田渕光一
会議録に記録された「田渕光一」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 2,293 件
- 直近の所属会派
- 自由党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1950/04/12
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 水産委員会38 件・38%
- 予算委員会22 件・22%
- 議院運営委員会18 件・18%
- 決算委員会11 件・11%
- 懲罰委員会10 件・10%
- 本会議1 件・1%
※ 全 2,293 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号
○田渕委員 そこで私は今十年前を思い出すのです。私たち四十ぐらいでしたが、あなたが内原の訓練所に入られたのが尋常小学校を卒業されてからでございましたね。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号
○田渕委員 そうしてあの十四、五歳の子供を先頭に立てて、軍楽隊でずつと行つて入満された。あの当時を私思いまして、私も七、八つの子供を連れて送つて、まことに何とも感慨無量であつたのです。そういうことを今聞いて来まして、あなたが物心ついた十五から入満されて、五年間あちらで開拓しておられた。まことにその当時の志と事情がかわりまして、その後二十になりまして入ソされて五年、十年というものをほんとうに物心のつく時代を過されて、御無事で帰つて来なさつ…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号
○田渕委員 それからナホトカに来てたいへん長くおられたというのは、それは先ほど、だれかが残らなければ結局基礎工事とか左官の仕事がある。あの当時内原の訓練所に行つて入満された子供の御家庭は、長男を置いて、二男なり三男なりが行つておる。こういうことから、うちには兄貴がおるし、父母も丈夫だから、ぼくは残つてみんなを早く帰してやつた方がいいというような意味で残られたのか。あるいは、もう帰つてもおもしろくないから、ここにおつてみな帰るまでひとつし…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号
○田渕委員 そこでもう一つお伺いしたいのですが、まあ遅れたことに対して、そういう御心境で残つてくださつたことに対して思い余るものがあるのですが、内地に帰られてから振返つて見て、こんなであつたらもう少し早く帰つて来たらよかつたとお思いなさつたか、あるいはあちらの方がよかつたかというようなことが、これもごく單純に、ほんとうに着色なく考えた御心境はどうでございましようか。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第24号
○田渕委員 よろしゆうございます。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 高山証人は一九四七年から日本新聞をどいたので、その後のことは知らぬとおつしやつているのですが、四七年の何月に日本新聞をどかれたのですか。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 そういたしますと、伺いますが、二月一日の土曜日の発行二百十四号に、所内の反ソ及び反動分子の徹底的撲滅ということがスローガンにあるのですが、この反動分子というものは、共産主義にあらざるものをあなたの方では反動分子といつているのだが、そのあなたのさつきおつしやつた、ともあれわれわれの共産主義というものは、今の日本の共産党の共産主義よりももつと幅の広いものだ。たとえば奴隷、あるいは将校がビンタをやるとか、資本家の搾取をやらせない社…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 私は気に食うとか気に食わんとかいうのではない。日本は敗戰後憲法がかわつて、戰争を放棄しておることはあなたも御存じのはずだ。一九四七年の二月一日の発行当時は、宣伝部長としてあなたが全責任を持つてやつておられた。所内の反動分子というものを徹底的に撲滅するというのは、戰犯をあなたは反動と言つておられるというが、あなた方の言う反動分子というのは、完全なる共産主義者でない者を、ことごとく反動分子と言つておる。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 そこで伺いますが、日本の新憲法下においてはその御心配はなかろうと思います。しかし在ソ当時において、あなたが反動分子と言つたのは、決して戰犯を言つたのでなくて、完全なる共産主義者になり得ない者を反動分子として、これに迫害を加えたのであるということを、今日まで数人の証人が言つておる。それで反動分子というのは、戰犯人をさして言つたと解していいのですか。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 捕虜の收容を受けておる身分で、戰犯は何も取調べたりしなくても、戰犯は国際法で調べるわけです。そうすると、あなたはスパイ的に戰犯を裏から洗つていたというように、反動分子というものを取扱つたと理解してよろしゆうございますか。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 私は証人は最も頭がいいと思つて、ごく簡潔に申しておるつもりですが、あなたの言うておられる徹底した民主運動というものは、反動分子の徹底的な撲滅にあつた。その反動分子というものをあなたは戰犯とおつしやる。戰犯は何もあなたが取調べなくても、連合国家が必要に応じて調べます。内地へ帰つて来ても戰犯は呼び出されるのです。それをあなた方が徹底的に撲滅しなくてもよかつたのじやないかと思います。ところが先ほどから説かれるところの人類愛という大…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 それから伺いますが、ずつとわれわれはここ数日伺つて来た証人のうちで最もあなたは頭のいい方であり、精神もしつかりして、りつぱな方だと思いますので伺いたいのですが、あなた方が言つた完全なる共産主義者、完全なる民主主義者というものがまるまると太つて帰られて、スターリンに対して感謝の決議を送り、長々おせわになりましたと言つて帰られましたが、その反対にあなたの言うような完全なる共産主義者でないところの、あなた以外のつまり反動分子である…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 私は証人の良心を伺うわけでありますが、シベリアでばたばたと倒れて来た同胞が、かりに反動であつた。それが死んで行つたのは当然だとしたら、その余波を受けたところの内地に残つた遺家族というものに対しては、あなたはどういう感じをお持ちになつておりますか。それを伺いたいと思います。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 ゾビエトにおいて処罰されることはもちろん当然でありましようけれども、数日来ここへ来た証人は、とにかく完全なる共産主義者にならない者は、反動分子として絶えず精神的な苦痛を受けた。いわゆるあなたの言う人間革命です。つまり精神の入れかえをさせるために、共産主義というギブスに入れて、精神の変革をさせた。それになり切れないものはばたばたと死んで行つた。こういうことを言つておるのですが、これに対して死んだ人は気の毒だ、こう今お答えになり…
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 証人の良心を私は伺うのでありまして、たといあなたが死んでないと思うても、何千人という者が死んでおるという事実を、証人が宣誓して証明しておるのです。そういう死んだ方の年寄り、たとえばじいさんばあさん、いたいけな子供や妻がどういうふうにこれを思うだろうという、あなたの良心を伺つておる。気の毒だという一片の憐慇の情があるかどうかということを、私はあなたに伺つておる。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 私の伺つているのは、もちろんなくなつた方に対してはお気の毒でありますが、内地に残されておつて、きよう帰るかあす帰るかと待つておるこの潰族、死んだ人の潰族に対して、あなたはどういう御精神でおられますか。これはあたりまえだ……。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 証人に伺うまでもなく、日本政府はこの死亡した者の氏名の要求をソ連にしておりますが、ソ連はしないのであります。日本政府の責任ではないのでありますが、これは証人はなんとお考えになりますか。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 証人に伺いますが、第六收容所の同志会というものはどういうふうなぐあいにしてでき上つたか、つまり友の会のように下から盛り上つた会であるかどうかということを伺いたい。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 ここに書いてある。一九四七年二月一日の土曜日発行の二百十四号、先ほど問題になりましたものです。その「民主運動短信」に「第六收容所同志会は先般より檄文署名運動を展開中であつたが……檄文中の決議事項は、天皇制の打倒、所内反ソ及び反動分子の徹底的撲滅、日ソ友好関係の促進である。」この決議文です。
第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号
○田渕委員 そうすると、私はもう一つ伺つておきたいのでありますが、先ほど西村委員からの再質問のときに、あなたは反動分子とは戦犯者であると言つておられましたが、ポツダム宣言の中に、連合国は日本の戰争犯罪人を引渡せとはつきり言つておる。戰犯者は連合国が裁判をやつて、嚴粛な判決もあつて適当な措置をするのだが、あなたの方で戰争犯罪人を徹底的にやつたということは、証人はソ連からの命によつてやつたのですか。