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自由民主党参議院
総発言数
1,027
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
直近の発言日
1976/02/06

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 地方行政委員会34 件・34%
  • 予算委員会33 件・33%
  • 産業・資源エネルギーに関する調査会20 件・20%
  • 災害対策特別委員会6 件・6%
  • 地方行政委員会風俗営業等に関する小委員会5 件・5%
  • 本会議2 件・2%

※ 全 1,027 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,027 20 を表示
建設省河川局長1976/02/06

77参議院 決算委員会 第4号

○政府委員(増岡康治君) 先ほども触れましたように、このアロケーションの問題はアロケーション問題協議会にかけて決めると。これは国土庁が主宰していただいておりますが、これでいま相当煮詰まってきておりますので、その結果が、できれば私、建設省といたしましては三月いっぱいぐらいにもう結論を出してほしいという強い申し入れを行いまして、相当いま各省の御協力をいただいておるわけでございます。

建設省河川局長1976/02/06

77参議院 決算委員会 第4号

○政府委員(増岡康治君) 数の問題、今後の水資源開発の問題とも絡むわけでございますけれども、建設省で現在直轄の特定多目的ダムが三十四ございまして、このうち二十三のダムが特定多目的ダム法に基づく基本計画が決定しております。現在実施計画中のものが十八あります。長期計画といたしましては、今後五カ年間に現在の工事中の五十二ダム含めて百二十ダム程度の建設を考えておるわけでございますけれども、いま申し上げた四百三十一というのは府県関係のいろいろな多…

建設省河川局長1976/02/06

77参議院 決算委員会 第4号

○政府委員(増岡康治君) 先ほど申し上げた数字は、比較的はっきりしている直轄、公団、いわゆる水資源対策事業ダムというものでございますけれども、これに補助ダムが百六十ぐらいはどうかという勘定もしておりまして、合わせますと、直轄、公団合わせて二百七十八ぐらいが水資源ダムであろうと思います。そのほかに百十二の治水ダムというダムが入りますと、これを足し算しますと約四百近くなると思いますけれども、やはり治水ダムは治水オンリーでございますので、いわ…

建設省河川局長1976/02/06

77参議院 決算委員会 第4号

○政府委員(増岡康治君) 先ほど御返事したとおりでございますが、ただ一つ従来四十九年に改定が行われたときには、先ほど申し上げましたように、例の九電力の決算報告を待ってやろうという従来の方式にこだわっていた、そういうことで作業しながらもおくれたということでございます。したがって、今回アロケーション問題協議会にお願いしておりますのは、山元発電単価の改定が決定した段階で自動的にこういうものの負担がふえていくようなスピーディーな、反応するような…

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) お答えいたします。 この蓮潟地区の締め切り問題につきましては、何度も御答弁申し上げましたように、当地区の問題は非常に古い問題でございます。歴史的に非常に古い問題でございまして……

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 何度も議論がなされてきたわけでございますが、この昭和三十八年度以降信濃川上流総体計画というのが最近におきます一つの大きな基本計画でございます。この三十八年五月におきましては、当地区はかすみ堤計画ということで決まったわけでございます。しかしながら、それにはただし書きがついて、当地区についてはいろいろ経済効果なり、いろんな遊水地の効果の問題があるので検討事項として残すということが決まっておるわけでございます。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 当問題につきましては、長岡工事事務所あるいは北陸地建、いろいろ地元の地建としての立場がございます。本省の立場がございます。したがって、その経過におきましては締め切るべきであるというような議論もなされたこともあります。しかしながら、その結果の集結が昭和三十八年におきまして先ほど申し上げた結論になったわけでございます。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) そのとおりでございます。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 今日残っておりますのは、先生がおっしゃいましたこの直轄河川改修総体計画懸案事項打合せ調書という昭和三十七年のものが残っております。これはいまおっしゃいましたとおりでございますが、これに対する打合せ調書以外は不明でございます。したがって、この出席者云々については確認はございませんけれども、当然ながら予想されますのは、北陸地建の本局ではまず河川部長であろうと思います。それから河川計画課長、その計画課の中に計画係長と…

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 失礼しました。氏名申し上げます。 河川部長は木村正昭、これは北陸地建の本局でございますね。それから河川計画課長砂谷知之、それから計画課の計画係長藤村敏夫、同じく調査係長田吹行一。それから長岡工事事務所関係でございますが、事務所長松野時男、それから工務第一課長高瀬信忠、その工務係長小島忠幸。 以上でございます。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) まず、現場的には工事事務所長は吉村君という事務所長、当時のですね。それから京坂ということで。それから本省関係は元治水課長でございますが、渡辺隆二氏、それからさらにその後の治水課長の西川喬氏、そういう方々が中心でございます。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) いま先生がおっしゃいますのは、昭和三十七年の当時のことでございましょうか。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 三十七年の三月三十一日に長岡工事事務所長を松野氏はやめておるわけでございますので、いま申し上げましたように二月の段階では松野氏は当時の事務所長であったということでございます。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 先生から特に松野氏の云々ということがございましたので、私どもの方も調べた結果だけを申し上げますと、同氏は昭和三十七年三月三十一日にやめまして、三十七年の四月に日本電建入社ということになっております。それから再び——再びといいますか、ずっと在職しまして、昭和四十年七月十日に同社を退社いたしまして、昭和四十年九月十三日付をもって大豊建設へ入って現在に至っておる、そういうことになっております。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 私の方の参考資料を見ましても、そうなっております。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 私は、実はこの日本電建、存じません、残念ながら。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) 当時の松野事務所長がなぜ早くやめたかという点、その他相当昔のことでございまして、私どもさっぱりその点についてはわかりません。はっきり言ってわかりませんが、ただ、いま先生の先ほどからのお話で、新聞記事の問題が出ましたが、あれは昭和四十一年の十一月の二十日の新聞でいろいろと、内容はその当時のことではないかと思うんですけれども、松野氏は実は昭和四十年、そのときにはもう日本電建をやめたことになっております。ということと…

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) いまちょうど都市局関係が参っておりませんので、失礼いたします。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) これも、道路局長参っておりませんが、昭和四十二年の七月に直轄国道測量調査成果という報告がなされておりまして、四十二年十二月二十日でその重要構造物の橋梁部分の改良計画予定線とされたという記事を私ちょうど持っておるものですから、いまの場合その程度しか私わかりません。

建設省河川局長1976/01/22

77参議院 決算委員会 第3号

○政府委員(増岡康治君) よく存じません。