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日本社会党衆議院
総発言数
1,620
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1955/07/04

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文教委員会78 件・78%
  • 文教委員会文化財保護に関する小委員会19 件・19%
  • 本会議3 件・3%

※ 全 1,620 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,620 20 を表示
日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 特約でとるのが四%、それから学校の近所の小売がとるのが一二%と、ずっとほとんどそういうようでありますが、日教販はその一六%のほかにとるかけですね。その率を一つ聞いておきたい。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 そうすると、特約供給所のとる以上二%ないし三%多くとっている、こういう率になるのですね。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 ぼくは正直ですから、これでけっこうです。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 芳根証人にお伺いいたしますが、全国六十の特約供給所について、一特約供給所の小中教科書の平均扱い量をお教え願いたい。冊数、部数。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 それでは、あなたの会社の分だけでもけっこうです。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 教科書の総発行高は二億二、三千万冊、その総冊数の総定価は大まかに踏んで百二、三十億円、それをあなたの言われる六十社の特約供給所が扱っているわけですが、小中教科書の総発行高のどのくらいをこの六十社が扱っておるか。一〇〇%じゃないでしょう。何十何パーセントに及ぶものですか。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 特約供給所の教科書の扱いのマージンが四%、それから副読本も取扱いの手数料を取る、それから出版社の運転資金か知らないが金を貸してその利息も取る、その六十カ所の特約供給所というものは相当の収入のあるものだと思うのですが、営業費にはその収入の中から何十何パーセントくらいかかるものですか。

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 利子についてだけは損をしておられるが、百二、三十億円という定価の総額になるものを扱えば、四%は五億円程度に大体なりますから、それを六十店で分ければ大きな金額になるわけです。それで、あなたのうちの店員にあまりどうも払われないという、そこにしわが寄せられるのを、社会党の私は最も苦々しく思うのでありますが、利子の点では、あなたの店の場合、そのとられた年はそういうようなことになっておるが、そんなことで商売はやっていけるものじゃないの…

日本社会党(左)1955/07/04

22衆議院 行政監察特別委員会 第8号

○高津委員 会社が臨時雇を入れて、一年契約と言って五年も七年も使っておるというようなことがある。それは全国の至るところの事業所にもあれば、近い国会の中にさえそれがあるのですよ。われわれはそれを非常に苦々しく思っておるのでありますが、一年一年の契約になっておる以上は、ちっとも特典にはならないんだ、特典というか、独占的な特権にはならないんだ——。理屈ではそうですが、その契約を文字通り強いものだと考えると、あなたの目は小学校や中学校の方へ向か…

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 前回の当委員会において、学図の取締役である近藤寿治君が中教審の委員に任命されておるのでありますが、その持ち株について、川口証人は今記憶がないからと言って、あとで調べて委員長あてに報告をよこすことになっていたのでありますが、もしその持ち株の株数の報告が来ておればこの際御報告を願いたいと思います。

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 教科書協会は宣伝実施細則を作られたのですが、それは内規にとどまっておって、なぜ公表されないのか、その事情、理由を承わりたいと思います。

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 現存は事務局長時代のようで、あなたの協会の会長は鹿内信隆氏ですが、総評の高野事務局長だとか、日経連の鹿内信隆氏だとか、なかなかてきぱき答えられて気持がいいですが、定価を安くする方法は現在の制度のもとにおいてもあるのだ、二、三それを御指摘になりましたが、教科書業者というものは大量に紙を消費するので、ちょうど鉄鋼業者が石炭を団体交渉で安くさせる、造船業者はまた鉄鋼業界に交渉して造船用鋼材を安くする、それと同じように、そういうこと…

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 教科書出版業者が紙の大量の需要者なんだから、しこたまもうけている王子製紙その他の紙会社に一緒になって団体交渉をやるという方法については、あなたはどうお考えだか、そこのところを伺いたい。

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 国が協力する前に、——今あなたは紙は豊富に出回るようになったから買手の市場であると言われる。それならば、国がやることはもちろん考えますが、業者がそういうことをやる勇気、そういう知恵を働かして定価を下げる活動をやればいいと私は思いつくのだが、あなたはそれをどう思われるか。協会の常務理事として、また事務局長として、そういうことを推進する誠意、そういうことをやるのがあなたの役目だろうと思うが、それに対するあなたの意見、何もかも政府…

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 九十何社あるけれども、ほとんど八、九割までは大手筋が出しておる。いかなる業界でも、ほとんど大手筋が独占的なことを今やるわけです。あなたは、協会の事務局長として、その状態をどういうふうにすれば矯正できるか、こういうような点を心に持って仕事をしておられるか。われわれの聞くところによれば、いわゆる五万部に満たないようなものはそれを切ってしまおう、もっと教科書会社をしぼろう、いよいよ集中になるような、そういう案をさえあなたは持ってお…

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 教科書協会は自粛協会という意味も内容の主たる部分について言えばあるくらいであって、公正取引委員会が活動する前に、業者の団体の中でそれを扱われるわけだと思うのです。学校図書株式会社の、今もあなたがお聞きになったように、現在の取締役である近藤寿治氏が一万八千五百株その株を持ちながら中央教育審議会の委員に入っておる。それから、今はなくなられたけれども、その中教審の主管局長であり、それを運営する立場にあった調査局長に、やはり学図にお…

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 現在の審査は、一つの種類の教科書の原稿に対して五人が審査をするのです。あなたの言葉を使えば、カーテンのかなたでそれをやる。ところが、文部省の事務官が、それを業者に渡す場合、これじゃだめだとか、これじゃいかぬでしょうとか、文部省の録音も何もないところでプラス・アルファをそこへくっつけているわけです。現在のやり方は、じりじりあなたの反対される国定教科書に移っているようなおそろしい状態だと思うのです。再軍備はしないと言ってどんどん…

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 審査委員の意見のほかにプラス・アルファで文部事務官がいろいろなことを言うという場合、そのことに問題をしぼって、そのことだけに対して抗議を申し込まれたかどうか。原則論というのは強いようで弱いもんですよ。

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 証人にお尋ねいたしますが、教科書の価格を安くする方がいい、私も同感です。特約供給所が日本に六十で、学校の付近にある取次所が五千ほどある。その五千の取次所が定価の一二%を取り、六十カ所の方が四%取っておる。そこらの数字で一二%はまあ許せるが、何というか、通行税のような、そこは大量に扱うんですから、そういう四%は高過ぎると本員は考えますが、あなたはどのようにお考えですか。

日本社会党(左)1955/07/01

22衆議院 行政監察特別委員会 第7号

○高津委員 現在の一年はあるいは過去の十年に相当しておるかもしれません。徳川時代に比べれば数十、百年に相当するかもしれない。まことに日進月歩に世界も日本も動いているのだから、年々変るくらいな新鮮な教科書を与えることが、現代におけるおとなとして、生きておるわれわれとして、次代国民に対する義務である、こういうふうに私は考えるのであります。昔国定教科書時代に図画の変ったのをやるべきだという意見が出て、その改訂に十五年を要したという物語が残って…