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自由民主党内閣総理大臣参議院衆議院
総発言数
8,842 件
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
内閣総理大臣
直近の発言日
1959/12/04

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 日米安全保障条約等特別委員会94 件・94%
  • 本会議6 件・6%

※ 全 8,842 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,842 件中 20 件を表示
自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) ちょっと、御質問でございますが、御質問の御趣旨がよくわかりません。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) このフランスとの間の日本との開戦の日、戦争状態の開始した日、いわゆる開戦日というものはこれは一つであり、それが一九四四年の八月一十五日だと、政府はこう解釈いたしております。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) 私は具体的の事実をはっきり握っておりませんけれども、私はそれは理論的にはあり得ると思うのです。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) 私どもはドゴールの政権がいつからフランスを支配したものと見るかという点から考えますというと、ロンドンにいたときはもちろんのこと、アルジェリアに移りましてからも、まだその要件を具備しているものとは考えておりません。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) これは別に閣議で決定をしたわけではございません。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) 一国と一国との間の戦争状態がいつから始まるかというような問題は、これは重大な問題であることは、森委員のお話しの通りであります、ただこの日仏周の問題は、あとから、ある起こっておるところの状態を、いつから以後、ことに賠償の問題に関連して、いつからこれを戦争状態と見るか、他の場合のような宣戦布告とか、あるいは国の状況がはっきりしている場合におきましては、これは非常に明確でありますが、この仏印の状況は、御承知の通りいろい…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) 別段この問題に関して政府側の答弁が違っておるわけではございません。先ほど来申し上げておる通りでございますので、別段、この問題について意見の不統一があって、統一解釈をしなければならぬというような問題でございません。従ってそういう必要はないと思います。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) これは先ほど来お答え申し上げているように、日仏の関係、仏印と日本との関係というものがずっと状態があって、どこからを戦争状態と見るべきかという解釈の問題でございまして、いつ宣戦するかとか何とかという問題とはこれはおのずから違うと思います。従ってそれも主として賠償問題を交渉するに当たって、フランス側及びベトナム側におきましては、十六年の十二月八日ということを主張しておるのでありますが、そういう基礎にしますというと、あ…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) 先ほど来私がお答えを申し上げておるように、日にちはいつだということをさっきから御質問(「何月何日じゃありませんよ」と呼ぶ者あり)……その点は事務当局より今お答えした通り、私たちは初めからこの交渉に当たる腹がまえとしては、四十四年八月二十五日としてずっと一貫してきておると、こう考えております。それを事実的には今およそのことを条約局長からお答えを申し上げた通りであります。 第二のいわゆる何か特別円のフランスとの間のな…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/04

第33回 参議院 外務委員会 第11号

○国務大臣(岸信介君) この賠償協定を結ぶにあたって、いろいろな損害の発生の時期であるとか、あるいは損害の額を算定するという問題において、戦争状態がいつからきまったかということを考えていかなきゃならぬと思います。フランス側及びベトナム側においては、先ほど来申し上げておる通り、十二月八日から始まっておる、こういうなにであった。従って、私どもはこの状態をどういうふうに、ずっとさっきから言っておるように、続いている状態を、どこから戦争状態と見…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 次期戦闘機の問題は、御承知のように昨年の四月に当時の諸事情に基づきましてグラマンと内定をいたしたのであります。しかしこの内定をいたしましたことは、決定ではなかったことは、内定という言葉が示しておる通りであります。その後におきまして、当時まだ開発されておらなかった104Cというようなものが開発をされ、また当時はまだテストの済んでおらなかったところのいろいろな戦闘機につきましても、その後生産並びにテストが行なわれてくる、また外…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 国防会議において、日本の防衛ということについては、内治、外交の全面にわたって、国民生活の安定なり、あるいはその向上、平和の外交の推進ということが基本になることは当然であります。さらに具体的に防衛費の問題に関しましては、国力と国情に応じて防衛力は漸増するということを申しております。従って今御質問の民生安定やあるいは日本の経済力の実力というようなものを前提として防衛力を増進していくということは、すでにきまっておる国防会議の大き…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 機種決定の問題につきましては、先ほど申し上げましたような経過をたどっておるわけでありますが、すでにこの機種問題の内定しておるのをいよいよ決定するということにつきましては、さらにいろいろな点を検討しておったわけであります。先ほど申しましたようないろいろな事情の変化もあります。国会においてもずいぶんこの機種問題は論議をされました。いろいろな点、十分まだ正確にデータとしてつかみ得なかったようなものもつかみ得るような事情が出て参り…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 第一点の、御質問ではなかったかと思いますが、御意見でありましたから、私はこれは政府としても明らかにしておく必要があると思いますから申し上げておきますが、先ほど申し上げましたように次期戦闘機というものは、第一次防衛計画の一部でございます。そうして三十五年に終わる第一次計画の内容をなすものであります。従って次期戦闘機の決定は、三十五年度の予算に政府としては一部を出さなければならぬような考えのもとにあるわけであります。しかもこの…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 日本的と、私はさっき源田空幕長の言を聞いて、また私自身もそう思っているのですが、今石山君が御質問になっているような意味において日本的ということを申しているのではない。一体われわれが次期戦闘機を何ゆえに必要とするかというと、日本の防空上必要なんで、日本の防空体制としての性能としてどういう点を日本においては最も重要視すべきかというと、大陸には大陸に相応したものがありましょう。またアメリカにはアメリカにおいて最も重要視する性能が…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 日本の現在の航空機工業の実情から申しますと、こうした最高の技術を持っておるものとしては、新三菱とそれから川崎が最も優秀なもののように私承知いたしております。しこうしてこの両社の間におけるところの仕事の配分やその他から、いろいろなある飛行機を作る場合におきましても、これを主とし他のものはこれに協力するというふうなことを従来も行なってきております。今回通産大臣において会社を指定し決定したということにつきましては、そういう技術の…

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 このFXの問題につきましては、防衛力整備計画というものは、これは当然国防会議の審議によって決定をすべきものでありますが、それを諮りました際に、当然その計画の内容として、次期戦闘機三百機を作るという問題が審議されたのであります。そこで次期戦闘機とはどういう性能なりどういう機種であるかということが取り上げられて、国防会議の議題となり、そうしてこれをグラマン機を内定するという取り運びに当時いたしたわけでございます。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 当時の国防会議で扱いましたことは、今石橋君の言われるような意味においてこの機種の問題を扱った、こういうことでございます。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 私は機種を決定することは防衛庁の権限に属するものだと思います。その点を今度の国防会議で、これを最後の決定をする場合におきまして、また発表する場合におきまして、その点が従来不明確であったと思いますから、明確にいたした次第でございます。

自由民主党内閣総理大臣1959/12/03

第33回 衆議院 内閣委員会 第7号

○岸国務大臣 内定いたしましたときももちろん防衛庁の原案というものがありまして、これを国防会議において論議した。私は扱いそのものから申せば、本質的にいえば変わっておらぬと思います。ただ発表等の場合におきまして、そのことが明確に出ておらない点もございまして、今のような点が不明確であったということは私認めますけれども、その内定したときにおいては、国防会議そのものが原案を出しなにしたという性格では当時からなかったのであります。従ってその点につ…