松永光
会議録に記録された「松永光」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 4,719 件
- 直近の所属会派
- 自由民主党
- 直近の役職
- 大蔵大臣
- 直近の発言日
- 1976/06/24
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金11 件
- 防衛4 件
- こども・子育て2 件
- エネルギー1 件
- 住宅・不動産1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- 観光・インバウンド0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 予算委員会93 件・93%
- 行財政改革・税制等に関する特別委員会7 件・7%
※ 全 4,719 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 そのワイドボデージェット機というか、それの導入を考えて、そしてどの機種を選定すべきかということで、昭和四十五年の一月九日に新機種選定準備委員会というものが全日空で設立されて、あなたはその委員に選ばれましたか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 で、あなたはその新機種選定に関してアメリカに調査に行かれましたね。何回行かれました。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 第二次調査団は昭和四十六年二月二十四日出発、第三次調査団は昭和四十七年六月十五日出発、こういうふうになっておるようでありますが、そして現地で実際の飛行機に乗って、幾つかの種類の飛行機に乗って、そして飛行機の優劣というか、全日空で採用するのにはどの飛行機が望ましいかということの評価をされた、こういうことはございますか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 そうすると、二回にわたって、第二次調査団としてアメリカに行った場合、それから第三次調査団としてアメリカに行った場合、いずれも三機種に乗って、あなた自身、操縦されて、そして比較検討された、こういうことでございますが、実際に操縦してみてのあなたの評価、優劣の評価、同じぐらいだったのか。あるいは、いろいろ特色もあろうと思いますけれども、あなたが実際に操縦されてみての評価を、あなたの感じられたことを簡単に説明していただきたい。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 そうすると、あなた自身の感じはわかりましたが、ほかの人、ほかのパイロットたちの意見ですね、大体どういったような意見ないし評価だったでしょうか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 専門的なことになると思うので、われわれ素人にはわかりにくいと思うのですけれども、簡単に言って、どういう点が斬新的な設計だということで評判がよかったのですか。斬新的な設計を取り入れてあるという点のポイントだけ、おっしゃっていただきたい。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 四十七年になりまして、七月の二十三日ですか、これはDC10、それからL一〇一一トライスター、この二つの飛行機について東京と大阪でデモフライトがあったのですか。あなたはそれに参加されて、どういう経験をされましたか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 これはまた、あるいは伝聞にわたるかもしれぬが、その乗ったパイロットたちの意見といいますか、どういった意見でしたか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 ちょっと非常にむずかしい言葉が出てわからないのですが、先ほどもちょっと言われたが、斬新な設計が取り入れられておる。それはパイロットとして一番緊張するのは離着陸のとき、特に着陸のときであるということをおっしゃいました。その着陸時の安全性あるいは着陸時の操縦のやりやすさといいますか、そういった点がトライスターはすぐれておる、こういう意見が多かったというふうに聞いてよろしいですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 結局、四十七年の十月三十日に結論的にはロッキードのトライスターが採用されたわけなんですが、あなたは長いパイロットの経験を持った方として、あるいは特に運航関係の担当者として、どれにすべきかということについての意見を述べられたと思うのですが、あなたの総合的な判断、その判断に基づく結論は、簡単に言えば、どういうことになりましたか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 結局これは社長の決断、社長が最終的には判定したというふうに聞いているのですが、あなたも、先ほど言ったように、パイロットの長い経験を持っておられて、運航関係の責任者であったわけですから、社長に何か意見を述べられたと思うのですが、あなたの意見はどういうふうに述べられたのですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○松永委員 質問を終わります。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 あなたは、昭和四十五年六月九日から四十八年九月二十八日まで運輸省の航空局長をしておられましたか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 そこで、まずお尋ねいたします。 それはすべてあなたが航空局長をしておられた当時のことなんですが、昭和四十五年十一月二十日に「航空企業の運営体制について」と題する閣議了解があるわけでございます。その閣議了解の文章を見ますというと、まず第一に「国内航空」と題する項目がありまして、それの(1)に「航空企業内客の充実強化を図り、航空の安全性の基礎のうえに、航空機のジェット化・大型化を推進する。」こういうことが閣議了解の一番初めの方に…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 どうして私がそれを聞くかと言うと、あなたも予算委員会やこの委員会における各委員の質問あるいは新聞の記事等でおわかりと思いますけれども、四十五年の十一月二十日の閣議了解と四十六年二月になってからの大型ジェット機の導入をおくらせるという行政指導をしたということとの間に矛盾がある。四十五年十一月二十日の時点では「推進する。」となっておるのに、四十六年二月になると、わずか三カ月かそこらの間に運輸省の方針が変わっておる、こういう疑いを…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 そうすると、四十五年十一月二十日の閣議了解は、国内線の大型機の導入については時期は必ずしも明確ではなかった、こういうふうに了解してよろしいんですか。重ねて聞きます。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 そうすると、この閣議了解と、それから日本航空及び全日空が計画した長期計画あるいは五カ年計画——日本航空では昭和四十五年の九月ごろ長期計画を立て、それから全日空では四十五年十二月に経営五カ年計画というのを立てたわけですね。この全日空及び日本航空の計画によりますと、あなたも御存じと思いますが、日本航空の計画は、先ほども言ったように、四十七年の三月にとりあえずボーイング747LR、国際線に使っておるものを国内線に転用する、四十八年…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 この日本航空及び全日空の長期計画あるいは経営五カ年計画等が策定される過程においては、運輸省航空局の者といろいろ相談の上で日本航空それから全日空の長期計画というものは立てられるんじゃないでしょうか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 そうすると、閣議了解では時期は明示されていない。四十七年とか、そういったことは必ずしも明確ではなかった。しかし、日本航空及び全日空のそれぞれの経営陣は積極姿勢を持っておったものだから、そこで先ほど言ったような日本航空及び全日空の計画というものが立てられたのであって、それぞれの計画については運輸省航空局としては計画ができるまでの間は関与してない、できてから報告を受けたものである、こういうふうに理解してよろしいんですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
○松永委員 ところで、四十六年の二月になりますというと、大型ジェット機導入に関する延期の行政指導というのが始まるわけなんですが、あなたの認識では、四十六年二月になって始められた大型ジェット機導入の行政指導というものは、四十五年十一月二十日の閣議了解には何ら抵触しない、こういうふうな認識でございましたか。