ロッキード問題に関する調査特別委員会 第10号
- 発言数
- 456 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1976/06/23
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 ロッキード問題について調査を進めます。 この際、木村運輸大臣に申し上げておきます。 先般、問題になっておる運輸省の行った行政指導は、いつ、どこで、だれからだれに対して行ったかということについて調査をお願いしておきました。これについて御発言を願います。木村運輸大臣。
○木村国務大臣 ただいま委員長からお話がございましたように、四十六年の二月の時点におきまして大型ジェット機導入に関する行政指導の連絡をどういうふうにやったかという点が、いままで調査をいたしたのでございますが、当時の記憶がなかなかはっきりいたしませんで、明瞭を欠いておったわけでございます。この際、さらに調査をいたしましたので、その背景等も踏まえまして御報告を申し上げたいと思います。 なお、四十六年のときの行政指導と申しますのは、六月の時点におきましてメモを添えて航空会社に指示をいたしました。これが正確に申しますと行政指導でございますが、二月ごろの時点におきましては、その前段階とも言うべきものであったわけでございます。 ところで、四十五年の末に日本航空と全日空の長期計画が出そろったわけでございます。それを見ますと、四十七年度から両社ともそれぞれ三機、四十八年は日本航空が六機、全日空が六機、それから四十九年は日本航空が八機、全日空が九機、五十年度は日本航空が十一機、全日空が十二機という計画のほかに、従来使っておりますジェット機も増強する新規の購入計画等を含めた五カ年計画ができておったわけでございます。 それを見ておりまして、運輸省といたしましては、こんなにどんどん輸送力をふやせば大変なことになるという心配を非常にしておったわけでございます。四十五年の十一月、一月、二月の航空需要の実情も見まして、四十六年に入りましてから航空局におきましてこれらの長期計画も精査をいたしましたところ、ただいまのような急テンポで大型ジェット機を入れるということは非常に問題である。さらに当時の大型ジェット機は世界のどのエアラインでもいまだに就航していない、安全性その他に不安がある、そういう未知数の要素も多い。また、大型ジェット機の導入による企業経営への影響もかなり大きい。それから空港の受け入れ体制もまだ十分ではない。日本の国内の状況がそうであるというふうなことで非常に憂慮をいたしておったわけでございますが、当時たまたま国会におきましても、四十五年から六年にかけまして、公明党の鳥居委員とか社会党の田中委員そのほかの方々から、日本航空が大型機を導入する計画がございましたので、それらの問題に関連いたしまして、急ぐ必要はないではないか、安全性その他の面からももっと政府は慎重にやるべきであるというふうな御意見も出ておったわけでございます。これらを全部踏まえまして、やはりこれは慎重にやるべきであるという考え方を航空局としては持っておったわけでございます。 四十六年の二月に、日本航空の四十六年度の予算、これは政府が認可いたしますものですから、その認可予算の検討を始めましたが、大型ジェット機を購入する場合の前払い金をこの予算に計上するかどうかの問題があったわけでございます。いま申し上げましたような両社の長期計画とも関連いたしまして、大型ジェット機の導入時期についてここで判断をしなければならないという段階になったわけでございます。 当時、航空局内におきまして、監理部長は、航空会社が機材を少し買い過ぎるのではないかという認識を非常に強く持っておりました。監督課長もこの問題について監理部長と相談いたしまして、需給の状況その他の問題点もございますので、大型機のジェットの導入時期は四十九年度ごろが適当であると思われるが、各社で検討し、また二会社両社が話し合う必要があるというふうな結論に達しまして、航空局長の了承をとった上でこの旨を航空会社に連絡することとなったわけでございます。 この点につきましては、当時の監督課長が自分で直接連絡したのか、あるいは自分の部下に連絡をさしたのか、また連絡の相手方はだれに連絡をしたのか、当時の記憶が明瞭でございませんでしたので、いままでこれについて明確な御答弁ができなかったのが実情でございます。相手側の会社の方につきましても、いろいろ聞いてまいったのでございますが、それまでの時点では会社側でも明確でなかったわけでございます。 ところが、先般の全日空の調査におきまして、また全日空の渡辺副社長の証言におきましても、この連絡は当時の監督課長から全日空に対しましては企画室長になされたものであるということが明確になりました。それから考えますというと、通常の業務の流れから考えてみましても、運輸省の航空局といたしましては、当時の監督課長がみずから連絡したことに間違いない、こう考えておるわけでございます。また、日本航空につきましても、同様に、監督課長から同社の経営管理室に対しまして連絡をしたものと考えておるわけでございます。 以上が調査の結果でございます。
○田中委員長 ただいまの運輸大臣の御発言に対して御質疑があろうと存じますが、法務大臣が時間を急いでおりますので、法務大臣から先に発言を願います。稻葉法務大臣。
○稻葉国務大臣 昨日、議院証言法違反で逮捕されましたのは、大久保利春丸紅株式会社前専務取締役、現参与、六十二歳一名であり、この関係での捜索差し押さえの場所は、大久保利春の自宅及び株式会社丸紅であります。 外為法違反で逮捕されたのは、沢雄次全日空専務取締役、五十八歳、青木久頼全日本経理部長、四十八歳、植木忠夫全日空業務部長兼国際部長、四十七歳の三名であり、この関係での捜索差し押さえの場所は、右三名の自宅及び全日本空輸株式会社であります。 沢雄次、植木忠夫及び青木久頼の三名の被疑事実は、いずれも外国為替及び外国貿易管理法違反の事実であります。 以上、御報告を申し上げます。 —————————————
○田中委員長 それでは、法務大臣は午前中は出席ができるようであります。両大臣に対する質疑を進めます。まず佐藤文生君。
○佐藤(文)委員 法務大臣に質問をいたします。 アメリカにおける嘱託尋問の見通しについてお聞かせ願いたいと思います。
○稻葉国務大臣 二十五日から嘱託尋問が始まる予定になっておりますが、アメリカの方でも非常に協力的でございますから、そう必ず尋問が行われるという断言はできませんけれども、用心深く言えば、五分五分ということになろうかと思います。用心深く申し上げればです。
○佐藤(文)委員 アメリカにおける嘱託尋問の見通しが五分五分であるという根拠によって昨日逮捕に踏み切ったのですか。
○稻葉国務大臣 これは刑事局長に答弁をさせます。
○安原説明員 本来、本件ロッキード事件の捜査に当たりましては、たびたび申し上げておりますように、重要な関係人がアメリカにおるということは事実でございますし、その者から直接証言等を聴取するということはきわめて有力な捜査方法であったことは間違いがございませんので、そのことの実現に極力努力をして今日にまいっておるわけでございますが、捜査当局といたしましては、必ずしもそれのみに依存するわけではなくて、あわせて国内捜査を並行して進めてまいったわけでございまして、昨日の強制捜査の開始は、その証人尋問のいわば異議申し立て等による若干の遅延と直接の因果関係はなくて、従来入手しておりました資料あるいは国内において入手した資料等を合わせまして、捜査の過程、プロセスとして一つの自然の成り行きの過程において強制捜査に踏み切るべきだということできのう入ったわけでありまして、直接の因果関係はございません。 ただ、何よりも、冒頭申し上げましたように、国内、国外、アメリカにおる証人から証言を録取することがきわめて有力な捜査方法であることは否定できないわけでございまして、その早期の実現を期待しておるところでございます。
○佐藤(文)委員 刑事局長に質問しますが、アメリカの二月四日と六日の公聴会の記録に基づいて私どもは調査をしておるのですが、その中で、丸紅に二百万ドル工作資金として渡しているという点と、アーサー・ヤング公認会計事務所の取締役会への報告の中で二百八十三万七千ドルという工作資金が一九七〇年から昨年の七月の間までに日本向けに流された、こういうようなことが公聴会の記録に残っておりますが、その二百万ドルと二百八十三万七千ドルというのは別のものであるのか、あるいは同じ筋のものであるのか、こういうことを、調査の段階でわかりましたら、お知らせ願いたいと思います。
○安原説明員 申し上げるまでもなく、アメリカの多国籍企業小委員会における公開の席上における証言を発端といたしまして本件の捜査が開始されたことは事実でございまして、その意味におきまして、そのような証言が有力な資料としてその真否を究明していくことが当面の課題でございますが、遺憾ながら、いまお尋ねの件につきまして、具体的にいま捜査がどのようになっておるかを申し上げるわけにはまいらないことを御理解いただきたいと思います。 ただ、抽象論ではございますが、そういう金の行方というものについては今日までに、十分とは申しませんが、相当の解明をいたしておるということは事実でございます。
○佐藤(文)委員 刑事局長に続いて質問しますが、アメリカの公聴会の記録そのものが非常に信憑性を裏づけされたような気が私はいたします。したがって、公聴会の記録を整理してみますと、政府高官への工作資金を渡したという事実、それから航空業界における商慣習が日本ではそういうものがあるんだということが公聴会で言われている。それから三番目は、賄賂の推薦者は丸紅の檜山オア大久保が言っているのだ、こう言っている記録。それから四番目、機種選定延期のために工作資金を使ったのだということが記録にはっきり残っている。五番目、全日空が二十一機のトライスターを注文する、その中で特に昭和四十八年から九年にかけて八機を追加する、そのために一部の金が全日空に流れたのだという公聴会の記録。それから六番目、児玉から小佐野に金が行ったらしい、こう言っている。しかし、これは後でコーチャンがドント・シュアと取り消している、その関係。七番目、丸紅のマージンを極度に抑えたのは成功した、その丸紅のマージンを抑えた余分の金で工作資金を使ったということの裏づけの記録が残っている。それから八番目、ただいま質問しました二百八十三万ドルの工作資金が一九七〇年から七五年の間に使われてきた。 以上八点にわたるこの公聴会の記録から、トライスター導入に伴う対日工作資金として流れたということが、はっきりコーチャンの証言に載っています。こういうことをそのまま私どもは信じて——いままでこの記録そのものに五分五分の疑惑を持ちながら審議した人もあるかもしれないし、日本の証言等を通じましてあるいはそうではないのじゃないか、コーチャンの言葉がうそを言っているのじゃないか、コーチャンの証言はうそじゃなかろうか、こういう疑惑が一部ありましたけれども、以上八点の問題点について、この信憑性を私どもは信じてさらに追及していきたいと思いますが、捜査当局としては、この点についてどういうお考えを持っているか、お聞かせ願いたいと思います。
○安原説明員 コーチャン証言の信憑性ということは、それぞれいわば主観的なことでございまして、捜査当局がどのような信憑性を持っておるかということは、資料の信頼度ということをいま全般的に申し上げるわけにはまいりませんけれども、先般来、児玉譽士夫につきまして所得税法違反で起訴したということの関係では、その中身は、いわゆるロッキードから児玉にコンサルタント契約等によって入った金が脱税の対象になっておるわけでございますし、昨日全日空の三者につきまして逮捕いたしました被疑事実は、いわゆる約五千万円にわたって全日空にロッキード社から金が支払われているということでございますし、それから昨日大久保利春につきまして逮捕いたしました被疑事実は、ユニット領収証というものが現実にそういう金銭の授受があるという疑いを捜査当局が持ったということでございますから、その部分に関する限り、アメリカ側コーチャン証言等と捜査当局との評価が一致しておるということでございますから、その部分については信憑性を持ったということに相なろうと思いまするが、全体といたしましては、まだこれからいろいろ捜査をする過程でございますので、申し上げるわけにはまいりません。 いずれにいたしましても、脱税の対象となりました収入の処分の行方、それから全日空に入りました約五千万円の金の行方、それから大久保証言を偽証とした関係で受領したと認められる約一億二千万円の金の行方というものは当然に調査し、その過程においてコーチャン証言と一致するかどうかがこれからの捜査の過程において明らかになっていくものと思います。
○佐藤(文)委員 法務大臣にお尋ねします。 昨日、捜査が一歩前進をして逮捕者を出しましたが、今後の見通として、政治的道義的に責任のある政府高官に対してどういうお考えで捜査当局を叱咤激励してやられるか、その点のお考えをお聞きしたいと思います。
○稻葉国務大臣 いま佐藤さん、政府高官についてよく言われる、その刑事責任が明らかにならなかった場合、いつの時点で道義的、政治的責任を明らかにしていくのか。公表、不公表なんて言っていますね。そういう問題でありますと、まず第一に、灰色だとか政府高官だとかという概念が、まだ国会においてもそれからわれわれ法務省捜査当局においてもきちんと決まっていないわけですね。この問題は単に刑事責任の追及だけではなく、やはり——わかりました。 どういう態度で捜査当局に臨むかという御質問ならば、これはきわめて簡単です。これは、しっかり一生懸命にやれ、いやしくも党利党略に引き込まれたり派利派略に引き込まれたり、それからはやりたけって検察ファッショになったりしないように、刑事訴訟法には厳正公平、不偏不党、しかも人権を尊重しつつ適正迅速にとこうあるが、そのほかに、こういう大事件は冷静沈着にやりなさいよ、それでなければ真実を見失ってつかまえるべきやつを逃したり、つかまえるべからざるやつをつかまえて公判で検察の威信を失ったりいろいろしますから、そういうことを言うている。そういうのが検察当局を一般的に指揮する私の態度であります。
○佐藤(文)委員 法務大臣のその信念で国民に向かって、厳正公平なる捜査当局をひとつ叱咤激励してください。 運輸大臣に質問いたします。 先ほど説明がございましたが、昨日、全日空並びに丸紅の関係者が逮捕されました。したがって、事態は一歩進展したわけですが、特に運輸省のOB関係者が逮捕されたということは、運輸行政の上で疑惑の解消をやることをここでよほど明快にしていただかないと、私は疑惑はなかなか解けないと思います。 そこで大臣にお尋ねしますが、予算委員会から今日まで、運輸省を取り巻く疑惑はどういう点があったと思いますか。行政上こういう疑惑があるのですよという与野党の質問に対して、どうお考えでございますか。
○木村国務大臣 いままで予算委員会等を通じましていろいろ御質疑があったのですが、私も実はその点をいろいろ考えてみたわけでございます。航空行政そのもの、本来の行政そのものが何らかいま問題になっておりますような事件の影響を受けて歪曲されたりあるいは迅速なる行政が停滞を来す、そういうふうなことを問題にされておるのであろうか、あるいはそういうことは問題ではないけれども、順調に、結果的には妥当に進められた航空行政ではあるけれども、その航空行政をやる背後に疑惑のような問題が絡まっておるという点を解明をすべきであるという意味の御質疑であるか、その二つに分けていろいろ考えてみたのでございますが、私といたしましては、これは航空行政を妥当に遂行する責任者でございますので、その面から見ますというと、当時の航空行政そのものは、国民の要望にこたえて適切な輸送力をつけていくというこの航空行政そのものは、そういう疑惑のために当時何ら影響を受けていないという確信を持っております。 果たしてしからば、妥当な航空行政ではあるけれども、その背後との関係で何かそこに忌まわしいことがあったのかなかったのかという問題でございますが、これは運輸大臣としてそういうところまで取り調べるといいますか、調査いたすということは不可能でもございますし、また、事実上やるべき権限外のことでございますので、この問題は一に検察当局の捜査にまたなければならない、かように考えておるわけでございます。 ただ、検察当局から捜査の段階におきましていろいろな意味で協力を求められることはしばしばあるわけでございますから、これには全面的に協力をいたしまして、そういった一般的な疑惑が一日も早く解明できることを私としても願い、かつ、努力をいたす、こういう考えでおるわけでございます。
○佐藤(文)委員 運輸省がこの問題で疑惑に包まれておるのに大体五つのケースがあるような気がいたします。 その第一点は、昭和四十一年の閣議了解事項から昭和四十五年の閣議了解事項の間における、いわゆる国際線と国内線の方針を決めるその了解事項の間における疑惑、だれが、いつ、どのようにして指導していったかということ、その点がまだ明確になっていません。 それから第二が、昭和四十五年の閣議了解事項から昭和四十七年の七月一日の大臣通達に至るこの間におけるところの変化、これがただいまなお明快に理解されていない。行政上だれが、いつ、どこでやったかということ、いま御答弁がありましたけれども、その点がまだ明快になっていない。 三番目が、これに関連しますが、昭和四十六年の二月の時点になって行政指導をした、こういう点についていろいろなことを言っているけれども、まだわれわれ委員ですらもなかなか了解ができてない。 それから四番目が、機種統一の問題ですが、昭和四十四年の十一月ごろから機種統一をする強い行政指導があったのが、次第に最後はこれが緩やかになってしまって雲散霧消してしまっておる。その機種統一問題についての行政指導におけるところのこの変化についての説明というか、行政指導のあり方について、まだわれわれはなかなか了解ができない。 最後の五番目が、いわゆる融資問題であります。この融資問題で運輸省がノータッチであった、こういうような表現がありましたけれども、ノータッチであっていいはずはない、私はそう思う。この融資問題を含んで大庭社長が退陣をし、若狭社長にかわってボーイング727体制のボーイング体制からロッキード体制になっていった過程における全日空の疑惑、それが昨日逮捕になったわけです。その間における行政指導。 この五つの問題点について運輸大臣はさらに明確なる答弁をあらゆる機会においてなされるべきであり、また国民に対しでなされなければならないと私は思います。 そこで、きょうはその中の大型機導入に伴う変化、これについて昭和四十五年から四十七年の七月の大臣通達に至る間における行政指導の疑惑の点についてさらに深く質問をしていきたいと思います。 その第一点。これは運輸大臣にいたします。 昭和四十五年の十一月末の日航に対する重要財産取得認可処分に当たって、運輸省は昭和四十七年からボーイング747LR三機が国内線に転用されることを承認した上でしたのですか、こういうことであります。外国ラインに飛んでいるのを国内線に転用する、そういうことを承認した上で日航法第十二条というものをそこで認可したのか。この点を質問いたします。
○木村国務大臣 当時の事情のことでございますので、実は先般まで航空局長をやっておりました中村事務次官が出ておりますので、詳細を中村事務次官の方からお答えさせていただきたいと思います。
○中村説明員 お答え申し上げます。 四十五年の十一月に日航に対しまして国際線用として四機のジャンボ機の取得認可をいたしますにつきましては、当時日航が持っておりました長期計画、これを審査の場合のいわゆる参考にしたわけでございますけれども、その中には四十七年度に当時国際線に使っておりました三機のジャンボを国内線に転用する、こういう計画があったわけでございます。したがって、そういう計画を日航が持っておる、そういうことを前提にいたしまして四機の国際線の購入を認めた、こういうことでございますから、認可いたしました対象そのものはいわゆる国際線用としての四機の購入でございます。ただ、その審査の前提として四十七年度に三機を転用するということが内容として含まれておった、それは十分承知して四機の購入を認可したというのが真相であろうと思います。
○佐藤(文)委員 そうすれば、どういう客観的な理由で導入延期がよろしいという判断をしたのですか。
○松本説明員 お答えいたします。 四十五年十一月の時点における考え方については、先ほど次官が御説明申し上げたとおりでございます。しかし、その後、昭和四十五年の十二月には、全日空の方からも長期計画というものが出てまいったわけでございます。越えて四十六年になりましてから、ANA及びJAL両方の長期計画というものを踏んまえまして、現実に機材の購入その他をどうしていくのかという具体的な検討に入ったわけでございます。その際に、冒頭大臣が御説明申し上げた点でございますけれども、客観的な情勢というものをながめてみますと、御案内のように、四十五年の秋ごろまでは万博景気というふうなこともございまして、航空機の旅客というものもかなり高い水準を維持しておりましたし、伸び率も高うございますし、また、したがいまして利用率と申しましょうか、提供座席数で実際の旅客数を割った比率、ロードファクターと呼びますが、ロードファクターというものも高い方は九十幾つ、日航の場合には九十幾つ、全日空の場合にも八十幾つ、こういう数字を維持しておったわけでございます。また一方、四十五年には、御案内のように、運輸政策審議会の答申も出ておりまして、これは非常に長期的な、超長期と申しましょうか、十五年先を見越した長期的な考え方をベースに立てたものでございますけれども、その中には昭和六十年において国内旅客が一億二千万人になるのではないかというふうな推計がなされておった。こういうふうな状況でございますから、各社ともそれぞれに相当の強気の計画を立てておったわけでございます。しかるところ、実際万博が終わりましてから後の実情を見てまいりますと、たとえばロードファクターというものも非常に低下を見せてまいりました。九〇%、八〇%という数字が六〇、四〇、あるいは七〇、六〇というふうに低下を示してきておる。それからまたシェア競争というものも、両社が非常に激しく考えておりましたので、両社のシェアを単純に足しますと、四十七年度の短期的な需要予測を上回ってしまう、こういうふうな形にもなってくる。 また機材の投入につきましても、そういうふうな強気な考え方をベースに機材の投入を両社が考えておりましたがゆえに、たとえば日航におきましては、四十六年度比において四十七年度は約一〇二、三〇%、それから全日空の場合には一〇三、四〇%の提供座席数を持ってくる。これは何も大型機だけではございません。727のストレッチとかそういうものを含めまして非常に強気な機材供給計画を立てておったわけでございます。 したがいまして、そのままの形で認めていきました場合には、当然のことながらすでに低下の徴候を示しておりますロードファクターというものはますます低下をしていく、そういうふうなことにもなってまいりますし、またそこにどちらか一社が大型のジェット機を投入するという事態になりますと、非常なオーバーキャパシティーであるのみならず、機材格差による適正でない競争が両社の間に行われてくるおそれがある。ANA及びJALを公正な立場において厳正に競争させつつ旅客の利便を図っていくというのが航空行政の基本的な考え方でもございますので、そういう点を踏まえますと、少なくとも機材の導入について相当の検討をしなければならないというのが客観的事実でございました。 さらに、この機材の購入に要する資金の問題でありますとか、あるいは投入すべき空港の整備の問題でございますとか、あるいは先ほど大臣も申し上げましたが、これらの機材は、その時点においては、まだ当時考えられておりました国内用の大型ジェット機というものは現実にどの会社でも飛んでいない、こういうふうな点から、安全性の点についてさらに十分の確認をしてから飛ばしても遅いということはないのではないかというふうなことをいろいろ勘案いたしました結果、冒頭大臣が申し上げましたように、四十六年の二月ごろからそういう考えを局内ですり合わせ、まとめまして、それをもとにして四十六年二月の頭に、導入時期を四十九年に延ばしたら一体どういうことになるのかということを、各社それぞれ検討するとともに、両社の間で十分に話し合いを今後していってほしい、こういう行政指導のはしりと申しますか、きっかけをつけるに至った次第でございます。
○佐藤(文)委員 運輸大臣、いま延期の理由をるる述べられましたが、私は、昭和四十五年の十一月の認可に当たってもっと深く詰めなかったところにこの疑惑がなかなか解けないのですよ。日航法のあの問題を取り上げてあそこで認可するときに、四十五年の十一月のあの時点で詰めなかったという点が運輸省としては反省すべきだと思うのです。この点について私はそういう考え方を持っているのですが、中村次官、あるいは大臣でもいいですわ、この点が私は非常に大切だと思うのですよ。大臣、いかがでしょう。
○木村国務大臣 当時の事情を私も相当詳細に調査いたしましたのですが、佐藤委員のおっしゃるとおりに、そこのところがもう一歩押しが足りなかったのじゃないか。といいますのは、五カ年計画というものは各社が毎年つくりまして、それを根底にしてそれぞれ各社がその年の計画をつくるわけでございます。したがって、あの十一月に出ました五カ年計画も会社としてはそういう計画の青写真を引いての計画ということで、それを見ますというと、四十七年に国内に三機転用するというのが載っておるわけでございます。いままでも国会の論戦でその事実を知りながら運輸省は新規の購入を認めて、そして後でそのデリバリーをおくらす、国内の転用は延ばせというのはおかしいじゃないか、私はそのとおりだったと思います。ですから私は、そこときに航空局として、こういう五カ年計画になっておるが、いまの状況から考えてみると、四十七年度に必ずしもLRを転用できるような国内情勢ではないかもしれぬ、だからおまえの計画のように、そのとおりにできるという前提で新規の購入を認めるわけにはいかぬから、そういう辺についてはどうなんだということをもう一歩突き進んで押してみて、そしてそれなら四十七年度に絶対できぬのならやめますとか、四十七年にできなくてもどうせ将来は大型機が入ることは方針としても決まっておりますから、できるだけ安い時期に買った方がよろしいから買いますとかいう、そこの詰めが足りなかったということは、確かに行政としても私は不十分な点があった、かように考えております。
○佐藤(文)委員 最後に、運輸大臣、法務大臣、御両人がおられるので。 この航空機購入の問題でこういうスキャンダルが起こったわけですが、私はずいぶん前のことですが、ミルズというアメリカの下院の議員——ちょっとまたスキャンダルで失脚しかかっていますが、繊維問題で彼と話したときに、日本にアメリカが物を売る場合に、だれが、どこで、何をどうして決めるかさっぱりわからない。アメリカでは歳出入委員会に来ればすべてわかる、だれの責任で、どういうものを購入して、どうなっているかわかっているのだが、日本の経済界なり政界の動きというものが非常に渾然としているので、日本に物を売る場合に、だれが、どこで、いつ、どういう方法で決めるかわからないということを言ったことをいまさらのように思い起こさせます。したがって、私がいま言った行政の中で、運輸行政の中で昭和四十五年の十一月の詰めが足りなかったということは、その場合だけじゃないんです。あらゆる行政指導の場合で、だれが、いつ、どこで、何をしたかということが明確になってないところがだんだんと出てまいりました。これは日本の行政全般に通ずることだと思いますので、もう質問時間がございませんが、両大臣がおられますので、閣議その他において十分こういう問題はひとつ論議されて、行政機構の中における節度というか、そういう責任体制を明確にしていくという体制だけは反省をしていただきたいと思います。 これで終わります。
○田中委員長 斉藤正男君。
○斉藤(正)委員 両大臣の報告を承りました。最初に法務大臣に伺いたいと思います。 前丸紅専務大久保氏は偽証容疑で逮捕、全日空の三人は外為並びに貿易管理法違反の疑いで逮捕ということでございますけれども、この際、大臣に明らかにしておきたいことがあります。 その第一は、大久保前専務を偽証容疑で逮捕いたしましたけれども、起訴の条件としては予算委員会の告発が必要だ。逮捕はしたけれども、起訴という手続をとるためにはなおそういう手続が要る。司法当局として予算委員会なりあるいはその他の委員会に告訴の要求を手続的にはすでにされたのかどうか、あるいはされないとするならば、どうするのか、そういう要求をしなくてもいいのか、あるいは関係委員会が告訴をするという手続は、起訴という段階まで考えれば当然必要だと思うけれども、どのように考えておられるか、まず一点伺いたい。
○稻葉国務大臣 東京地方検察庁検事正高瀬礼二名でもって昨日大久保の逮捕の通知書を予算委員会に出したのですが、詳細は刑事局長に答弁させます。
○安原説明員 ただいま斉藤委員御指摘のとおり、議院証言法の偽証罪におきましては、議院の告発が訴訟条件でございますので、公訴提起をいたしますためには議院の告発がなければならないわけでございます。そういうこともございますので、昨日、偽証罪で逮捕しました直後に東京地検検事正から、予算委員会で偽証が行われた疑いがございますので、予算委員長の荒舩清十郎氏に直ちに偽証罪の容疑で逮捕した旨を御通知申し上げました。 と同時に、今後の問題といたしましては、まだ捜査の段階でございますので、捜査が相当進みました段階におきまして予算委員会に適宜の方法で御連絡を申し上げて、容疑の内容を御説明申し上げますとともに、訴訟条件であります告発をしていただくことをお願いするつもりでおります。
○斉藤(正)委員 そうすると、責任者から予算委員長荒舩氏に、逮捕をしたという旨の通知を第一段階としてやった、捜査の進行過程において告発の必要性を説明しながら、当該委員会の告発を待つという手続をとるというように理解してよろしいか。
○安原説明員 御了解のとおりでございます。 なお、若狭氏につきましては告発がすでになされておる関係から申しましても、私どもとしては告発をされる可能性があるものと見込んで、その可能性を見込みながら、あえて告発なくして捜査に踏み切った次第でございます。
○斉藤(正)委員 偽証といいましても、国会側には、御承知のような当時のやりとりの資料しかないわけであります。その資料はアメリカ側の資料を参考にしたのか、あるいは日本の捜査当局独自の資料によるものか、これを明確にしなければ、国会も司法当局の主張をただ単にうのみにするしかできないわけであります。立法、司法、行政、三権分立の立場からいきましても、国会が責任を持って告発に踏み切るという前提条件としては、ユニット領収証関係資料を告発の資料として予算委員会に出していただけるかどうか、これはやはり非常に重要なポイントになると思うのであります。立法府が司法当局の要請にこたえて、要請があったから告発をするというだけでは立法府の権威にも関係すると思うのであります。したがいまして、予算委員会としては当然大久保が関係したと思われるユニット領収証関係資料を入手する必要があると思います。当該委員会が要求した場合には、これらの資料を提出する用意があるかどうか。
○安原説明員 御指摘のとおり、捜査当局の要請をうのみにしてもらうつもりは毛頭ございませんので、議院の自主性をあくまでも尊重いたしまして、告発をするに相当かどうかということの判断をしていただくための資料を提出する用意がございます。 ただ、いま御指摘のものを出すかどうかは、これからの捜査の進行状況で、要は告発するに足りる嫌疑があるかどうかを委員会に御判断していただくに足りる資料を出すということで、この場合は御理解をいただきたいと思います。
○斉藤(正)委員 いずれにしても、必要にして最小限度のものは、捜査進展上支障のない限りは当該委員会の要求に従って資料を提出していただかなければ、これは条件が整わないわけでございますから、その点は慎重に検討するにしても、大臣から確認の答弁をいただきたい。
○稻葉国務大臣 慎重に検討の上、御要求に応じなければならぬと思っております。おやすい御用だとは言いませんけれども。
○斉藤(正)委員 もう一点伺いますけれども、この種の事件につきましては、時効になってしまう、時日が実は切迫している関係者があると思うのです。今回の強制捜査もそれらとの関係もないとは言えないというように思うわけでありますが、時効になってしまうという心配のある者については、今後もそういう形で捜査当局が捜査を進める、事件解明のためにやはり大久保にとったような態度を続けるのかどうか。この点は捜査上の問題もあるかと思いますけれども、国会の立場もございますので、この点ひとつ明らかにしていただきたいと思います。
○安原説明員 きのうも参議院の委員会で申し上げましたのですが、大久保利春の容疑事実をつぶさにごらんいただきました場合に、御指摘があったわけでありまするが、この容疑事実の前提となっておる事実関係を見れば、これは外国為替管理法違反の容疑にも連なるのではないかという御指摘がございましたが、まさにそのとおりでございまして、そういう容疑事実は、構成要件としては外国為替管理法違反の容疑に該当したわけでございますが、四十七年のことでございましたので、三年の時効にかかっておったということは、そういう理解をせざるを得ないということを申し上げたわけでありまするが、いまの御指摘の問題につきましては、今回は大久保利春の逮捕が時効との関係で急いだというようなことは別にございませんけれども、一般的に、捜査当局が認知しながらその怠慢ないしは努力不足のために時効になるというようなことは極力避けるべきであるという方針のもとに臨んでおる次第でございます。
○斉藤(正)委員 大臣にもう一点伺いますけれども、アメリカの嘱託尋問がもたついております。しかし、わが国の捜査当局としては、アメリカにおける嘱託尋問が終わらなくても、国内捜査だけで贈収賄の事件を成立させるというような可能性について自信がございますか。すなわち、アメリカの嘱託尋問がなるべく早く行われることを私どもも望んでおるわけでありますけれども、今回の強制捜査等々から考えましてもかなり自信を持っておやりになっているというようにとれるわけでありますけれども、その点、大臣、どのようにお考えですか。
○稻葉国務大臣 嘱託尋問によるコーチャンその他の証言が得られなくても、贈収賄でつかまえる自信があるかというお尋ねですが、これ自信が——どうなっているかは私、知りませんが、自信があるというようなことを言うていいのかどうか、やはりちゅうちょしますな。ですから、一生懸命に、証言を得れば非常な自信の増大につながるということで、目下鋭意証言獲得に努力をしている、それは決して暗い見通しではない、こういうことでございます。
○斉藤(正)委員 アメリカとの関係もございますのでその程度の答弁かもしれませんが、先ほど決意の表明がありましたけれども、そのおつもりでやっていただきたいというように思うわけであります。 もう一点伺いますけれども、すでに若狭氏は偽証の疑いで国会は告発をしているわけであります。手続はすでに第一段階が済んでいる若狭の取り調べは一体どうなっているのか、さらに丸紅の伊藤あるいは全日空の渡辺、これらも私どもといたしましては、偽証の疑いが濃厚だというように考えておりますが、これらの捜査については当局はどうお考えになっているのか、必要限度において御説明を願いたい。
○安原説明員 若狭氏については、すでに議院から告発を受けておるわけでありますので、当然捜査をするわけでございます。なお、今回逮捕いたしました外為法違反の容疑事実につきましても、その観点からも証言の真偽を確かめる必要があるというふうに捜査当局では考えておるわけでございまして、当然に捜査、調査の対象になると思いますが、その他の者につきましては、いまだ告発もなく、かつこれからの問題でございますので、私自身予測はいたしかねまするが、いずれにいたしましても、犯罪の捜査というものは公平を期さなければならないというふうに考えております。
○田中委員長 関連して、田中武夫君。
○田中(武)委員 ちょっと関連をしてお伺いをいたします。 法務大臣、いわゆる灰色高官と俗に言われておりますが、それにはいろいろのケースがあると思います。たとえば犯罪事実、すなわち収賄事実があったがすでに時効が完成しておる場合、あるいはアメリカで証言せられたが日本で裏づけをとることができなかった場合、いろいろあると思うのです。そういうのを最初から、時効の完成あるいは公判維持ができない、そういうことがわかっておる場合に、捜査当局としては立件できないのを本当に力を入れてやるのかやらないのかということが疑問に持たれます。たとえば、捜査当局としては刑事事件を追う場合に、もうこれは刑事事件にならないんだからということで、途中でやめるのではないか、こういう危惧があるわけなんです。そういうことのないようにひとつ十分にやってもらいたいということを望みたいわけです。それと同時に、不起訴になった者の氏名、その理由などを国会に、すなわちこの場合は当委員会ということになろうと思いますが、資料をつけてぜひ報告を願いたい、いかがでしょうか。
○稻葉国務大臣 この事件の解明は国民全般の非常に強い要望のあることでございまして、事件の解明ということは、単に刑事事件として解明したにとどまらず、総理もしばしば言っているように、政治的側面があるから、それから議長裁定にもちゃんとありますからね。ただ、政治的道義的責任の追及をする国家機関は議会でございますから、議会と刑事責任を追及する検察庁と非常な協力体制になければ全貌の真相解明にはならないわけであります。私どもの方では、まあ、検察庁を持っておる法務省としては、刑事責任追及の職務権限でございましてね。かといって、こういう事件の全貌的な解明がなくしては、金によって左右される政治や行政の不正を断ち切って、将来長く国民の政治に対する信頼を回復できないわけでございますからね。そういう点を踏まえて、検察当局を勉励して、国会が仮に、仮にですな、政治責任は残る、刑事責任は免れた、こういう者の政治的道義的責任がしやすいように心得て捜査に当たるということを十分踏まえながら捜査に当たっていると申してよろしいのではないか。御信頼をいただきたいと思います。
○田中(武)委員 大体わかったのですがね。はっきりと不起訴になった者の氏名、犯罪事実はあったが不起訴になったその理由などを国会、すなわち当委員会へ報告してもらいたい、こういうことを言ったのですが、もう一つ明確な答えを得られなかったと思います。 それから、ついでにもう一点だけお伺いいたします。 大久保の逮捕、これは偽証罪。ところが、これは、先ほど話が出ておりましたように、結局起訴には予算委員会、院の告発がなくてはならない、こういうことを言っておりますが、当然やると思いますし、私も予算委員の一人ですからやります。だがしかし、議院証言法第八条、刑事訴訟法二百三十九条二項では、これは古い法律だから「官吏」、「公吏」なんて書いてありますが、これは公務員ですね。公務員が職務を行うことによって犯罪があると思ったときには告発の義務がある。したがって、これは予算委員会も告発する義務があると私は考える。予算委員長もですね。そういうように解釈しているのです。したがって、告発します。私も予算委員の一人ですから。そのことを申し上げて、ひとつ勇気を持ってやってもらいたい。答弁だけお願いします。
○安原説明員 告発の義務が議院にあるかどうかということにつきましては、条文を見ますると、偽証の疑いがあるときは告発しなければならないとありまするから、議院証言法自体が義務づけておるのではないかと私どもは思っておりますが、その点は国会の御解釈でございます。 それから、先ほどの田中委員の御趣旨は、そんなことではないとは思いまするけれども、私、聞いておってちょっと心配いたしました点は、やはり検察捜査の権限の範囲は、あくまでも刑事責任の追及ということでございまして、政治的道義的責任の追及は検察の使命ではございませんので、刑事責任の追及の過程でわかりました事柄で刑事責任の追及ができない事柄があるといたしますれば、そのことが国政調査権の対象として、調査として何か資料の提出、報告とかあるいは答弁ということを求められました場合には、刑事訴訟法の精神を踏んまえましてできる限りの御協力は申し上げるということに尽きると思いまするが、要は、お気持ちはそういうことでないと思いますけれども、念のために検察当局としてはひとつお願いを申し上げたいと思います。
○田中(武)委員 あんた、逆に言っちゃいかぬ。結局ぼくが聞きたいのは、犯罪事実はあった、だが公判維持ができるような状態でなかった。これは私が第二点として挙げた、アメリカで証言せられたが日本では裏づけがとれないというような場合、あるいは収賄の事実はあったがすでに時効になっておった、そういうものについても、不起訴になった者の氏名、その理由などを当委員会、国会に開示、報告してもらいたい、こう申し上げておる。それに対してイエスかノーかと言っているのですよ。大臣、どうだ、はっきりイエスと言えよ。
○安原説明員 理屈を申すようでございますが、犯罪捜査をするに当たりまして、すでに時効が完成しておるということがわかっておりました場合には、これは公訴権がないものに犯罪捜査の権限を発動するわけにはいきません。しかし、実際問題として、何でも調べてみなければわからぬことでございますから、これは机上の空論であろうと思いますから、田中委員はそういうことをおっしゃっておるのではないと思います。 ただ、いま申し上げましたように、犯罪の捜査の過程でわかったが刑事責任の追及ができない事実関係というものを、国政調査権の要求に応じて御報告するかどうかということは、捜査の終わりました段階におきまして、刑事訴訟法の精神を踏んまえてできる限りの御協力を申し上げるということがいまの段階で申し上げられる最大限でございまして、その段階におきましては、ひとつ極力判断をさせていただきたい、かように思います。
○田中(武)委員 関連ですから終わりますが、どうももう一つすぱっとこないのですが、しかし、要は、その段階において国政調査権としてわれわれが要求した場合は、極力というか、要望に応じます。すなわち私の言うことに対しては肯定の答弁があったと思います。どうですか。これで終わります。
○安原説明員 極力御要望に応ずるという意味において、肯定したということに御理解願いたいと思います。
○斉藤(正)委員 先ほど運輸大臣から、一連の航空行政について報告がございました。報告の中には入っておりませんけれども、きわめて緊急必要なことでございますので、伺っておきたいと思うのですけれども、全日空前社長大庭氏が退陣のすべての原因であったと思われる例のM金融事件であります。このM資金について長谷村なりあるいは大庭なりという人たちは知っていたけれどもほかの人たちは知らなかったというようなことになっておりますが、われわれの調査では、いまの渡辺副社長が運輸省を訪れて当時の堀事務次官、さらに手塚航空局長と話をしている、そしてこの話をまとめて手塚メモなるものが作成をされた事実がある。このメモは実は運輸省にあったけれども、二回目か三回目かはわかりませんけれども、関係当局の要望によって任意資料をというか、この手塚メモは提出をされているはずです。渡辺氏が運輸省を訪ねて、このM資金について運輸省に相談なり報告があったことは事実だと思うのですけれども、いかがか。 それからもう一点、任意に持っていかれた書類でございますから、都合によって返してほしいと言えば、当然返す書類である。運輸省はなぜそれを捜査当局から取り寄せないのか。もし運輸省の手で取り寄せることができないというならば、本委員会名によって取り寄せていただきたいと思うので、これは委員長の方で取り計らっていただきたいと思うが、どうも運輸省のへっぴり腰に私どもは理解がいかぬ、そのいきさつを承りたい。
○木村国務大臣 当時、四十四年の秋ごろ、いまのM資金のうわさが、風聞がございましたので、どういうことであるかということを、当時の手塚航空局長がいまの渡辺副社長を呼んで様子を聞いたという事実はございます。報告はもちろん口頭でございましたが、そのことを航空局の方でメモをしておったということもそうでございます。そのメモがいま任意提出でございますが、検察の方へ出されておるというととも事実でございます。したがって、そのメモを提出するようにということでございますれば、検察の方へそのメモを運輸省に戻してもらうように話をして、検察庁が戻してくれれば私の方からお出しをいたします。
○斉藤(正)委員 どうもわれわれが委員として個人的に要求した場合は、言を左右にして、それをあなたから検察庁に言ってくださいとか、あるいは委員会を通じて要求してくださいとかと言う。正式にここで物を言えば、そういう大臣の答弁になる。そのこと自体が運輸省の航空行政に対する不信をわれわれにより一層深く印象づけているのですよ。まことにけしからぬと思うので、大臣の責任において当局へ一遍要求してもらいたい。それで不可能な場合は、委員長の方で正式に要求をしていただきたいと思います。理事会に諮ってください。
○田中委員長 運輸大臣、ただいまの斉藤君の要求、いかがでしょう。
○木村国務大臣 いまお話を申し上げたとおりでございますから、検察の方へ、資料を戻してもらうように要請をいたします。
○斉藤(正)委員 時間がもうありませんから、三点だけ質問をいたしたいと思いますが、とてもできませんので、一点だけ、先ほどの佐藤文生委員の質問に関連をして伺いたいと思うのです。 四十五年十一月二十日の閣議了解事項と四十七年七月一日の運輸大臣示達の間には大変なずれがあるわけであります。当時、私は運輸委員をやっておりまして、漠然とではありますけれども、このことに感づいて以下の質問をいたしました。「「航空企業の運営体制について」という決定がなされ、それぞれこの線で航空企業の運営体制について運輸省は指導をされてきたと思う。ところが四十七年七月一日運輸大臣示達という形で、この事業分野などを大別して、これまた大臣示達が出ている。」「閣議了解事項とこの大臣示達というものは」内容的に食い違っている。「四十七年七月一日という日はどういう日かというと、自民党総裁選挙を数日後に控え、大臣の交代も明らかな時期に突如として出されたという政治的な背景があるわけだ。ここに前政務次官の佐藤君もいらっしゃるけれども、どうもどさくさにまぎれて大筋を変えたというようにしか思えない。」という質問をしたわけであります。これが四十七年十月十二日の質問であります。 このことから、実はその後の調査で明らかになったのは、閣議了解事項は国際チャーター便というようなものについては触れておりますけれども、全日空の国際不定期便、これは準定期便と言ってもいいランクのものです。さらに突如として新しくエアバス導入延期の項目が大臣示達には入っているわけであります。この間いろいろないきさつがありますけれども、どうしてこのように急激な変化があったのか、先ほど若干の説明はありましたけれども、私どもには理解のいかぬ点が多いわけであります。その後検討をされたはずでありますが、どうしてこの国際線にチャーターでなくて不定期を挿入したのか、そして大型エアバスの導入を延期するという全く新しい条項が入ってきたのか、この辺のいきさつについて明確な答弁をお願いをいたします。
○中村説明員 原則的に申し上げまして、四十五年十一月の閣議了解の考え方というものと四十七年七月一日のいわゆる運輸大臣示達というものとは相違はないわけでございまして、四十五年の閣議了解の考え方を四十七年の七月段階において具体化した、こういうことでございます。 それでいまチャーターのことが出ているわけでございますけれども、たしか四十五年の閣議了解においては、全日空に余裕機材を活用して両社協調のもとに国際近距離チャーターを認める、こういうことを言っておるわけでございまして、その後現実にこの全日空の国際近距離チャーターが始まっておるわけでございます。四十七年のいわゆる示達につきましても、国際不定期という考え方もあるけれども当面はチャーターでいくのだ、こういうことで、決して原則が変わったわけではございません。 それから、大型化についてエアバスの延期を四十七年の示達において決めて示した、こういうふうに仰せでございますけれども、決してそうではないのであって、四十五年の閣議了解においても、ジェット化、大型化を推進するということで、今後五カ年間においてそういうふうな施策を推進していくということであったわけでございまして、現実に四十七年の示達を出します段階においては、両社とも四十九年度から大型化をするということで、もうそういう計画で計画も煮詰まってきておったわけでございます。そういうふうな客観的情勢をあの示達の中に織り込んだ、 ただ、問題は、四十七年度において沖繩が復帰したわけでございまして、従来国際線であった沖繩路線というものが国内線に変わるこのときに、沖繩線にエアバスを入れるか入れないかという問題が実は当時一つの争点になっておりまして、これについては四十七年度から入れるのだ、こういうことを四十七年七月の示達において明示したということでございまして、決して四十七年の七月一日示達においてエアバス導入延期をそこで示したということではないというふうに私は了解いたしております。
○斉藤(正)委員 時間が来ましたので終わりますが、また後ほど関連して伺います。
○田中委員長 中島武敏君。
○中島委員 昨日の全日空関係三名、丸紅関係一名の逮捕によって、ロッキード社からの金の流れは非常にはっきりしてきたと思うのです。先ほど来コーチャン証言の信憑性についていろいろと質疑がありました。そこで、重ねて法務大臣にお伺いしたいのですが、コーチャン証言の正しさが一層高まった、こういうふうに考えてよろしいでしょうか。
○稻葉国務大臣 そういう点があると思いますね。詳細は刑事局長に答弁させます。
○安原説明員 コーチャン証言全体の信憑性の有無ということにつきましては、これからあるいは現在の捜査の中身の問題でございますので申し上げかねますが、少なくとも被疑事実として逮捕状に記載された事実に合致する限りにおいて、その部分においては捜査当局としてはその信憑性を認めたということになるということでございます。
○中島委員 次に、請託収賄罪は時効五年、枉法収賄罪は時効七年であります。少なくとも今度の問題については七年前までは捜査をしなければならないのじゃないかというように思っておりますが、法務大臣あるいは刑事局長、いかがにお考えでございますか。
○安原説明員 本件捜査の目的は、ロッキード社がその製造機の売り込みに関連して日本国内で企業の活動をしたということについての不正行為の存否ということでございまするから、その限度におきまして、不正行為の存否について、七年とかなんとか限らずに、存否、存在の有無ということを捜査の目的としておりますのでございまして、七年前にさかのぼらなければならぬとかそういうことは結果論でございまして、あくまでも不正行為の存否という観点から徹底的な究明を期しておるわけでございます。
○中島委員 児玉譽士夫の逮捕についてどういうふうに考えておられるかお伺いしたいと思います。御存じのように、病監収容ということも可能なわけでありますが、どういうふうにしようとしておられますか、その点お伺いしたいと思います。
○安原説明員 児玉譽士夫について逮捕の必要があるかどうかということは、まさに捜査の秘密でございますので申し上げるわけにまいりませんが、その逮捕の必要があるという場合におきましても、やはり基本的な人権の尊重という意味におきまして、相当病があついようでございますので、その点について生命の維持ということを考えながら対処すべきものであり、いま御指摘のように、いろいろと病人に対する扱いというものについても慎重な扱いをすべきものと思いますが、基本的にいまそういう逮捕の必要性が出ておるかどうかということは申し上げかねます。
○中島委員 もう一つ最後にお尋ねしますが、全日空関係の三名、それから丸紅関係の一名、これを外為法違反あるいは貿易管理令違反あるいは偽証容疑ということで逮捕されておられるわけですが、これを増収賄容疑に発展させていく見通しについて述べていただきたいと思うのです。
○安原説明員 たびたびお答え申しておりますように、全日空の関係では五千万円という金が不法な手続によって全日空に入っておるということであり、大久保関係におきましてはユニット領収証に示されておる一億二千万円を大久保が受領したという被疑事実でございますので、その点の究明を進める過程におきまして、あるいはその結果といたしまして、そのような金がどのように処理されたかということは当然捜査の対象になるわけでございます。ただ、いま御指摘のように、増収賄に発展する見込みということは、将来の問題でございますし、現在の問題であるかもしれませんが、私の口から申し上げるわけにはまいりません。
○中島委員 それでは、次は運輸省にお尋ねしたいと思うのです。 六月十七日に、この特別委員会に全日空の前社長の大庭氏に来ていただいて、ここで証言をしてもらいました。このときに、日航の松尾氏が、日航のDC10のオプションについて児玉と政府筋にやられた、そういうふうに言っているという証言がありました。それでお尋ねしたいのですが、いわゆるこの「政府筋」についてその後調査をされていらっしゃるかどうか、この点お尋ねをしたいと思うのです。
○木村国務大臣 松尾前社長がそういう話をされたということは、証言のときに私も知ったわけでございますが、政府筋にやられたということがどういうことを意味しておるのか、それもわかりませんし、私が調べ得る限りは、当時の関係者に何かそういうことがあったかということを聞くより以上のことはできないわけでございますが、だれもそういうことについては関知しておらないというのが実情でございます。
○中島委員 これは、大庭氏は非常に重要な証言をされていると思うのです。四十四年の七月当時ということになりますと、佐藤内閣の時代であります。当時の官房長官は保利茂氏でありますし、また運輸大臣は原田憲氏であります。政務次官は村山氏、事務次官は堀氏、航空局長は手塚氏であります。これらの方々についていろいろ、大臣、非常に重要な証言がされているのですけれども、いま私が挙げましたような人たちにつきまして調査をされたかどうかという点、いかがですか。
○木村国務大臣 少なくとも、当時運輸省の現職の、いわゆる公務員としておった者を通じて、そういうふうなことがあったというふうな事実は全くございません。当時、大臣であったとか、政務次官でおられた方がそういうことをやられましたかどうか、これは私が聞きましても余り意味のないことではないかと思いますので、聞いておりませんですけれども、私はそう思っております。
○中島委員 政府筋と言えばどこを指しているかということは、それははっきりした言葉ではありませんけれども、しかし、いまお話しのように、運輸大臣あるいは政務次官、これは意味のないことではないと思うのです。政府筋と言えば、常識的に言えば、やはり大臣とか政務次官をも含むものだと思いますし、また官房長官というようなことなどもあるいは考えられるのかもしれません。やはり非常に重要な問題なのですから、運輸行政にもかかわる問題でもありますし、言葉も政府筋という言葉で表現されているのでありますから、私はやはりいまからでも調査をするということは必要じゃないかと思うのです。
○木村国務大臣 そういうことを聞く機会がございましたら、聞いてみてもよろしかろうと思います。
○中島委員 どうも、聞く機会というのじゃ、本当にまじめに、これだけ私どもも特別委員会でいろいろ疑惑の解明に努力をしている、これに対して政府ももっと真剣な、みずからの調査解明ということの努力が私は必要じゃないかと思うのです。重ねてこのことについて大臣に申し上げておきまして、もう一つ関連でお尋ねしたいと思います。 松尾氏が児玉と政府筋にやられた、この後オプションを大庭氏が引き継いだ、そのときに身の危険性を非常に感じたということを証言いたしております。それで社長とDC10の採用をやめさせられる危険があると思った、こういうふうにも証言をされておるわけであります。それで、その危険を感じさせた相手というのは一体だれだ、こういう質問に対して、社外重役だ、こういうふうに証言をしておられるのです。 それで、当時は機種選定の問題を含めて、いわゆる全日空の内紛があった時代であります。この内紛問題が当時非常にあったということについて、大臣は御承知でございますね。
○木村国務大臣 私はそういう話は聞いておりませんが、あるいは事務当局の方が聞いておるかとも思いますから、事務当局の方から答弁させます。
○松本説明員 いわゆる内紛というふうなものであったのかどうかは存じませんけれども、私どもの方といたしましては、少なくとも航空企業でございますので、安全に確実に航空機を飛ばすということに関しての管理、監督ということは十分に当時もやっておったわけでございまして、それに支障のあるような問題であったかどうかというような観点から当時見ておったことであろうかと思います。したがいまして、社内的にどのような、たとえばいろいろと証言の間にもちらちらとそういう話が出ておるととれないこともございませんけれども、そういったような問題が、航空行政の本質の中において、航空機を安全に確実に飛ばし、旅客へのサービスを確保するという点に影響のあるような問題であったかどうかという点から判断をいたして、そういうふうな問題ではない、こういうふうな考え方を当時とっておったものではないか、こういうふうに考えております。
○中島委員 いまの御答弁ですと、つまりこの問題について運輸省は当時指導をされなかったというふうに、いまの御発言は理解してよろしいのですか。
○松本説明員 先ほど申し上げましたとおりでございまして、航空会社としての正常な運営に支障のあるような問題であれば、当時において当然しかるべき措置がとられたであろう、こういうふうに考えるわけでございますが、その時点における担当の者の判断は、航空会社としての正常な航空機の運航に支障のあるという状態ではなかったのではないか、こういう理解と判断のもとに当時の措置が行われておった、こういうふうに考えます。したがいまして、直接的に伝えられる内紛の内情というものはどういうものであるか必ずしもつまびらかでないわけでございますから、そういうふうなものについて直接的かつ具体的に運輸省航空局として何らかの措置をとった、こういうふうには考えておりません。
○中島委員 そうですが。四十五年の四月十三日の衆議院決算委員会の会議録を見ますと、当時の運輸大臣であります橋本登美三郎氏はこういうふうに答えておられるのですね。これはその前に明らかに内紛だというふうにわかる質問なんです。そのことを指しております。「また、いわゆる全日空内の問題ですが、さようなうわさがあるようでありますけれども、私は必ずしもその問題がおっしゃるような大きな問題になっておるとは考えておりません。われわれ運輸省としてはこれのいわゆる指導に当たっておりますから、この点については御安心を願いたいと思います。」こういうふうに言っておられるのですね。これは、大臣がこの問題について指導に当たっておられた、運輸省が指導に当たっておられたということをはっきり言っていることじゃないでしょうか。そしてまた、指導に当たっているから、これは大した問題じゃないから、だから安心してくれ、こういうふうに言っておられるのと違いますか。
○木村国務大臣 全日空の中の機種の選定で内紛があったということでございますが、仮に内紛があったといたしまして、それに対して運輸大臣が指導をいたしておりますという意味は、恐らく、内紛が大したことではないので、指導いたしておりますというのは、その内紛のために、それが、全日空の公共的使命の遂行に影響があるというところまでいってしまえば大変なことになりますので、そういうことはないように、公共使命の遂行のために運輸省は監督をし、指導をいたしておるわけでございますから、そういう方面ではちゃんと指導いたしておりますからという意味で申し上げられたと私は思います。運輸大臣としての立場は当然そうでなければいけないと思いますので。
○中島委員 時間ですからこれで終わりますけれども、いまの大臣の答弁はちょっと納得できない答弁なんですね。また引き続き質問させていただきます。
○田中委員長 鈴切康雄君。
○鈴切委員 まず、法務大臣にお伺いをいたしますけれども、捜査終了時点で検察は国政調査権の要求には努めて協力する旨の発言がありました。言うまでもなく、国政調査権の発動による責任の追及は、起訴、不起訴に関係なく、だれからだれに金が渡ったのか、ロッキード社の資金工作に関係したすべての政府高官名を明らかにすることであろうかと思います。法務大臣はいかなる腹づもりでこれに取り組まれる御決意か、お伺いします。
○稻葉国務大臣 捜査終了の段階において、いわゆる政府高官名の発表をどうするかということにつきましては、たびたび申し上げておりますとおり、いわゆる灰色高官とは何を指すか必ずしも明確ではなく、その理由とするところは、まずいわゆる灰色高官の定義そのものが不明確であるばかりでなく、現在なお鋭意捜査中の段階であって、具体的に事実関係を想定することが本来困難であるというところに由来することだと思うのであります。 刑事責任の存在が明確になり起訴処分に付された者については、政治的道義的責任の存在することが明らかであり、また、起訴猶予処分に付されたる者も、犯罪事実の存在が検察当局により公認されたという点で、程度の差はあれ、なおおおむね政治的道義的責任がある場合に該当することとなります。 しかし、刑事責任を追及できない場合は、多岐に分かれ、そのいかなる場合に政治的道義的責任があると言えるかは必ずしも明確ではありません。 元来、犯罪事実の不存在ないし刑事責任追及不能の問題と政治的道義的責任の存否の問題とは別個の事柄であるからであります。したがって、本問題については、まず政治的道義的責任の所在について調査中である国会において明確にされることを要するものと思量されます。 以上のようにして、いわゆる灰色高官の定義が明確にされた後に、法務、検察当局としては公表の可否を検討することとなりますが、この場合、捜査が続行されている現段階においては、具体的な場合を想定して公表の可否を論ずること自体、将来の捜査活動に悪影響を及ぼすことが明らかであり、相当ではありません。 このことは、捜査が終了した段階において、刑事訴訟法その他の関係法令の立法趣旨にのっとり、国政調査権の行使によって得らるべき公益と非公開とすることによって保護されるべき公益とを比較考量し、具体的事情に応じて決すべき事柄でございます。 なお、公表の具体的な方法としては、検察当局みずからの判断において公表する場合、検察当局からの報告に基づいて法務大臣が公表する場合、さらに、法務大臣の報告に基づいて内閣総理大臣が公表する場合等考えられますが、この点も、捜査が終了した段階において、具体的な事情に応じ、最も適切な方法を考慮さるべきであると考えます。
○鈴切委員 いま国政調査権に対して協力をするというお話があったわけでありますが、結局、国政調査権に対する協力というのは、灰色高官名を明らかにすることなんですがね。そうしますと、いつまでたっても——灰色の定義をあいまいにしながら実はずっとここまできているわけですけれども、それじゃ、どこからどこまでが灰色であるかということについて、ちょっと……。
○稻葉国務大臣 だから、それがわかれば問題がないのですね。それが不明確のままきているから、明確な答弁ができないわけです。 ただ、私が申し上げられることは、政治的道義的責任の存否の問題を離れまして、そういう灰色高官とか政治的道義的責任の問題を離れまして、贈収賄容疑について捜査が行われて、公務員について、金員の授受が証拠上認められるが不起訴処分に付される者がある場合を想定して、その主な類型を挙げるとすれば、以下のようなことになりはせぬかということは申し上げられると思うのですな。 それは、一、職務に関するものとは認められないとき。二、請託において、請託の事実が認められないとき。三、あっせん収賄罪において、他の公務員のあっせんした事実は認められるが、その職務上不正の行為をなさしめ、または相当の行為をなさざらしむべくあっせんしたものとは認められないとき。四、すでに公訴時効が完成しているとき。五、収賄罪の成立は認められるが、諸般の状況により訴追を必要としないとき。これはしかし、いま言ったあれとは無関係ですよ。灰色高官名の公表とかなんとかいうこととは無関係で、やったけれども、刑事訴追をできなかったという場合を想定すれば、こういう場合が想定されるものでございますと、言わぬでもいいことかもしれませんけれども、あなた、なかなか追及してくるから、言うておくわけです。
○鈴切委員 過日の大庭証言で、機種選定については、日航がDC10導入については児玉及び政府筋から圧力があって、日航の松尾社長は断念したと証言をされておりますけれども運輸省として、いままで大臣を含む高官が何らかの圧力ないし意思表示をしたことがありますか。
○木村国務大臣 機種選定には運輸省は従来ともタッチいたしておりませんので、そういう圧力を加えてはおりません。
○鈴切委員 全日空の、いわゆる民間航空会社の機種選定は、最終的には運輸省が中心になって決められるのか、あるいは全日空がお決めになるのでしょうか。
○木村国務大臣 機種選定は全く会社自身で決める問題でございます。
○鈴切委員 昭和四十五年の四月十三日、これは橋本運輸大臣なんですが、「機種選定につきましては、」「われわれもそう考えておりますが、最終的に決定する場合は、運輸省が中心になり、関係会社とも十分に相談した上できめたい。」とありますね。要するに、運輸省が中心なんですよ。 それで、最終的に決めるということなんですが、そうすると、あなたの答弁と違うじゃないですか。これは全日空の内容ですからね。橋本さんが、しょせんは機種選定は運輸省が中心になって、言うならば、最終的には決める、こう言うのはずいぶん違う話じゃないですか。
○木村国務大臣 どういうことで橋本運輸大臣がおっしゃったかちょっとわかりませんが、何かの勘違いではなかったのじゃないかと思います。事実問題といたしましても、機種選定に従来とも全くタッチいたしておりませんので——あの人は少し大まかなところがございますので、恐らく大型機を入れる場合の大型機という意味で機種とおっしゃっておられたのか、その辺はきわめてあいまいでございますが、方針としてそういうことをやっておりませんので、事実は明確でございます。
○田中委員長 ちょっと鈴切君、法務大臣、約束の時間が来ております。帰してよろしいか。
○鈴切委員 はい、どうぞ。(「ちょっと待ってください。」と呼ぶ者あり)——
○田中委員長 それでは鈴切君。
○鈴切委員 大変重大な御答弁をされたわけですよ。これは橋本運輸大臣が当時、昭和四十五年に答弁をされている中にやはり本音が出ているのです。ですから、「最終的に決定する場合は、運輸省が中心になり、関係会社とも十分に相談した上できめたい。」主体は結局運輸省が決める、こういうことになっているのです。だから、いまあなたは答弁を覆そうというふうなことを言ったって、私どもは、実際のこの議事録の中に本音が出ておるわけですから、私は納得はいきません。ですから、こういうことを明確にする必要があるんじゃないかと私は思います。 それでは、もうあと時間がありませんから……。 運輸省は、全日空の融資問題について渡辺副社長から昭和四十四年の十月二十三日、手塚航空局長に対して報告をしていることが明らかにされているが、これは長谷村証言で明らかになっていますが、そのとおりですね。
○木村国務大臣 ちょっと聞き漏らしましたけれども……。
○鈴切委員 四十四年の十月二十三日、手塚航空局長に対して報告をしていることが明らかにされておりますけれども、これは過日の長谷村証言で明らかになっておりますが、そのとおりですねと念を押しておるのです。
○木村国務大臣 全日空の渡辺副社長が報告いたしました。事実でございます。
○鈴切委員 先ほどもお話がありましたけれども、その資料は検察庁の方に任意で出しておられるというわけですから、当然出していただきたいと思います。 それから、この報告は運輸省から求めたものか、渡辺氏が勝手に報告に来たものか、どうなんでしょうか。
○松本説明員 経緯についてお答えいたします。 当時M資金というような話につきまして、いろいろと巨額な融資があるというふうな話が風聞としてございました。 そこで、当時の航空局長が十月の下旬に、全日空の渡辺専務を呼びましで、事情を聴取した経緯があるわけでございます。
○鈴切委員 そして昭和四十四年の十月二十三日、報告を受けられて、航空局は調査をするわけですが、終了したのはいつなんですか。
○松本説明員 先ほど御答弁申し上げましたように、事情を聴取したわけでございますが、事件は大体落着をしておる、こういうふうな了解と申しますか理解でございましたので、運輸省として特別に調査をした、こういうふうなことはございません。
○鈴切委員 それでは、その報告は大臣にされたのでしょうか、あるいは次官でとどまったのでしょうか。その点はどうなんでしょう。
○松本説明員 航空局長は事情を聴取したわけでございますから、次官には報告をしてあるというふうに了解しております。
○鈴切委員 それでは、大臣は。
○松本説明員 大臣まで上がったというふうには聞いておりません。
○鈴切委員 当時この調査に関係した役人は、だれとだれなんでしょうか。
○松本説明員 先ほどの御答弁に申し上げましたように、航空局長が呼んで聞いたわけでございますが、そのときにメモをとると申しますか、そういうふうな意味で監督課長ですか、監督課長が書記役みたいにメモをとったというふうに聞いております。
○鈴切委員 最後です。 調査に当たって、関係者に事情をお聞きになったのでしょうか。報告内容は十月二十三日でも理解できますけれども、当事者である大庭氏や長谷村氏には全然お聞きにならなかったのかどうか、その点について……。
○松本説明員 先ほど来お答え申し上げておりますように、事情を聴取しただけでございまして、それ以外の者から聞いているというふうなことはしておりません。
○鈴切委員 以上です。
○田中委員長 河村勝君。
○河村委員 法務大臣にお伺いいたします。 アメリカの嘱託尋問の完了を待たずに、昨日、国内で独自捜査に踏み切られたわけでありますが、嘱託尋問は、それにいたしましても、現在でも重要な要素であるというふうに伺っております。先ほど法務大臣は、六月の二十五日に嘱託尋問を開始できると思うが、その成否は五分五分である、そういうふうにおっしゃいましたが、その不確定な方の五分、それはどういう理由でございますか。
○稻葉国務大臣 不確定な五分というのは、向こうの手続、向こうの法律、私よく知りませんけれども、なかなか複雑でむずかしいようでございまして、上告でもあるとずいぶん延びるんじゃないかという心配もあるという意味で、そっちの方の五分を申したわけです。
○河村委員 大体二十五日というのは、連邦高裁のその結審を予定しておられるのだろうと思いますが、延びる可能性というのは、最高裁までいく可能性が残っているということですか、それとも連邦高裁の結審が延びるという可能性があるということですか、そのいずれですか。
○安原説明員 河村委員はよく御承知と思いまするが、現段階は、要するに、ロサンゼルスの地方裁判所の異議却下に対しまして、いわゆるロッキード側から上訴がございまして、ただいまサンフランシスコの連邦高裁で上訴に対する審理をするという段階にあるわけでありまするが、別途そういう上訴がございましたので、原審でございますロサンゼルス連邦地方裁判所では、証人尋問の執行を停止するということで、二十五日まで証人尋問の執行を停止するという段階にあるわけであります。その間に、連邦地方裁判所といたしましては、連邦高等裁判所がこの上訴に対して何らかの判断を下すであろうということを期待しておりまして、仮に、それまでに連邦高等裁判所で尋問の執行停止の期間の延長をいたしません限りは、連邦地方裁判所において証人尋問ができるという状態にあるわけでありまするが、いま法務大臣の申されましたのは、そういう執行停止を二十五日までしておる、その二十五日をさらに延期するという可能性の有無ということが五分五分だということを申されたものと理解しております。 なお、執行停止がなされましたさらに一つの困難な問題としては、それを、執行停止を延ばしながら、かつ上訴の本案の裁判がさらに先になるということがいつまで続くのか、あるいは、それがまた上訴を却下いたしましても、さらに上告をするということがありますとますます延びるというようなことに相なるわけでありまして、事柄の延びるという可能性というのは、法制的にはいろいろあるわけでございますが、私どもとしては、早期にそのような上訴が却下され、あるいは執行停止がなされないというようなことを期待しておるところが五分でございます。
○河村委員 司法共助協定をつくるときに、両方の国の法制の違いは十分検討されて、その上で両方の司法当局が相当綿密な打ち合わせをされたものと思います。でありますから、いままで行われたことは大体予想のとおりというようなことだと思うのでありますが、その限りにおいて連邦高裁どまりであって、さらにそれが最高裁まで争われるというような可能性はない、そう考えてよろしいですか。
○安原説明員 あくまでも予測でございますが、連邦高裁で却下をいたしました場合に、仮に上告ということがありましても、いわゆる現実の証人尋問の執行の停止ということにはならないだろうというふうに私どもとしては考えておる次第でございます。 ただ、河村委員御指摘のとおり、こういうことがあり得るということは十分に予測しておったことでございますので、全く予想の外ではなかったわけでありまして、こういうことが非常に困難であるということは、私ども十分覚悟しながら並行して捜査が進められてきたというのが実態でございます。
○河村委員 そこで、嘱託尋問と今後の捜査の進みぐあいとの関連になってくるわけでありますが、この嘱託尋問は、これはかなり大幅におくれることがあっても、あくまでも実現させる、そういうふうに理解してよろしいですか。
○安原説明員 たびたび申し上げておりますように、これらの証言を獲得するということは、捜査の最善を期するためにぜひ必要でございますので、できる限り早期の実現を期待しておりまして、昨日も総理にその経過を御説明申し上げますとともに、側面からアメリカ国政府の早期実現についての協力方をお願いしていただくことを私どもとしてもお願いした次第でございます。
○河村委員 そうしますと、仮に嘱託尋問が大幅におくれるということになりますと、当初予定されておった、これはあくまで見込みでありますから、ある程度仮定になりましょうけれども、総理大臣の言明によれば捜査の終結が若干八月にずれ込むかもしれない。法務大臣のおっしゃり方はもうちょっと用心深いようでありましたけれども、そうした捜査終結の時期というものが、この嘱託尋問のおくれによって相当大きく左右される可能性がある、そういうことになるのでしょうか、その点をお伺いします。
○稻葉国務大臣 無影響ではないと思います。影響が全然ないとは言えないと思います。
○河村委員 無影響ではないという程度であって、必ずしも嘱託尋問がおくれたからそれに連動するような形で延びる、そういうことではないということでございますか。
○安原説明員 先ほど申しましたように、この証言が得られることは、捜査のベストを尽くすという意味ではぜひ必要であるという意味において、ベストを尽くすということについては支障を来たすということは言えると思いますが、それがなくては捜査ができないかどうかということは、必ずしもこの段階で申し上げることはできませんので、そういう意味において影響があるかどうかを明確に申し上げるわけにいきませんが、そういうものがないということは、最善を尽くすという意味においては、遺憾ながら支障があるというふうに思います。
○河村委員 法務大臣、刑事局長、結構です。お帰りください。
○田中委員長 御苦労さま。
○河村委員 そこで、今度は運輸省関係でありますがきょうの報告で、監理部長が主体となって監督課長が実質的に人を使って全日空あるいは日航に対する指導に当たった、これは四十六年二月の時点ですね。そういうことがやっと判明したという報告でありましたが、いままでの報告では、幾ら調べても、だれが何をやったかわからぬということが長く続いたわけですね。ところが、きょう卒然として、監理部長が主体になって監督課長がだれかを使ってやったということが急にわかっちゃうんですね。一体なぜいままでわからなかったのですか。これはもう全然その理由がわからないのですけれども、その事情を説明してください。
○木村国務大臣 問題が二つございまして、大型機の導入を四十九年にした方がよくはないかという問題と、その考え方をどうやって連絡をしたかという問題と、二つに分けて考えなければいけないと思います。 大型機の導入を四十九年まで延期をした方がよろしかろうという内部の方針は、先ほど私が申し上げましたようなことで考え方としてまとめておった、これは前にも申しております。問題になっておりましたのは、そのことをまず行政指導のはしりとして二会社にどういうふうに連絡したか、だれがしたかということが問題でございまして、これがわからなかったわけでございます。最近までわからなかった。で、航空局の中におきましてもいろいろ当たってみましたけれども、たとえば当時の監督課長が、自分がしたようにも思うし、あるいは自分が部下の者にやらしたかもしれないし、その辺が自分としても非常にあいまいであるということを言っております。それでは、受けた方でだれから聞いたということがわかりさえすれば、もう大体それでいくという感じで、今度は受けた方を聞いたんですが、受けた方の会社も、だれから話が出たかということはわからなかったという状況でございましたので、監督課長が自分が言ったかあるいら部下の者に言わしたか、どちらかであることは間違いないのですけれども、こういう公開の国会の場所でございますから、あいまいのままで言うわけにいきません。そこで、これを確かめる必要があったわけでございますが、最終的には全日空の方で、全日空の方は企画室長が山元監督課長から話を受けましたということが明瞭になりましたので、運輸省側といたしましては、それでは、監督課長がみずから言ったかあるいは部下の者が言ったかが記憶がはっきりしていなかったけれども、向こうさんがそうはっきり言われれば、それは私が言ったのに間違いないでしょうということで、そういうふうに断定をいたした、こういうことであります。
○河村委員 そうすると、相手がそう言うから、そうか、そういうことですか。
○木村国務大臣 課長が言ったか係の者が言ったかというどちらかということでございますので、それが受ける相手の方ではっきりと監督課長から連絡があったという事実がはっきりいたしましたので、監督課長としても、依然として記憶ははっきりしないが、そう言われれば私がやったんでございます。こういう断定をいたしたわけでございます。
○河村委員 まあ、いいでしょう。 そうすると、いまのは四十六年六月時点の話ですね。そうすると、二月時点の、新しく日航からの四機のボーイング747LR、これの導入認可、これを三機の国内線導入を抑えることによって事実上認可を取り消したようなかっこうになるわけですね。これについての当事者ははっきりわかっているんですね。それはどうなんですか。
○木村国務大臣 前段だけ私、答弁申し上げますが、四十六年の段階の話ではなくて、四十六年はもう明確なんです。メモを持ってやっておりますから。四十六年二月のときの話でございますから、前段階の話でございます。 後の点につきましては、事務当局の方から御答弁します。
○中村説明員 四十六年の六月に日航に対していわゆる行政指導をいたしましたときは、これは航空局長の意思ということで、監督課長から連絡をいたしておるというのは明白でございます。
○河村委員 これから後は午後の内村証人に聞きますから、あと午後に回したいと思いますが、一つだけ伺っておきます。 この四十五年十一月の四機の取得に対する認可を事実上取り消した、三カ月もたたないうちに。これは非常に異例だと思うのですが、こういう種類のことが前例にありますか、運輸省として。わずか三カ月ぐらいたって認可そのものの正式の——形式的な取り消しではないけれども、事実上の取り消しというべきことが行われたという事例が過去にも、その後にもありますか。
○中村説明員 取り消した事例というものはございません。 それから、四十六年六月にその引き取りを延期させたということであって、取得認可を取り消したわけではないのでございまして、ただ現実に引き取る時期を少しずらせる、こういう行政指導をしたわけでございます。
○河村委員 それはへ理屈を言えばそういうことになるけれども、実質的にはこのためにデリバリーが一年以上おくれているわけですね。だから、認可の事実上取り消しと言ってもいいくらいですね。そうじゃないのですか。
○松本説明員 四十五年の十一月に行いましたのは、重要財産取得の認可でございまして、このとき、先生仰せのように、四機の取得についての認可をしております。それが事実上どうなったかということになりますと、四十六年になりまして六月以降の行政指導、あるいは現実に連続事故が起こったというふうなことをも踏まえまして、導入の時期を二十一機月——非常にわかりにくい単位で恐縮でございますが、一機を一月デリバリーを延ばしましたのを一機月と言いますが、一機を二月で二機月、二機を一月で二機月。要するに、二十一機月延ばすということにして、そして結局それをまたさらにあと縮めてまいりまして、最終的には六機月延ばしたというにとどまった、こういうことでございますから、基本的な考え方として、認可したものを実質的に取り消したというふうなことではございませんので、デリバリーの時期によって調節を行った、こういうふうに御理解いただきたいと思います。
○河村委員 時間ですから、あとは午後にします。
○田中委員長 それでは、午後一時まで休憩をいたします。 午後零時二十三分休憩 ————◇————— 午後一時八分開議
○田中委員長 それでは、休憩前に引き続いて会議を開きます。 ロッキード問題に関する件について内村信行君から証言を求めることにいたします。 証言を求める前に証人に一言申し上げておきます。 昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことになっております。 宣誓または証言を拒むことができる場合が二つあります。一つは、証言が、証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係にかつてあった者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときであります。もう一つの場合は、医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、助産婦、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあった者がその職務上知った事実であって黙秘すべきものについて尋問を受けたときにも証言を拒むことができることになっております。 それから、証人が正当な理由なくして宣誓または証言を拒んだときは一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられることになり、かつ宣誓した証人が偽証の陳述をしたときには三月以上十年以下の懲役に処せられることとなっております。 一応このことを篤と御承知になった上で証言を願いたいと存じます。 それでは、法律の定めるところに従いまして、証人に宣誓を求めることにいたします。全員御起立を願います。 〔総員起立〕
○田中委員長 内村信行君、宣誓書を朗読してください。
○内村証人 宣誓書 良心に従って、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います 昭和五十一年六月二十三日 内村 信行
○田中委員長 内村君、それに署名をしてください。 〔証人、宣誓書に署名捺印〕
○田中委員長 御着席を願います。 それでは、内村君、これから証言を求めることにいたしますが、証人は、証言を求められた場合に、その範囲を超えないようにしていただきたい。また御発言の際は、その都度委員長の許可を得て発言をされるようにお願いをいたします。 なお、こちらから質問をしておるときは御着席のままで結構でありますが、お答えになるときは必ず立って御発言を願いたいと存じます。 なお、委員各位に申し上げます。これから申し合わせの時間内でロッキード問題に関する重要問題について証人に証言を求めることになりますが、不規則発言等議事の進行を妨げるような言動のないように、いままでどおりの御協力をいただきますよう特にお願いを申し上げます。 —————————————
○田中委員長 それでは、これより証人に対し証言を求めます。 まず、委員長より所要の事項につきお尋ねをいたします。 まず内村君、あなたは内村信行君ですね。
○内村証人 そうです。
○田中委員長 御住所、御職業、お生まれになった生年月日、この三つを述べてください。
○内村証人 住所、東京都世田谷区下馬六の二十八の七。それから職業は無職。それから生年月日は大正十年一月二十七日でございます。 —————————————
○田中委員長 次に、発言の申し出がありますので、順次これを許します。まず松永光君。
○松永委員 あなたは、昭和四十五年六月九日から四十八年九月二十八日まで運輸省の航空局長をしておられましたか。
○内村証人 六月十九日からだと思います。
○松永委員 そこで、まずお尋ねいたします。 それはすべてあなたが航空局長をしておられた当時のことなんですが、昭和四十五年十一月二十日に「航空企業の運営体制について」と題する閣議了解があるわけでございます。その閣議了解の文章を見ますというと、まず第一に「国内航空」と題する項目がありまして、それの(1)に「航空企業内客の充実強化を図り、航空の安全性の基礎のうえに、航空機のジェット化・大型化を推進する。」こういうことが閣議了解の一番初めの方に書かれておるわけです。しかもその上の題が「国内航空」でございますから、「国内航空」について「航空機のジェット化・大型化を推進する。」という趣旨の閣議了解であることは明瞭なんですが、そこで、私がお尋ねしたいのは、「国内航空」について「航空機のジェット化・大型化を推進する。」というけれども、推進するとして、いつごろジェット化、大型化をやるというこの時期の点については、この閣議了解だけからでは必ずしも明確ではない。「推進する」ということがありますけれども、いつごろとか、そういう時期は明確になっていない。しかし、四十五年十一月二十日の閣議了解の前になされているいろいろないきさつ等から見るというと、大体この閣議了解当時に航空局あたりで想定しておった時期というものはあるんじゃなかろうか、こう思われるわけです。 すなわち、四十五年九月の日本航空の長期計画では、日本航空としては、四十七年三月にボーイング747LRを国内線に転用するという前提に立って、そしてこのボーイング747LRの新型機四機を採用するというふうな計画が日本航空である。こういったことを考えますというと、ジェット化、大型化というものは、日本航空については、とりあえず四十七年に747を国内線に転用し、そしてまた四十八年度には新型機を採用、こういったことがこの閣議了解の前にあるものですから、そういった点から考えると、この閣議了解の文章上は「ジェット化・大型化を推進する」という抽象的な表現であって、大型ジェット機を国内線に導入する時期は、閣議了解の文章上からは必ずしも明確でないけれども、周囲の事情等から考えれば、四十七年ということが大体想定されておったのじゃないでしょうか。この閣議了解にある「ジェット化・大型化を推進する」という言葉のジェット化、大型化の導入する時期についての、四十五年十一月当時のあなたの御認識を承っておきたいです。
○内村証人 当時の記憶が必ずしも明快ではございませんけれども、その閣議了解になります前に、運輸政策審議会というものがございまして、そこでもっていろいろと議論されております。その中で、これもその答申をごらんになるとおわかりになると思いますが、「長期展望のもとにおける課題」という中の二項目目にジェット化、大型化のことが書いてございます。したがいまして、私どもといたしましては、一つの傾向として、長期的にとらえた場合に、ジェット化、大型化が必要であるというふうに解釈しておりました。ただ、この点は、それじゃずっと先かと言うと、そうでもないかと思いますけれども、私の記憶では、必ずしも四十七年というものを目指したものじゃないかというふうに考えております。
○松永委員 どうして私がそれを聞くかと言うと、あなたも予算委員会やこの委員会における各委員の質問あるいは新聞の記事等でおわかりと思いますけれども、四十五年の十一月二十日の閣議了解と四十六年二月になってからの大型ジェット機の導入をおくらせるという行政指導をしたということとの間に矛盾がある。四十五年十一月二十日の時点では「推進する。」となっておるのに、四十六年二月になると、わずか三カ月かそこらの間に運輸省の方針が変わっておる、こういう疑いを持たれておるわけです。 そこで、四十五年十一月二十日の閣議了解におけるジェット化、大型化の推進ということはわかるが、その時期については明確でなかったんですか。時期についてはどうなっておったのか。当時の航空局長として、あなたの認識を承りたいんです。時期の点についてだけ。
○内村証人 私の記憶からいきますと、当時運輸政策審議会で議論がされたわけでございますけれども、その際に、その時期については書いてないというふうに考えております。それで、日航なり全日空なりがそれぞれの会社のプランとして四十七年度入れようというふうなことがあったことは私ども承知しております。ただ、日航におきましても、四十五年九月の前の五カ年計画、つまり四十四年の秋ごろの五カ年計画では、たしか大型機の導入は四十八年というふうに予定しておったのではないかと思います。
○松永委員 そうすると、四十五年十一月二十日の閣議了解は、国内線の大型機の導入については時期は必ずしも明確ではなかった、こういうふうに了解してよろしいんですか。重ねて聞きます。
○内村証人 私はそういうふうに記憶しております。
○松永委員 そうすると、この閣議了解と、それから日本航空及び全日空が計画した長期計画あるいは五カ年計画——日本航空では昭和四十五年の九月ごろ長期計画を立て、それから全日空では四十五年十二月に経営五カ年計画というのを立てたわけですね。この全日空及び日本航空の計画によりますと、あなたも御存じと思いますが、日本航空の計画は、先ほども言ったように、四十七年の三月にとりあえずボーイング747LR、国際線に使っておるものを国内線に転用する、四十八年になりますと、新型の大型機を導入する、こういった日本航空の計画ですね。そして全日空では四十七年の三月に新型の大型機、いままで使っているんじゃないのです。新たに大型機を導入したいというのが全日空の五カ年計画になっておったわけですね。この日本航空及び全日空の計画と閣議了解に書いてある大型化を推進するということとは必ずしも連動してない、こういうふうに理解してよろしいんですか。
○内村証人 ただいま先生の御指摘でございまして、全日空の五カ年計画は四十七年度の初めからというふうにおっしゃいましたけれども、(松永委員「必ずしもそうじゃない」と呼ぶ)そうですか。私どもは四十七年度の後半からというふうに認識しておりました。 それで、閣議了解との間に連動があるかないかという問題でございますが、確かに閣議了解におきましては「大型化・ジェット化を推進する。」と書いてございますので、その限りにおいては連動があると思います。
○松永委員 この日本航空及び全日空の長期計画あるいは経営五カ年計画等が策定される過程においては、運輸省航空局の者といろいろ相談の上で日本航空それから全日空の長期計画というものは立てられるんじゃないでしょうか。
○内村証人 この辺は私のところまで直接上がってまいりませんので明確でございませんが、恐らく全日空なり日本航空ができたものを出してまいりまして、説明を受けるということかと思います。
○松永委員 そうすると、閣議了解では時期は明示されていない。四十七年とか、そういったことは必ずしも明確ではなかった。しかし、日本航空及び全日空のそれぞれの経営陣は積極姿勢を持っておったものだから、そこで先ほど言ったような日本航空及び全日空の計画というものが立てられたのであって、それぞれの計画については運輸省航空局としては計画ができるまでの間は関与してない、できてから報告を受けたものである、こういうふうに理解してよろしいんですか。
○内村証人 恐らくそうであろうと思います。
○松永委員 ところで、四十六年の二月になりますというと、大型ジェット機導入に関する延期の行政指導というのが始まるわけなんですが、あなたの認識では、四十六年二月になって始められた大型ジェット機導入の行政指導というものは、四十五年十一月二十日の閣議了解には何ら抵触しない、こういうふうな認識でございましたか。
○内村証人 その当時認識していたかと言われますと、実は私その当時の記憶はほとんどございません。したがいまして、当時認識していたかどうかということは別といたしまして、いまから考えますと、やはり閣議決定というものは一つの傾向としてとらえておるわけでございますから、後は需給関係その他によって若干の異同があることは閣議了解には反しないというふうに考えます。
○松永委員 四十六年になってからの、特に二月以降の行政指導のいきさつ等については、いろいろ別の機会に運輸省の担当者から承ったのですが、要するに、四十六年二月当時、大型ジェット機の導入について延期の行政指導をするに当たって、閣議了解との間に抵触する点がありやなしやということについては意に介しなかった。閣議了解というものは大綱を示したものであって、その大綱に基づく具体的な行政がなされるわけだけれども、延期の行政指導というものは閣議了解で示された大綱とは抵触はしないという前提で行政はなされていった、こういうふうに理解してよろしいんですか。
○内村証人 私は現在そういうふうに理解いたします。
○松永委員 それではお尋ねいたしますが、四十六年二月になってからの大型ジェット機導入を延期する方が望ましいという行政指導をしたその理由ですな。いかなる事情があったので延期の行政指導をするようになったのか、そのいきさつと、それから、延期の行政をするに至った理由及びその当時の事情、これを簡単に説明してください。
○内村証人 先ほど申し上げましたとおり、当時の認識というものが私いま記憶に残っておりませんので、この問題が出ましてからいろいろと関係者と話しまして、また当時の状況等も聞きまして考えたわけでございますが、そういたしますと、一つには全日空の五カ年計画が四十五年十二月に出てまいりました。それからその前に日航の五カ年計画が九月ごろ出ております。そしてその両方合わせてみますと、やはり全体の需給としてはバランスがとれない。つまり、占有率等につきましてお互いに総体的に多く見ておるという関係から、両社合わせますと全体としての需給のバランスがとれないというふうな認識が一つあったかと思います。 それからもう一つは、よく言われる万博後の伸びの鈍化ということでございますが、これは全体の需要から言いますと、必ずしもそう四十五年というものはおっこっておるわけではございません。それで、前半に非常に伸びたから後半は鈍化するのはあたりまえという御議論もあろうかと思います。ただ、当時の印象としては、恐らく、これはどうかなという印象は受けたのではないかというふうに考えます。 それからもう一つは、その際に新たに需要を測定したかどうかという問題が一つあるわけでございます。その点につきましては、いま調査をしましてもなかなかはっきり記録は残っておりません。おりませんけれども、当時の担当者等に聞きましたところ、何かそういうことをやったような覚えがあると、こういうふうなことを言っております。 その際に、それではどうしてその総需要のいままでの考え方と、それから一時的にも違ってくるのだろうかと、こういうふうなことを聞きましたところ、一つは、先ほどの、両方合わせた場合のシェアのダブりということ、それからもう一つは、当時スカイメイトというのがございました、それから東亜国内が深夜便をやっておりました。そういうものが日航の需要予測には入っていなかったそうであります。そういうものも加えて見るということになると、どうも需給のバランスがとれないのではないかというふうなことがあったようでございます。 それからさらに、当時これはもっと前からの話でございますが、若干、前のそのLRの転用とは矛盾するのでございますけれども、日航が航空機を非常に買い過ぎているとか、あるいは資金が非常に有効に使われていないとか、そういう議論があったようでございます。 そういうふうなことも踏まえまして、ちょうどたまたま二月の初めが四十六年度の認可予算の審議になる段階でございます。そういう段階におきまして、こういったような疑問点と申しますか、そういうものかあったので、一応これは——認可予算と申しますと、四十六年度の認可予算でございますけれども、四十六年度に航空機段階につきましては頭金を打ちますと、それが大体四十八年度ごろに入ってくることになります。あるいは四十七年度後半になるかもしれませんが……。そういうことで、どうしても四十八年度の需要想定というものをやってみなければならぬということから、いま申し上げましたような背景をとらまえまして、四十八年度導入がどうであろうかということで、いろいろ検討してみてくださいということを言ったようであります。
○松永委員 先ほどあなたの証言の中にも出てきましたね。四十五年十一月三十日に、先ほども何回も言いますように、ボーイング747LR三機、国際線に使っておるのを国内線に転用することを前提にして、ボーイング747LR四機を購入する認可をしておるわけですよね。そうすると、その認可が、簡単に言えば、調査不十分で認可しちゃったというようなことになるわけですかな、どうです。その点は。
○内村証人 当時調査不十分かどうかは存じませんが、事実関係を申し上げますと、日航の申請どおりの理由で申請どおりに認可しているというふうなことでございます。 なお、その際に日航の方からの強い要望といたしまして、現在機材を買わないと、つまり十一月三十日までに発注をいたしませんと、その次の機会には、数%ぐらいと言ったと記憶しますが、数%ぐらい価格が高くなるということで、ぜひとも購入してほしいというふうな要望があったというふうに聞いております。
○松永委員 そうすると、四十五年十一月三十日にボーイング747LR四機の購入を認可したのは、先行きボーイング747が高くなるということもあって、ぜひ早く契約をしておきたいという日本航空の要望もありしたので、まあ、認可したが、四十六年の三月、四十六年度の予算を認可する場合には、いろいろ調べると需要動向から見て供給オーバーになるということで、大型機導入の時期を延期するように指導したと、こういうふうな筋道になってくるんでしょうか。
○内村証人 大体はそのような筋道と存じますが、認可予算の審議は、二月の初めごろから実態的に始まっているようでございます。
○松永委員 ところで、あなたもアメリカ上院におけるコーチャン氏の証言、この証言御承知と思いますが、機種決定を待ってもらいたかった、大型ジェット機の導入時期をおくらせるというのがロッキード会社が日本に対してなした工作の目標であったと、こういう証言をしておるわけです。そのコーチャン証言に形式的には合うような出来事が四十六年二月からの大型ジェット機導入延期の行政指導と、こうなってくるものですから、そこで四十六年二月ごろからなされていった大型ジェット機導入延期の行政指導というものに非常な疑惑をかけられておる、こういうことになってくるわけなんですが、大型ジェット機の導入を延ばしてもらいたいという働きかけ、陳情、そういったものがその当時なかったですか、どうですか。
○内村証人 私の記憶としては、ないと思います。ただ、当時の客観情勢からしまして、全日空あたりが延ばしてほしいというふうな要望が仮にあったとしても、無理ではないと思います。ただし、私の記憶には残っておりません。
○松永委員 全日空あたりで導入時期を延ばしてもらいたいという要望をしたとしても無理はないといういま御発言でございましたが、全日空の状況からすれば、導入時期を延ばしてもらいたいというふうな、そういう事情、理由があったんですか。
○内村証人 これは後になって、いまになってからわかった話でございますが、当時、同じくそのいわゆる行政指導と申しますか、四十九年ごろの導入ならいかがかということを日航の方に申しますと同時に、全日空にも申しております。その際こちらの方には、四十九年でけっこうですということを全日空から言ってきている記録がございますけれども、実はこのたびわかったことは、社内的にはこれは四十八年ということにしておるわけでございます。それで、やはり初めの計画では四十七年ということを言っておったわけでございますが、社内的には四十八年というふうなこと、それから当時の全日空の整備能力その他からいきまして、全日空としてはやはりそういうふうな気持ちがあったのではないかというふうに憶測するわけでございます。
○松永委員 あなたは、万博後の需要動向から考えて、大型ジェット機の導入は少し延ばした方が望ましいというふうなことで、導入延期の行政指導がなされたというふうな証言でございましたが、この安全性をもう少し確認する必要がある、そういった事情もあったでしょうか。
○内村証人 これも、このたびいろいろ当時の事情を聞いてみましたところ、やはりその安全性、つまり整備とかそういったものに対する信頼感、これが全日空においては、日航に比べてややその信頼度が薄いと申しますか、そういうふうな感じは記憶として持っておったように思います。
○松永委員 延期の行政指導をするについては航空局−監理部−監督課、こういった行政機構になっておると思うのですが、関係者、役所の中の航空行政に関係しておるあなた以下の係官、この人たちの意見はみんな同じでしたか。導入時期は少し延ばして四十九年ごろが望ましいということに役所の中の局長さん以下関係者の意見はみんな同じでございましたか。少しは異論もありましたか、どうですか。
○内村証人 その辺も余りつまびらかでないのでございますけれども、当時、私と監理部長これは先ほど申し上げましたように、六月十九日から航空局に参っております。監督課長はそれ以前から勤めております。したがいまして、その間に若干の意識の相違があったのではないかという気もいたします。そこで、私ども、私と監理部長は、むしろやはり全般的に見て日航の資金のだぶつきを抑えるとか、もう少し厳しく監督したらどうかというような気持ちを持っておりました。そういうことから、たまたま認可予算の審議ということに当たりまして、監督課長がそういうふうな意見もあるのでこれはひとつ考えてみなければいかぬということで、監理部長に相談をし、それでまあ一応打診をしてみたらいいじゃないかというふうなことになって、それで私の了承もとって行われたのだろうというふうに考えます。
○松永委員 エアバス導入延期の行政指導というものは、先ほど運輸大臣の午前中の答弁によりますと、四十六年二月ごろは行政指導とはっきり言えるかどうか、行政指導のはしりみたいなもので、最終的なはっきりした行政指導というのは、四十六年六月にメモを渡してそしてやったのが明確なはっきりした行政指導であったんだというふうなことでございましたが、あなたの記憶もそうですか。
○内村証人 恐らくそうではないかと思います。と申しますのは、実は二月ごろからの行政指導ということにつきまして、私自身の記憶はいま現在ございません。本件につきましては、今度の問題が出ましてから、運輸省が行政指導をしたというふうなことが言われまして、私どもよくわからぬものですから、それから中をいろいろ聞いてみたり、あるいは全日空、日航に問い合わせてみたりした結果、いままでのようなことが大体わかってきたということでございます。 ただ、全部知らなかったかというと、そうじゃございませんで、はっきり私の意識に上っておりますのは、どうも機材がだぶついておるから、国際線の方でジャンボを使って国内線にはDC8を持ってきたらどうか、あるいはどうしても外国の方に使えない場合にはやはりデリバリーを延期することも考えたらどうであろうかという議論を聞いたことは、私は確かに記憶しておるのです。 そういうことから考えまして、そのときは一体いつだったのかなということを考えてみますと、ちょうど六月一日のメモが出されたのがそのときのような感じでございます。日航の方の記憶にも六月一日ごろ航空局長の意向として伝えられてきておるということを言っておりますので、その辺から考えますと、はっきり認識したのは六月一日ごろではないかというのは、これも私の憶測を交えての答弁でございます。
○松永委員 そして行政指導のはしりから終局的な行政指導は四十六年六月一日と、こういうふうに承ったわけでございますが、その行政指導の中で、導入時期、延期をするのだけれども、じゃいつごろ導入するのが望ましいという指導をしたかという問題ですが、全日空の資料等によりますと、もう四十六年の三月ごろから運輸省から、運輸省の見解としては四十九年度ぐらいに入れるのが一番望ましいというふうに希望時期を指定して、そして行政指導をしたというふうな資料になっておるわけですが、入れる望ましい時期として、四十九年からということの時期の指定は、四十六年三月、四月、あるいは六月ごろ、もうはっきりしておったのでしょうか。
○内村証人 恐らく全日空の記録を見てもそうでございますから、四十九年ごろが適当と思うということは言っていると思います。 ただ、それはなぜかと申しますと、先ほど申し上げましたように、私の推測では、本件の始まりがやはり認可予算の審議にあったというふうに考えます。そうしますと、認可予算は、先ほど申し上げましたように、四十六年度に頭金を打つことによって四十八年度に大体入ってまいりますから、四十八年度に入れるかどうかということが問題で、四十八年度に入れなければ当然四十九年になるというふうなことから四十九年という数字が出たのだろうと、私はそう解釈しているわけであります。
○松永委員 そうすると、四十六年の二月ごろから論議をして三月に最終的に決まる日航の認可予算、そこで認可予算から外されたということによってもう四十八年はない、で、四十九年以降ということが予算の査定の段階で事務的にあるいは手続的にはっきりするのだ、こういうことですね。
○内村証人 若干違います。これは当時の事情を聞いてみますと、認可予算の審議が始まりまして、最初は予備費として大型機六機というものを挙げておったようでございます。これは最終的には予備費大型機六機というものの頭金は消えております。ただしその際に、そのかわりに国際線のLRのジャンボ、これを四機を予備費に入れまして、そしてどうしても必要のあるときはこれを国内線の大型機に振りかえてもよろしいということを、口頭で確認しておる。これは日航の方もそういうふうな記録が恐らくあると思います。したがいまして、そういうことになりますと、大体需給バランスから見て、四十九年になるかもしらぬけれども、場合によっては四十八年度もあり得るべしということが、認可予算の結論だろうと思います。
○松永委員 次いで四十七年七月一日の航空再編成に関する大臣の通達、これができるまでのいきさつ、それから航空再編成に対する通達そのものの持っている意味についてお尋ねいたしますが、この点についてはあなたが在官中に運輸委員会等で詳細お述べになっておるようでございます。要するに、四十五年十一月二十日の閣議了解に基づいて具体的な行政の指針を決めたものであるというふうにおっしゃっておるわけでございますが、そのとおり伺ってよろしゅうございますね。
○内村証人 私はそう思います。
○松永委員 その大臣通達というものは、そもそもはいつごろから大臣通達の案を論議し始めたのか、大臣通達ができ上がるその一番最初のスタートはいつごろで、どのくらいの期間をかかって論議をして、そして大臣通達になったのか、その点についての御記憶を……。
○内村証人 これも記憶が余りはっきりいたしませんが、記録によって申し上げますと、たしか四十七年の六月七日でございますか、衆議院の運輸委員会において当時の佐藤政務次官の国会答弁がございまして、それによりますと、昨年九月ごろからこの閣議了解の具体化について運輸大臣から命があって、それで始めましたというふうな記録がございます。したがいまして、出だしといたしまして記録に残っておりますのは、それでございます。 ただ、後どういうふうにしましたか、これにつきましては私ども本当に記憶がないわけでございますが、一つの手がかりは三月二十二日に自民党の航空対策特別委員会でもって一つの案が議論されております。その案と申しますのは、恐らく資料でお持ちと思いますけれども、いわば非常に簡単な案でございます。したがいまして、そういう案をつくるとすれば、恐らくそう時間もかからぬ。これは監督課の事務当局においてつくったものと思いますが、そういうふうなことから考えますと、そういう具体的な作業に取りかかったのは恐らく二月か三月ごろではないかというのが、これも私の推測でございます。
○松永委員 この大臣通達でございますが、でき上がった大臣通達を見てみますと、一つは事業分野の調整の問題、それから輸送力の調整の問題、それから国内の航空会社三社の協力の問題、この三つぐらいがこの通達の中身のようでございます。この通達というものは、先ほどからお聞きしておるエアバス導入延期という行政指導との間に何らかのかかわり合いがあるのかどうか。
○内村証人 私の感じといたしましては、かかわり合いはないんじゃないかと思います。
○松永委員 この大臣通達ができるまでの間にはいろいろな意見があったと聞いております。運輸省からわれわれがちょうだいした資料にも、一番初めの四十七年三月二十二日の案、新聞紙上で政務次官案と称せられたもののもととなったと推定される案、それから事務次官案、こういったものを私ども運輸省からいただいておりますが、そのほかにもいろいろな案があったのかもしれません。しかし、それを見比べてみますと、相違点は、全日空の近距離国際チャーター便をどうするかというようなことがいろいろ意見が食い違っているところであって、大型ジェット機の投入時期等については大体意見の食い違いがないように見られるのですが、あなた、航空局長としてこの案をまとめるに当たって、あなたの記憶どうですか、どういう点が論議の対象だったのですか。
○内村証人 一つの点は近距離国際航空の範囲の問題でございました。それからもう一つの点は、東亜国内に幹線を認める場合に、一体それをどの程度認めていこうということについてやはり大きな相違があったかと思います。それからもう一つは、日航のジャンボLRの投入の問題でございます。これは新型機材ではございませんけれども、ジャンボLRの投入の問題につきまして、沖繩線をどうするか、あるいは準備段階にほかの幹線に入るのはどうするかというふうなことについて議論があったかと思います。
○松永委員 いまあなたがおっしゃったようなわけで、全日空と日本航空との事業分野の調整、これはいろいろ論議のあったところであって、エアバス導入との関係でも、多少の表現の相違はあるようでありまして、たとえば最終的に決まったのは、大型ジェット機の投入は昭和四十九年度以降、しかし、沖繩線については例外とする、しかし、各社が協議の上、投入時期の繰り上げということもできる。「各社協議の上、投入時期の繰り上げをはかることを妨げない。」こういうことが最終的に決まったところでありますが、ほかの案と見比べてみますと、原則は四十九年以降、しかし、沖繩についても四十九年以降というふうな案もあったり、あるいは関係会社で協議がまとまれば、四十九年が原則であるが、その前に繰り上げることも差し支えない、こういったことの違いが少しあるだけで、大型ジェット機の投入の時期についての意見の相違というものは、こういうふうな資料によれば、ほとんどない、となるのですけれども、あなたの記憶もそうでございましたか。
○内村証人 私もそう思います。
○松永委員 時間ですから、終わります。
○田中委員長 田中武夫君。
○田中(武)委員 証人に若干の質問をいたします。どうか端的なお答えを願いたいと存じます。 去る十六日の当委員会の証人喚問において、渡辺全日空副社長は、四十六年の二月の初め、運輸省の当時の山元監督課長から全日空の藤原企画室長にエアバス導入延期が口頭で指導せられた、また同じようなころに、日航の経営管理室長にも指導せられたというようなことが言われておりますが、証人はその事実を御承知でしょうか。
○内村証人 先ほどから御答弁申し上げておりますように、それに間違いないと思います。
○田中(武)委員 当時航空局長であったあなたは、あなたの部下になるわけですが、当時の住田監理部長とこのエアバス導入延期について何回も話し合いをせられた、そうしてこの渡辺氏にもしばしば同様、というのは延期ということについて話があったというようなことを渡辺氏がやはり証言していますが、その点についてはいかがでしょうか。 もう一つ、またそういうことについて、当時の橋本運輸大臣に御相談をしたり指示を仰ぐとか、あるいは経過を報告したということはありますか、どうですか。
○内村証人 初めの全日空の渡辺さんの御発言でございますが、私も当時テレビを見ておりましたけれども、そのときの私の記憶によれば、間違っておるかもしれません、によれば、渡辺さんは初め監督課長から話がありました、その後私もしょっちゅう役所に行っておりますので、その後監理部長あるいは局長の間でも話が出た、というふうに私は聞いたわけでございます。したがいまして、私は実は記憶としてはございませんけれども、やはり先ほど申し上げたとおりに、二月ごろからそういう意向は伝わっておるわけでございますから、渡辺副社長が来て何かのチャンスにそういう話を出したとしても不思議はなかろう、こういうふうに思います。
○田中(武)委員 あなたが航空局長のときに、四十六年二月二十日予算の第五分科会で、実は私が質問をしておるわけですが、これがよく例に使われておるのです。どうも趣旨がちょっと違うのですがね。そこで、そのことにつきまして運輸省の方では想定問答を用意せられております。問いとして、エアバス導入について政府の見解いかん、それからエアバス導入の時期、機種についてはどう考えておるかということを聞かれるだろうと想定せられておる。ところが、私は第一点は聞いたけれども、第二点は聞いていないわけなんです。そこで議事録を見ますと、あなたは、私が橋本運輸大臣に聞いておるのに、大臣の前に、ちょっと私から補足いたしますということで、立ってこられて、そのとき私は何とも思わなかったのです。大臣が答弁してから局長が補足はいいが、それはいいとして、私は聞いていないのに、あなたは機種決定ということに対してくどくどと、この議事録を見ても言われておるわけなんです。そのことは想定問答集にもありますが、そのことを答弁せられておるわけです。したがいまして、私は聞いてないんだが、どうも機種決定とその時期ということが当時あなたの頭の中には相当大きなウェートを持っておったんではないかと推測するのですが、いかがでしょうか。私が聞きもしないことをあなたは答えておるのですがね。その点どうですか。
○内村証人 私は正確に議事録を当たっておりませんが、機種決定について非常に大きなウェートを持って考えていたことは事実でございます。 と申しますのは、なぜかと申しますと、そのときも恐らく御答弁していると思いますけれども、私は、機種決定というふうなことになりますと相当大きな取引になるわけでございます。したがいまして、これについてはもしかするともしかするかもしれない、こういうふうな感じを、もしかするとおかしなことができるかもしれないというふうなことを考えておりまして、これは行政としては絶対にこれに巻き込まれてはいけないというふうな考え方でございまして、したがいまして、機種選定については、もっぱら航空会社の責任においてやることであって、行政はこれには干渉いたしませんということをしばしば言っておりました。局の中でも言っておりました。あらゆる機会にそういうことを言っておりましたので、そういう意味において念頭にあったと思います。
○田中(武)委員 おかしなことがもしかすると云々と、こういうことですが、そのことについては私も聞いていないのですが、あなたは黒い霧があってはいけないと思うとかどうとかという答弁をしておるのですね。 それはともかくとして、そこで、その当時というか四十五年三月に、当時の全日空の社長であった大庭さんがDC10をオプションしておったということをあなたはお知りであったでしょうか、いかがでしょう。
○内村証人 私は知りませんでした。
○田中(武)委員 本当に御存じなかったですか。
○内村証人 と申しましたのは、私が着任いたしましたのは四十五年の六月十幾日でございますから、いまの件は私の着任以前の問題でございまして、その後そういうふうな話も私は聞いておりません。
○田中(武)委員 その就任せられた後——しかもその当時もあなたは運輸省の官房審議官で航空関係を担当しておられたんでしょう。それはいいとして、就任せられてからも聞いておられないわけですね。
○内村証人 私の記憶としては聞いていないと思います。
○田中(武)委員 アメリカの上院チャーチ小委員会でロッキードのコーチャン氏が、時間かせぎでおくらせて機種決定をねらったという意味のこと、そして児玉、小佐野両氏に販売戦略立案に助けを求め、そうして政府の各種のレベルの人々に話すよう要請し、成功したという旨の証言をしておるわけなんです。 そこで、当時、その販売戦略立案者というか行動者というか、児玉あるいは小佐野、この両人に会ったことはありますか、どうですか。
○内村証人 児玉さんにはお会いしたことはございません。小佐野さんには四十八年ごろか、一回か二回お会いしたことがあると思います。
○田中(武)委員 それじゃ、児玉氏は全然知らない、小佐野氏については四十八年から面識がある、それ以前は面識がない、こういう意味ですか。
○内村証人 四十八年ごろに一、二回会っただけで、その後も会っておりません。
○田中(武)委員 この児玉、小佐野氏が相当な成功をおさめたということをコーチャン氏が言っておるのですね。しかも政府の各種レベルというと、局長も入ると思うのですが、そこらあたりに運動はなかったですか。
○内村証人 ございません。
○田中(武)委員 断言せられるなら、次に参ります。 われわれの調査では、四十六年一月十九日、ロッキード社のエリオット氏がホテルオークラに滞在しておって、この一月十九日にロッキード社からエリオット氏に対して三十三万余ドル、すなわち日本円にいたしまして一億二千五百万円という金が電報為替で送金せられておるわけなんです。それを持って——これからは想像ですか、エリオット氏は相当、いわゆる機種決定というよりか、その当時は延期ですね、決定延期を働きかけたようにわれわれは想像するのですが、あなたはエリオット氏と会ったことはありますか、どうですか。
○内村証人 会ったことはありません。
○田中(武)委員 コーチャンとかエリオット氏、ロッキード社のいま問題になっておるような重役さんにはだれも面識ないですか。
○内村証人 私の記憶では面識ございません。ただ、もし仮にあるとすれば、パーティーか何かで会ったことがあるかもしれませんが、それもぼくはないと思います。
○田中(武)委員 全然記憶がないということは、知らないということですね。しかし、パーティーか何かで会ったことはあるかもしれないという意味ですか。
○内村証人 これはこういう意味でございます。私の記憶には全然ないのでございます。ただ、もしかして仮にパーティーあたりで会ったことがあるとすると、これはうそをつくことになりますから、そういう意味で、その可能性が全然否定はできない、しかし記憶には全くない、こういう意味でございます。
○田中(武)委員 そうおっしゃるなら、間違いないでしょう。 そこで、四十七年九月一日、二日の二日間、田中・ニクソン会談が行われ、それに基づいて鶴見・インガソル声明というか、がありまして、そうしてエアバスの三億二千万ドルの緊急輸入が発表せられたわけですね。これはその前の四十七年の七月二十五日から開かれていた日米通商会議、箱根会談で、運輸省案として日航、全日空から機材購入計画を聞いてはじき出されたものだ、こう言われておるわけなんです。この積算の根拠について証人は御存じだと思うのですが、根拠はどこにあるのか、またこの積算を行った者はだれか、当時の航空局長としては十分御存じのことと思うのですが、ひとつ証言をお願いします。
○内村証人 これも当時の記憶というわけではございません、今回この問題が始まってから……(田中(武)委員「いや、四十七年」と呼ぶ)しかし、その当時に詳細な記憶があって申し上げているわけではございませんで、今回の事件が起こりましてからその当時の状況を調査したわけでございます。そうすると、その結果の御答弁を申し上げるわけでございますが、その結果は、やはり各会社から資料をとりましてそれによって機数をはじき、しかもなおなるべく低目に抑えているというふうなことでございます。 と申しますのは、私どもが何機何機買うという約束はできませんで、もし一応何機買うと言ってそれだけ買えないといけませんということから、なるべく低目に査定をいたしてそれで出しておるというのがあの数字だと思います。
○田中(武)委員 そこで、そういう経過を経て、四十七年十月二十八日に全日空がトライスター導入というか、この購入を内定しています。それから三十日に正式決定しておるのです。その時期を中心に、対外経済法がその全日空が内定をした十月二十八日の前日の二十七日に閣議において決定せられている、そして国会へ出してこられる。こういうことで、その第三条で輸銀法を改正しておるのですね。輸銀法の十八条の一号、すなわち輸銀の業務の範囲といいますか貸し付けの範囲、そこに「船舶及び車両を含む」こういう文句の上に、この改正によって「航空機、船舶及び車両を含む」というように、航空機が追加せられたわけですね。これは当然あなたは航空局長としてこの改正について何らかの意見を述べ、あるいはその経緯について御承知であろうと思いますが、その点はいかがでございますか。
○内村証人 その経緯については私はつまびらかでございませんが、意見を申し述べたことは確かでございます。 と申しますのは、当時アメリカからの航空機の購入につきましては、アメリカの輸出入銀行、いわゆるEXIMと言っておりますけれども、それの借款があったわけでございます。ところが、日本にドルが多くなり、アメリカはドルが少なくなるということで、そのEXIM借款を切ろうという動きが大分前からございました。そのEXIMの場合には相当貸付条件が有利になっております。したがって、従来はこういうふうな借入条件でもって航空機を購入しておりました、それが今度EXIMを切られた場合に融資条件が変わってくると困ります。したがいまして、EXIMが切られた場合にも、国内金融でも何でも結構ですから——何でもと言うとおかしいですか、国内金融でもあるいは外貨貸しでも結構ですから、ともかく融資条件が前と同じようにしていただきたいという要望は申し述べております。
○田中(武)委員 そこで、この輸銀法の改正によって、航空機輸入に対していわゆる低金利の融資が全日空に借りられるということになるわけですね。そして緊急輸入品目が発表せられたが、その中にエアバスが入っておるわけですね、物の順序としては。そういうような一連の動き、これは当然航空局長として相当な努力というか、せられたと思うのですが、この緊急輸入品目にエアバスを入れる、あるいはその前に対外経済法、その中で輸銀法を改正する、そして全日空がトライスターを輸入しやすいようにという一連の動きに対して、あなた、証人は航空局長としてどのような努力をせられたか、あるいは、そのことについて当時の橋本運輸大臣はあなたに指示をせられたか、あなたが報告したかという事実はありますか。
○内村証人 先ほども申し上げましたように、私どもといたしましてはEXIMと同じ条件で融資してもらえばいいので、それが輸銀からであろうと開銀からであろうと一向差し支えなかったのでございます。したがいまして、こちらの要望としては、ともかく従来どおりのEXIM並みのことに考えてくださいよという要望をしておっただけでございます。したがいまして、その後どうなったかという経緯についての詳細は存じません。 それからもう一点は、御質問何でしたでしょうか。
○田中(武)委員 それは、そういうことについて大臣の指示なり大臣の相談……。
○内村証人 大臣の指示は別になかったと思います。
○田中(武)委員 法律を改正してその中で航空機を追加するのですね。運輸省とすれば、当然管轄の問題なんですね。だから、大臣も何かやっておられるだろうし、大臣の指示を受けて航空局長は何かやられたんじゃないか。アメリカと同じような安い金利、すなわち四分五厘ですか、四分五厘だったと思うのですが、安い金利で全日空が金を借りる。そしてそれで輸入をする。いわば全日空が輸入しやすいような方向へ法改正を持っていった、われわれはそういうように、勘ぐると言ってはおかしいのですが、思うのですが、その点どうです。ずばり言ってごらんなさいよ。あなた航空局長として、実力者がその管轄に関することで、法律改正に私は横を向いておりましたでは通りませんよ。
○内村証人 これはしかしアメリカから購入する航空機の問題でございますから、何も全日空だけではなくて、日航についてもそのほかの会社についても全く同じことでございます。それで私といたしましては、ともかく従来と同一条件でやってもらえばいいということを申しておるだけでございまして、それについて大蔵当局の方で配慮してもらうとすれば、これはお任せをしておいていいことで、別段そういうふうな動きはしておりません。
○田中(武)委員 もちろん法律の中には、何々会社が購入する航空機と入っておりません。それはあなたのおっしゃるとおりです。しかし、先ほど言ったように、対外経済法が閣議において国会へ出すことが決定せられたのが四十七年十月二十七日なんです。二十八日に全日空がトライスター購入を内定して、三十日に正式決定しておるわけです。しかも急いで——これはまあ大蔵委員会の審議も関係してくるのですが、ちょうど解散前だったからかもしれませんが、ともかく余り質問なく通っておるのですね。ちょっと不思議に思うのです。これは委員会審議の問題ですが、あなたは本当に、あなたがいまおっしゃっておったことに間違いありませんか。どうも時期が集中しておるのですよ。だから、どう考えても、安い金を借りて全日空がトライスターを入れやすいように何か全体が動いた感じですが、いかがですか。
○内村証人 それで、元来緊急輸入ということがなくても、日航にしましても全日空にしても、ある程度の機数は発注することは予定しておるわけでございます。したがいまして、それがスムーズに流れればEXIMの金を借りていくということになるわけでありますけれども、EXIMが切られるということがあったもので、そういう要望をしたということだけでございますから、何か特に活躍したという覚えは私ございません。
○田中(武)委員 横路委員と交代します。
○田中委員長 横路孝弘君。
○横路委員 先ほどから聞いていますと、どうも記憶がさっぱりないようでありまして、全部最近の調査に基づいて何か御答弁されているようですが、本人の記憶していることと体験した事実について御証言をいただきたいと思うのであります。 そこで、先ほどの四十六年二月の問題なんですが、もしかするとおかしなことになるかもしれないとあなたは先ほど証言をされましたけれども、そういうおかしなことになるかもしれないというのは、どういう動きを察知してそういうことをあなたはその当時お考えになったのですか。
○内村証人 いや、具体的な動きを察知したわけではございません。と申しますのは、前にグラマン、ロッキードの問題とかいうふうなこともございまして、とかく大きな取引については何かが起こるというふうなこともございましたので、一般的に感じておったわけでございまして、したがって何かあったから特にそういうふうに感じたということではございません。
○横路委員 そうじゃなくて、もしかするともしかするかもしれない、そういう、あなたが航空局長として心配された——それはもうこの当時商戦が始まっているわけですから、やれ商社の関係、あるいはもともとの生産のメーカーだというので、いろいろとそういうものの説明等に運輸省に来られて、あなたがその動きを見ておったからじゃないですか。直接どの機種にしろということじゃなくて、運輸省に少なくともこのエアバスについての説明ぐらいは受けたことはあなたはあるでしょう、当時。
○内村証人 その当時エアバスの説明をいわゆる業者から受けたという覚えはございません。何遍も申し上げましたように、私は何かおかしな動きがあるから気をつけた方がいいということじゃございませんで、やはり大きな取引があるときにはそこにとかく何か伴いやすいものである、したがって行政としてはこれに巻き込まれてはいけないということから、一般論として申し上げたわけでございます。
○横路委員 それではちょっと、四十七年の十月、いわゆる三億二千万ドルの問題で、航空局でガルフストリームを導入したことがありますね。このいきさつはどういうことですか。
○内村証人 これは航空局でフライトチェックに使う飛行機があるわけでございますが、従来はこれはYSでやっておりました。しかし、だんだんいろいろな保安施設等もできてまいりますと、やはり高高度におけるフライトチェックをやりたいということが内部の要望でございました。そういうことでございましたので、たまたまドル減らしに便乗と申すとおかしいかもしれませんけれども、こういう機会にひとつかねがねの要望にこたえてやりたいということで、そのフライトチェック用の飛行機としてガルフストリームを購入したということでございます。
○横路委員 そのとき問題になっていた機種は、ボーイング研とDC9、日商岩井と三井物産ですね。あなたの方は、この両者の争いが非常に激しくなって、政治家の方の圧力もあるというんで、いやになって、この機種の選定を進めていた部下に対して、これ以外の飛行機ないか、ほかのがないかというので、突然このガルフストリームが上がってきて、ぽんと決まったんじゃないですか。御記憶あることだから、御証言いただきたい。
○内村証人 ともかく私は、機種決定というのは非常にナーバスに考えておったことは事実でございます。しかし、政治家の圧力というものは感じておりません。それで、やはり先生おっしゃったように、当時の候補機としてはDC9と737とあったかと思います。それに対して、もっと広く考えたらいいじゃないかということで、ガルフストリーム、それからほかにもあったかと思いますが、これはちょっと記憶にございません。ということで、比較検討いたしまして、やはり必ずしもフライトチェックには大きな飛行機でなくてもいいのですと、そこで、上昇能力あるいは航続力とか——航続力だったと思いますが、航続力等を考えまして、やはりガルフストリームが一番適切であるというふうに判断をいたしまして決めたわけでございます。
○横路委員 そのときに、ガルフストリームというのは、たしか住友商事ですね、こっちの方から運輸省にほとんど働きかけ、なかったと思うのです。もっぱらやはり中心になってあなたの方にいろいろと、ああだこうだと言ってきたのは、日商岩井と三井物産じゃありませんか。
○内村証人 これは恐らく、来ていたとすれば、その技術部関係でございましょうから、私自身は記憶はございませんけれども、おっしゃるように、住友商事は何にも働きかけはなかったことは事実でございます。
○横路委員 それで、あなた自身が働きかけがいやになって、それでこの二つの機種以外の飛行機はないのかという、いわば問いをあなた自身が発して、それによってこのガルフストリームに決まったんじゃないですか。どうも先ほどからあなた、肝心なこと全部記憶ないと言って逃げていますけれども、あなた自身御記憶があることだと思うのです。
○内村証人 いや、それは本当に私は記憶がないからそう申し上げておりますので、そう昔の話は記憶がないのです。
○横路委員 先ほど小佐野に会ったのは四十八年ごろと言いますが、この四十八年ごろというのは、東亜国内航空がDC9を導入するということで運輸省との間にいろいろあったときですが、このときですか、小佐野賢治に会ったのは。
○内村証人 それとは全く関係ございません。
○横路委員 四十六年の二月に戻りますけれども、この四十六年の二月の二十日に、予算の分科会で議論がされて、あなたと橋本運輸大臣が答弁をしているのですけれども、この答弁については橋本運輸大臣と打ち合わせされましたか。
○内村証人 事前に御説明申し上げているはずです。
○横路委員 そこで、この四十六年といいますと、ちょうど二月の四日にロールスロイスが倒産をしているのですけれども、この事実は、あなた、この答弁をされる当時は御承知でしたか。
○内村証人 また恐縮でございますが、記憶にないと言うと恐縮でございますが、しかし、記憶にはございませんが、当時新聞等に出ておりますから、恐らく知っておったと思います。
○横路委員 それで先ほどの話ですが、ここで答弁するに当たって、つまり、ここでもっと初めて延期という方針がこの答弁で公になるわけですね。それ以前に、航空会社との間に接触があったかどうかは別にして、公になったのはこの答弁なんですが、この答弁の、皆さん方が答弁準備をした中に、大型機の開発状況という一項目があるのですけれども、これはあなた、どのことを頭に置いたのですか。このロールスロイスの倒産のことを頭に置いたんじゃないですか。
○内村証人 まあ、これは当時の原局である監督課が書くものでございますから、そう詳しく、私は何を念頭に置いたという意識はございませんでしたけれども、一般的に開発状況がまだはっきりしないということにはなっています。
○横路委員 この当時、あなた丸紅の幹部と会ったことありませんか。
○内村証人 ありません。
○横路委員 全日空の渡辺副社長と会って、行政指導の、四十七年導入の延期の問題を話し合われたときに、これは全日空は賛成で、日航が反対でしたね、当時は。皆さん方の行政指導、日本航空は反対で、全日空はすぐ受け入れたわけでしょう。この辺の事情なんですが、この渡辺さんからの反対と、どんなことを理由にしてあなた方の方に反対だと言ってきたのですか。
○内村証人 反対ですか——渡辺さんからの反対ですか。
○横路委員 いや賛成、延期の方に賛成。
○内村証人 延期の方の賛成というのは、別に理由は挙げてございませんと思います。私に直接あったわけではございませんで、恐らく事務当局の方に、四十九年で結構でございますというふうな連絡があったと思います。
○横路委員 そうすると、あれですか。当時あなた、渡辺副社長あるいは若狭社長に会って、このエアバス導入の問題について当時話し合われた記憶というのは全くないのですか。
○内村証人 少なくとも大きな問題としてそういうことを話し合ったという記憶はございません。
○横路委員 橋本運輸大臣との関連なんですけれども、この二月二十日の打ち合わせをするに当たって、運輸大臣の方からはどうだったですか、エアバス導入の時期の問題については運輸大臣自身はどういう意見をそのとき持っておられたのですか。
○内村証人 別にそういう話は運輸大臣からなかったと思います。
○横路委員 だって、いままで進めてきた話をまるっきり違う話にするわけでしょう。しかも橋本運輸大臣は、その前の年にたとえば航空再編の問題について問題を提起されるとか、航空関係にはかなり詳しい方のはずですが、そういう重要な行政の方向の転換を図る答弁をするのに当たって、何も話が一言もないなんというのは、きわめて不自然じゃありませんか。
○内村証人 どう御解釈になるかわかりませんが、あのときの答弁の案といたしても、今後需要動向とか、それから空港整備状況でございますか、そういうことも考慮して慎重に検討いたしますと私、答えておりますので、あとはいわゆる大臣がアドリブとしてああいうことを答えたのだというふうに私は思っております。
○横路委員 DC9の問題で、斉藤さんの方からちょっと関連して質問いたします。
○田中委員長 斉藤正男君。
○斉藤(正)委員 東亜国内航空がDC9を採用する経緯について若干伺います。 四十八年一月十八日、東亜国内航空はDC9の採用を社内の問題として決定をいたしました。四十八年一月二十日にレター・オブ・インテントという形で十四機の契約をしたわけであります。四十八年二月七日、東亜国内航空はDC9の導入について運輸省に正式な申請をいたしております。ところが、どういう理由か知らぬけれども、運輸省は四十八年二月十五日、時期尚早ということでこれを拒否いたしております。どういう事情で拒否をされたのか、御承知だと思います。
○内村証人 それはたしか機数を少なくしたのではございませんでしょうか。 〔委員長退席、大橋(武)委員長代理着席〕
○斉藤(正)委員 記憶にないようでございますから申し上げますけれども、拒否の理由として、運航乗務員の確保が機材導入テンポと整合性がない、乗員の養成計画が不十分だ、機材整備面で他社、すなわちJALの技術援助を得るとしているがその確認がなされていない、さらに自社による整備体制を確保するための整備員の養成計画がない、さらに路線運航計画と機材稼働状況が不明確、こういうことでだめだと言っておるのであります。御記憶ありますか。
○内村証人 私の記憶では、全面的に拒否したのじゃなくて、十四機、さっきおっしゃったかと思いますが、それに対して、それは多過ぎるのではないかということで、機数を減らしたのじゃないかと思います。もしそのときのことでございますれば、それはいまおっしゃいましたような運輸整備体制というふうなこともございましたし、それから就航を予定している飛行場がまだ就航できそうもないというふうなこともあって、そういうふうなことになったというふうに思います。
○斉藤(正)委員 大分記憶があいまいのようでございまして、機数が多過ぎるということを言っているのじゃないのですよ。あなたのところにはDC9を導入しても安全の面において、採算ベースの点においてだめなんだからおよしなさい、こういうことであることは間違いないわけであります。ところが、この断ったのが四十八年二月十五日であるのに、同じ年の四月二十八日、二月とちょっと誓ったときに当局はこれを承認をしているわけであります。わずか二月でこれほどの基本問題が東亜国内航空側で解決をしたとは思われない。また、JALその他の協力が急速に進んで、オーケーというような万全の体制が東亜国内側に整備をされたとは思われない。なぜわずか二月とちょっとの間に運輸省航空局は正式な認可をしたのか、私どもにはわからないのであります。いま、断った理由については、記憶をたどってお答えがありましたけれども、わずか二月後に正式認可をした理由は何でしょうか。
○内村証人 私、この問題について本日準備してまいりませんでしたので、正確にお答えができないわけでございますけれども、私のいまある記憶では、その一回拒否したというのは、よくわからないのです。私はたしか、相当多くの機数を買いたいと言ってきたことに対しまして、それはまだ体制上も早いのじゃないかというふうなことから、それを何機かに削減して認めたということは記憶にございますが、その前段の方がどうもよく私わからないのです。
○斉藤(正)委員 すべての手続を踏んで東亜国内側が正式な申請をされた。なるほど十四機というのは多いのですよ。それにしても、これを断った理由がいま申し上げましたようなことで、きょうの証言に当たって準備をしてこないと言いますけれども、これはしかしあなたが次官のときに、われわれに航空局から出してくれた書類ですよ。そのようなことは全く問題にならない。しかも、日航はボーイングを、全日空はロッキードをというような形の中で、いまロッキードが大変問題になっておりますけれども、なぜ東亜国内がダグラス9についてこういう申請をし、しかもわずかな間に認可をされたかという背後のことを私どもは疑問に思っているわけであります。この間、当時の国会におきましても、田中総理大臣あるいは橋本運輸大臣等々の答弁もございますけれども、詳細にはここでは申し上げません。何かしらここに外部の力が加わったのではないかというように私どもは断定せざるを得ないわけでありますけれども、あなたはこの辺の経緯について疑問は感じておられませんか。
○内村証人 どうもはっきりしませんが、私どもは再々申し上げておりますように、機種決定は何にするかということは航空会社に任しておったつもりでございます。したがいまして、機種決定をどうこうするというふうな圧力が私どもにかかったというふうなことは記憶にございません。 それから、なぜ二カ月ぐらいで認可したかというふうなこと、これは私どうも準備不足で申しわけございませんけれども、私のいま記憶に残っているのは、たしか十四機か何かのを九機かそこらに減らしたというふうな記憶がいま残っているわけでございます。
○斉藤(正)委員 的確な証言が得られないことは残念でありますけれども、私どもはきわめて不可解である、ただ機数が多いということだけではないというように考えておるわけでございますので、後ほどまた関連をして関係者にこの問題はお尋ねすることにして、私の質問を終わります。
○大橋(武)委員長代理 次に、中島武敏君。
○中島委員 四十六年の二月ないし三月ごろ、四十七年度の後半にエアバスを導入する、そのために機種を決めるということになりましたならば、これは仮定ですが、L一〇一一が選定されることはなかったと思うのですが、証人はどうお考えですか。
○内村証人 ちょっと私にはいまわかりかねますが……。
○中島委員 意味がわからないと言われましたですか。——ちょうどこの時期にはロールスロイスの倒産がありまして、そういうエンジン関係が倒産してしまっているという飛行機を導入するということは、これはあり得ないことじゃなかったろうかと思うのです。いかがですか。
○内村証人 あるいはそうかもしれません。
○中島委員 コーチャン証言で、エアバスの購入決定をおくらせるために非常に努力をしたということが言われております。いま申したように、ロッーキード社にとりましてロールスロイスの倒産という重大な危機に直面している、まさにそのときにこのエアバス導入の延期に成功しておるわけであります。コーチャンの証言によれば、児玉、小佐野の協力を得て必死の工作をやっていたと証言されております。当時の航空局長として、ロッキード社の動きまた業界の不自然なものを感じませんでしたか。
○内村証人 どうも私の記憶といたしましては、余りその辺に目は向けなかったような気がしております。
○中島委員 四十六年の二月二十日の衆議院予算委員会分科会における発言問題、あなたの発言です。先ほど来黒い霧の問題として問題になっておりますが、この問題についてお尋ねしたいのですけれども、本来、機種決定というのは、証人によれば、運輸省はタッチしていないというふうに言ってきておられるわけです。それでいてなお巻き込まれる危険性を感じたというのは、一体どういう意味でございますか。
○内村証人 巻き込まれる危険性があるからタッチしないというふうに言っているわけでございます。
○中島委員 このエアバス導入について率直にお尋ねしたいのですが、この導入延期の問題について児玉、小佐野あるいは政治家あるいは商社あるいは航空会社等から、何らかの話を受けたことはありませんか。
○内村証人 ちょっと、航空会社は別といたしまして、ほかのところからは話を受けたことはございません。
○中島委員 航空会社についてはあったのですか。
○内村証人 ちょっと済みません。御質問の趣旨をもう一回承りたいのですが。
○中島委員 導入の延期の問題についてのお話を聞いたことはなかったかと、こういうお尋ねです。
○内村証人 先ほども申し上げましたように、私の記憶としては残っておりませんけれども、当時の状況からすれば、全日空あたりは何かそういうふうなことを言ってきても不思議ではないというふうに思っております。
○中島委員 きわめてどんずばりお尋ねしたいのですが、大変失礼ですが、児玉、小佐野あるいは政治家あるいは商社あるいは航空会社等からあなたに対して賄賂が贈られるというような事実はありませんでしたか。
○内村証人 これは全くございません。
○中島委員 他の運輸省の関係者で、やはり賄賂を受け取ったというようなことについてはお聞きになったことはありませんか。
○内村証人 ございません。
○中島委員 予算委員会において偽証のゆえをもって告発されました若狭得治氏、また昨日逮捕されました沢雄次氏、これは証人の運輸省における先輩であります。このエアバス導入の問題について働きかけはなかったでしょうか。
○内村証人 エアバス導入とおっしゃいますと、ロッキードを導入するということでございますか。
○中島委員 そのことをも含めて、導入の延期問題とかそういう問題について働きかけはなかったでしょうかというお尋ねです。
○内村証人 前段のロッキードの問題については、全く働きかけはございません。 それから、エアバスの導入につきましては、やはり日航も全日空も計画を持っているわけでございますから、当然その話はあったと思います。
○中島委員 私は、若狭得治氏それから沢雄次氏の名前を挙げてお尋ねしているのですが、この問題についていろいろとお話があったというふうにいまのお答えは理解してよろしいですか。
○内村証人 そういう意味ではございません。少なくとも沢さんからそういうふうな話を聞いたことはございません。それから若狭さんの方は、恐らくエアバスを導入するということにつきましては、全日空も計画を持っていたわけでございますから、そういうことについて何らかの話があったかと思います。詳細は存じておりません。
○中島委員 導入の延期についての話はありましたですか。
○内村証人 それは先ほど申し上げたとおりでございまして、私自身、聞いた記憶というものが残っていないんです。しかし、記憶というものは非常に不鮮明でございますから、その当時、若狭さんが来てそんな話をしたとしても、これはあったかもしらないな、この程度のことでございます。
○中島委員 四十五年十一月の三十日に日航に対してボーイング747LR三機を国内線に転用するということを前提にしてボーイング747LR四機の購入を認可された。ところが、にもかかわらず、先ほど来問題になっておりますように、四十六年二月二十日に突如として橋本運輸大臣がエアバスの導入については消極的に考えるといういわゆる消極発言を行ったのでありますが、なぜ大臣はこういう発言を行ったと証人はお考えですか。
○内村証人 あのときの状況は、先生おいでになりますけれども、田中先生から御質問がありまして、それに対して、大体あらまし私がその答弁書の原案にあったようなことはしゃべってしまったわけでございます。したがいまして、その先はやはりアドリブというふうなことで、橋本大臣がお答えになったのではなかろうかというふうに思っております。
○中島委員 それじゃ伺いますが、証人はこのときの答弁で、導入延期についてはどういうふうにお考えだったわけですか。
○内村証人 そのときは別に導入延期ということを念頭に置いた答弁ではないと思います。
○中島委員 アドリブと言われましたが、消極的に考えると、きわめて明快にこの答弁はあることは御存じだと思うのです。そうしますと、橋本運輸大臣は導入延期、いわば言ってみれば、消極的に考えるということをきわめてはっきり言っておられる。それで、証人の方は導入延期とかそんなふうには思っておられなかったという御発言でございますね。しかも、いまお聞きしますと、証人が答弁されたので運輸大臣は言うことがなくなってアドリブだ。大変矛盾しているんじゃないでしょうか。
○内村証人 ただいまの御質問、どう御答弁申し上げるか、ちょっともう一回御質問お願いいたします。
○中島委員 もう一度言いますと、橋本運輸大臣は消極的に考える。簡単に言いますが、よく御存じのことだと思うから、会議録その他引用いたしません。いたしませんが、エアバスの導入については消極的に考えると、こういうふうに答弁されているのです。アドリブであれ、そういうふうに言われております。ところが、あなたが答弁されていることについては、いまお話がありましたように、御答弁がありましたように、導入延期ということを念頭に置いてなかった、そうは考えていなかったというふうな証言でありました。そうしますと、これは大変矛盾しているんじゃないかというふうに考えるわけです。運輸大臣は消極的に導入延期、いわばそういうふうに発言をされておられる。あなたは導入延期というふうには発言をしていないんだ、こういうお話です。
○内村証人 あの時点の考え方は、恐らく、あのときの答弁書にありますように、私は傾向としてエアバスというものは必要なんですということを申し上げまして、それから実際に具体的にどうするかということにつきましての時期その他につきましては、空港整備の状況であるとかあるいは需要の動向を考えて慎重に検討いたします。こういうふうに申し上げていると思います。橋本大臣のは、まあ、後から見ればオーバーというふうなこともお思いになる方もあるかもしれませんが、消極的というか、私が慎重にというのを消極的にというふうに置きかえられた程度のもの、というふうに認識しておったと思います。
○中島委員 いま証人が言われたお考えですね、この問題は一般的な論として答弁されていたやにいま聞こえたんです。 じゃ、もう一度お尋ねしますが、導入延期の理由というのは、当時どういうふうにお考えになっておられたか。先ほど来の証言によりますと、当時の認識については余りはっきりしない、しかし現在はということで、占有率の問題とかあるいは万博後の需要の変動の問題とかあるいはブレークイーブンポイントの問題とかあるいは航空機の買い過ぎの問題というようなふうに理由を挙げておられます。これは当時の考えではなかった。当時はこんなはっきりした見解は持っておられなかった。しかし現在はそういうふうに考えているというふうに理解してよろしいですね。
○内村証人 先ほどの答弁は、そういうふうに御理解いただいて結構だと思います。
○中島委員 橋本運輸大臣の答弁に返りますが、この橋本運輸大臣の答弁を読みますと、エアバスそのものの安全性ということを非常に強調されて、消極的に考えるというふうになっておるわけであります。必要でしたら会議録を読みますが、その必要はありませんですね。これはあなたが現在考えておられる、また、運輸省が最近ずうっと見解を述べておられる導入延期をした方がよいとされている理由、これとはおおよそ違う見解なんですね。おおよそ違う見解だと思います。機体そのものの安全性と、いわば言ってみれば、とれる発言であります。もし機体の安全性ということを理由とされるのであるならば、もうこのときにはボーイング747LR、これはどんどん国際線を飛んでいるわけでありますから、これを国内線に転用することはまるきり問題がないということになるんだと思うのです。LRの転用を延期するという理由は、ここからは見出せないわけですね。そうではありませんか。
○内村証人 LRの転用という問題は、確かにそこから見出せないと思います。ただ、新しいエアバスを考えますと、つまり個々の機体じゃなくて、新しい機種でございますから、そういう考え方も出たのではないかというふうに思います。 それから、先ほど申し落としましたけれども、当時のいわゆる導入延期の行政指導ということでございますが、現在考えられる当時の状況としては、需要の問題とかあるいはその資金の問題とかあるというふうに申し上げましたけれども、そのほかに、やはり新しい航空機が就航してからその騒音とかあるいは性能とかを見てからでもいいんではないかというふうなことも一つの理由になっておったようでございます。
○中島委員 LRの転用問題は問題ない、しかし新機種については別である。そうしますと、LRの転用を延期する理由というのはなかったのではないかということにはなりはしないでしょうか。
○内村証人 LRの転用についてはそういった問題はございません。ただ、需給の問題はございます。
○中島委員 実際には延期されているわけですね。時期の問題として延期されている。これは先ほど来証人も言っておられるとおりであります。私は、ここは非常に大事なところでもありますし、同時に、非常に理屈にならない理屈じゃないかなと——ちょうどこのときかロールスロイスの倒産ということで大変問題にされている時期でありますから、いわゆるこの消極発言というもの、これの持っている意味ということは非常に重大じゃないかと考えざるを得ないのであります。 続けてお尋ねいたします。 四十五年十一月二十日の閣議了解での東亜と国内航空との合併がよいとされた認識の基礎にありましたものは何か。端的に申しますと、ローカル同士で合併をしても十分採算がとれるという認識があったから、あの合併が打ち出されたのではないでしょうか。
○内村証人 まず、その合併する前に、ローカル会社自体として採算がとれるかどうかという問題がございます。それにつきまして、従来と変わりまして、あのころの状況から言いますと、ローカル自体でも採算がとれるだろうというふうな認識に立っておったと思います。ただ、今後ローカル会社といたしましても、機材をジェット化するというふうなことは必要になってまいりますので、やはり企業基盤はしっかりした方がいいということから、その合併ということが考えられたのだろうというふうに考えます。
○中島委員 四十五年の十一月二十日の閣議了解、ここでは、新会社について「当面、ローカル路線を運営するものとし、将来、安全体制の確立を含め企業基盤の充実強化がなされた段階において、幹線における航空輸送需要の動向に即応し、航空法に定める要件を充足すれば、幹線運営を認めるものとする。」こうあるわけです。そして、四十七年の七月一日の丹羽運輸大臣通達におきましては、ここは、「将来、国内幹線のジェット機による自主運航を認めるものとする。」その時期は昭和四十九年度を目途とするというふうに言われておるわけであります。どこが違っておるか、この問題です。ここでは企業基盤が充実強化されなければならない、この点が抜け落ちているわけでありますが、私は、この東亜国内航空の企業基盤が充実強化されたと判断されたのは一体いつであるか、もっと端的に言えば、四十七年七月一日以前であったはずではなかろうかというように思うのです。
○内村証人 ちょっと、いずれの時点かわかりませんが、ともかくそのローカルをジェット化いたしまして、それである程度その実績ができれば、その安全性の上に立って幹線を認めようという趣旨だったと思いますが、いつの時点かといま言われますと、ちょっとはっきりいたしません。
○中島委員 そうでしょうか。そうではありません。これは明確に、いま私が読み上げたとおりに丹羽運輸大臣通達は言っておるのであります。そして、四十五年の閣議了解、これもまた、先ほど私がはっきり申しましたように、企業基盤の充実強化、これが大前提にされているんです。ですから、理論的に言えば、この閣議了解どおりに実行されていったとするならば、この丹羽運輸大臣通達が出たときには、もう新会社は経営基盤が強化されている。充実強化されているという判断がなければ、この通達は出せないはずではないでしょうか。
○内村証人 お説のような議論も立つかと思いますが、恐らく一応の目安として四十九年というものを置いたのではなかろうか、こういうふうに考えます。
○中島委員 私はこのときには判断材料はなかったと思うのです。経営基盤、これが強化されたという判断材料はなかったはずであります。なぜなら、東亜国内航空が発足しましたのは、設立されましたのは四十六年の五月十五日であります。この通達が出されております一年前、まだ決算もろくにできていない、まだ財政の上においても赤字である、そういう実態の時期です。これでいて幹線進出をもうすでに認めるということをやっているわけであります。 また、全日空に対しても同じです。全日空に対しても、当初は、閣議了解は、日航と提携し余剰機材を活用して近距離国際チャーター便を認めるという趣旨であります。ところが、もうこの日航と提携し余剰機材を活用してというふうな部分は、運輸大臣通達におきましては抜け落ちてしまって、「近距離国際チャーターの充実を図る。」こうなっておるわけであります。大変にこれは東亜国内航空及び全日空に対する優遇と言わなければならないんじゃないでしょうか。 私は、その点でだれが一体これで大もうけしたのか、どの株主が一体大もうけしたのかということについて、証人の見解をお聞きしたいと思うのです。
○内村証人 確かに、おっしゃるように、結果といたしましては東亜国内あるいは全日空がある程度有利になっているということはあるかもしれません。 だれが大もうけしたかは、私たちにはよくわかりません。
○中島委員 この時期に小佐野賢治氏などが大変な全日空の株の買いあさりを行っているということが明らかになっております。証人はそれを御存じであったかどうか、また、御存じであったとすれば、不思議とも思われなかったかどうか、これを最後にお尋ねして、私の質問を終わります。
○内村証人 当時それを知っていたという記憶は、いまございません。
○大橋(武)委員長代理 鈴切康雄君。
○鈴切委員 証人に、トライスター導入のうち、機材購入についてお伺いをいたします。 事業認可権を握っておられる運輸省としては、エアラインが機材購入をする場合、実務的にはどのようにされるんでしょうか、実務的には。
○内村証人 日航と全日空では若干異なると思います。日航の方は政府出資会社でございまして、日航法——日本航空株式会社法というものかございますから、それによって重要財産の取得認可等は、一々その都度やってまいります。 それから、全日空の方は、これは一般の株式会社でございますから、単に航空法に基づいて事業計画の変更認可をやるということだけでございます。本質的に申しますと。
○鈴切委員 実務的には通産の輸入承認と大蔵省の外貨の割当が必要になるわけでしょう。そうしますと、この許可をとるときには、その前に運輸省としてオーケーを出さないととれないわけなんですけれどもね。そういうふうなことがあるということについてはどうなんでしょうか。
○内村証人 それはあると思います。
○鈴切委員 エアラインが機材の購入をする場合、認可を与える条件というのはどういうものがありましょうか。
○内村証人 民間の会社の場合には、別に条件はないと思います。
○鈴切委員 そうじゃないじゃないでしょうか。たとえばいわゆる申請書を出すとかということにはやはり条件があろうかと思うのですけれどもね、その条件、御存じないですか。
○内村証人 私よく存じておりません。
○鈴切委員 では、こちらから申し上げましょう。 一つは、需給関係を混乱さしてないかどうかという問題と、それからどこに飛ばすのかという問題、それからパイロットの養成、整備員の状況等のことを考慮して認可を出すはずなんですね。それに間違いございませんか。
○内村証人 それは事業計画の認可じゃございませんでしょうか。
○鈴切委員 それはいわゆる機材の購入のときにそういうものを出すんじゃないですか。
○内村証人 ちょっと私、事務的によく存じておりません。
○鈴切委員 運輸省はエアラインから申請が出た場合、承認書かあるいは許可書を出しておられるんでしょうか。
○内村証人 私はっきりわかりませんが、恐らく輸入の場合でしたら、通産省に対する推薦というものは出していると思います。
○鈴切委員 これはどの会社についてもそういうことをされるわけでしょうか。
○内村証人 余りその辺は詳しくないのですが、恐らくそうだろうと思います。
○鈴切委員 この問題はいわゆる機材の購入の問題で、しかも私が申し上げているのはトライスターの問題ですからね。これは直接あなたが担当された問題だけに、記憶にないというふうに言われては困るんですよ、証言にならぬわけでしてね。 そういうことで、よく記憶を思い出していただけばいいわけでありますけれども、全日空は二十一機の計画で仮発注まで終わっておりますけれども、これに対して一つ一つ許可書とか、あるいは承認書とかいうものをつけておるのでしょうか。
○大橋(武)委員長代理 内村君にお願いいたしますが、証人は記憶がないということが少し多いように聞こえますが、本当に記憶がないものはやむを得ないとは思いますが、できるだけ思い出すように努力をして証言をしてくださるようお願いいたします。
○内村証人 別に拒否しているわけじゃないのですが、その手続のこと私よく知らないのです。実際問題として。
○鈴切委員 あなたは運輸省の最高の事務次官までおやりになったわけですからね、そういうことはおわかりになっていないといけないと思うのですけれどもね。 現在いわゆるトライスターは、国内線で六月の時刻表を見ますと、沖繩線が六便になっているんですよ。いいですか、聞いておいてくださいよ。鹿児島線は十便なんです。それから熊本線が六便、福岡線が十四便、北海道線が二十二便なんです。合計五十八便で、片道換算になっております。これは六月の時刻表ですから。となりますと、昭和四十七年七月一日、大臣通達に、輸送力の整備として各路線の総合平均利用率、幹線は六五%それからローカル線は七〇%を当面の増強基準とあるが、この基準に当てはめられますと、トライスターは何機になりましょうか。
○内村証人 どうもむずかしい質問で、私ちょっとわかりかねますな。
○鈴切委員 じゃ、これはわかるでしょう。あなたは地検に呼ばれましたか。
○内村証人 呼ばれております。
○鈴切委員 呼ばれて、骨子的に言いまして、どんな骨子のことを聞かれましたか。——いつごろ、それでは呼ばれましたか、何回ですか、これは記憶あるでしょう。
○内村証人 これは記憶ございますけれども、捜査の機密ですから私、申し上げかねます。(発言する者あり)——
○鈴切委員 いま地検に呼ばれたというわけですが、具体的に何回呼ばれましたか。
○内村証人 三回でございます。
○鈴切委員 いついつですか。
○内村証人 先週くらいじゃなかったかと思います。
○鈴切委員 先週だけと言うんですが 先週一週間の間に三回も呼ばれたのですか。
○内村証人 たしか一週間の間に三回と思います。
○鈴切委員 これはあなたの方がずっと専門的なんですよ、実はいま申し上げたのは。私がいま申し上げましたいわゆる大臣通達で、そしていまの五十八便をこなしますと、十三機で済むんですよ。十三機で済んで、さらに一機ぐらいは予備とかそういうようになると、十四機で済むんですよ。ちょっと二十一機じゃ多いんじゃないですか。これはどうして認可を与えましたか。
○内村証人 伺うと、多いように思います。
○鈴切委員 そうでしょう、多いでしょう。これは私は専門家に聞いているんですよ。ですから、少なくとも七機から八機多いんじゃないですか、どうですか。
○内村証人 恐らくそうかもしれません。
○鈴切委員 それじゃ、その発注の許可を与えた根拠は何ですか。 〔大橋(武)委員長代理退席、委員長着席〕
○内村証人 申しわけないのですが、私その発注のときにどう発注するかということはいま認識しておりませんので、お答え申し上げられないのは大変残念でございます。
○鈴切委員 要するに、全日空はボーイング727−200ですね、これが昭和四十五年が五機それから昭和四十六年が十二機、昭和四十七年が二十機あったわけです。これは全日空の資料から私いま見ましたんですよね。そうなりますと、トライスター八機の——大変に多いとお認めになりましたけれども、どうしてこういう言うならば効率が非常に下がってしまう、そういうものに対して御認可を与えたのでしょうか。
○内村証人 その認可の時期はいつごろでございましょうか。
○鈴切委員 この問題については、一応あなたが、ちょっと多かった、トライスターは確かに多かったということをお認めになったわけですから、それ以上こちらの方で細かく聞くことはちょっとあれしましょう。 昨日、全日空の三人が逮捕されましたね。このときの金の受領は、八機分余分なトライスター購入に対しての金でありますけれども、当時運輸省は、全日空に八機分余分に購入許可を出したというのは、国際線チャーター便としてトライスターを内々に認めていたのではないだろうかという疑念が出てくるわけですが、その点についてはどうなんでしょう。
○内村証人 どうも私、そのころの状況を調べてこなかったものですから、はっきり申し上げられないのは大変申しわけないのですが……ちょっともう一回おっしゃっていただきたいと思います。
○鈴切委員 昨日全日空の三人が逮捕されましたね。これは御存じのとおりです。このときの金の受領は八機分の余分なトライスター購入に対しての金であるというように新聞報道で言われております。当時、運輸省は全日空に八機分余分に購入許可を出したというのは、いわゆる国際線のチャーター便としてトライスターに内々それを認めるということの話し合いがあったんじゃないかということなんです。だから、それは八機多くやったということじゃないでしょうか。
○内村証人 私は直接話を聞いておりませんけれども、その当時の資料を調べてみないとわからないと思います。
○鈴切委員 やはり現実な問題を聞きませんとちょっとわからないのですけれども、あなた地検に呼ばれてトライスター購入について聞かれましたか。これは記憶あるでしょう。
○内村証人 本件、よろしゅうございますか。
○田中委員長 委員長の意見を申し上げますと、いつ、どこへ呼ばれたということまでは答えはよろしい。尋問の内容に関することは証人は遠慮される方がよかろう、こう思います。(発言するものあり)—— 証人、聞かれた内容が具体的なものであると、答えは適当でない。具体的でないと、一般問題をここでお話しになることは一向差し支えはありません。そのつもりで。 鈴切君、質問を続けてください。
○鈴切委員 いま私はこのトライスターの問題を聞いているわけですから、だからトライスターの購入について検察官から聞かれたのか、それだけしか聞かないのですから。
○田中委員長 聞かれたか聞かれなかったか答えてください。それは差し支えありません。
○内村証人 聞かれております。
○鈴切委員 それから、機材購入の承認を与えるのは、運輸省のどこの場所で、だれの決裁によってなされましょうか。
○内村証人 恐らくこれは事務当局は監理部の監督課であろうと思います。
○鈴切委員 じゃ、監督課長が承認を与えれば、あとは上へ上がっての承認は必要ないのですか。
○内村証人 それがどこまで上がってきているかは、私いまはっきりわかりませんけれども……。
○鈴切委員 四十七年の七月一日の丹羽運輸大臣の通達決定の経緯についてお聞きをしたいのですけれども、これはわりあいと頭に入っておられると思いますね。だれが文章を起草されましたか。
○内村証人 最後の通達になったものでございますね。——これにつきましては監督課で起草したと思います。
○鈴切委員 具体的には監督課の監督課長ですか。
○内村証人 課長ないし補佐官だろうと思います。
○鈴切委員 最終立案の作成段階ではあなたは参加されておったのでしょうか。ほかに参加されておった方はどういう方です。
○内村証人 一番初めの発足段階で私、参加しておりました。
○鈴切委員 この内容は省議あるいは局議にかけられたのでしょうか。
○内村証人 最終案について省議にかかっておりません。
○鈴切委員 通常は下から積み上げて大臣の決裁を受けるという形が多いわけでしょうけれども、この場合、政務次官から持ち出されたものであるというふうに言われているわけですが、航空局の第一線の事務官との詰めはなされたのでしょうか。
○内村証人 一番当初は航空局の方、監督課の方で原案をつくって出しまして、それは恐らく三月二十二日に自民党の航空対策特別委員会に出されたものであろう、こういうふうに思います。それからその後幾多の過程を経まして、私どもの方からも若干の意見は出し、それから主として佐藤政務次官が中心になられましてつくり上げられたものが、いわゆる佐藤政務次官案というものである。それから、そのほかにいろいろ意見の必ずしもかみ合わない点がございまして、それによって一応事務当局の案をいままでの問題を踏まえながら整理してつくったのが、いわゆる町田試案と言われているものです。最終的にそういったものが調整されまして最後の通達案になった、こういうことでございます。
○鈴切委員 当時丹羽運輸大臣は病気だったと思いますけれども、どういう形で、だれがその通達について大臣の決裁を得られたのでしょうか。決裁を得られないで、もう政務次官だけの判断で……。
○内村証人 政務次官から大臣に了承をとられまして、大臣決裁をとっております。
○鈴切委員 エアバス導入は四十九年以降とすると、明文化されたのはたしか昭和四十七年七月一日の通達が初めてだと私は思うのですけれども、NHKの報道になるのですけれども、私ちょうど聞いておりましたけれども、佐藤さんは、私が政務次官になる前にすでにもう四十九年ということは決まっておったのだ、こういう発言をされたということを私ニュースで聞いたのですけれども、四十九年以降と決まったのはいつなんでしょうか。
○内村証人 具体的に政府として公に宣明したということはございません。ただ、実態的に、あのころが四十七年の七月でございますから、したがって実際問題で、その段階で発注いたしましたとしても、四十八年の末かあるいは四十九年の半ば、そういう意味で実態的には四十九年ということは確実だ、こういう意味だろうと思います。
○鈴切委員 そうじゃなしに、七月一日の通達が出されたときに佐藤さんが、私が政務次官になる前にすでに四十九年度の導入ということはもう決まっておったのだ、私はその決まっているのに従ってやっただけのことなんだというような趣旨のあれなんですね。そうしますと、七月一日にすでにあれは通達をして明文化されたものですけれども、佐藤さんは、第三次佐藤改造内閣、丹羽喬四郎さんが昭和四十六年七月五日、それからちょっと後で政務次官になられたと思うのですけれども、その前に結局なされていなくちゃならないのですね。そうするといつなんでしょうかということです。
○内村証人 これは恐らく、政府として公にいついつということは決めてございませんが、日航の四十六年の九月でございますか、つくりました五カ年計画では、新型機材については四十九年度というふうに書いてございます。
○鈴切委員 最後、検察官からいろいろ聞かれたわけなんですけれども、政治家の名前を挙げて聞かれましたか。
○田中委員長 尋問の内容は遠慮するがよろしい。尋問の内容は遠慮する方がよろしいと委員長は思います。(発言する者あり)——御意見かあれば、後で理事会でよく説明を承ります。 内村君、何か発言がありますか。聞かれたか聞かれないかだけを、それでは答えてください。
○内村証人 政治家の名前が出たかという意味でございますか。
○鈴切委員 そうです。
○内村証人 出ました。
○田中委員長 それでは、河村勝君。
○河村委員 先ほどから伺っておりまして、証人の答弁はどうもちょっといいかげんなところが多いように思います。 まず、その一つの例として、いま、鈴切委員の質問で、機材の購入の許可あるいは決定、それは監督課でやると思うけれども、それがどこまで上がるかわからない、そう言ったのですか。
○内村証人 そうでございます。
○河村委員 航空会社が機材の購入計画そのもので運輸省の認可を得るということが一体あるのですか。
○内村証人 先ほど申し上げましたように、通産省への推薦というふうなことはございますけれども、個々の認可が要るかどうかは、私、よくわからないわけです。
○河村委員 そんなばかなことはないでしょう。個々の機材は別であって、日航の場合だったら資金計画、事業計画、全日空だったら事業計画、これが認可事項でしょう。それ以外に認可事項があるわけはないでしょう、個々の航空会社からの。そういうものであれば、これは監督課長でとまるわけがないでしょう。局長委任事項である場合もものによってはあるかもしれない、事業計画の変更の場合には。しかし、少なくとも航空局長まで上がるし、事業計画そのものならば、これは大臣まで上がるというのはあたりまえでしょう。そうじゃないのですか。
○内村証人 もう少し整理して申し上げますと、初めの御質問としては、個々の航空機についての認可が要るかどうか、こういう御質問がございましたので、これについては、つまびらかでございませんけれども、通産省に対する推薦というようなものはございましょう、こう申し上げたわけです。 それから後の問題としては、事業計画の認可というものはございました。しかし、それは航空機を何機どこの路線に入れるというふうな問題でございまして、個々の航空機について取得認可するとかしないとかいう問題ではございません。
○河村委員 それならそれで初めからそう言えばいいので、一体答弁がはっきりしないから、おかしくなる。 次に伺いますが、先ほどから伺っておりまして、四十六年二月から六月にかけてのエアバス導入延期の行政指導、これの根拠についても私はいまもってわからないのであります。先ほどから伺っておりますと、日本航空の四機のボーイング747LRの購入、そのうち三機の国内線導入が前提となっている。これがわずか三カ月もたたないうちに、一回認可になったものが事実上取り消された形になっている。その間になぜ変わったんだということに対して、万博後の需要減。それと、きょうの午前中の現在の航空局次長の松本君の説明では、この国内線転用の三機によって機材格差が生ずることによって不公正競争ができる。それから、需要減については、需要が少なくなることによって過当競争が起きて困る。こういう理由でありましたね。 しかし、この前段について言えば、万博後の需要減と言うには、二カ月や三カ月でこれを判定するだけの材料はない。少なくとも、一たん認可したものをわずかの間に変えるというだけの変化というものはないはずだ。あなた、その点はどう考えましたか、当時。
○内村証人 私も、おっしゃるように、単に万博後の需要の鈍化、伸びの鈍化ということだけでは説明し切れないように思います。
○河村委員 そうでしょうね。それでもって説明ができるわけがないですね。 そうなると、松本君が先ほど言った機材格差による不公正競争が起きるという方の意味があるわけですね。そうですね。
○内村証人 これは、先ほども申し上げたかと思いますけれども、需要の問題でございまして、単に万博後の需要の伸びの鈍化というのは、印象といたしまして、これはちょっと危険だぞということを考えるかもしれませんが、必ずしもその数字をもって需要がすぐに減ったというふうなことは言えないと思います。ただ、ほかの問題といたしまして、日航の五カ年計画と全日空の五カ年計画と両方出そろいました場合に、それを合わせてみますと、お互いのシェアのとり方に対する考え方が違うもんで、したがって、総体としては供給オーバーになるというふうなこと。それからさらに、いわゆるスカイメートの需要とかあるいは東亜国内の夜間便の需要、そういったものが日航の需要には算定されておらないというふうなことがございまして、そういうふうなことを総合して考えますと、供給過剰になるというふうなことが言えるんではないかと思います。
○河村委員 スカイメートがあるとか深夜便があるとかなんとかいうことは、その前年の十二月当時にあなた方にわからないはずはないんですよね。ですから、それは私は後からつけた理屈だと思う。だから、あなたもさっきいみじくもおっしゃったように、全日空から何か言ってきても不思議ではないという表現をしましたね。だから、そういうことなんでしょう。 要するに、全日空としてはまだ十分な準備もできておらない、また国内線に三機日航の大型機が入ってこられたんじゃかなわない、だから延ばしてくれいということを運輸省に頼んだ、運輸省がそれを聞いて、それで一たん認可したものを事実上取り消すような形になった、簡単に言えば、あっさり言えば、そういうことでしょう。
○内村証人 それは私、先ほど、そういうことがあっても不思議ではないと申し上げましたけれども、したがいまして、運輸省としてのその辺の需給の問題とかそういった問題を、何と申しますか、検討するということのきっかけにはなったかと思いますけれども、仮にあった場合ですね、しかし、それだからといって、それ自体をまるのみにしてそれで延ばすというふうなことは私はないと思います。
○河村委員 まるのみにしたかどうか知りませんが、あなたも何か聞いてないような、自分は聞いてないがというようなことをおっしゃったが、実際聞いてないということはないでしょう。本当はあなた、逐一聞いているのではありませんか。
○内村証人 これは、その聞いたという記憶がないだけでして、あのころの記憶は非常にもう——そう言うとお笑いになりますけれども、非常に記憶が薄れているのです。したがいまして、可能性としてはあり得るであろうというふうに申し上げているわけです。
○河村委員 まあ、否定はなさっていないわけですね。 それから、四十六年六月になってから本格的な行政指導をしたというような午前中からの説明なんですけれども、しかし、もし本当に本格的なエアバス導入の是正をするならば、いま需要減ということをしきりに強調しておられる、なぜ——前年の四十五年十一月の閣議了解、これによるジェット化、大型化の前提となった数字ですね、これは昭和五十年四千万人、それから六十年一億二千万人、こういう数字ですね、そういう数字を前提として、それでジェット化、大型化を推進するということになっておるわけですね。だから、仮に万博後約七、八カ月たって諸般の情勢も変わってきた。その間には、いわゆるニクソン・ショックも——これはまだか、その以前ですね。とにかく諸般の情勢でもし変わってきたというならば、これはそういう需要予測そのものを変えていかなければ筋が通らないでしょう。その後も相変わらずこの数字を踏襲して、四十七年の空港整備五カ年計画の根拠の数字にまでこれを使っておるわけでしょう。そうなると、一体この四十六年六月のエアバス導入の延期の指導というものは、まるっきりそうした基本的な数字を何も変えずに、ただ延ばせというだけのことになってしまったんじゃないですか。
○内村証人 それは先ほど御説明したつもりでございますけれども、全日空と日航の両方の計画を合わせますと、お互いのシェアの見方が違うのでダブってしまう。その限りにおいても十何%かの供給過剰になるわけです。そのほかに、いわゆる五十年度四千万、六十年度一億二千万という大体共通の数字できておりますけれども、その場合に、日航の考えている数字というのは、日航については大体全部で五十年度四千万という数字の一部として了解できるのですが、ただその場合に、日航はスカイメイトの数字を除外しておる、それから東亜における深夜便の数字も除外しておる。これが多くて恐らく一割あるいは六%ぐらいだと思います。そういう点も総需要としてはやはり入れなければいけませんので、そういうのを入れてみますと、やはり供給が過多になる、こういう意味でございます。
○河村委員 そうなんでしょうね。だから、六月一日の、いわゆる六月一日メモと称せられる日航に提示をした書面がありますね。これだけが唯一の具体的な数字や文字が入っているものでありますけれども、これもいまあなたのおっしゃったようないろいろな理屈は書いてあるけれども、結論として出てくるのは、ただ「国内線に転用しようとしていたジャンボ三機はそのまま国際線に使用し、国際線用ジャンボが多過ぎる場合は新たに購入しようとしている国際線用ジャンボ四機のデリバリーを遅らせる。」これだけなんですね。そうすると、要するに、これはまた二月から六月本格的指導が始まったとかなんとか言うけれども、結局は、まあ上品に言えば、JALと全日空との調整、もう少し具体的に言えば、全日空からぜひ何とかしてくれと頼まれて、結局六月までのこういう指導の結果になった、要はそういうことですね。
○内村証人 JALと全日空の調整ということは常に考えておる問題ですから、それはそうだと思います。 ただ、全日空に頼まれたからしゃにむにやったんだというふうな意味ではないと思います。先ほど申し上げたように、触発されたことはあるいはあるかもしれません。
○河村委員 頼まれてという言葉が悪ければ、全日空の主張によってと言いかえてもいいですね。動機としては結局そういうことになるんでしょう。いかがですか。
○内村証人 先ほど申し上げましたように、私、全日空の方から何か聞いたという、記憶としてはないのです。しかし、可能性はあり得るということで、これは否定しているわけではございません。したがって、そういうふうな可能性があれば、当然、契機としていろいろな問題を考えていくだろう、つまり需要の問題なんかも考えていくだろう。しかし、その場合にはあくまでも両者公平な、イコールフッティングの立場に立って同じようにやっていこうというふうなことが趣旨でございます。
○河村委員 これは全日空も必ずしも隠してはいないのですから、そう無理をしなくてもよろしいのです。 もう一つ伺います。これは四十七年七月一日の通達ができるまでの経過です。 これのできるまでの経過で、佐藤政務次官試案、町田事務次官試案、こういう二つのものが出ましたね。およそ役所の常識として、この種の問題で政務次官試案、事務次官試案というようなものが出てくるというような例が、過去においてそういう例がありますか。
○内村証人 私の知る限りでは、ないと思います。
○河村委員 そうでしょうね。大体、次官というのは大臣の補佐官であって、特別の所管事項を持つものではない。だから、大臣からある事項について特命を受けて、おまえやれというような場合であれば、こういうこともあり得る。だけれども、そうでない場合には、所管の局、部を抜きにしてこうした試案というものが次官の名前で出されるということはあり得ない、通常の常識では。そうですね。
○内村証人 通常はそうだと思います。
○河村委員 それならば、伺います。 なぜこの場合に限ってこういうようなことが発生をしたのですか。
○内村証人 これはたしか六月七日の衆議院運輸委員会で佐藤当時の政務次官が答弁されておりますけれども、事務当局とエアラインの間がうまくいってない、したがって大臣から調整してくれという話があったんです。したがって私ができる限りの範囲において調整するんです。そういったような御答弁がございますから、そういう趣旨だろうと思います。
○河村委員 ちょっといまの、事務当局とどことの間がうまくいってないというんですか。
○内村証人 事務当局と航空会社の間がうまくいってない、こういう意味です。
○河村委員 調整するということは、そうした自分が主体になって、それで物を書くということになりますか。
○内村証人 御自分が物を書くかどうかは別としまして、まあ、主体的に問題を処理されるということになろうと思います。
○河村委員 大臣から事務当局とエアラインとの間の調整を頼まれた、それは間違いありませんね。それは丹羽運輸大臣……。
○内村証人 これは正確には議事録をごらん願った方がいいと思いますけれども、つまり、前の閣議了解の具体化を図ることについて大臣から頼まれたというふうに私は受け取っておりまして、詳細は議事録にはっきりしております。
○河村委員 それじゃ、もう一つ最後に伺いますが、四十七年の七月一日の通達は、エアバスの導入について四十九年以降、こうなっていますね。それで結果的には、四十七年の十月にそれぞれみんな決まって、四十九年実施になりましたね。この四十九年実施という決定ですね、これは運輸省の行政指導によるものですか。
○内村証人 通達における四十九年度という意味でございますか。
○河村委員 通達では四十九年以降となっている。だから、四十九年とはなっていませんね。それを……(「四十九年度だから四十九年は入る」と呼ぶ者あり)もちろん入る。四十九年に入れなさいという具体的な指導は、これは運輸省が行ったものですか。
○内村証人 具体的な指導はいたしておりません。各航空会社が決めたものと思います。
○河村委員 現実の問題として、航空機の緊急輸入三億二千万ドル、こういう一つの国の方針がありますね。したがって、私は四十九年に買いなさいと指導しても別段おかしいと思わないのですけれども、それは恐らく、私はある時期に四十九年に入れなさい、あるいは入れなければならないということが決まって、それでそれが運輸省から航空機会社に伝えられたはずだと思うのですけれども、そういうことはありませんか。
○内村証人 私の知る限りでは、ないと思います。
○河村委員 もしそうでないとすると、四十九年というのは——実際四十七年の時期というものは、新しいこういう大型機材を導入するのに運輸省として適当な時期であったかどうかというのは非常に疑問があるのですね。なるほど四十六年の「ばんだい」あるいは雫石、こうした大きな事故はない。だけれども、現実に整備とか運航技術とか、そういう面については、非常に疑問の多い事故が一月から六月までの間に発生をして、相当あなたは航空局長としては苦労されたはずだと思うけれども、その点、記憶ありませんか。
○内村証人 四十六年の七月以降、非常に事故が続いて苦労したという記憶はございます。
○河村委員 四十七年ですよ。四十七年に入って……。
○内村証人 四十七年は、たしか五月ごろ横浜航空の事故があったかと思います。あとは国外での事故があったかもしれません。
○河村委員 記憶がなければ結構です。 時間ですから、これで終わります。
○田中委員長 内村君。
○内村証人 先ほど、四十九年ということを言わなかったのかということに対しまして、私は言わないと申しましたけれども、それは、いわゆる行政指導と称されるもの、そこでもっても四十九年という指導をしたかったという意味じゃございませんから、そのように解していただきたいと思います。
○田中委員長 内村証人に対する御発言は、これをもって終わりました。 この機会に、委員会を代表してごあいさつを申し上げます。 内村さん、長時間ありがとう。御苦労さまでした。 次回は明二十四日午前十時委員会を開くことといたしまして、本日は、これにて散会をいたします。 午後三時四十一分散会