P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
文部大臣衆議院参議院
総発言数
2,189
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1975/02/26

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会53 件・53%
  • 内閣委員会27 件・27%
  • 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会11 件・11%
  • 国民生活に関する調査会7 件・7%
  • 予算委員会2 件・2%

※ 全 2,189 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,189 20 を表示
文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 三木総理とは大学紛争の時分にすなわち昭和四十三年、四年、相当各界の方々から教育についての意見を求められました際に、三木総理大臣、当時の三木武夫外務大臣であったかと記憶いたしておりますが、何回も教育についての意見を申し述べました。その際に、やはりわが国の教育というものが、ちょうど施政方針で述べられましたように、政争から離れた方がいいという意見を盛んに述べられたわけであります。 同時に、三木総理は私学の御出身でありまして私も…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 議院内閣制におきまして立法府行政府の関係を次のように私は理解いたしております。 まず立法府は第一党を当然尊重いたしまして、第一党が政党内閣を組織いたします。しかしながら、第一党の政党内閣の組織化に当たりまして二つの基本的な条件があるというふうに考えます。一つは憲法に基づきまして、また憲法以外の法につきまして、国会において規定せられたる範囲内において第一党の政策が展開されるわけであります。しかしながら、その範囲内におきまし…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 三木首相と私が話しましたことはきわめて多岐にわたります。政争の中に教育があるという問題は、私は一つは冷戦と関係があると思っております。これは戦争直後、冷戦状況というものがございませんでわが国の民主社会が発足したのでありますが、間もなく冷戦状況になりました。そして二十数年を経ました。その間におきまして保守、革新の政治勢力というものが世界の冷戦状況をきわめて鋭く反映したというふうに考えます。それは要するに国際的な政治的な対立…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 やや間接的でありますが、まず国際的な非常な冷戦状況というものがわが国の政治に反映したと思います。その政治に反映しました非常に強烈なそして限定的な世界の政治勢力のいわば基底というものがありますが、それを教育界の論理の中にも持ち込んだというふうに考えております。

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 その最後の問いのところがちょっとつかみにくかったので、繰り返してお願いいたします。

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 ただいまお読みになりました私がかつて書きました文章、それから先ほど御質問のお言葉の中に、自民党、文部省は非常に政治的であるというふうに私が述べたという御指摘がありました。私がいまの文章を書いたということはもちろんそのとおりでありますが、ほかに「近代化と教育」というもう一つの本がありまして、その本の中により一層明確でありますし、そのほかにも「日本の大学」という本もそのことを論じておりますが、実はもう少し包括的に問題をとらえ…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 どうもその原因論の追及というのは、先ほど申し上げたように冷戦状況ということが、昭和二十年、わが国が敗戦の経験をいたしまして後しばらく蜜月時代が続くのでありますが朝鮮戦争の勃発よりやや前、二、三年前から冷戦状況に入ったと思います。そこで、その場合に保守、革新の政治勢力がありますが、どちらがどこでどう、いわば事態の変化を動かしていったかということ、これは相当詳細に検討いたしませんとその時点における正確な原因論というものはなか…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 ただいまの御発言で、御質疑の要旨を私が十分につかみかねていたのを非常に明瞭にしていただきましてありがとうございます。まさにおっしゃいますように、憲法、教育基本法というものが原則でなければいけない。その原則というのは平和、平和というのは国際協調に関係がある。そういたしますと、これは世界のどちらかの国々とつき合ってどこかとはつき合わないという式のものではなくて、どこの国との関係というものも最終的な目標は平和にしていくというこ…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 わが国の戦後を顧みますと、一つは、いまそこにお述べになりましたように経済復興でありまして、次に経済成長ということになりました。私は一つの国家に歴史的時代精神というものもあると思うのです。と言いますのは、明治国家というのは富国強兵でございました。それで、日本は再び強兵を目指さないということでいわゆる経済国家として成立していくというのがそれ以後の状況、つまり経済復興以後の状況であったと思います。その間におきまして、教育という…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 ただいまの御質問は本当に重要なこと、建設的な御提案を含めて述べていただきまして、非常に感謝いたします。 まず第一に、中教審の答申をたたき台にするという問題につきましては、文部省の中に改革推進本部というのがあるのです。いま実は作業中でございます。作業中というのは、フローチャートをつくりまして、どういうものがどのくらい進んできたか、どういうものが進まないか、どこに問題点があるか、いまその作業を進めております。これがいささか時…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 私は議事録にそういうものがあったかどうか、これは検討しないといけませんが、私の見解はいま申し上げれば御理解願えると思います。つまり、木島先生も日教組の御経験がもちろん非常におありでございます。日教組も教育研究集会——先生が政界にお出になった後と思いますが、教育制度検討委員会というものがあるわけです。こういうところには組合の役員の方をリーダーにしていない。そして学界、教育界の人たちによってそれを進めていくという形をとってい…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 私の考えは、全く教育界あるいは教育界以外の人でも教育に関心を持っている人が、確かにおっしゃいますように、初めから大変緊張するのでなく緩やかに話していく、ただし思慮深くなければいけませんが、そういう機運というものがだんだんにでき上がっていくのがいいんだと思います。そのために私はいろいろな努力をするつもりでございます。 で、きょうの御質問は主として日教組と文部省ということが話題になりましたが、私が考えていることを申しますと、…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 ただいまの憲法の条文に基づいて高校教育義務制を志向しているかどうかということについての法解釈的な私の判断は、差し控えさしていただきたいと思います。というのは、こういうことなんです。ただ法解釈と別に、実はわが国に現在高校義務化ということの要求が相当あります。それは私は重要であるということは認めます。しかし、いまの法からの関連で考えますといま高校だけをおっしゃいましたけれども、幼稚園はどうなるかということも、当然保護されてい…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 普通教育に対置するものというのは、専門教育というのが通常の考え方だと思います。

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 いまの御見解は非常に傾聴すべき一つの御見解と思うのでございますが、現段階では高等学校教育の中に普通教育とそれから専門教育が含まれております。そこで多様化というふうな表現で言われましたが、これはすぐやめて普通教育にした方がいいというような御示唆ではないかと思いますが、それは必ずしもそうは言えない。それについて、たとえば水産高校というような例をとりますと、現状におきましても卒業生の約九割が直ちに就職をしていく。そして相当の需…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 私は、憲法を重んじてこの教育をやっていくという点について全く同感なんでございますが、どうも先ほどの特徴校との関連におきまして、高校義務制を志向しているということにつきましては、ちょっと判断を差し控えさせていただきたい。これはいろいろ解釈の余地のある問題であると思いますので、私としてはこの時点において判断を差し控えたいことでございます。

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 私の考えは、確かに私立学校も公共的性格を持っておる、ところが財政的には国庫の補助がありませんでしたから、これは非常に強化していかなければならないという考えです。ただし先ほど、では要するに最終的には国が全部お金を持つということを考えているかとおっしゃいましたが、私が現段階で考えているのはそうではございません。私は長い間国立大学におりましたが、この国立大学でも完全に国庫に依存していることは果たして妥当なのかどうかということに…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 文教委員会 第3号

○永井国務大臣 特殊教育という言葉が適切かどうかということから御質問が始まったのですが、これは戦後非常にアメリカの教育の影響があってアメリカでスペシャルエデュケーションと言っているのに対応していると思うのですが、何かよりよい言葉があったら教えていただきたいと思います。 実は私は父親が身体障害であったのです。中学二年のときに骨膜炎になったものですから、当時は県立の中学を退学させられた。生涯、毎日足からうみが出るような生活をしていましたから…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○永井国務大臣 昭和五十年度文部省所管予算につきまして、その概要を御説明申し上げます。 まず、文部省所管の一般会計予算額は二兆四千三十五億九千八百九十九万円、国立学校特別会計の予算額は七千二百三十九億九千四百三十万円でありまして、その純計額は二兆五千六百六十四億七百八十一万円となっております。 この統計額を昭和四十九年度の当初予算額と比較いたしますと、六千六百九十八億三千三百九十三万円の増額となり、その増加率は三五・三%、一般会計予算額…

文部大臣1975/02/26

75衆議院 予算委員会第二分科会 第3号

○永井国務大臣 私は、教育行政の専門性を高めるということは非常に望ましいことと思っております。 実は、私が戦争直後アメリカに参りましたときに、教育行政の授業を一学期受けたのです。しかし、考えるところがありまして、教育行政でなく教育についての社会学の方にかわったのですが、いま思いましても、教育行政の授業というのは非常に刺激を受けました。いまの教育長の問題は、教育行政の学問の研究、それから教育、やはりそういうものとの関連においても考えなけれ…