高津正道
会議録に記録された「高津正道」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 1,620 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1961/04/21
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 社会保障・年金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 文教委員会78 件・78%
- 文教委員会文化財保護に関する小委員会19 件・19%
- 本会議3 件・3%
※ 全 1,620 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第38回 衆議院 文教委員会 第18号
○高津委員 文部省の陶磁の方の係の人があるわけですね。その人の提案によって——ほかの人はガラスだとか織物だとか絵画だとか刀剣だとか建築物だとか、そういう人なのです。だから専門審議会の席上で意見をほんとうに吐く、権威ある発言をすると認められる人はその人で、その人がそういうようなことをどんどんやる人ということになれば、その人はどうも審議会の審議官だからそれには何とも言えないんだという、文部技官の辞令をもらって、そういう役職にあるその人の主導…
第38回 衆議院 文教委員会 第18号
○高津委員 けっこうです。 ————◇—————
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 きょうは河原文化財保護委員会委員長の出席を求めてあるのですが、おいでになりませんか。——この永仁のつぼ事件は非常に天下を騒がせ、そして国の重要文化財指定というものがあのように間違っていたのだ、一つばかりかと思えば、ほかにまだ二点加藤唐九郎作のもので間違っておった。三つも間違いがあったというそういう大きな事件でありますが、小山富士夫文部技官自身が文化財の権威を非常にそこなった、傷つけた、これは遺憾であるということを申しておるの…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 完全なものを九十一個調べられたというのでありますが、この三個以外にはにせものはなかったのですか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 その数件の名前を知らせて下さい。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 それではお伺いしますが、鎌倉時代の重要美術品に指定されておる昭和十三年五月、当時の責任者は奥田誠一氏ですが、瀬戸印刻文瓶という高さ二十七センチのものでございますが、世界陶磁全集の第二巻に載せられておって八十二番という番号が打たれておる。これは重要美術品ですか、鎌倉時代のものですか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 瀬戸印刻文瓶については、古瀬戸陶器の研究をしておる菊田清年氏という人が雑誌に、これは間違いであると指摘しておるのですが、その分についての答えが聞けないですか。公然の秘密のようになっておるのです。加藤唐九郎作で……。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 それでは次に、これも鎌倉時代の重要美術品として指定されてある、河出書房の世界陶磁全集第二巻では、八十五という番号が打たれておりますが、瀬戸印刻文百合口瓶、むろんこれは本人が、加藤唐九郎自身が作ったと言っておりますが、重要美術品になっております。そのものの結果はどうでしたか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 今のは重要美術品に指定されておるものであって、そうして佐藤進三氏という陶磁協会の専務理事ですが、一味徒党ですが、非常に激賞しておるもので、これがいいか悪いかということは、こういうのはみんなはっきりさせる必要があろうと思うのですよ。私の聞いておるところでは、国宝の中の刀剣で、正宗というのはきちんとしたつかみのところに銘がある。だれが見ても正宗に違いない。しかし、先の方がその後いたんでだめになっておるので、中に鋼鉄のしんを入れて…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 近い話が、昭和二十年八月に指定された、同じように世界陶磁全集に出ておるのでありますが、瀬戸刻文鉢、口径三十センチ、高さ八センチ、底径十五・五センチ、そういうものがありますが、これは加藤唐九郎のやはりにせものである。それを小山富士夫という人はこういう解説を書いて非常に高く評価しておりますが、「釉薬にちじれのあるのは、鎌倉時代の古瀬戸の一つの特徴で、釉中の灰が特に多い時に起る現象とされている」「おそらくは鎌倉時代の瀬戸松留窯のも…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 雄山閣から出ておる陶器図録東海篇の中に瀬戸古窯黄釉印花梅唐草文瓶、高さ九寸九分というものがございますが、これも唐九郎の作品に違いはないのですが、これは必ず審査されているわけですから、どういうような審査の結果が出ましたか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 今、私はこの間解除された三つ以外に五つほど並べてみたのですが、どれもどういう審査の結果が出たかの答弁が得られませんので、方向を変えて質問します。 小山富士夫という人は、平凡社の十八巻出ている「世界陶器全集」のただ一人の監修者です。全十八巻をみな一人で監修しているわけです。それから河出書房の「世界陶磁全集」、それでも第十巻、第十三巻、第十四巻、第十六巻というようにこの人が監修をされて、解説を書いている。何せ重美にするのも重文に…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 瀬戸市の古瀬戸研究家が十三カ条も書いて、詳細に、これは間違いだといって出したのです。これにはきめ手がない、とるに足らないといって、それを出したあとで反駁している。官尊民卑で、役所のやったことには間違いないのだという顔をしていたわけです。しかし、あんまり世間がやかましいから、ことに本人が自分で作ったということを、パリから帰って発言したのですから、そこで今度は前の言葉を改めていくというか、裏切ってというか、前とは違って、仕方なく…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 それでは、昭和二十四年にこの同じ永仁のつぼを、小山さんが主張して審議にかけたわけです。その場合に、田沢金吾ほか一名の人から、このものはだめだという反論が出て、取り下げになったわけです。その取り下げになったものをまたどうして小山富士夫という人は持ち出したのか。そこには重大な理由がなければならぬ。その理由を伺いましょう。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 それではどうもあなたの答弁は私了解できない点がありますので、たとえばこの間小山技官は昭和三十二年に日本陶磁協会をやめた、こういうことを言われたが、その後の新年号、それから夏の、雑誌「陶説」という雑誌ですね、日本陶磁協会の機関誌、それに理事小山富士夫という広告がずっと載っております。なおまたことしになってから加藤唐九郎理事、それから小山富士夫理事から辞任の申し出があったのでこれを審議して認めることにした、承認した、それから日本…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 昭和三十五年の四月にやっておるかやっておらぬかということを私は聞いているのじゃないですよ。今はやっていないでしょう。だが、だれもその理事でない者を、理事加藤唐九郎、理事小山富士夫両氏より申し出があったので、それで理事を辞任することを承認したと書くものですか。その前日までずっと理事であったということをその文章が証明しておるし、年々の広告が出れば断わればいいでしょう。無料の広告であろうとも、ずっと年々正月とそれから夏の広告に出て…
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 それでは今回の古瀬戸などの調査ですね、その責任者はだれですか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 小山という文部技官に対して、去年文化選奨の中の一人に加えて特別に推奨したという、これは陶磁の研究及び陶芸界に尽くしたる功績、こういうので、問題になっておるまっ最中にその人をあのように格上げするというか、特別に選奨をやったという、これは一体どういう意味ですか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 ここにきょう出席しておられる河原委員長は文部次官の前歴者であるし、あなたは文部省の体育局長の前歴がおありなんでしたね。そのように、まるで文部省と文化財保護委員会というものが出たり入ったりして、文部省は何もかも知っておるので、文部大臣選奨はあったが、文化財保護委員会は知らなかった、——文化財保護関係で役者はないかというので、あなた方の方から上申されたのではないですか。
第38回 衆議院 文教委員会 第17号
○高津委員 この小山富士夫という人は美術研究所、今は名前を変えて文化財研究所、それの昭和二十六年四月の第百六十一号ですが、「美術研究」という国を代表する国の出版物ですね、その出版物の中に北宋の修武窯、この論文が全くカールベックというスエーデンの人、学者の初めに発言したものを取って、しかもカールベックを非常に攻撃しながら、名前まで無作窯という名前であったものを、自分が新たに修武窯という名前にして発表したために、世界的に問題になり、日本の陶…