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75回国会衆議院1975/02/26

文教委員会 第3号

発言数
51
登壇者
4
会派数
2
開催日
1975/02/26

会議録

久保田円次自由民主党

○久保田委員長 これより会議を開きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。木島喜兵衞君。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 どうも大変永井さんには質問しづろうございまして、余りにも著書がたくさんあり、読めば読むほど大学者であることが明らかになってまいりますから、どうも。  では最初に、大変失礼でありますが、三木総理があなたに文部大臣に就任を要請されたときのその理由を、もしここで差し支えなければお聞かせいただきたいと思うのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 三木総理とは大学紛争の時分にすなわち昭和四十三年、四年、相当各界の方々から教育についての意見を求められました際に、三木総理大臣、当時の三木武夫外務大臣であったかと記憶いたしておりますが、何回も教育についての意見を申し述べました。その際に、やはりわが国の教育というものが、ちょうど施政方針で述べられましたように、政争から離れた方がいいという意見を盛んに述べられたわけであります。  同時に、三木総理は私学の御出身でありまして私もたまたま私学というものに非常に深い関心がありますから、国公私の格差を是正して、そして国公私を問わず、本当に建学の精神というものを持った学校をつくっていったらよろしい、その他長時間にわたりまして議論をいたしましたので、教育の問題、特に教育とわが国の政治の関係について相当議論をした記憶がございます。  まずそういう了解といいますか、基本的理解というものがあったわけですが、突然三木総理から民間人から文部大臣を採りたいと思うがというお話がありましたので、私は名前は申し上げませんけれども、ほかの方々、私以外の方々をお勧めしたわけです。ところが実は君であるということになりました。そしてその趣旨は、前から言っているようなそういう考えで君にやってほしいのである。そのときには、なかなか忙しいときでありますから、細かい議論を長くいたしたというわけではありませんが、その前にそういう議論をいたしましたので、私はいまのような意味合いにおいて、三木首相が民間からの人間、教育界からの人間を文部大臣に任命したいというお考えを持っているというふうに了解いたしまして、非常に微力でありますが、なるほど私はそういうことを主張していたわけでありますから、お引き受けした次第でございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 いまおっしゃったそういう意味で、あなたの文部大臣の存在の理由が明らかになりましたので、それらの点につきましては、後ほど順々に御質問申し上げていきたいと思います。  したがって三木さんは、あなたの教育の思想なりあるいは提言、提案なり、まあときには言ったところの自民党、文部省の文教行政に対する批判的なものも含めて、あなたの思想を了解されての上でもってなお御推薦なさったわけでありましょうから、そういう意味では、率直に言って大臣もなかなか容易でないところがおありだろうと推察を申し上げます。  ただ、私、大変御苦労、御苦心もおありだろうと思うのでありますけれども、こういう言い方は大変失礼なんだと思うのですけれども、率直に言って、いままでの文教行政に対して批判的な要素も含め、提案や提言をなさっていらっしゃいましたね、それが大臣の地位について余りできなくなったということになりますと、これはあなた個人だけでなしに、批判する者——それはしはせん批判のための批判だとか、実現不可能な批判だとかというような、批判というものに対する国民の物の考え方、見方というものが、そしてそういうことがもし定着したならば、独裁の道に通ずるおそれがある。あなた個人が今度大臣をおやめになって学者やジャーナリストになられたときのことのみでなくて、実はあなたが権力に対する、反権力の弱いところに教育の独立はないとあるところにお書きになったごとく、それは単に教育だけでなしに、批判者が無力な者だという印象を与えることによって、私は日本の政治全体の危機をあなたの実績が左右するような気がするわけであります。そういう意味でこれは大変お苦しい、苦労なさるところでもありましょうけれども、どうか御健闘いただきたいと思うのであります。  私、大変感激をして読んだあなたの文章の中に「近代の社会では環境の中に人間が埋没してはいけない。特に国家の政治的権力が人間の良心を支配してはいけない。良心を持った人間は社会を、国家を、そして自分自身を突き放し、冷酷な目でじっと見詰める。そしてその不道徳なものを見出したとき、人間は自分を、社会を、そして国家をつくりかえようと精いっぱいの力を傾ける。たとえ社会全体が自分の考えを否定しようとするときにも、自分の考えが良心の声であるならば、じっとこれを守り続け、何とかしてその理想を自分の生活にそして社会に実現しようとする。これこそが人々の力によって支えられる民主的社会の礎である、」とおっしゃったこの一節。  私は非常に感銘をもってお読みしたところのことを、いまここに抜き出したのでありますけれども、あなたの良心を貫こうとすることと、同時に、その良心を妨げようとするものもあろうと思います。  それだけに、ことに先ほどおっしゃった民間人からという三木さんの言葉、私も、教育基本法第十条の「不当な支配」ということから、この委員会でも民間人でなければならないということを主張してまいり、大きな期待をかけ、歓迎をしているだけに、このことをまずお願いを申し上げたいと思うのであります。  ちょっとそこで山崎政務次官に。あなたは二月二日の福岡市の教育正常化福岡県民大会で、文部大臣代理として出席され、日教組は「羊の皮をかぶったオオカミ。永井文相を安易に利用させるな」というあいさつをなさった。あなたはその中では「羊の皮をかぶったオオカミには文部大臣をそう安易に利用させない」と言っていらっしゃる。文相代理でこの種の県民大会においでになったということ、この県民大会というものは一体どういうものかわかりませんし、文部大臣のかわりということも私は少し問題もあるように思いますけれども、しかし、文部大臣の代理で行って、文部大臣を勝手にさせないと言うのも、これは大変自己矛盾でございますけどね。  ただ、私はそういうことでなしに、この発言が行われたその基本のあなたの思想の上で、憲法や教育基本法についてのあなたの考え方をただしておかねばならない。このことを直接に問題にするのではないけれども、このことを通して感ずるところの政務次官としての憲法や教育基本法のあなたの解釈は、どうしてもこのことから承っておかなければならないと思うのです。  まず第一に憲法問題であります。一つは、議院内閣制でありますから当然与党がありますが、三権分立の中におけるその与党と行政府との関係をどのように御理解になっていらっしゃるのでしょうか、まず承りたい。

山崎平八郎自由民主党文部政務次官

○山崎(平)政府委員 ただいまの木島先生の御質疑でございますが、大臣代理として大会に出席したということは事実無根でございます。これはずいぶん省内で検討いたしまして、実はそのすぐ前でございますが、一月の末に岡山で全国の教研集会がございまして、大臣に、出られなければメッセージをという御要請がございましたが、ついに出席もできませんでしたし、メッセージも出しておりません。そういう直後でございましたので、一方の方にはお断わりをし、一方の方にはまあ代理を出すといったようなことは非常に問題があるので、これは政務次官として出席するというはつきりした態度で出たわけでございます。そのことは大臣からもお許しをいただきました。  そこで、出席いたしまして、いまの言葉が出たところでございますが、何を根拠に御質問があっているのか、実は予算委員会の方で大変この問題で時間をおとりになったようで、ただいまの議院の運営上私も非常に遺憾だと思っておりました。できれば予算委員会の理事会にでも出まして、問題の正鵠をついてない点について少しく御説明がしたかったわけでございますが、幸いと申しましょうか、きょう木島先生の方から御発言がございましたので、ここで一言だけ説明をいたしたいと思います。  その大会は、御承知のように教育正常化県民大会ということでございまして、福岡県の場合、全国の中では教育が正常でない事情が強くあるということ、これはもう御承知のとおりでございます。したがって、そこに正常化の大会が開かれましてそれでいまの私の言葉が、いかにも出席の群衆をアジるがごとくそのような言葉が発せられたのではなくて、実はこの教育正常化集会の大会委員長というのがおりまして、これは県会議員でございます。その県会議員の山本辰雄という人が開会に当たりまして、実は大声を上げて申したことは、私自身は申し上げたとおり政務次官として座っておったわけでございますが、われわれはこうやって教育の正常化を目指して大会を開いたが、文部大臣はいわゆる日教組の講師をしておったことがあるということで、実はそれに近い、その側の人であるから、なかなかこの正常化ということは永井文部大臣のもとではできないのではないか、いや私はできるとは思いませんと実は最初激しくぶち上げたわけでございます。これに対して、私は政務次官といたしまして黙って見過ごすわけにいきませんが、実は私はちゃんと細かく文章を整えて祝辞を用意いたしておりました。それを読めばいい立場でございましたが、ここまで言われてはそれを読むだけでは終わりませんので、皆さんのお許しを得て、実は一言説明をさしてもらいました。それに対して申した中に、実は私の後には県の亀井知事も出席いたしておりましたが、亀井知事は御承知のように福岡県が先ほど申し上げました正常化されてない教育の状況のもとに、いろいろ苦労が多いので、常日ごろいまおっしゃった言葉を使っておられた。したがって、永井文部大臣がいわゆる日教組に近い人だから正常化はできないとおっしゃるが、いわゆる亀井さんがいつも言っておられるようにと言っていまの言葉を言いまして、そういう日教組というものに対して近いとおっしゃるが決してそうではない、こういうように実は修飾語がついているわけでございます。私がそこで造語をして、いかにも得々と申したり激しい口調で言ったのではなくて、話を引用したにすぎないわけでございます。これを取り上げて某新聞が非常にセンセーショナルな書き方をしております。これは私も目にいたしております。それをもとにこの議論をおっしゃるのならば、これは私は非常に当たらないことである、こういう前提をつけ加えさしていただきたいわけでございます。したがって、それが終わりましてから私はその祝辞をまた読ましてもらいました。それがその一場の風景で、バックにはそういうことがあったわけでございます。その情勢の中で起きたことであって、その辺をよく御承知の上の御質問と存じますが、ひょっと誤解の方もおありかと思いまして、大変時間をとりましたが、一応この機会をねらっておりましたので、御説明さしていただいたわけでございます。  先生の御質問のとおり、三権分立ということはよく私もわかっております。その範囲内での行動でございまして、決して大臣の代理で出たわけでもなしに、ただ政務次官である以上、自分の仕える大臣が教育の正常化ができないと言われたのでは、そのまま祝辞を読んで帰るわけにはまいりません。そういう情勢があったので、そのことをひとつ十分に御了解いただきたいと思う次第でございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 私の質問は、三権分立を知っておるとおっしゃいましたが、三権分立の中における議院内閣制の与党と行政府との関係をどう御理解なさっているかという質問をしたのであります。もう一回。

山崎平八郎自由民主党文部政務次官

○山崎(平)政府委員 恐らく教育の問題に関してと思いますが、(木島委員「いいえ、全般」と呼ぶ)まあ教育を含めまして、要するに行政の問題は、教育につきましては、一例を挙げますと、文部省の立場は指導、助言を行うことになっております。(木島委員「だれに」と呼ぶ)各地方自治体に対しては。教育問題に関してはそういう状態にございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 もうちょっと進めます。  三権分立ですけれども、世界の形、三つあると思うのです。一つは、たとえばアメリカのような完全な大統領制。これは完全な三権分立ですね。それから、イギリス、あるいはまあ日本もそうでありますけれども、イギリスと日本は違いますけれども、これは議院内閣制。そして、たとえば社会主義国のように一体制というのでありましょうか、そういう三つがある。そこであなたは三権分立は知っておるとおっしゃるけれども、それはアメリカの大統領制と全くイコールではない議院内閣制である。したがって、衆議院の第一党から、いまで言うなら自民党から自民党の内閣が出る、総理大臣が出る。したがって、そこにおいては三権分立と与党と行政府との関係をどう理解するかということ、このことを私は聞いておるのです。この発言については、政務次官が憲法というものをどう理解していらっしゃるかということを、政務次官の思想を聞いているのです。政務次官、あなたは憲法によってあるいは教育基本法によって政務次官として行政をなさるのです。そのあなたの思想を聞いているのです。お考えを聞いているのです。憲法の解釈を聞いているのです。

山崎平八郎自由民主党文部政務次官

○山崎(平)政府委員 それがいまの事件との関連をひとつ……

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 事件で言っているのではないのです。そのことを通しての基本的なものの考え方を聞いているのです。——ぼくは永井さんに聞いてませんよ。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 議院内閣制におきまして立法府行政府の関係を次のように私は理解いたしております。  まず立法府は第一党を当然尊重いたしまして、第一党が政党内閣を組織いたします。しかしながら、第一党の政党内閣の組織化に当たりまして二つの基本的な条件があるというふうに考えます。一つは憲法に基づきまして、また憲法以外の法につきまして、国会において規定せられたる範囲内において第一党の政策が展開されるわけであります。しかしながら、その範囲内におきまして第一党は政務各般にわたりまして第一党の立場からするところの政策を樹立、展開するものであります。これに対しまして立法府は、第一党のもとに組織化されました政党内閣の政府の一部である限りにおきまして、その政策の基幹は第一党の政策によって左右される面が十分にあります。しかしながらその立法府の行政の施行に当たりましては、憲法はもとよりのこと、その他の法規につきましては国会において成立いたしました法律を基本的な条件といたしまして、その法律に基づいて厳正、中立なる行政を行う、そういう役割りを担っているものであると考えます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 そういうことなんですな。したがって私は、このことから言うことは、三木さんやあなたが言う対話と協調というものが議会の中で基本的に必要である。でなければ、第一党の意思だけが、その指導によってその政策が行政府に行われるならば、多数で決めるならば、野党は不要である。しかし三権分立というものの中には、たとえば理事会に出ていらっしゃるから山崎さん御存じでしょうけれども、私も各党一致するところの議員立法には一生懸命にやっておるつもりです。そういうことも通しながら対話と協調、これが与党と行政府との議院内閣制における議会の任務の一つだ。三木さんや永井さんが対話と協調と言われるゆえんは、この憲法解釈から出発していると私は理解するのであります。だから、あなたがその内閣、その文部大臣の下にある次官として、そのことをきちっとわきまえておらなければならない。さっきあなたはぐじゃぐじゃといろいろ弁解なさったけれども、この新聞を見る限りそのおそれがあるから、あなたの憲法解釈をまず聞いたのであります。もうあまり時間をとるのはいやですから、次に進みます。  次に、あなたの教育基本法についての解釈を一つだけ聞いておきます。教育基本法第十条の、「教育は、不当な支配に服することなく、」という「不当な支配」とは、あなたはどのように理解されておりますか。

山崎平八郎自由民主党文部政務次官

○山崎(平)政府委員 ただいまの御質問の不当なる支配というのは、たとえば政治的圧力その他を言うのであります。そう解釈いたします。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 学者によっていろいろありますけれども、少なくとも公権力の支配あるいは政党の支配、なかんずく与党の支配、だからこそ民間の大臣でなければならないという論理が、そこから三木さんは当然お考えになったところの一つの法的な基礎であったろう、だからこそ私は永井さんを歓迎すると申し上げたのであります。だから、そういう意味で、あなたの思想の中に自民党員でない文部大臣を、自民党員である政務次官が少なくとも大臣の行動を制限しあるいは大臣の考え方をチェックし政策を阻止するごときことがあってはならないと十条から思うのですが、その点をあなたの思想として進んでもらわなければいかぬと思いますが、いかがですか。

山崎平八郎自由民主党文部政務次官

○山崎(平)政府委員 ただいまの御質問は、政務次官として大臣に対してどのような態度をとっているかということにも相なるわけでございますが十二月の十二日から今日までお仕えしておるわけでございますが、実は先ほどの県民の大会でもそのことを申しましたけれども、私は率直に政務次官としての私の意見を大臣に申し上げます。それに対して非常に御理解ある措置をいつもとってくださる、そういう段階でございまして、先ごろの問題につきましても早速その後御報告を申し上げましたが、その中で、率直に言いまして大臣からのお話は、先ほどの言葉の中でオオカミという言葉は自分はあまり好ましくないということをおっしゃいました。おっしゃいましたが、私はその前に弁解ではございませんが、これは知事の言葉をかりて述べたいわゆる話の中の一句である。それには形容がういておるので、というもとにこういう御回答でございましたので、これは私に対するおしかりとは受けませんでした。  そういうこともありまして、一々例を挙げると時間がかかりますので、挙げませんが、意見として申し上げましたことについて非常に御理解ある方だ、だから、ただ日教組と一体になって正常化ができないといったようなその大会委員長の言葉は不当であるということをなじったわけでございます。  以上申し上げます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 私が言っているのはそのことを通しての、いま三木内閣の対話と協調、永井文部大臣の対話と協調というその思想は一体どこから来るかと言うならば、先ほど御質問したところの憲法そして教育基本法の十条、「不当な支配に服することなく、」ということで、民間の大臣が出るならば一層対話と協調というものが前提にならなければならぬというのがいまの三木内閣、いまの文部大臣の思想であろう、法的な根拠ではそういうことであろう、そのことを理解せずして政務次官が勤まらぬだろう、政務次官の意味はないだろうという意味で聞いたのであります。もういいです。  で、大臣に返ります。先ほど三木さんがあなたを御起用になる場合に、政争の場から静かな場ということですか、あるいは教育と政治との分離ということでありましょうか。そこでいまそれでは政争の中にあるという現状は、具体的には何を、どういう状態をお指しになっていらっしゃるのでしょうか。政争の場から外すということは、現に政争の中にあるということでしょうね。したがってそのあるという政争とは一体具体的には何か、それを明確にしない限りそれを除去することはできませんから、まずそこからお聞きいたします。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 三木首相と私が話しましたことはきわめて多岐にわたります。政争の中に教育があるという問題は、私は一つは冷戦と関係があると思っております。これは戦争直後、冷戦状況というものがございませんでわが国の民主社会が発足したのでありますが、間もなく冷戦状況になりました。そして二十数年を経ました。その間におきまして保守、革新の政治勢力というものが世界の冷戦状況をきわめて鋭く反映したというふうに考えます。それは要するに国際的な政治的な対立の状況の反映でありますが、教育というものはそういう問題を教育的に考えなければいけないものだと思います。というのはどういう意味合いであるかというと、私は断固としてAの立場をとる、そこで子供たちもひとつその考えで進まなければいけないという政治運動をいたしましたらば教育になりません。ところが遺憾ながら、この二十数年冷戦状況の中にありました中で、一方が絶対に排除すべき国際勢力、他方は擁護すべき国際勢力という形で、教育界における議論にとどまらず、相当な——私が好まない言葉でありますが、いわゆる闘いというような言葉も用いられるに至りましたことは、ほかにもございますが、一例として教育が政争に巻き込まれたことであると考えております。  なお、つけ加えて申しますならば、今日私がこの仕事に当たりますその立場で世界の歴史の変化を見ますと、そういう冷戦状況からも相当の変化がございまして、私は一挙に世界のいわゆる東と西の意見の違い、対立というものが解消するというふうにも考えませんが、少なくも強烈なる冷戦状況と違う段階になってきたということも、私が三木、首相ではなくかって外相をやっておられた時分に外相とお話をした、そしてそういうところであるだけに、政治においてもいままでのような非常に激しい対立をわが国内に反映させることは望ましくないが、いわんや教育においてはそういうことがあってはならない、こういうふうに申しました。それが一例でございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 それではそこに限ります。  現在の教育の政争という現状、その由来を探らなければ未来をどうするかという方針は出てまいりません。そういう意味でお聞きしているわけでありますが、いま、国際情勢が教育に反映した、言うなればそこから日本における教育界の政争というものが出発したと理解をしてよろしゅうございますね。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 やや間接的でありますが、まず国際的な非常な冷戦状況というものがわが国の政治に反映したと思います。その政治に反映しました非常に強烈なそして限定的な世界の政治勢力のいわば基底というものがありますが、それを教育界の論理の中にも持ち込んだというふうに考えております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 私、前の奥野文部大臣がおやめになる直前でありますが、大臣室でもって、あなた、ずいぶん日教組、日教組と頭に来ているようだけれども、日教組と文部省の蜜月時代があったんですよと言ったんです。そうしたら、えっとおっしゃるんです。わずかの期間だったけれども、ことに当時民間大臣、不当な支配に服することなくという十条の思想によって、四権分立的な立場——四権分立とは申しませんけれども、教育権の独立的な立場、その中で民間大臣があり学者大臣があって、その限りでは、言うなれば戦後の新しい教育というものを生き生きとつくるために蜜月時代がありました。いまおっしゃるように、二十五年、朝鮮戦争、すなわち冷戦に入る、それが政治に反映する。政治に反映して、昭和二十七年岡野清豪さん、その次二十八年大達さん、政党大臣があなたの前まで続いたわけであります。それはいまおっしゃる冷戦によって政治が支配され、そして与党である自民党の思想をもって教育が支配されてきた。そこから文部省と日教組、自民党と日教組の政争という言葉で言うならば、いわばその出発点があると私は考えます。  このことは、あなたがその当時やはりお書きになっていらっしゃるので、長くなりますけれども……。  「昭和三十一年六月二日午前八時三十七分、時の参議院議長松野鶴平氏の要請をいれて、警官隊が議場に入った。「地方教育行政の組織及び運営に関する法律案」、つまり教育委員会を公選制から任命制に切りかえる法律案の決議直前だった。やがて乱闘がおこった。翌日の新聞には、社会党の議員が議政壇上におどりあがっている姿、堂々たるわれらの選良がつかみあっている姿がデカデカと掲載された。噂によれば、乱闘議員には教育出身者が多いということだった。世論は一斉に乱闘批判にかたむいた。新聞の写真を見たとき、「これでは困る」と私も首をかしげた一人だった。けれども、乱闘のはげしさは、法案の重要性を象徴していたのだった。それ以前の“破防法、“教師の政治活動に関する二法律もそうではあるが、教育委員会制度の任命制切りかえこそは、反動教育という建物をきずく上に、だいじな土台石だったのである。それ以後、この土台石の上に、反動教育という名の建築物がきずかれる過程についてはこの本のなかの「政治と教育」の章で、かなり詳しく述べたからここでは立ち入らない。ここでは建物の骨組だけをスケッチするにとどめたい  任命制教育委員会は、文部大臣および文部省の都道府県並びに市町村教育委員会に対する支配権を確立するものだった。そのつぎにきたのは「勤務評定」である。これによって、こんどは中央政府に支配された教育委員会が、転じて校長を、さらに校長はそれぞれの教師をコントロールすることになる。そして、そのつっかい棒になって校長をはげますものが「管理職手当」である。」後は読みません。  昭和三十一年、まさにおっしゃるとおり任命制に切りかえました。そして昭和三十二年、校長を管理職にいたしました。昭和三十三年、勤評闘争が起こります。昭和三十四年、学習指導要領の改正が行われます。かくして文部省、県教委、地教委、校長、それが教頭につながる。そのことが、さっきあなたがおっしゃった冷戦構造の中の政治、本来政治から独立して四権分立的な思想のもとに運営されねばならない教育は、この政治を反映した。このことが蜜月時代であった文部省と日教組の平和を破ったと見なければならぬと思いますが、いかがでしょうか。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 その最後の問いのところがちょっとつかみにくかったので、繰り返してお願いいたします。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 その出発、すなわち、いまの政争と言われる日教組と文部省なら文部省、自民党というものは、かつて蜜月時代があったわけですね。ところが、あなたがおっしゃる冷戦、朝鮮戦争、安保、憲法改正、そういうものが出てきた。そこで政党支配、党人文相、それがストレートに来た。そのことが任命制であり、校長の管理職であり、勤評であり、そこから蜜月時代と別れて政争に出発した。その今日の政争の原点は一体どこだったかということを明確にしなければ——私はそこにすぐに返れというのじゃありませんよ。けれども、そのことを明確にしないと、対話と協調というけれども、対話と協調の広場、共通の土俵をどこで築くかということがなしに、私は対話と協調はあり得ないと思うのです。その原因はどこかということをまず聞いているのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 ただいまお読みになりました私がかつて書きました文章、それから先ほど御質問のお言葉の中に、自民党、文部省は非常に政治的であるというふうに私が述べたという御指摘がありました。私がいまの文章を書いたということはもちろんそのとおりでありますが、ほかに「近代化と教育」というもう一つの本がありまして、その本の中により一層明確でありますし、そのほかにも「日本の大学」という本もそのことを論じておりますが、実はもう少し包括的に問題をとらえるべきであるという考えがあります。と言いますのは冷戦状況に入りましてからの事態の推移についていろいろ考えました。そうすると、なるほどわが国において与党にも相当の緊張というものがありましたが、私は実際考えてみますと、そしてまた事実に沿ってそれを明らかにできると思いますが保守、革新両党ともにきわめて政治主義化したというふうに考えます。特に教育問題をめぐってそうなったのではなかろうか。そこで、その原点、蜜月時代からどうなっていったか、そして困ったところはどこにあるかというと、いまのように保守、革新両勢力ともに教育問題というものをきわめて政治的な角度からとらえるようになる傾向が年ごとに強まった。  そしてその結果あらわれた私が言おうとしていることを、一つの証拠で示しますと、中央教育審議会の答申が出ます、そうすると、中央教育審議会の答申は全部だめだ、あの路線は全部だめだというような議論が出るのです。また、あの路線は全部よろしいという議論が出ます。これは私はどちらも教育的でないと思います。なぜかならば、あの答申は二百ページぐらいあるのですが、それを吟味いたしますと、中に相当いろいろなことが書いてあります。そこでそのいろいろなことが書いてあることを考えますと、全面否定ないしは全面肯定という考え方ではこれは進められない。  そういうふうになったのは後の結果でございますが、そのようになったよって来るものが何であるかというと、いま御引用になりました文章、それをもっと包括的にとらえると、与野党の対立というものが政治に反映したというふうに把握することが正しいというふうに考えております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 その後の現象とすれば、おっしゃるとおり与野党が政治的な政争に入りました。だから、私がいま聞いているのは、その出発は——蜜月時代が続けば、冷戦であろうとも政治に影響されない冷戦で、独立的な教育行政が行われておれば、こういう与野党の政争と言われた状態も起こらなかったかもしれない。だからその出発はどこだったのかということなんです。いま中教審を出されました。これはまたあとでお聞きしますが、しかしあなたは、たとえば中教審のときの論説で四十六年の中教審答申の中で、いまの中教審と別にいたしまして、いまの質問に関連すると「戦後の教育改革の原則は平和と民主主義であり、この原則にしたがって教育の構造、内容、方法も一変した。ところが戦後日本の最初の課題は経済復興であり、やがて目標は経済成長に移った。政府・与党の判断では、この政策の遂行のためには、戦後教育の原則よりも、明治教育のそれがより適切とされたと思われる。政府・与党と教育界との対立は、少なくとも部分的には明治教育と戦後教育の対立であった。二十余年の歴史をかえりみると明治教育の伝統に不死鳥のような強さがあったことを痛感せざるをえない。」とあなたも中教審のときにお書きになっていらっしゃる。もちろんあなたのおっしゃるとおり中教審は、これは路線であるか否かということはまた後でお聞きします、もちろん全部は否定しません。たとえば、最初の草案になかったところの障害児や幼児がいろいろな批判の中から入った。それはむしろ批判した者の望むところであったかもしれません。部分部分にはおっしゃるとおりです。あなたもその点は書いていらっしゃる。それはわかります。けれども私の言うのは、この政争というものは、あなたのこのことを言うならば、明治教育か戦後教育かということの選択が大きな、あなたは包括的とおっしゃいましたが、包括的に言うならば、そういうことが実は政争の原因であったのではないのかということを聞いておるのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 どうもその原因論の追及というのは、先ほど申し上げたように冷戦状況ということが、昭和二十年、わが国が敗戦の経験をいたしまして後しばらく蜜月時代が続くのでありますが朝鮮戦争の勃発よりやや前、二、三年前から冷戦状況に入ったと思います。そこで、その場合に保守、革新の政治勢力がありますが、どちらがどこでどう、いわば事態の変化を動かしていったかということ、これは相当詳細に検討いたしませんとその時点における正確な原因論というものはなかなか追求しにくいと思います。これはいろいろ研究はたくさんあります。私はそれについていま断定的なことを、何年の何月何日のどの時点におけるだれの発言というものがまず最初の動きをつくったということをここで断定することはできません。しかし、今度は、明治的な考え方というものと戦後的な考え方との間に一つのいわば問題点を生じたというのが第二の要因であるということはいまも思います。その問題点はどこにあるかというと、明治国家というのは非常に苦しい状況の中でわが国の独立を目指しまして、非西洋において最初の独立国家として成立したものだと私は思います。これは十九世紀であります。その国民国家というものを形成するということは非常に大変であったのでありますが、いろいろな構造的な問題はありますけれども、今日の時点、すなわち第二次大戦後の時点において問題になりますことの一つは、そういう形の国家というものと国際的連帯の関係であろうかと思います。そのことはずっと戦後から今日に至るまで問題になっていることだと私は思います。  そこで、そういう点において明治的な教育の考え方というのは、国民国家の形成という意味合いにおいて非常に重要な役割りを歴史的に果たしたと思いますが、しからば第二次大戦後さらに今日に及ぶそういう国際的な連帯の時代の教育、それはわが国の憲法におきましては平和主義という形で表現されておりますし、国際協調ということを言っておりますが、そういう面ではやはりもっと新しいものが出てこなければいけないというのが私の考えでありまして、その点については相当議論がありましたけれども、実は私は野党の方からも必ずしも明確な考えが出なかったという考えです。その一例を挙げますと、たとえば韓国の問題をめぐって与野党対立いたしましたが、私のように教育の立場にあります者から一つ遺憾なことを率直に申し上げますと、その際野党の方々が非常に国際的教育ということをお考えになるならば、なぜわが国における朝鮮語の学習というものについての具体的な案をおつくりにならなかったのか、私はそういう点において、野党の方々も問題を煮詰めるときに教育よりもいささか政治に傾斜するきらいが強かったと断ぜざるを得ないのでございます。そこで、そこを断じたのでは対話と協調に相なりませんから、そこで私は今日の時点において、これは与野党を超えまして、明治的な国民国家の形成の重要な役割りというものをわれわれが認識いたしまして、そして祖先がつくり上げたものに深い敬意を持つと同時に、持てば持つだけさらに先に進んでいかなければいけない。それは平和と国際協調というものを具体的に教育の場面に実現していく、こういうこともはっきりしていなかったということが教育の場に政争が持ち込まれたことのもう一つの要因であるかと考えております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 蜜月時代から対立にいったという私はその原点をいま聞いているのですが、その後のあなたの動きをおっしゃったようです。しかしそういうことは、私がいま質問するところの余り重要なものではないのです。たださっきおっしゃるように、対話と協調という場合にどこに土俵をつくるのか、どこに共通の広場をつくるのかという観点からお聞きしておるのです。政争から除外しようとするならば、共通の土俵がなければ対話と協調もありません。したがってそれが明治教育か戦後教育か、この議論もさることながら、もしあるとすれば、その共通の広場は、憲法、教育基本法に基づいて教育を対話と協調の中で築いていくということがあなたの政争から除外するところの原点になるのではないかと思うのです。そういう意味で聞いておるのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 ただいまの御発言で、御質疑の要旨を私が十分につかみかねていたのを非常に明瞭にしていただきましてありがとうございます。まさにおっしゃいますように、憲法、教育基本法というものが原則でなければいけない。その原則というのは平和、平和というのは国際協調に関係がある。そういたしますと、これは世界のどちらかの国々とつき合ってどこかとはつき合わないという式のものではなくて、どこの国との関係というものも最終的な目標は平和にしていくということを考えて、これは政治もやるのでしょうが、いろいろ困難があるが、教育の場面においてはこういうものを冷静に考えていく。さらにわが国の中に民主主義を実現する場合には貧富の差もありましょうし、あるいはまた心身障害の方々、こういう方たちの基本的人権の問題もあります。こういうものを具体的にどうやっていくか、憲法、教育基本法の基本的な精神というものにまさに立ち戻るというところが対話と協調の出発点と考えております。それを具体的にどう展開するかということは、また後に必要に応じて申し上げます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 一致したことで進みませんとあれですから先に進みます。  憲法、教育基本法については後でちょっと触れますが、その前にあなたは中教審の話がありましたので、ちょっとそこへ戻ります。  先ほども言いましたとおり、それは二百ページのものを全部を否定しても全部を肯定してもいけないんだろうと思うのです。ただ、路線であるか否か、この間三塚さんの御質問にお答えになって路線として対決してはいかぬ、それはことごとくという意味ではなしに、しかし一定の、根底の思想がある。教育というものは計画的なものでありますから、計画には一定の思想というものが背景にあって、その背景に基づいて改革案というものがつづられておる。その個々には賛成する者があり反対する者がある。しかし、その背景というものは、あなたの言葉を使えば、経済主義、立身出世主義あるいは政治主義的な要素が非常に強い。ことに高度経済成長政策になってから資本に多分に隷属したところの傾向があります。そして中教審もその思想というものの延長線上にあると言ってそう大きな間違いはないだろう。しかし、高度経済成長政策というその思想はきのうの思想であります。そのきのうの思想はきょう否定されております。教育はあすを準備するものであります。あすをきょう否定されておるきのうの思想でもってもしなされるとするならば、これは誤りであろう。とするならば、そういう一つの路線と考えていいのではないか。私はあなたの路線という意味の別の意味ではあるかもしれませんけれども、したがってそういうきのうの思想というものが背景にあるとすれば、その思想がきょう否定され、あすを準備する教育がそれによってつくられるとするならば、やはり考え直さなければならぬ部分も相当にありはしないだろうかと思うのですが、その点ひとつ。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 わが国の戦後を顧みますと、一つは、いまそこにお述べになりましたように経済復興でありまして、次に経済成長ということになりました。私は一つの国家に歴史的時代精神というものもあると思うのです。と言いますのは、明治国家というのは富国強兵でございました。それで、日本は再び強兵を目指さないということでいわゆる経済国家として成立していくというのがそれ以後の状況、つまり経済復興以後の状況であったと思います。その間におきまして、教育というものをともすれば単純に経済国家をつくる手段と見やすいという考え方ですね、あるいは自分が経済的に相当の地位についていく手段と見やすいという考え方が強まった、これは中教審と一応別なんですが、そういう考え方というものが社会一般に広まったということは否定できないと思います。今日にも及んでいると思います。その文章の中で言っていることは、日本のこの次の段階というのはさらに先に行くんではないか。ということは、人間が経済活動をしないとか職業活動をしない、こんなことはあり得ないわけでありますから、もちろんそれは今後も非常に一生懸命にやっていかなければいけないのでありますが、しかし、ただ経済的に富裕になる以上のことを考えなければいけない。中教審の路線、答申というのは、その点をそれほど強く述べていない、そのことは申しました。しかし、これは非常に細かく吟味して考えていくべき問題でありまして、たとえば教養課程のつくり方というふうな問題もそこで述べられているのです。それから、幼稚園教育のことも述べられています。さらにまた、実はこれは私も非常に評価したし、中教審答申のおもしろい点なんですが、従来の国公私立と違う形の大学をつくろうというのがあるのですが、これは四十六年から今日に至るまでさっぱりどうも国民の間でも論じられなくて、ほんの一部で語られているにすぎないようなものでございます。これなどは私はいわゆる経済主義的なるものからさらに抜け出ようという一つの萌芽がそこに含まれていると思います。  そこで、お言葉でございますが、私は余りレッテル主義というのを好まないのです。つまり何かが出るとこの路線、だからよくない、それはちょっとどうも感心をいたしませんので、なるべく中身を細かく吟味するという形で考えていきたいと思います。しかし、にもかかわらず御指摘のように当時わが国は高度経済成長でありますから、そういう中で一層成長を遂げていこうという形の考え方というのは、いつも申し上げますが、その試算のところの計算の仕方を見ましてもある程度は反映しているというふうに考えます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 いまおっしゃいますように、国家目標の手段として教育を掲げられやすい。したがって、高度経済成長になると、極端な言葉で言えば学校というものは安くて便利に使える労働力の生産工場的なものだというものが出てくる。そういうものが政治の目標の手段となるところに政治主義があり、そして経済中心であるから経済主義になり、経済主義になるから立身出世主義になる。そのことがたとえば入試地獄にもつながってくるし、あるいは入試用の知識というのを、あなたもおっしゃるように、これは批判なき暗記でありますから、創造に利する知識にはならないという基本的な問題も出てくる。あるいは時に非行がふえる要素にもなろうし、あるいは三無主義などと言われる要素にもなったかもしれない、あるいは運動の暴走になったかもしれないという要素がいろいろあろうと思うのです。  私はそのことをさらに進めたいと思うのでありますけれども、おっしゃるとおりあなたのそのときの論説の中には——やはりそこでお聞きしたいのは、この間新聞に文明問題懇談会ですか、大変あなたがいままで文筆によって主張されておったあるいは中教審の答申のときころからより強くそういうお考えをお持ちになったんじゃなかろうかと思うのでありますけれども、未来とは一体何か。教育は未来を準備する限りにおいては、未来という世界、あるいは日本でこのことが一体何かということを抜きにして未来の教育を考えられない。高度経済成長に即したところの教育をやった、その子供たちがゼロ成長の中に生きねばならぬという矛盾が出てくる。だから、そういう意味において大変おもしろいと思うのです。その点はあなたの社説の中にも「教育における未来と過去を一言で対比すれぱ、これまでは国家の繁栄のためにあり、これからの教育は後期工業社会の人類共存のためにある。」「工業社会では科学技術が至上の価値であった。後期工業社会は科学技術、人間、そして自然の三要素の新しい調和をめざしている。それは産業革命以来、人類がはじめて直面する世界史的な課題であり、」云々と言っていらっしゃるところの趣旨、それとからめて文明問題懇談会をつくられる、私はこのことに非常に共鳴をするところであります。それだけにこの中教審の答申というものを全面否定ではなくて、もちろん私は個々にあなたのおっしゃるとおり肯定する部分がありますけれども、これをあなたがおっしゃったように一つのたたき台にして、ここに対話と協調を求めるならば、いまの政争というものの長い歴史を、たとえば昭和二十二、三年ころのあの蜜月に返せということはできなくても、憲法と基本法に基づいて、これからの教育はどうあるべきかということをあなたは文明問題懇談会でなさる、そういう要素も必要ですよね。そういうことも含めて中教審を国民の合意の場にするところの努力が必要じゃないか。その限りにおいては、あなたは中教審が述べていることをうのみにせず、むしろ一つのたたき台とするという態度で臨むべきではないか。また、改革推進本部は中教審答申だけを絶対とするかたくなな立場をとるべきではない。中教審が四カ年にわたって審議を重ねてきたことは評価するが、構成メンバーが年齢的にも立場の上でも偏っていることは否定できないとおっしゃっていらっしゃるごとく、私はもう余り多くを語りませんけれども、その中にこの際国民教育会議ともいうべき新しい公開の場で、広い層を代表する人たちが自由に討議することを考えてみてはどうか。中教審、日教組、国大協、私学関係者はもとより、各界の意見の対話を深めることなしに教育改革は起こり得ないとおっしゃって、さらにOECDの代表等の意見という非常に国際的なことも言っていらっしゃいます。私は、一方において、これは多少時間がかかりましょうけれども、したがって絶対なものとしてうのみにせずに、それは路線であるかどうかは別としまして、そういう国民教育会議式な広場というものを憲法、基本法の中でもってじっくりとやる。そして、あなたがおっしゃるように、その間に現在のひずみをどう是正するかということは、これはあなたのおっしゃるとおり、比較的一致する要素のあるところであります。試験地獄、幼稚園の予算不足、私学の財政危機、弱体な特殊教育など、あるいは人口急増地帯の教育問題、公害による教育環境悪化等を言っていらっしゃいますけれども、これらは合意は比較的容易であろうと言っていらっしゃいます。したがって、私は対話と協調といういまのこの一つの広場は、憲法、基本法でありますけれども、それをどの時点に変えるかと言いましょうか、どこに具体的な場を求めるかとするならば、一つには、中教審というものをうのみにせずに、あなたがおっしゃるように、国民教育会議のようなものでもっていろいろな意見を聞く、あなたのおっしゃるとおり、そのことなしに教育改革は起こり得ないのでありましょうから。しかし、そのことは同時に、あなたの近代文明問題懇談会ですか、そのかかわり等もあるわけでしょう。そのことを一方にやっておきながら、一方、当面は比較的一致できる要素のあるところの、ひずみと言われるものをやっていく、このことが、私は対話と協調というものの一つの具体的な出発点であろうと思うのですが、いかがですか。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 ただいまの御質問は本当に重要なこと、建設的な御提案を含めて述べていただきまして、非常に感謝いたします。  まず第一に、中教審の答申をたたき台にするという問題につきましては、文部省の中に改革推進本部というのがあるのです。いま実は作業中でございます。作業中というのは、フローチャートをつくりまして、どういうものがどのくらい進んできたか、どういうものが進まないか、どこに問題点があるか、いまその作業を進めております。これがいささか時間をかしていただきませんとすぐにはできませんが、先月から始めております。全く同じ考えでございまして、包括的に考えていかなければいけない。これが一つあるわけです。そのまた非常に長期的なものとして、文明問題懇談会はいろいろな基本的なことを考える。そして、いわば一番身近な問題といたしまして、おっしゃいましたように試験体制の過熱化とか幼稚園の問題等いろいろある。これは早急に、もうすでにそういうことを少しずつ始めておりますが、各界の人の意見を交換させる、そしてこの三つのものをだんだんに関連させながら次の段階に進めていきたいというふうに私は考えているわけでございます。  そこで、国民教育会議という言葉が出ましたがこの国民教育会議あるいは教育の広場ということを私は言ったのでありますが、それは大学紛争が起こっておりました昭和四十三、四年のころに、毎日新聞社の討論会で申した言葉であります。基本的にはいまもその考え方はいいと思います。ただ、そのときにもどういうふうにそういう教育の広場をつくるかということについて、具体的なことは述べておりませんが、現段階で考えておりますのは、たとえば教育課程の問題あるいは幼稚園の問題、こういうふうなところででき得る限り広く人々の意見を聞くということでありまして、そういうものから少しずつ、確実に、着実に固めていきたい。  さしあたっては、すでに御案内と思いますが、教育課程につきまして各地ですでに公聴会を進めておりますが、東京でも各方面の方々の御意見を聞くということを三月の初旬に始める、こういう形でさしあたっての問題、それから中教審の答申というものを本当に一つの下敷きにして考えるということ、それから歴史的展望という、この三つのものを関連させながら、これから対話と協調の教育を進めていきたいと思っております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 それに関連しまして、あなたどこかの御答弁で、日教組というのは労働団体であるから政策の審議会には入れないというようなちょっと御発言がございましたね。これはうちの最初の石橋さんの質問かもしれません。ぼく、議事録をきちっと確認しておりませんので、もし誤っておったらなんですけれども。しかし、日教組の場合にはあなたも多少かかわり、教研があったりあるいは検討委員会等もあって、これもあなたも両方とも一定の評価をしていらっしゃるわけですね。したがって、日教組と会うというのは労働条件だけでなしに、そういう一もし私が間違って理解しているんならいいのです。教育内容についても話さなければ、政争の場という具体的な問題の解決にはならないわけですから、それはそういうふうに理解してよろしいですね。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 私は議事録にそういうものがあったかどうか、これは検討しないといけませんが、私の見解はいま申し上げれば御理解願えると思います。つまり、木島先生も日教組の御経験がもちろん非常におありでございます。日教組も教育研究集会——先生が政界にお出になった後と思いますが、教育制度検討委員会というものがあるわけです。こういうところには組合の役員の方をリーダーにしていない。そして学界、教育界の人たちによってそれを進めていくという形をとっているわけですし、また実質的にそういうふうに進めようと骨を折っておられると思います。私は、こういうふうな考え方というものを理解いたしておりますから、組合のリーダーの方たち御自身にすでにそういう考えがあるわけでございますから、そこで組合の方たちとお話しするときには、立ち入った教育の細かい内容というものに触れることは妥当ではないんだろう。これは文部大臣も非常に細かい教育の内容というものに触れてはいけないということを各方面で言っておられますし、またそれはそうあるべきものだと思います。  そういたしますと、組合の方たちと話す場合には、むしろ教育の細かい問題ではない。そうすると、たとえば教育課程の問題ですね、これをどうするかというようなことについては、教育課程検討委員会にたとえば梅根悟先生がおられました。その梅根悟先生がお考えになっておって、槙枝委員長はお考えになっておらないという組織をつくっていらっしゃるわけです。そうでありますから、梅根悟先生に教育課程審議会に来て御意見を述べていただく、こういう意味合いでございます。しかし他方、であるから、教職員組合の方は一切合財教育のことを考えてはいけないというのは、これは非常にしゃくし定規なことであります。それは当然教育のことをいろいろお考えにもなりましょうが、しかし、非常に精細にそれを詰めて考えるというのは組合の役員がおやりにならないという立場で臨んでおられますから、私もこれを尊重して、そういうふうな考えでいったがよろしかろう、こういうことでございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 余りこんなことを議論しませんけれども、先ほどおっしゃったように、たとえば大体一致しましたね、さっきの中教審というものを一つのたたき台にするということとひずみ。この中であなたは、日教組というものも含めていままで述べていらっしゃるのでありますから、そういうふうに理解をいたします。どうかひとつ、余りそれこそ格式張らぬといいますか、しゃくし定規にならないで、気楽にお会いになることがきっと対話と協調のまず出発点だろう。政争という中に、もちろんさっき与野党間とおっしゃったけれども、実は日教組を目のかたきにしているような空気がちょっと強くありましたね。私はその点はひとつあなたの見解も聞いておきたいと思うのですけれども、たとえば教育基本法の前文には「根本において教育の力にまつべきものである。」、いわば教育万能論という式の思想がありますね。これはそうなんです。しかし、その教育というものを学校教育に限定をして、そして学校教育はすべて教師にかかわる、その教師はすべて日教組である、だから日教組が悪いから世の中が悪くなる。悪徳商社が昨年の国会で問題になったときに、その悪徳をやったような人間が出るようになったのも日教組が悪いからだというこの委員会の質問がありました。そういう式に、この教育基本法の前文というものを正確に理解せずに、すべて日教組が悪いのだ、町のポストの赤いのも、電信柱の高いのもみんな日教組が悪いんですみたいな、そういう空気がある。そこがさらに政争に拡大される。だから、忌禅なく、胸襟を開いて気楽にお会いなさい。どうもさっきの山崎発言が本当かうそか知らぬけれども、日教組と会うと言ったけれども、会わせないように時間を切ってやったのだなんというような動きもきっとあるのでしょう。それでは対話も協調もない。政争の場からはずすこともできない。そのことがあなたの任務だろうと思うのです。これはいいです。  なお、そういうことに絡んでやはり聖職論があると思うのです。聖職論なんというのは私はまさに不毛の議論だと思っています。ただ政治に教育と教師を従属させようとする思想が一つあるところに聖職論という議論が起こってくるのだろうと思うのです。これはあなたの著書にもある。これはもう時間がありませんからあまり触れません。こういうあたりも私はいま聖職論をあなたに、あなたの前の著書を引用して聞こうなんてしませんしかし、私がいま言っていることは、あなたが文部大臣としてそのいすに座られる、存在の理由は、最初に申しました、三木さんがあなたを何で文部大臣にしたのですかとお聞きした、それは対話と協調であり、政争の場からという、そのことをいまずっとお聞きしてきたところであります。  次に入りますが、時間がありませんから、あとすっ飛びます。この対話と協調の一つの原点は憲法と教育基本法。中教審答申について、あなたの署名入りの朝日の論文の中に、「教育には多様化、国民の総意を生かすことがだいじだというが、それならば文部省の力によって任命制に変えた教育委員会をもう一度、公選制に戻すべきではないか。」言うなれば、十条の、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負」うという直接——行政はすべて国民全体に責任を持ちます。しかし、この十条に「直接」と入れたゆえんは、この公選制というものを前提にした条文だったろうと思います。だからこそあなたもこういうことを言われている。しかし私はいますぐ公選制にせよと言うのではありません。しかしあなたのお書きになったこの思想は一体何かというと、「任命制に文部省の力で」とおっしゃったその意図が今日の教育界の中に厳然とある。そのことがたとえばさっきの山崎次官の福岡のあの正常化問題というのにみんなつながるのでしょう。あまり細かいことは申しませんがね。だから、たとえば公選制でなくても、それに近い何らかの工夫があっていいのじゃないか。ときに準公選の問題もありましょう。あるいは県、市町村の教育委員でありますから、その地域の、さっき言いました国民教育会議のようなその地域の会議が推薦母体になって合意をするとか、あるいは推薦候補者をしぼるとか、そういうようなことは文部大臣が——法律やその他ではなしに、そしてまた教育委員会や教育長会議等との話し合いでありましょう。そういうことを具体的に進めるということがあなたの御趣旨ではないかと思うのですが、そういうお考えがございましたら、お願いしたいと思います。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 私の考えは、全く教育界あるいは教育界以外の人でも教育に関心を持っている人が、確かにおっしゃいますように、初めから大変緊張するのでなく緩やかに話していく、ただし思慮深くなければいけませんが、そういう機運というものがだんだんにでき上がっていくのがいいんだと思います。そのために私はいろいろな努力をするつもりでございます。  で、きょうの御質問は主として日教組と文部省ということが話題になりましたが、私が考えていることを申しますと、実はわが国の教育の問題は日教組と文部省だけではないと思っております。  どういうことかと申しますと、これだけ大学の問題というのが大変なんですけれども、それでは大学ということについて、相当重要な責任を持っております組織がございますね、そこで一体相互にどのくらい話をしているか。具体的に申しますと、国立大学協会、公立大学協会、私学連盟、そのほか私学についてなお組織がございます。これは意外にお互いに話をしていないのです。そして社会の機運といたしまして、また国民の要望はなるべく国公私の格差を是正いたしまして、そして国民の要望にこたえるような大学をつくってほしいということだと思うのです。これまた一体どうして大学関係の組織がお互いに話さないのか、その原因はどこかということになるとなかなかむずかしいですが、こういうことも非常に重要なことでありまして、しかもこれも実は小中高の教育に非常に深い関係がございます。ですから、日教組と文部省が話せば解けるというようなことでなくいろいろなことが必要です。実は、私は明晩は経済関係の方々に教育についての話をしに行きますが、どういうことで行くかというと、卒業後の学歴偏重の問題についていろいろ意見を交換したいと思うのです。  そういうことで、私の方は文部省から道を開くつもりですが、同時に国民の間でもいろいろなところでお互いに道を開く、そういう機運がだんだん盛り上がってまいりますと、制度いじりということよりも、実質的に国民の本当に要望するような教育をつくっていく地盤ができるのではないか、その地盤づくりにできるだけ骨を折って毎日進んでいきたい、私はこういうふうに思っているわけでございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 したがって、制度いじりでもって任命制を公選制にということをいますぐ言わなくても、何らかのそういう民主的なものにする。任命制に切りかえたことによっての弊害を除去するところの措置を考えるというように理解してよろしゅうございますね。はい、うなづいていらっしゃいますから。  このことに絡んで実は内申を不要とする通達問題ね、これまた絡むと思うのです。私、これはやはり市町村の教育委員会の本質に絡む問題だと思うのです。しかし、あなたはこの前の予算委員会におけるところの嶋崎質問で、取り消すとおっしゃらないのですけれども、しかし少なくとも何らかの措置を、すなわち取り消すか、あるいは取り消さないとするならば凍結するか。凍結も明確な文書で凍結する場合もありますし、あるいは実質的に凍結する場合もある。凍結するとするならば——あなたはこういうことが起こらないようにとこうおっしゃった、これは今後の問題になりますね。今後の問題と、しかし現実に起こっている問題とを解決しなければならぬ問題である。もう理論は私は言いません。それはあなたの主張とか、いろいろありますけれども、具体的に、この問題というのは教育委員会のあり方、基本に触れる。言うなれば市町村の教育委員会の中にたった一つしかない権限です。これを取ったら市町村の教育委員会の形骸化につながるわけでありますので、この点は慎重にお考えをいただきたいと思います。  そこで、憲法と基本法という原点でありますがきょうは時間がありませんから、簡単な原則的なことだけお聞きしておきます。  まず高校ですが、私は高校というのは憲法上からいくと義務制を志向しているだろうと思っているのです。というのは、憲法第二十六条第二項「国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」保護する子女というのは、十五歳じゃありません。十八歳であります。本来未成人ですね。しかしこれは福祉法とか民法上から十八歳と考えていいでしょう。ですから憲法の志向するものは、親が保護する子女を普通教育を受けさせる義務を負う。これは十五歳じゃありません。いますぐに憲法上義務制にせよという議論じゃありませんよ。そして、「義務教育は、これを無償とする。」これは生存権的基本権であります。今日九〇%を超えておる。東京では九六%、九七%行っておる。行かなければ生存権が保障されるだろうか。ちょうどいまの中学校まで出なかったらまともに就職できない、まともに就職できなければまともに生存ができない、それと同じように、高校を出るのがあたりまえになってくれば、行かないわずかの人たちの生存権はどうするだろうかということが、これが無償の原則でありましょう。生存権の保障でしょう。そして、たとえば学校教育法の七十五条に、小学校、中学校及び高等学校に特殊学級を置くことができるとあります。これは、中学校の精薄、肢体不自由児、病弱の特殊学級の子供が高校の特殊学級に行ける。現在まだ高校に一つもありませんが、法律上はそうなっておる。これは全入の思想です。そうすると、一体行かないのは何だろうか。経済的な理由でしょう。これは教育基本法の第三条でしたか、経済的な理由ある者には奨学の道を講じなければならないとある。そういう法体系からいうと私は、保護する子女という年齢を考えれば、憲法は高校義務制ということを志向していると思うのです。けれども私はいま言うとおり、すぐにせよというのじゃありませんよ。しかし私は、こういうことを議論するのは、その憲法の示すところに従っていく中でいま何をなすべきかということを言うために言っているのですが、その点の憲法解釈について大臣のお考え方をお聞きしたいと思うのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 ただいまの憲法の条文に基づいて高校教育義務制を志向しているかどうかということについての法解釈的な私の判断は、差し控えさしていただきたいと思います。というのは、こういうことなんです。ただ法解釈と別に、実はわが国に現在高校義務化ということの要求が相当あります。それは私は重要であるということは認めます。しかし、いまの法からの関連で考えますといま高校だけをおっしゃいましたけれども、幼稚園はどうなるかということも、当然保護されているわけですから、それも考えなければならないことになりますでしょう。そうすると、幼稚園から高校まで、まあ幼稚園を仮に二年、高校三年というと、いまの御趣旨では、五年の義務化を実現する志向性があるかという問いに置きかえなければならないように思うのです。そこで、ちょっと判断を差し控えさしていただいて、もう少し実質的な角度からお答えさしていただきたい。  幼稚園義務化という要望もこれまたきわめて検討に価する重要なことなんです。しかしながら義務化というのは、これは申し上げるまでもないのですが、やはり教育的に見まして、どうしてもすべての子供を絶対にそこにやらせるということを、いわば学説的に十分支持するということが必要です。その場合に、幼稚園なのか、高校なのか。あるいは高校といいましても、三年を義務にするのか。ほかの考え方として、それは一年、二年と延ばしていくという考え方もあります。つまりこういうことを相当検討しなければならないと思います。もう一つは、財政的な裏づけというものがなければ国家は責任を持って教育義務化ということを行えないわけでありまして、これは幼稚園、高校、大学、それぞれについてどれだけの準備が必要かということを検討しなければならないと思います。  そこで、こういうことをいわば理屈で議論していたのでは行政にならないのですから、われわれがどういう考えで進んでいるかというと、現在はともかく高校というものに対する進学の要求が強くなってきておりますから、その趨勢というものに対しては、政府としてでき得る限りの力をかすという方向で進んできております。また幼稚園につきましても、これは私立に行っている幼稚園児が非常に多いですから、これについても財政的な補助を行うというような角度、そして幼稚園の長期計画がございますが、その長期計画でもって、どのぐらいのところまで何年に実現し得るかということを考えているわけです。しかし他方、教育学的に見て、小、中、高という教育課程がいかにあるべきかということを、教育課程審議会がございますから、そこで検討している。そして一体、小、中、高というものをどの程度までどういう形で一貫したものにすべきかというような検討を進めております。ですから、財政の側面、教育課程審議の側面の両方で現在は強化の方向に向かっている、ただし義務化というものに直ちに行くような考え方を持っていない、そういう形で私はこの問題に取り組んでいくのが現段階では妥当ではないか、こう考えております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 私も現実的な解決というものを前提にしておるということはさっき申したとおりですただしその場合に、何を志向しながら現実的にやっていくかということが必要でありますから、さっきおっしゃったように憲法、基本法というものを基礎に置けば、憲法解釈をすることがまず必要であろう。あるいはそれは不毛の議論だとおっしゃるかもしれませんけれども、私は必ずしもそうは思わないのです。まあしかしそのことはいいです  大臣、いま幼児との関係があるとおっしゃいました。そこで、その保護する子女を普通教育する義務を負うという場合の普通教育の定義というのは、いまおっしゃった小、中、高、大学、あるいは幼稚園、あるいは普通教育に対置するものは一体何か。どうお考えになりますか。これは幼児とからみます。いま、高校を義務制にするなら幼児ということもあるとおっしゃいましたので……。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 普通教育に対置するものというのは、専門教育というのが通常の考え方だと思います。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 そうなると、高校までが普通教育でそして高等教育と対置されるのじゃないか。初等教育、中等教育そして高等教育、大学ですね、その中等教育は前期中等教育、後期中等教育に分かれておりますが、私は普通教育というのは、前期後期を含めて中等教育までを意味するのだろうと思う。そういう憲法の普通教育という解釈から高校の義務制というものがある。そして幼児もこれまた議論の分かれるところでありますけれども、私も実はまだ迷いがあります、ありますけれどもこれは就学前の教育でいいのではないか。ただ幼保一元化とかそういう問題はありますよ。国民は教育を受ける権利を持つのですから、国民というのは生まれてから死ぬまでですからね、ですからそういうように理解をしていくことを憲法解釈的にきちっとしておきながら、それに向かってどう進んでいくか。たとえば高校に全部入る、そのための施策をする、ただ全部入ればいいということだけじゃありません。普通教育で、職業教育ではありません。高校義務化という思想に立てば、憲法がそうだとすれば、いまの高校の多様化というようなものはもう一回検討されなければならなくなります。普通科にならなければいけません。そういうものを含めて未来というものを考えなければならぬから言っているのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 いまの御見解は非常に傾聴すべき一つの御見解と思うのでございますが、現段階では高等学校教育の中に普通教育とそれから専門教育が含まれております。そこで多様化というふうな表現で言われましたが、これはすぐやめて普通教育にした方がいいというような御示唆ではないかと思いますが、それは必ずしもそうは言えない。それについて、たとえば水産高校というような例をとりますと、現状におきましても卒業生の約九割が直ちに就職をしていく。そして相当の需要にこたえているという事実もございますし、私は、直ちに高校を現在普通教育というふうに割り切れるかということに相当の疑問を持っております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 いま私聞いておりますのは、憲法の解釈上から言うとそうなりはしないかということを言っているのです。したがって、憲法、基本法というものを基礎に置いて対話と協調あるいは政争から除外するという広場を、教育を考えよう、さっきの話と一致しましたね。だからその中で憲法の解釈というものを私はお聞きしておるのです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 私は、憲法を重んじてこの教育をやっていくという点について全く同感なんでございますが、どうも先ほどの特徴校との関連におきまして、高校義務制を志向しているということにつきましては、ちょっと判断を差し控えさせていただきたい。これはいろいろ解釈の余地のある問題であると思いますので、私としてはこの時点において判断を差し控えたいことでございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 それは御検討いただきます。  その次に大学。大学の場合は、あなたの大学公社案等もありまして、尽きるところは、教育基本法第六条の「法律に定める学校は、公の性質をもつものであって、」、法律に定めるところというのは、言うならば正規の学校の形態、大学、高校、中、小、幼稚園、これを各種学校と区別しておりますけれども、しかし、私立とか国立とか公立と区別しておりませんね。この公の性質という公共性と私的経営における私学のこの矛盾が一番根本なんだろうと思うのです。  法的に言うと、いま言うとおり、たとえば教育基本法の第六条は「公の性質をもつ」という、そしてその二項においては「学校の教員は、全体の奉仕者」と言っている。これは国立とか公務員とかは別として、ここにもやはり差はない。それから憲法二十六条で言えば「ひとしく教育を受ける権利を有する。」教育基本法からいうならばその条件整備を国が教育権を保障するための義務づけをしておる。だのに学校教育法になると、第五条に設置者が負担することになっておる。この矛盾が言うなれば一番根本なんだろうと思うのです。これを私はいまとやかく言いませんけれども、あなたの思想というのも、国公私立は国公私立でもいいけれども、最終的には国が金をみんな持つという思想なんでしょうか、この法律の体系から言って。たとえば一緒にするという案もありますね、あるいは公社とか特殊法人なんかに……。けれども、公の性質を持つものだということを前提にして、法体系から言ってこの設置者負担というものを除かないと、国公私学問題というものは解決をしないんじゃないか。大学を国民全体に開かせるとかいうのは別の問題ですよ。いまの法体系の中の大学改革の中における一つの問題は、何と言ってもそうだろうと思うのです。この辺をどうお考えになっていらっしゃるかということです。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 私の考えは、確かに私立学校も公共的性格を持っておる、ところが財政的には国庫の補助がありませんでしたから、これは非常に強化していかなければならないという考えです。ただし先ほど、では要するに最終的には国が全部お金を持つということを考えているかとおっしゃいましたが、私が現段階で考えているのはそうではございません。私は長い間国立大学におりましたが、この国立大学でも完全に国庫に依存していることは果たして妥当なのかどうかということについて、ある程度のこれについての考えあるいは疑義というものもあるわけです。私が文部省に参りますと、初めて官僚の世界に入って大変じゃないかと言う人がいるのですけれども、嶋崎先生もそこにおいでになりますが、国立大学というものもなかなか官僚的なところがあります。  そこで、こういうものをどうしていったらいいかという問題はやはりあるわけで、そこで私は大学公社案というものを提唱したのです。といいますのは、もちろん現在のような社会あるいは将来の社会において、相当の公共負担というものが必要でありますが、完全に負担することが望ましいかどうか。むしろそれぞれの学校というものは相当の特色を持って自主的な経営を行っていくという角度から考えますと、少し新しい設置形態も考えた方がいいんじゃないか。どうも私学助成を言いますと、わが国で考えるのは、私学を底上げして国立並みにするというふうに思う人が多いのです。それじゃよほど国立がうまくいっている、何でも国立にすればいいという考えのようになりますので、それは私は必ずしもとらない。むしろ将来は、国立も私学ももう少し自主的に自分の特色を持ってやっていける方向に向けていく、それに対して公共的な国家の補助というものは責任を持っていくというのが一番いいのではないか。中教審の答申にもそのことが書かれております一カ所がございますが、ただ、まだ今日まで具体的になっておりませんが、今後検討を続けていくべきことだと思います。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 もう時間がないから、みんなはしょります。大学問題は大学の専門家がいますから、後でまた……。  これにはおっしゃるとおり、助成を進めていくと自治をどう守ることになるのか、どういう機関が必要なのか。たとえば高校以下は県教委、地教委という独立性、自主性、地方分権。じゃ大学は文部省でいいのかという議論もあります、あなたのおっしゃる提案もあります。あるいは授業料とは一体何か、受益者負担だろうか。国立大学のように営造物使用確認料ですか、私大協は営造物使用料、これらも現在の額との関係では非常に問題があります。そういう問題から少し大学における財政のあり方というものを詰めたいと思いましたけれども、きょうはやめます、ずっと一わたり各学校けりがつきましたから。  それと並行して、特殊教育ですね、この言葉は何か例外的な、よけいものの、普通でないものという言葉、これをひとつどうぞ御検討いただきたいのであります。  一つだけお聞きします。学校教育法七十五条の一項の免除、猶予、これは五十四年までのことは養護学校というのは一定のものまで義務制にしますけれども、ところがそれ以下の施設、それから在宅者には家庭訪問教師がありますね。これは行き渡っていません。そうすると、憲法上親の義務ですから、憲法第二十六条の二項によって免除する、猶予するのは、親の義務を免除し、猶予する。しかし、子供は教育の権利を有する。どの子もあります。これは余り議論せぬでもいいのですけれども、そうすると、親の免除をすれば、この親の免除をしたのは何かと言うと、親の生存権のためですね。重度の者を持つために、子殺しや親子心中が非常に多いですね。だから親の生存権として免除をした。だがしかし、子供には憲法に書いてある教育権が残る。それを一体だれがするのか。これは公がするしかありません。家庭訪問教師の国の補助金、これは私はずいぶん主張して、なってきたかと思うのでありますけれども、これは暫定的だと思っております。やはり施設に入れるべきです。この辺、文部省と厚生省との関係においてもっと詰めなければいけません。私は憲法違反だと思うからです。行政違憲だと思うからです。しかし、行政違憲だと言ったら、現実はおっしゃるとおり進まないのです。だからどうして在宅者をなくするか。しかし、その過渡的な措置として在宅者に対する家庭訪問教師がある。しかし、これは教員の定数の中に入っておりません。市町村がやるものに対するところの二分の一を補助するだけであります。しかも全部に行き渡っておりません。少なくとも、まず養護学校を義務制にしますね。そしてその次に施設にどう全部入れるかということを、この憲法の教育権から詰めなければならぬと思うのです。たとえば施設の通院——去年までは通院の子供は免除ないし猶予をしなければ入れないということだったのです。こういう問題の中から、去年の九月ですか、厚生省が変えましたけれども、実態は私は大変危ないと思っているのです。この辺は憲法の上から、教育権の上から、猶予、免除というものは、これは私は行政違憲だと思うほどであります。この猶予、免除は親が願い出ることになっております。親が願い出るのではなくて、国が当然保障しなければならないものを、施設がないから国が願い出ておるのじゃありませんか。この点を一つだけ最後にお聞きして私の質問を終わります。

永井道雄文部大臣

○永井国務大臣 特殊教育という言葉が適切かどうかということから御質問が始まったのですが、これは戦後非常にアメリカの教育の影響があってアメリカでスペシャルエデュケーションと言っているのに対応していると思うのですが、何かよりよい言葉があったら教えていただきたいと思います。  実は私は父親が身体障害であったのです。中学二年のときに骨膜炎になったものですから、当時は県立の中学を退学させられた。生涯、毎日足からうみが出るような生活をしていましたから、この身体障害の問題については、私は何か人ごとと思えない感じを持っています。よく勉強しなければいけないと思います。  養護学校の義務化という方向、これはおっしゃいますようにひとつぜひ実現しなければいかぬ。しかし、いまの免除、猶予の問題でございますがこれはなくした方がいいというふうにちょっと聞こえましたけれども、私はそうではないのではないか。もちろん免除、猶予、それを口実にいたしまして養護学校の充実を怠るというようなことをやったら、これは大変悪いことだと思います。しかし、医学的に見まして、外に出ると非常に危険があるというような子供もあるわけです。親は現在子供を義務教育に送る義務を負っておるわけですが、その親の立場からいきましても、どうしても自分の子供に免除が必要であるというふうに考える、そうして医学的にそうであるという場合がございますから、免除規定というものを設けておかなければいけないと思います。  そこで、その次に、そうするとそういう場合うちにおります。それには訪問教師というもの、これはその数をふやすという方向でいま対処しているわけですが、全部施設に入れたらどうかというのがお言葉の中にあって、これは厚生省と話してみたらどうかということですが、これも私はよく勉強いたしたいと思います。なぜかといいますと私も若干そういうケースを知っているのですけれども、施設に入るという場合、当然親や本人の同意が必要で、喜んで行くというふうに運ばなければいけないのですが、なかなかそうでない場合もあります。つまり、どうしてもうちでめんどうを見ていきたい、そして訪問の先生に来ていただきたい。実は私はこの問題は身近なものですから、ずっと戦前からいろいろなケースを知っているのです。わが国の教育がうまくいっているかどうか特にわが国において本当に人権が尊重されているかどうかというのは、ある意味において心身障害児の教育がよくできているかどうかということを物差しにして論じるべきだ、そのくらいに私は思っております。でありますから、先生のおっしゃったいろいろな方向は非常に大事と思いますので検討いたしますが、他方、私のそれに対するお答えも申し上げました。必ずしも直ちには猶予、免除というものをなくすべきではないと思うし、それから厚生省との話し方につきましては、施設に全部入れれば解けるというのでないケースもありますから、こういうものは本当に私も勉強をしてよく考えていきたいと思いますが、御趣旨の基本の精神というものは十二分にこれを体して、本当に人ごとでなく一生懸命にやりたいという気持ちを持っております。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 もう終わります。  私、きょう御質問申し上げたのは一貫しておるつもりなんです。あなたが大臣のいすにつかれたところの意味は一体何か。対話と協調であり、政争の場から憲法、基本法を基礎に置いて、それを広場にしよう、それは合意ができました。したがって、いま私は飛び飛びでありましたけれども、その憲法、基本法の何を志向しているのか。しかしさらに具体的には、過渡的にいろいろな方法があろう、そういう各論には私まだきょう入らないのでありますけれども、それらはまたさらに今後御質問申し上げて、少しでもプラスになる道をお教えいただければ大変ありがたいと思います。どうも失礼しました。      ————◇—————

久保田円次自由民主党

○久保田委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。  文化財保護に関する小委員会において参考人の出席を求め、意見を聴取いたしたいとの小委員長からの申し出がございます。  つきましては、小委員会に参考人の出席を求め意見を聴取するに御異議ありませんか。

久保田円次自由民主党

○久保田委員長 御異議なしと認めます。よってさよう決しました。  なお、参考人の人選、出頭日時、その他所要の手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。

久保田円次自由民主党

○久保田委員長 御異議なしと認めます。よってさよう決しました。  次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後零時三十分散会

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