、八月二十六日は、大臣が公式と受け取られたか非公式と受け取られたか、そういうことばは別にして、政令制定を行なってもらっては困るという申し入れをいたしましたね。そして八月三十日、私のほうから、社会党文教部として正式に文部大臣にさらにお会いしたい、こういう申し入れをいたしました。ところが、大臣は結局会えないという御返事。私どもは官房長に、自民党の文教部とは朝から会っておって、社会党の文…

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 その際に、あなたの意図が、政令の閣議決定を行なわせないという決意を固められたと私が受け取ったのは間違いですかとこう聞いているのです。

日本社会党1964/09/30

46参議院 文教委員会 閉会後第4号

○豊瀬禎一君 二十六日に、いま御指摘のとおり、事態の困難性についてはあなたから説明がありました。そして同時に、私どものほうからは、党の文教部として正式に中止をお願いしたい。そしてしかも、あの際に私どもが法案を、米田委員が説明したように、あの際、通す際には二つの手続をとる、自民党文教部会としての正式の態度を決定してきなさい、もう一つは、党の正式了承を得てきなさい、そうして稲葉部長のほうから私のほうに、部会の決定を行ないましたし、政令改正し…

日本社会党1964/06/25

46衆議院 文教委員会 第34号

○豊瀬参議院議員 御質問、実習助手の問題ですね。参議院において審議します過程におきまして若干政府に対する質問も行なわれましたが、小中学校の一般の教員とは異りまして、費用の問題につきましては、都道府県の負担であることは御承知のとおりであります。総数におきましても、出現率を算定いたしましても大体年間四十名程度と算定しているわけであります。そういう点から、新たにこの法案が通りましても、三十九年度の定員の中に新たな措置を加える必要はないじゃなか…

日本社会党1964/06/25

46衆議院 文教委員会 第34号

○豊瀬参議院議員 従前の産休法の適用につきましては、文部省の予算措置としては、毎月二千八百名が出産をするという予定で定員の中に組んでおります。これが各県の一応の基準となりまして、各県は各県における例年の出現率を算定いたしまして、年度当初に産休補助教員の予算を組んでいることは御承知のとおりでございます。ところが、今回の補助教員を新たに追加するという問題は、先ほども御説明いたしましたように、国の場合にはわずかに女子が二名程度で、これは一応該…

日本社会党1964/06/25

46参議院 文教委員会 第35号

○豊瀬禎一君 関連して。どうも、次官の真摯な答弁はよくわかりますが、先ほどから聞いておってふしぎでならないのは、札幌大学の主事の人事に関して、内藤君にまかせられたり、あるいは内藤君と米田、横路両議員が話をすることを相談してきめられたのはどこなんですか。あるいはまた文部省の機構からして、直接的には大学局長がこれを担当しておるのか、それを大臣を補佐するという意味で、例の手癖の悪い内藤君が横から出てきて勝手に手出しをしておるのか、その権限関係…