P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ ☆
電源開発株式会社副総裁衆議院参議院
総発言数
1,877 件
直近の所属会派
—
直近の役職
電源開発株式会社副総裁
直近の発言日
1954/03/30

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 決算委員会79 件・79%
  • 石炭対策特別委員会18 件・18%
  • 災害対策特別委員会2 件・2%
  • 建設委員会1 件・1%

※ 全 1,877 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,877 件中 20 件を表示
通商産業事務官(公益事業局経理長)1954/03/30

第19回 衆議院 経済安定委員会 第13号

○大堀説明員 ただいま御質問の電源開発の進捗が最高でないのに全国最高の値上げ率は納得できないという意見は、中部電力に二名ございました。これは中部電力の値上げ率が一番高く出ておりますが、開発の方から申しますと東北その他の大きな地点があるわけであります。全体の傾向といたしましては、たとえば北陸のような会社の大きさの割合に開発の大きかつたものは、電気料金の値上げ率が大きく出ております。中部の場合におきましては、前回の値上げの際の原価の比較をと…

通商産業事務官(公益事業局経理長)1954/03/30

第19回 衆議院 経済安定委員会 第13号

○大堀説明員 最初の御質問の金利、諸税、公課などについての措置によつて料金の値上げを抑制せよという陳述につきましては、現在政府といたしまして法人税の軽減、それから固定資産税及び事業税、これは地方税でございますが、軽減措置を電気事業料金原価へのはね返りを抑制する意味におきまして法案の改正を提出されておりますが、大体発言の内容も今申し上げましたような税及び開発銀行の金利をさらに下げよというような御発言が大多数でございまして、特に具体的な御意…

通商産業事務官(大臣官房会計課長)1950/02/18

第7回 衆議院 予算委員会第四分科会 第2号

○大堀政府委員 ただいま御質問のように、不十分ではございますが、貿易振興の費用といたしましては、イギリスでやつておりますペトロ制度にならいまして、海外事情の調査を来年度から実施いたしますために、一千五百万円の補助金を組んでありますが、それ以外に現在日本の貿易館でやつております商社の信用調査という関係、あるいは海外見本品の收集でありますとか、そういつた費用の補助金としまして、五百万円を計上いたしております。それからクレームの処理のために日…

(官房会計課長)通商産業事務官1949/12/01

第6回 衆議院 決算委員会 第11号

○大堀政府委員 四六につきましては、予算の関係から参りますと、物価庁の所管の事項でございますが、通産省も関係がございますからも私から申し上げさせていただきたいと思います。 商工省管下の各商工局におきまして、石炭増産報奨金として一千四百二十六万一千四百七十五円を支出したものがございます。これは昭和二十一年十月の閣議決定に基きまして基準量以上の出炭をしたものに対して、報奨金を交付することが決定になりまして、二十一年度においては商工省所管の石…

(官房会計課長)通商産業事務官1949/12/01

第6回 衆議院 決算委員会 第11号

○大堀政府委員 先ほど御説明が足りなかつたかと思いますが、報奨金は、ある一定限度の生産目標に対して、労務者に対する報奨金として支給するということで出しておつたのであります。ただいま場の問題の場合は、価格調整補給金に切りかえになりました際に、報奨金が足らなかつたものですから、価格調整補給金の方から報奨金の方にまわしたということになつたのであります。これはお話の通り予算の面から行きますと、問題の点もあると思いますが、実体的には当時閣議決定で…

通商産業事務官1949/11/16

第6回 衆議院 決算委員会 第5号

○大堀説明員 昭和二十二年度商工省所管一般会計経費決算報告書の御説明を申し上げます。 まず予算決定後増加額について申し上げますと、昭和二十二年度商工省所管経費の予算現額は、三十一億六千五百六十七万七千余円でありまして、予算決定後増加額は一億七千八十七万七千余円であります。この予算額と、予算決定後の増加額と合計いたしますと、合計三十三億三千六百五十五万五千余円となるのであります。右の予算決定後増加を生じましたのは、前年度から繰越しました金…

通商産業事務官1949/11/16

第6回 衆議院 決算委員会 第5号

○大堀説明員 現在までのところ拂下げしたものはございません。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 さようでございます。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 二十年の九月中旬から一月の十日ごろまで総務局におりました。一月の十日以降四月の中旬まで整理部勤務をいたしておりました。兵器処理の問題は、十月の下旬だつたと思いますが、二十日ごろから私が仕事の担任を命ぜられまして、それ以後引続いて総務局から整理部を通じまして、四月中旬に現在の賠償課長に迭りますまで、私が責任者でありました。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 いいえ、最初は総務局で、それから整理部です。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 整理部に四月の中旬までおりまして、四月中旬に整理部の賠償課長に迭りました。それまでが私の担当になつております。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 はい。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 最初の総務局時代の総務局長は菅波稱事氏でありました。課といたしましては総務局の中に整備課というものがありまして、私は整備課勤務でございました。整備課長は私が最初総務局にもどりましたときには岡部邦生氏がやつておられましたが、その後途中で迭られまして、この問題にタツチします時分は岩崎さんが整備課長をやつておられました。私はその下でその仕事をやつておりました。それからずつとそのままで、整理部に移りましたときには整理部長が三木秋義、…

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 私が賠償課長に翌年の四月中旬に迭りましたときに、それと同時にその仕事は鉱山局の鉱政課に引継がれまして、從つて整理部からはすつかり仕事が移されております。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 さようでございます。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 私が仕事を仰せつかりましたのは十月の下旬、二十日前後じやなかつたかと記憶いたしております。特に仕事のために班を置いて、お前が班長になつてやれと言われまして、当時私は全然整備課でほかの仕事をしておりまして、これは主として復興計画とかいつた仕事でございます。全然関係のないこの仕事を仰せつかつたときには私一人だつたわけでございますが、その後十一月の初めごろから班員を集めまして、班として体をなしたのは十一月の上旬だつたように記憶して…

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 さようでございます。ただ班の名前は轉換課の第三班といつておつたと思いますが、実際は兵器処理班をそのまま私が引連れてやつておつたわけであります。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 私の部下は大体十名近くおりましたが、それがそつくり鉱山局へ移りまして、ただ私のかわりに三谷事務官がその後を引継ぎました。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 私が行きましたときには明らかに班と言われましたが、鉱山局へ移つたときから班という独立の形でやつておつたかどうかはつきり存じません。仕事は從來通りまとまつてやつておりました。

1948/08/30

第2回 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第52号

○大堀證人 私が最初に携りました仕事は印刷物になつておつたと思いますが、兵器処理委員会の機構整備に関する件と言いますか、一枚紙の方針をつくりまして、これを当時特殊物件処理委員会というのがございましたが、これにかけて政府としての方針を決定し、それに基いて兵器処理委員会の機構を整備するということが私の最初に手をつけた仕事でございます。それから委員会が仕事を始めましてからは要するに内務省がやつておりました解体兵器の委員会は引取つてこれを解体処…