P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
自由党衆議院
総発言数
2,293 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/05

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 水産委員会38 件・38%
  • 予算委員会22 件・22%
  • 議院運営委員会18 件・18%
  • 決算委員会11 件・11%
  • 懲罰委員会10 件・10%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,293 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,293 件中 20 件を表示
自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 日本共産党徳田書記長はそう期待しておる——期待しておるということは、帰すなというふうにあなたはとりませんでしたか。共産主義者でなければ、こんなうるさいものは帰してもらつては困るのだ、そういうふうにあなたは心理的におとりになりませんでしたか。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 わかりました。そこで私は、人間の生活というものはごく自然的な自由な生活でなければならぬと思います。しかるに相いれないところの思想を共産主義のギブスに入れて酷使しておる。諸君はここで良心的に労働し——不自由なるギブスの中で良心的にやれということは、あなたが心理学者、哲学者として心理的に考えても、これはあり得べからざることであると思います。この問題は非常に重大な問題であると思う。真正の民主主義者になれといつて、このギブスの中に入…

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 今の篠田君の質問に関連して証人に伺いますが、証人は今文意的に期待とおつしやるのだが、私は文意よりもその文の裏に含まれておる含意というもの、徳田氏がこれだけのものを出すのは、あるいは期待しておるというようななまやさしいものではない。その文の奥に含まれている含意が要請の真意じやないかととれるのですが、あなたはどういうふうに考えられるかということを、ひとつ伺いたい。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 先ほど佐々木委員からお聞きしましたことに関連するのですが、さつき私がお伺いしましたとき、に、第六点のうちの、生活態勢の訓辞を與えたときのエルマーラエフという将校は、あなたの先ほどの話で、態度、表情あるいはその人の個性という方面から見て、その方の心事をここから推測して、どつちかというと非常に嘲笑しておつた。従つて言う言葉も、どちらかというと、非常に嚴粛味を欠いておつて、その言葉をずつと通訳して行つて、最後の言葉を期待しておると…

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 この図面から言いまして、タシケントという所からカラカンダまで何キロぐらいあるか聞きたい。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 汽車からおりてカラカンダまでどのくらい歩いたのですか。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 絶えずあつちこつち動くときは、汽車以外は行軍でしたか、トラツクなどに乘つて移つた場合がありましたか。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 菅君に対する信憑上の問題で伺うのですが、菅君に対する通訳としてのあなた方九百人の批評はどうでしたか。端的に表現すれば、菅という男はどういう男だと言い得られましようか。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 そこでその仲間同士の中に多少彼は手腕家であるとか、あるいはやり手であるとか、要領がいいという意味で、あとでアクチーヴにかわつて来たのだから、ひより見主義だというような批判もあつたが、あるいは哲学的な偏見者で非常にまじめだ、徹頭徹尾個人的に非難する点がなかつたかどうか、お気づきのところがあつたら端的に伺いたい。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 あまり口もきかず、交際期間も短かいのでわからなかつた。しかしまじめな男だというぐあいに見ておつた、こう伺つてよろしゆうございますか。

自由党1950/04/05

第7回 衆議院 考査特別委員会 第19号

○田渕委員 私の伺うのは、通訳であるから下手を彼に言われるといかぬ。そこで非常に彼はおとなしくて、あなた方の様子を見ておつたのか。あるいはまたあなた方がどうしてもその当時収容所の中で、彼にさからうと申しますか、通報をされては困るというようなおじけでもあつて、彼を非難もせず、あるいは黙つていたというようなことはありませんでしたか。率直に申し上げて、はれものにさわるような、彼にうつかりさからえば帰れない、じつとしてさへいれば帰れるのだという…

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 証人に伺いたいのですが、四年何箇月かの間に、共産党からはがきとか、手紙とかが来たのを見せられたのは、得だ書記長のはがきだけでありますか。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 そういたしますと、大体文字の書き方までわかつて来たのでありますが、はがきは、日本の今使つておるようなはがきで、七行くらいであつた。その裏に徳田球一と書いてありましたか。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 もう一つ伺いたいのですが、少くとも内地から手紙が来たとか、はがきが来たとかいうことについては、非常に長くそういう通信がとだえておるのですから、たとい共産党であろうと何であろうと、内地のはがき、内地の文字というようなものにあこがれ、あるいは非常に関心を持つので、相当記憶が強いのではないかと感ぜられるのですが、た体そのときにあなたの頭にお入りになつたのは——絶えずはんごうで飯をもらいに行くときに、三日も四日も見ているのですから、…

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 そうです。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 そこで、大体文字の書体もわかると思いますが、文言は、要するに社会主義を十分体得して帰れ、あるいは共産党か社会正義か、それははつきりしないとしましても、そういうことであつて、反動分子は帰すなとか何とかいうことは書いてなかつたのですか。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 大体民主グループに入らない強固な御意思の方ばかりで、非常にけしからぬことを言つて来たということは、想像はつくのでありますが、これに対して当時あなたの脳裡に入つたことは、けしからぬことを言つて来たということと同時に、徳田球一というような名前も、またその字も、徳田球一ということは聞いておつても、徳田球一というやつはこんな字を書くのかなあというような気がしたという御記憶はありますか。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 けつこうです。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 もうちよつと伺いますが、去年の一月下旬から九月までウズベツクスタンの炭鉱におられたと伺つておりますが、その炭鉱の中でどういうふうなことをされておりましたか。

自由党1950/04/04

第7回 衆議院 考査特別委員会 第18号

○田渕委員 七千名から使つておる炭鉱といいますと、相当大きな規模と思われますが、た体労働條件はどんなでございましたか。