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自由党衆議院
総発言数
2,293 件
直近の所属会派
自由党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 水産委員会38 件・38%
  • 予算委員会22 件・22%
  • 議院運営委員会18 件・18%
  • 決算委員会11 件・11%
  • 懲罰委員会10 件・10%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,293 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,293 件中 20 件を表示
自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○田渕委員 だれからも命令を受けないのに、何で事を好んで戰犯者の徹底的追究をやつたかということになると、この反動分子の定義が、証人の言う定義と食い違つて来るのであります。これをはつきり伺いたい。

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○田渕委員 先日菅証人は、反動分子乏は完全な共産主義者でない者であるというふうに、この委員会で述べられておるのです。証人は反動分子とはどこまでも戰犯を追究したのだとおつしやられる。菅証人とあなたとの解釈は違うのでありますけれども、あなたの言われる戰犯の追究ということは、ポツダム宣言の第十條に「われらは日本人を民族として奴隷化せんとし、または国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものにあらざるも、われらの俘虜を虐待せるものを含む一切の…

自由党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○田渕委員 終戦時、あるいは戰時中における日本の軍隊の将校のふまじめな者は断固として追究することには、われわれ決して無関心ではない。そういう者があつてはいかぬのだ。内地におる自分らも絶えずそういうことはやつていた。決してわれわれはあなたを攻撃するのではないのです。ただそういう者はもちろんやらなければならないと思いますが、それはおのずとポツダム宣言によつて連合国がやるじやないか。それをことさらにあなたがソ連において何で反動分子の範疇に入れ…

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 議院運営委員会 第42号

○田渕委員 今石田委員は、総裁と廣川幹事長が会われて発表したと言われておりますけれども、一党の幹事長は、あらゆる問題で総裁と会つておるのでありますから、この問題で会つたか会わないか、そんなことはわからない。さようなことは必要がないと思います。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 議院運営委員会 第42号

○田渕委員 三宅君の御説も私はごもつともだと思います。しかし事は参議院が三日空白をした。衆議院で済んでしまつておることで、参議院で論じたことを衆議院で論ずる必要は私はないと思います。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 今の佐々木委員の聞かれたはがきの日本共産党本部というのは、インキで書いてあつたのですか、それともあの紫色のスタンプで判が押してあつたのですか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 証人の年を伺うのを忘れたが、私は連日来の証人で最も実直な証人であると思うので伺うのですが、証人はお幾つでおられますか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 あのタシケントからカラカンダに送つて行つて、そこへ九月に送還をして、十二月に送り返しておるのですが、この三月の間特にカラカンダの菅、あるいは宇野というような連中に十分なる教育をさす、あるいは何とかそういう作戦的な意味があつて、タシケントからカラカンダに送つたものかどうか。 もう一つ伺うならば、タシケントにどれぐらいおられたか。タシケントの收容所でどういうことをしておられたか。きのう、おととい伺いましたカラカンダは低品位炭の炭…

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 このタシケントからカラカンダまでは徒歩で行かれましたか、トラックなどで送られましたか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 このタシケントの收容所では、証人はどういうことをされておつたのですか。どういう作業をされておつたのですか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 そうすると証人はタシケントからカラカンダへ送られるときには、要するにわれわれは反動であるからこれは帰されないのだ、こういう予感があつたので、どうしてわれわれを送るのかと聞いたら、シベリアの方へ行くのだ、また帰すのだというような話があつたというのですが、そのときに証人は反動ばかり行くのだから、要するに送られる者は反動ばかりですから、これはとうてい帰れないのだというような予感のもとに行つたものですが、行つてみていろいろ菅や宇野が…

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 証人に伺いますが、御家庭の御家族を一応おつしやつていただけませんか。あなたと、その家に今いらつしやる家族は……

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 孫というのはあなたの兄弟ですか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 おばあさんはおいくつですか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 お孫さんはおいくつです。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 兄さんの奥さん、お嫁さんはおいくつですか。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 おばあさんというのは……。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 兄さんはいくつです。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 これは信憑性の関係で伺うのですが、兄さんが五十、兄さんの奥さんが五十、それから子供さん、孫というのが……。

自由党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○田渕委員 そのお嫁さんはおいくつです。