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日本社会党衆議院
総発言数
944
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1975/03/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会53 件・53%
  • 行財政改革に関する特別委員会地方行政委員会大蔵委員会文教委員会社会労働委員会農林水産委員会運輸委員会建設委員会連合審査会15 件・15%
  • 法務委員会外務委員会社会労働委員会連合審査会12 件・12%
  • 災害対策特別委員会9 件・9%
  • 予算委員会第七分科会8 件・8%
  • 社会労働委員会高齢者に関する基本問題小委員会2 件・2%

※ 全 944 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

944 20 を表示
日本社会党1975/03/18

75衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 これは建設省の方でおたくの方の数はつかんでみえるのですか。大体、一つの事業に新しく採用されて工事が終わるまでの平均月数といいますか期間といいますか、何カ月ぐらいで雇用が切れるか、その辺わかりませんか。

日本社会党1975/03/18

75衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 さっき私が読み上げたこの資料なんですが、これを見ると、大体八カ月を境にして、相当長期の場合には八カ月以上、それから八カ月未満というのが相当多いようですね。そうなると、さっき言った三十二、三万の手帳と被共済者との開きのうちで相当な掛け捨てがあるという類推ができるんですね。となるならば、業態から言って私は掛け捨ても一部やむを得ないという立場に立って言うならば、さっきの局長の答弁ではありませんけれども、その掛け捨てになった分が後の…

日本社会党1975/03/18

75衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 いまお聞きのように、掛金そのものが安いからと言えばそれまでですけれども、二十年で七十万ない。業態が違うにいたしましても、中労委が調べた退職金のモデルでは、中卒で二十年、三十五歳で二百二十三万、同じく中卒十五年、三十歳で百二十万。こういったことから考えると、いかに建設業の特殊性があるにしてもこれは極端に低いじゃないか。確かに制度の発足が新しいのですから一概に低いという指摘は当たらぬと思うのですが、今回の改正、六十円を底上げして…

日本社会党1975/03/18

75衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 ちょっとあちこち飛びますけれども、あと要望と、これだけはどうしてもそうしようというお答えをいただきたいのです。 一つは、さっき建設省にもお尋ねをしました、公共の場合の積算単価に入っておるのですから、そこまで行政指導でやるのならば、これを数字として全面適用にすべきだと言いたいのですが、義務じゃありませんで任意ですから、任意という精神を入れても、せめて予定雇用労働者の二分の一でなければ条件にしないというふうなことにならないかどう…

日本社会党1975/03/18

75衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 じゃ終わります。

日本社会党1975/03/14

75衆議院 本会議 第11号

○田口一男君 ただいま議題となりました国民年金法等の一部を改正する法律案につきまして、私は、日本社会党を代表し、三木総理大臣と関係大臣に質問いたします。 この年金問題は、現在、国民の最も関心を寄せている問題であり、なかんずく、当面する老齢者の生活状態からもちろんのこと、本来、長期的な視野に立っての制度運営が基本となるものでありますから、誠意ある、そして具体的な御答弁を要望いたします。 かつて国連職員であったフランスのポール・パイヤ氏は、…

日本社会党1975/03/14

75衆議院 本会議 第11号

○田口一男君(続) しかも、関係指数は、なお二十年から三十年の余裕があるのであります。この事実からも、いますぐにでも、賦課方式によって食える年金を支給すべきであります。三木総理の決意のほどを示していただきたいのであります。 最後に、現在の老齢者は、教育、税金など、社会的には掛金を掛けてきたと見るべきでありますから、掛けていないんだから、あめ玉年金でいいというのは大変な間違いでございます。順送りで社会全体で親孝行という賦課方式こそが、生存…

日本社会党1975/02/28

75衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

○田口分科員 私は、いまから申し上げるような具体的事実について、所管である防衛庁、防衛施設庁の御見解を承りたいと思います。 昭和二十年の十二月というのですから、もうかれこれ三十年前の話であります。昭和二十年十二月一日に三重県の島ヶ原村というところで起きた事件なんですが、終戦直後でありますから、旧陸軍が方々に弾薬庫なんかをつくってあった、その弾薬庫の弾薬を、二十年十二月一日にいわゆる占領軍命令として撤去しろ、こういった指示が、三重県を通じ…

日本社会党1975/02/28

75衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

○田口分科員 いまお話しのようにアメリカ軍にある、形式は当然そうなると思うのですね。そういったことから、遺族が当然おるのですか、今日まで島ヶ原村が独自の措置として、この遺族に対して他の法律に準拠、ということは戦傷病者遺族等援護法という法律がありますけれども、それを準用いたしまして、戦争犠牲者のうちに入るだろうという考えから、今日なお遺族が御健在でありますから、昭和二十八年以降毎月毎月、遺族扶助料という名前でこの御遺族に支給をしておるわけ…

日本社会党1975/02/28

75衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

○田口分科員 その閣議決定を受けて、私が調べたところでは、いまも法律が生きておると思うのですが、連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律というのが昭和三十六年に出ておりますね。これによって一時見舞い金といいますか、多分昭和四十年当時に二、三万の金が出たと聞いておるのですけれども、ではそれで一切本件なり本件に類似するような他の事業についても終結を見たというふうに考えておられるのか、もう一切これで責任が済んだのだ…

日本社会党1975/02/28

75衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

○田口分科員 一切これで終わった、処理済みであるというお話なんですが、いま私が申し上げた事案と全くよく似たケースで、これも御存じだろうと思うのですけれども、鹿児島県熊毛郡というのですか、離島から、昭和二十年の十二月三日にやはり旧軍の弾薬投棄作業をやる大神丸という船舶が爆弾を積んで、占領軍の命によってということですけれども、それが不幸にしてこれも爆発をして船もろとも沈んだ、こういう事案があるのです。 これについて昭和四十九年の十一月に実は…

日本社会党1975/02/28

75衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

○田口分科員 これは十五年前の法務委員会での政府の見解ですから、後でいま言った第三点の意味をひとつ調べていただきたいと思うのです。 こういう経過を考えて、これは施設庁の所管は防衛庁長官でしょうから、大臣からお伺いしたいのですけれども、さっき申し上げた厚生省所管の昨年の戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部改正に伴って、旧防空法によって内地で、あの当時は総動員法というのがありましたから、警防団員が防空業務その他の消火作業に従事して、不幸にして…

日本社会党1975/02/28

75衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

○田口分科員 これは最後に要望を申し上げたいのですが、いま大臣から検討していただくというお答えをいただきましたので、含めて御検討を願いたいのです。 先ほど二つの件を申し上げて、一つは島ヶ原の件、もう一つは大神丸、これは、内容は沈没した船に対して国家補償をやれという請願の趣旨ですから、多少色合いは違うのですけれども、この遺族に対して、いまの法律の枠組みからいくと遺家族援護法では対象にならない。いま言った連合国占領軍等の行為云々という法律で…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 社会労働委員会 第5号

○田口委員 いまの議題になっております内容について、二つ端的に質問したいのです。 一つは、本年で終戦まる三十年、一つの区切りを迎えて、所要の措置を講じたことについては、こちらは全面的に賛成です。同時に、裏を返して考えますと、三十年たった今日、なおいろいろな関係でこれらの法律の対象になり得ない、たとえば、公務に起因をしているかどうかということがいまだに判然としないという御遺族なりまたそういった戦傷病者が今日あることは御承知のとおりでありま…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 社会労働委員会 第5号

○田口委員 じゃ、その問題は、より一層努力をしていただくということで、これは終わります。 あとの一点は、こういう具体例についてこの法律で救えないものかどうかということなんですが、ちょっと趣旨を申し上げたいと思います。 長たらしい陳情文書があるのですが、要約をいたしますと、昭和二十年の十二月一日、もうすでに戦争は終わっておるわけですね。二十年の十二月一日に、これは終戦直後でありますから一本土の各地に旧軍がいろいろな施設を持っておったわけで…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 社会労働委員会 第5号

○田口委員 いまおっしゃるように、そういった身分関係、それから発生した時期が戦後、こういうことからこの遺家族援護法の対象にならない、そう言ってしまえばそれまでなんですね。私は、くどいようですけれども、この遺族なり村当局の言い分をそのまま受け売りをして言えば、一体だれの責任かという言い方が一つあるわけです。旧軍の施設を除去するために占領軍の命令によって村長が指示をしてその警防団員がそれに従事をして死んだ、当然にこれは公の責任ではないか。村…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 社会労働委員会 第5号

○田口委員 きょうは時間がなんですからこれで終わりますが、いま言った八月十五日に戦争が終わって実質九月二日から発効なんですが、昭和二十年内に、終戦直後にこういった事故が他にもあると思うんですね。私が調べた限りでは、九州に、海と山の違いでありますけれども、大神丸という漁船がやはり占領軍の命によって弾薬を運搬をして、それが爆発をして船もろとも犠牲者が出ている。これも今日なお未解決になっておるそうであります。こういう問題が他にもあると思います…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 予算委員会第五分科会 第4号

○田口分科員 私は、灯台の問題に限って質問をしたいのですが、今国会でも相当問題になりました水島の石油タンクの油漏れの問題、それから前後してマラッカ海峡におけるタンカーの座礁、しかも今月に入ってすでに御承知のように四日市の大協石油のタンクの火災、一連の石油に絡む事故が多発をしておるのですが、そういった問題に絡んで特に指摘をされておるのは、事故が起こってから、事故の原因、それを規制をし、取り締まる責任の所在というものが明確でないということを…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 予算委員会第五分科会 第4号

○田口分科員 コンビナート各社に対して協力要請は当然やらなければならぬと思いますし、いろいろな策をとっておることは私ども承知をいたしております。が、いまお答えがありましたように、航路標識法第八条を見た場合、「何人も、みだりに航路標識と誤認される虞がある燈火を使用し、又は音響を発してはならない。」こういうことになっておるのですが、御存じだろうと思うのですが、この四日市に限って——他の地域のコンビナートは知りませんけれども、沖合いから見ると…

日本社会党1975/02/27

75衆議院 予算委員会第五分科会 第4号

○田口分科員 早速そういった具体的な調査をやって、それに基づく適切な措置をとっていただきたいと思うのですが、同時に、灯台だけではなくて、そちらの方の専門用語で何と言うか知りませんが、灯柱と言うのですか、それから灯浮標、こういったものも、四日市港に限って見ますと二十二あると聞いておるのですが、これらは、入港の場合には白の灯がつくのですか。船が入ってくる場合には白、船が出ていく場合には赤ということで誘導をしておると聞いておるのですが、そうい…