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自由党衆議院
総発言数
2,293 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/01

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 水産委員会38 件・38%
  • 予算委員会22 件・22%
  • 議院運営委員会18 件・18%
  • 決算委員会11 件・11%
  • 懲罰委員会10 件・10%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,293 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,293 件中 20 件を表示
自由党1950/04/01

第7回 衆議院 議院運営委員会 第40号

○田渕委員 野党側の緊急質問は、この法律案が出ない空白事態において出たものであつて、ここに法律案が提出された以上は、まずその法律案を審議するのが理論であつて、現実にあなた方は一刻も早くこの空白状態をとりもどそうというのが精神であるならば、この法律案によつて審議されたい。

自由党1950/04/01

第7回 衆議院 考査特別委員会 第16号

○田渕委員 横田委員の質問に関連して……。証人が入り当時約一千名率いて入られた。たちまち二、三箇月のうちにその四分の一の二百五十人がなくなつた。まことにお気の毒にたえないのでありますが、このなくなつた方がどういうぐあいに死体を処置され、またソ連はこれをどういうぐあいに弔うてくれたか。私は日本人、日本民族としておよそ生まれるとき、結婚、最後の死、この嚴粛な事態の処置がどんなぐあいに行われたかということを目撃したことを伺いたいのが第一点。な…

自由党1950/04/01

第7回 衆議院 考査特別委員会 第16号

○田渕委員 もう少し伺いますが、ハバロフスク地区で六千人くらいの墓標を見たというのでありますが、これはあなた方が建てたのでありますか、それともソ連当局が墓標を建ててくれたのでありますか。

自由党1950/04/01

第7回 衆議院 考査特別委員会 第16号

○田渕委員 あなたの部下の二百五十人の死体を埋葬するときに、たとい一言でも南無阿彌陀仏、南無妙法蓮華経、あるいはアーメンでもよろしい、唱えたかつたが、唱えれば反動とか、宗教を信じておると言われるがために唱えられないで、心の中から彼らを祈つて埋葬してやつてくれましたか。それをひとつ……。

自由党1950/04/01

第7回 衆議院 考査特別委員会 第16号

○田渕委員 まことに聞くも涙ぐましいことばかりで、ソ連の白樺の肥料になれというようなぐあいに取扱われてなくなつて行つた英霊に対して申訳ないのであります。あなた方が捕虜同士で埋葬されたことはともかくとして、万国赤十字あるいは国際法によつてこのことがあると思うのでありますが、ソ連当局が年一回とか二回とか、あるいは日本で言うならば春の彼岸、秋の彼岸というような時期に弔うとか、あるいは国が違い思想が違つても、結局個人としては国家のためにやつて来…

自由党1950/04/01

第7回 衆議院 考査特別委員会 第16号

○田渕委員 それはソ連当局の、たとえば捕虜收容所長であるとか、あるいはその監理している者の命令によつて、そういうことが支所なら支所で言われて、それからあなた方がやられたのか、それともあなた方で自発的にやつたのか。

自由党1950/03/31

第7回 衆議院 考査特別委員会 第15号

○田渕委員 証人に伺いますが、ソ連のメーデーの状況と、民主グループのメーデーのときにおける活動というのはどんなものですか。

自由党1950/03/31

第7回 衆議院 考査特別委員会 第15号

○田渕委員 十一月七日の革命記念日というのは、どういうような状況で行われておりますか。

自由党1950/03/31

第7回 衆議院 考査特別委員会 第15号

○田渕委員 この收容所内において、いわゆる労働貴族というものはどういう状況でおるか、これは詳しく、ゆつくりでよろしい。やじが出たら私がとめますから……。(発言する者あり)

自由党1950/03/31

第7回 衆議院 考査特別委員会 第15号

○田渕委員 どうぞおすわりになつて、ゆつくり。私はスタハノフ運動というものは、能率を増強する運動だと思つておる……。大体疲労が百パーセーントに達したら、次の生産能率が上らぬから、少くとも六〇%ないし六五%くらい行つたときに一応休養さして、そうして次の能率増進をして行く、生産を上げて行く、こういうのをスタハノフ運動の能率増進法と解釈しておる。ところが今伺うと、平塚運動というものは一五〇%、つまり五箇年計画を四箇年計画で切り上げる。これはス…

自由党1950/03/27

第7回 衆議院 議院運営委員会 第36号

○田渕委員 私の方も賛成演説をやる。

自由党1950/03/14

第7回 衆議院 議院運営委員会 第30号

○田渕委員 わが党から前尾繁三郎さんがやります。

自由党1950/03/13

第7回 衆議院 水産委員会 第20号

○田渕委員 今まで中小企業に対し、あるいは捕鯨船の母船などに対して、水産庁としては見返り資金を使つたことがあるのですか。今まで使つておらないのか、それを伺いたいと思います。

自由党1950/03/13

第7回 衆議院 水産委員会 第20号

○田渕委員 これはまことに私初めて伺つてびつくりしたのです。たとえば通産省の中にある資源庁などにおいては、先般麻生鉱業に対して九千何百万円の見返り資金が適用されております。また古河鉱業に対して一億二千万円ということで、非常に地下資源、陸上資源には見返り資金が多く割当てられる。資源庁の見返り資金のとり方がうまいのか、あるいはその技術がうまいの、地下資源の開発、特に石炭部門などに対しまして、非常に多額の金が一企業体に出されておるのに、余水産…

自由党1950/03/11

第7回 衆議院 議院運営委員会 第29号

○田渕委員 私は嚴粛な意味で論じたいと思うのであります。あの晩の状態について今事務総長から御報告がありましたが、それはテーブル・プランから見た報告でありまして実相を把握しておりません。事務総長としては、しかたがなかつたと言われるのでありますが、私は警視庁の自治警察と国家警察との関連、それから公安委員会と国家警察との関連は、まことに私たち情なかつたのであります。樋貝国務大臣の要請で、ただちに国家警察が発動するものと思つていましたが、それも…

自由党1950/03/11

第7回 衆議院 議院運営委員会 第29号

○田渕委員 この場合渡米議員団の帰団に際して、国会議員を代表してだれか迎えるようにお願いいたしたいと思います。

自由党1950/03/06

第7回 衆議院 議院運営委員会 第26号

○田渕委員 きようぜひ調査補助員二人をお調べ願いたい。というのはタス通信が徳田君の引揚げ阻止問題を報じておるごとく、また徳田君のことであるから、言わぬというようなことを言うかもしれない。ですからどうかただちに調査補助員二人を喚問してお調べを願いたい。

自由党1950/03/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第14号

○田渕委員 ただいま関係委員からの発言によりまして、徳田書記長が院内でそのような暴言を吐いたということは、下山事件をわれわれは想起いたします。彼らば予告してテロ行為に出るのでありますから、下山事件は今日いかようになろうとも——自殺であろうと他殺であろうと、これは存じません。少くともわれわれは、考査委員長の身辺というものを気づかうものであります。かるがゆえに、かような不穏当の言を吐いた者を、ただちに懲罰に付すべく、懲罰動議を提出いたします…

自由党1950/03/03

第7回 衆議院 考査特別委員会 第13号

○田淵委員 私は佐々木委員が一応御自分として了とされたことは、そう認めます。しかし私はそう認めない。たとえばあなたに伺いたいのですが、二十四年四月二十七日に薪炭課長になられる前に、企画課長をされていた。そうなると少くとも炭の生産の方を分担されておつたのか、これをまず伺いたい。

自由党1950/03/03

第7回 衆議院 考査特別委員会 第13号

○田淵委員 それではその以前は追究いたしますまい。そうすると二十四年四月、つまり二十四年度の会計において二十億円の赤字をあなたが出されておる。しかも二十四年の初頭において、まきが二〇〇%、炭が一五〇%も生産が過剰して来た。こういうようなことは、どうして薪炭課長として生産制限の面に気づかれなかつたか。まきを高くして行けば、まきの山ができ、原木が高くなるのだから、炭を焼いても合わないから炭が減つて来る。まきの価格の政策でも、炭の政策でも非常…