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自由民主党厚生政務次官衆議院参議院
総発言数
248
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
厚生政務次官
直近の発言日
1957/09/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会41 件・41%
  • 文教委員会40 件・40%
  • 予算委員会第二分科会14 件・14%
  • 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会3 件・3%
  • 法務委員会文教委員会連合審査会1 件・1%
  • 文教委員会科学技術振興対策特別委員会連合審査会1 件・1%

※ 全 248 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

248 20 を表示
自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) 今申しましたように、どういう手で、どういう方法でゆくかということは、まだきめておりません。それによってどういうふうな被害が及んで補償しなければならぬかというところまで、実は私として研究を進めておりません。しばらく御猶予を願いたいと思います。他の省の所管のことはこれはくちばしを入れる筋合いではございませんが、厚生省限りの問題といたしましては、その段階までまだ進んでおりません。まことに申しわけない次第でございます。四…

自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) 最初に申しましたように、生活保護法の対象になるものは、県にも通知をしまして、大いにやってくれいということを言ってございます。最初にこのことは申しました。それから更生資金の方も、これもやるように県の方に言っております。最初にこれはあなたに申しました。しかし、返さなければならぬと考えておられるのか、そのためかどうか知りませんが、更生資金の方はまだ何も申してきません。こういう状態でございます。これは何もやらぬわけじゃな…

自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) できるだけそういう総合的のことも、あるいは役所間の横の連絡をとりまして、至急いたしたいと思います。ただまあこの問題で、現段階としましては、魚をどういう魚を食ったら悪いのか。それからいま一つ、それでは魚がまあどういうものを食べているからその魚が悪いのかという、だんだんさかのぼった調査が不十分なんです。そこで工場から出ているところの水が悪いから、その水の中にこういうものがあって、それを食べている、あるいはそれが泥土に…

自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) 現地でやるかどうか一つおまかせ下さいまして、要はあなたの御心配の点をなくすることなのです。それはやはりわれわれに一つおまかせ願ってそしておそいけれども横の連絡もとって努力していく、こういう考えでございます。

自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) 今までだいぶ私気持を申し上げておるので、まだわからんでしょうか。

自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) 私の方はやるつもりでおります。私の方は十分呼びかけてやるつもりでおります。しかし、必ず満足いくように責任を持ってすっかり何もかもというところまでいくと、他省のことにもわたりますから、私の省のこと限りに一つ私の答弁はお願いしたい。私の方としては他の省に呼びかけて御期待に沿うようにいたします。何しろよその省のことまで答弁する結果になります、あなたの言う通りにいたしますと……。これは私越権だと思う。そういう点は御理解願…

自由民主党厚生政務次官1957/09/12

26参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

○説明員(米田吉盛君) それは先ほど申しました。それは横の連絡をとりまして、これこれのことをいたしてあなたの御希望に沿うようにいたしますと、そのことは申しました。申しましたことは私はその考えでおるということであります。

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) このたび私まことに不肖でございますが、厚生政務次官の重職をになうことになりました。皆様方の絶大なる御援助を得なければ、職責を全うすることができないと考えております。どうぞ一つよろしくお願いを申し上げます。 西九州の水害による災害の救助の状況を申し上げたいと思います。先般、厚生政務次官と社会局長と帯同いたしまして、現地でどういうような災害救助の状況があるか、こういう点を調査に参りました。つぶさに現状を調査いたしまし…

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) 岐阜県、愛知県におきまする災害の状況を御報告申し上げます。 七日から八日にかけて、これまたこの地方に豪雨がございまして、相当の被害が発生いたしました。愛知県守山市、坂下町、高蔵寺町、瀬戸市春日井市、品野町、ただいま判明いたしておりますのはこの三市三カ町が愛知県でございます。 岐阜県は多治見市、瑞浪市、土岐市、この三市がただいままでに判明いたしました。 死傷者被害状況は、目下報告が参りつつありますので、刻々実は動い…

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) これはもっぱら厚生省としましては、災害が発生しまして、直接その災害を救助するという職責と、防疫関係でございます。この方面としましては、過去の経験を大体土台といたしまして対策が立てられております。その他のたとえば河川はどれくらいの水量を受け切れるというようなことになりますと、御承知のように、建設省その他の所管になります。この方面も漏れ聞くのでありますが、今回にかんがみて新たなる対策を立てつつあるやに承わります。で、…

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) 政府委員から答弁いたさせます。

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) お説ごもっともだと思います。この前の災害は、阿蘇山系に非常な降雨がありまして、御承知の火山灰が降ってきた、今度は幸いにあの方面はよかったようであります。そこで白川といいますか、その川はこの前非常にはんらんいたしましたが、今度は大体よかった。今度は井芹川、と坪井川、この二つが最もひどくはんらんいたしました。それは分水嶺が違っております。そこでお話のように根本対策は、今度阿蘇山にあれだけの雨が降ったら、お考えの通り私…

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) 私が一日に参りましたときは市中はまだ泥がうんと堆積しておりました。交通はとにかくできませんような状態であります。われわれゴム靴をはきましてじゃぶじゃぶとやりながら行ったようなわけであります。しかし、これはごく局地的にそうであります。それから川の沿岸は何十戸というものがごっそりと流れてしまつておる、その家屋の跡は大きな岩石が一ぱいであります。こういうものをのけてもとのように家を建てる、敷地を整理するという段階になる…

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) ごもっともでございます。今度も割合にまあ不幸中の幸いといいますか、流行病はまだ蔓延いたしておりません。おそらく大したことはないだろうと予想しております。それは全部飲料水を濾過器で濾過したものを飲ますとか、相当な努力をしたことにも原因があると思っております。ある村のごときは、昨年、たしか熊本の吉野村、本村は昨年厚生省でも相当補助金を出しまして、簡易水道をこしらえて、それがごっそりやられている、こういう所もあります。…

自由民主党厚生政務次官1957/08/09

26参議院 社会労働委員会 閉会後第3号

○説明員(米田吉盛君) 熊本でございますが、教科書が流れてなくなっちまった、こういう訴えがあります。それで新学期が始まるまでに間に合すように文部省に取り次いでくれという話がありましたから、先日文部省にこの点は十分間に合せるようにということを伝達しておきました。

自由民主党厚生政務次官1957/07/30

26衆議院 社会労働委員会 第57号

○米田説明員 このたび私は厚生政務次官に就任することになりました。大臣の今のごあいさつにございましたように、福祉国家建設の途上にあります厚生行政は、非常に重要なものであると自覚いたしております。微力な者ではございますが、誠心誠意、職責を全うするために努力いたしたいと思っております。委員の皆さんの多大の御鞭撻をお願いいたしたいと存じます。 一言就任に当りましてごあいさつを申し上げる次第であります。(拍手) —————————————

自由民主党1957/03/13

26衆議院 文教委員会 第9号

○米田委員 文部大臣に伺いますが、学校医の全国の総数と、それから一年間の出校回数及びその時間数、それからこれに対する報酬が戦前と比較したものがわかれば、さらに承わりたい。

自由民主党1957/03/13

26衆議院 文教委員会 第9号

○米田委員 三百倍をこえておるというお話ですが、実は私が調べましたところによりますと、戦前は年間五十円くらいだったと聞いております。三十円から二十円ということになると、その差がだいぶ開いておるように私は思います。私が調べたのでは、大体五十円前後と聞いております。それから今日の出校回数は八十回だと聞いておりますが、この点もあなたの方の調べと大へん違っておるのですが、私の方が間違いでしょうか。

自由民主党1957/03/13

26衆議院 文教委員会 第9号

○米田委員 多少の違いはやむを得ないと思うのですが、この程度、戦前の六十倍の手当というようなケースがほかの場合の報酬の問題であるでしょうか。大体三百五、六十倍から四百倍というのが常識になっておるのですが、こういう点から考えると、学校医の報酬というものは時代から取り残されておって、そうして学校医の犠牲の上に新しい教育が行われつつある現状と見るべきじゃないか、こう思うのですが、御所見いかがでしょうか。

自由民主党1957/03/13

26衆議院 文教委員会 第9号

○米田委員 これは私が申し上げるまでもなく、学校の健康管理、健康教育というものは、戦後の新しい教育の一大特色になっておるわけです。この淵源は、御承知のようにワイマール憲法の生存権の保証の宣言以来の問題でありまして、わが憲法二十五条はこれをおごそかに規定しております。この精神を受けて、学校教育法十二条にこのことが定められておるわけであります。そういうことを考えてみますと、新しい教育精神というものをどの程度に理解して行政をやっておるかという…