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日本社会党衆議院
総発言数
944
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1977/04/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会53 件・53%
  • 行財政改革に関する特別委員会地方行政委員会大蔵委員会文教委員会社会労働委員会農林水産委員会運輸委員会建設委員会連合審査会15 件・15%
  • 法務委員会外務委員会社会労働委員会連合審査会12 件・12%
  • 災害対策特別委員会9 件・9%
  • 予算委員会第七分科会8 件・8%
  • 社会労働委員会高齢者に関する基本問題小委員会2 件・2%

※ 全 944 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

944 20 を表示
日本社会党1977/04/12

80衆議院 地方行政委員会 第11号

○田口委員 時間が来ましたので、もっと渡りについて聞きたいのですが、これは大臣、十分御理解をいただきたいと思うのです。いま自治省の課長を例にとりました。渡りは違法だ違法だということで直接指導しているのですから。課長だけに限って言えば、いま言ったような人事院からのお答えのように、まあなるほどなあ、やむを得ないかなという感じは持てるとしても。ところが、課長補佐を見た場合、職務標準表は四等級ですね。ところが、私どもが聞いた範囲では、自治省の本…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 私は、いまの川本質問を敷衍する形で、それと同じことになるのですが、先ほどからの答弁をお聞きしてなお腑に落ちぬ点がありますから、同じ問題でもう一度ひとつ明確なお答えをいただきたいと思います。 その第一は、先ほどの順序に従っていきますと、現行援護法では第二条三項第四号、それが昭和十四年の閣議決定云々ということになっておるのですが、この十四年の閣議決定になった経過をもう一遍援護局長振り返ってみていただきたいのです。さっきもお答えが…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 いや局長、そこのところをもっと正確に考えていただきたいんですよ。旧という名前は省いて満州と言いますけれども、いわゆる当時、内地の内原訓練所で二カ月基礎訓練をやって渡満をし、二年間訓練をするということですね。ですから、十四年の閣議決定以前の十二年に送出された者も訓練期間中ではないか。一部それはあります。一部訓練期間中です。 ところが、この事実経過を追ってみると、当時、厚生省職業部というのですが、いまの労働省に昇格した前身だと思…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 確かに古い話ですから、第一次先遣隊の三百十九名が仮に十四年の閣議決定当時どういう状態に置かれておったか、これはいま知る由もないんですね。そういったことから、これは大臣がお戻りになってから申し上げようと思っておったのですが、事ほどさように、当時の国策によって八万六千有余名と言われておるのですが、旧満州国に送出をされたこれらの訓練生、義勇隊員の方々の全貌、これはいまだにつかまれていない。何人行方不明になってどういう末路をたどった…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 じゃ、閣議決定の時期は後に譲りまして、これも川本質問で触れられておったのですが、現行第四号に規定をする義勇隊員の範囲は、いわゆる訓練生に限定をされておる。そこで、訓練を終えて開拓団員になった者は対象外、こういうことなのですが、これも厳密に言うと、昭和二十年八月九日、ソ連参戦の日以降に死傷された場合は、当然対象になっておると思うのですが、そういう現実であるならば、訓練生と開拓団員と何も分ける必要がないのじゃないか、素朴な質問と…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 私が問題とするのは、訓練生と義勇隊開拓団員とは、これを一本にして義勇隊員と言っておったのです。総称したものなんです。こういう認識が当時からあったわけですね。ですから、さっき十四年の閣議決定の第十二項の二番目を私は読んだのですが、これと軌を一にしていまさら古いものをどうこうするわけではないのですけれども、当時の満州国と日本との関係から見れば、当時の満州国政府の勅令というものは、日本の勅令とよう似たものだが、康徳七年というのです…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 いま言ったこの開拓団というのは、大ざっぱに分けて二つになるんですね。内原の訓練所から集団的に義勇隊として渡満をし、二年間訓練をし、そして訓練修了後、義勇隊集団開拓団として五年間、そして五年済んだら文字どおりそれぞれ入植をする、これは幸か不幸か実現をしていないのですけれども、こういうのが一つです。それからもう一つは、これまた政府が積極的に奨励をした昭和十三年以降、もっと古いのは昭和の初年からあるそうですが、一般開拓民として出て…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 それと同じ考え方に立っての答弁だったと思うのですが、訓練生の寮母の問題についてもう一遍お尋ねをしたいのです。 さっき言った母がわり、姉がわり、そういう心情的な状態は別として、制度的に見た場合に、彼女たちが昭和十三年一月に東京に設立された特別の訓練所や内原の訓練所で指導者としての訓練を受ける。そして各訓練所に配属をされる。大石頭訓練所に四名とか孫呉訓練所に六名とか、こういったように強制的に配属をされて訓練生と起居をともにしてお…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 援護法の趣旨ということでもう一遍私はお聞きをしたいのですが、さっきの在満期間云々という恩給局との関係等も出てくるのですが、この援護法のできた由来というものを考えた場合に、当時の軍人恩給が昭和二十年に停止になる、そして悲惨な状態がかれこれ七、八年続いたのですが、そういったものを含めて遺家族援護法というものが二十七年にでき、従来恩給法で扱っていたものも援護法に包合をしておった。これは間違いがあったら、ちょっと指摘をしていただきた…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 そうすると、これは恩給局に確かめたいのですけれども、ちょっと話が飛びますが、いま援護局長のお話があったように、戦務加算の地域、それから日時指定というものが恩給法にありますね、そうすると旧満州国、いまの東北地方は、何年から戦務加算の対象になるのですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 となると、これは局長どうですか。私、戦務加算の意味はわかりますけれども、満州事変から旧満州を戦務加算地域と指定するとなれば、さっきの閣議決定、十四年云々ということを十二年に持っていっても何らおかしくないのじゃないか。その間の、旧関東軍にいろんなことで満鉄警備なり自警団的なことをやらされておったというのですから、こういう面から期日の問題は再考できませんか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 大臣が来てからにあと質問を留保したいのですが、一つだけ、これは恩給局の方に。 いま言った援護法の組み立て方が恩給法と同じである、ただ軍人軍属と準軍属という見方が若干の色合いが違うということは承知をするのですが、その後ずっと恩給法の改正によって、たとえば昭和三十六年の改正で、外国政府職員、それから外国特殊法人、旧満鉄等ですね、こういったところに勤務をするいわゆる在満期間の扱いを、日満目であるとか日満であるとか満旧ということでい…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 では、その恩給の問題は、ちょっと後に残しますが、義勇隊の問題についてなお釈然としませんので、大臣が戻られてからもう一遍質問させてもらう、こういうことで留保させてもらいます。 ただ、恩給の方は、官にあった者ということは、当時の判任官以上というのはわかるのですが、そうなってくると、当時の雇用人の扱いといったようなことで満目のケースにならぬかどうかということをもう一遍検討してもらいたいのです。それによって終わりますから……。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 大臣が戻られましたので、ちょっと中座をした間におけるやりとりを簡単に申し上げて、大臣の決断をひとつ聞かしてもらいたいと思うのですが、私は、私の前の質問者川本委員と同じ趣旨で、元満州国開拓青年義勇隊員の処遇について、三点に分けて質問をいたしました。 その三つの第一は、現行援護法第二条第三項第四号の開拓青年義勇隊員の範囲は昭和十四年十二月二十二日閣議決定により組織された者という、これを閣議決定の経過から言って十二年に、もっと前に…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 どこで線を引くか、大臣、それはむずかしいと思うのです。際限なくという表現もあったのですが、その辺のことはわかるのです。しかし、この元満州開拓青年義勇隊員の問題に限って言うならば、現に四十二年の五十五国会、十年前ですけれども、当時の厚生省の援護局課長三浦正夫という人が、いま大臣が言ったように、国との関係で戦闘行為に参加をしけがをしたり死んだり、これはソ連参戦の二十年八月九日からはそれは歴然としておった、だから、二十年八月九日と…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 もうこれで押し問答はなんですから、最後に一つだけ言っておきますけれども、二十年八月九日のソ連参戦、そこからははっきりしているのです。戦闘行為があった。そして関東軍が逃げて、そのかわりにやったというような話もあるのですから。そういう議論を踏まえて、さっきも引用した当時の三浦課長の答弁というのは、ちょっとそういう事実はないと思うけれども、国策によって喪失されたのだから十四年まで持ってきましょう、これがしんになって援護問題懇談会で…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 これで終わりますが、いまの問題は、どう考えても私は納得いきませんし、事変地と指定した政令第一条の四の精神から言っても、いまの局長の答弁は矛盾がある、これだけ指摘をしておきたいと思います。 最後に大臣、この援護法の対象者全体を見た場合、私は、先月の二十日に旧傷痍軍人会の援護大会に出席したのですが、そこで表彰された方々を見ると、もう年をとっておる、介護をされる奥さんも相当老齢化をしておる、こういった実態を踏まえて、戦後この援護法…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○田口委員 終わります。

日本社会党1977/04/06

80衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 私は、ひとつ大臣に、いまから個々の具体的な問題についてお尋ねをする前に、今日の雇用、失業の情勢について、一体、基本的な認識といいますか、どういう認識を持っていらっしゃるかということを、まずお尋ねをしたいのです。 たとえば、けさも新聞に載っておりましたが、総理府の調査によると、完全失業者が四万減ったとか、こういう数字がありますね。だから、ああいった完全失業者などの統計数字に一喜一憂するような今日のこの雇用情勢に対する認識なのか…

日本社会党1977/04/06

80衆議院 社会労働委員会 第7号

○田口委員 そこで、いまもお話があったように、企業に内包しておる過剰労働力というのですか、そういうものが一つのネックになっておるというふうなおっしゃられ方をされたと思うのですが、いま言った昭和五十一年の暦年をとってみても、完全失業者が百万を常に一進一退で来ておる、そういった中で、これは先ほどの枝村質問にもあったのですが、先般経済企画庁が出された主要経済指標のうちで、この労働力人口だけをとって見た場合、去年とことしと、雇用者だけの数を見ま…