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自由民主党参議院衆議院
総発言数
16,209
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
直近の発言日
1988/05/27

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会100 件・100%

※ 全 16,209 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

16,209 20 を表示
自由民主党内閣総理大臣1988/05/27

112参議院 決算委員会 閉会後第2号

○国務大臣(竹下登君) 党利党略という表現でございますが、これは客観的に党利党略というものに対する判断は人によって違うと思います。あるいは国会で御発言、御質問なさることが、ひいては党利党略の発言だという批判をする人も時にはございます。 それから、企業ぐるみ選挙という問題につきましては、昭和四十九年選挙でございましたか、そのときから出た言葉でございます。これは選挙学会の資料にも書かれてありますが、定義はございません。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/27

112参議院 決算委員会 閉会後第2号

○国務大臣(竹下登君) もし多少記憶に違ったことがありましたら後から訂正をさせていただきますが、先生御案内のとおり我が国には栄典法がございません。太政官布告を復活いたしましたのが昭和三十九年、私が内閣官房副長官であった当時でございます。したがって、栄典法問題につきましていろいろ議論が行われたことがございます。今先生のおっしゃったような議論、あるいは一、二、三とかいうことがある姿が本当ではないかとか、いろいろな議論があったことはございます…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/27

112参議院 決算委員会 閉会後第2号

○国務大臣(竹下登君) まず国民の理解と協力がなければ、おれはこんなに困っているのに外国へ出すことはないじゃないかという素朴な議論はいつの世でも私はあろうかと思うんであります。したがって、今日の国際的な地位に立ちました我が国として、私は古いことを少しずつ若い人にお話をしております。この中にもいらっしゃいますが、かつて我が国の頭脳というのは六千人に上るフルブライトの留学生というものが大きに貢献しているんじゃないか。それからガリオア、エロア…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/27

112参議院 決算委員会 閉会後第2号

○国務大臣(竹下登君) 今国会議員として思想、信条の自由ということをおっしゃいました。閣僚も政治家としていわゆる思想、信条の自由というものはこれはあろうかと思っております。しかし、内閣は国会に対して連帯して責任を負うという大前提というものを踏まえて閣僚たる者はみずからを律すべきものである、このように考えます。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112衆議院 本会議 第26号

○内閣総理大臣(竹下登君) 御指摘なさいましたとおり、本年二月に公表されました総理府の世論調査におきまして、少なくとも米などの基本食糧については、生産コストを引き下げながら国内でつくる方がよいという考え方の強さがうかがえる、そういう結果になっておるものと私も認識をいたしておるところであります。農産物貿易問題につきましては、国際的な経済関係、多様な消費者ニーズへの対応といった観点を踏まえながら、我が国農業の健全な発展との調和を図りながら、…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112衆議院 本会議 第26号

○内閣総理大臣(竹下登君) まず最初に、地域経済における農業の役割、そして国土の制約、これらのことをきちんと踏まえた上ですべてのことに対応すべきである、こういう御趣旨でございました。そのとおりであると思います。 そこで、牛肉・かんきつ問題につきましては、去る四月二十六日、佐藤農林水産大臣が訪米をして、我が国農業に不測の悪影響を及ぼさないよう配慮いたしますと同時に、国際的要請をも踏まえ、ぎりぎりの努力を行ってきたところでございますが、理解…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 今、経験という言葉をお使いになりましたが、私は現場におりましたのは三年三カ月でございますから、そう長い経験があるわけではございません。ただ、戦後の三大改革と申しましょうか、憲法改正、それから農地解放、それから六・三・三・四制の教育改革というような、私が教師をしておりましたときはちょうど一遍旧制で入った諸君がまた帰ってきたというような、ちょうど端境期であったと思うわけでございます。しかし、そのとき六・三・三・四制と…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) そのとき、私は英語と社会科の一級普通免許状をいただいておりましたので、特に社会科のときには現行憲法の特徴についてわかりやすく、言語明瞭に、意味も明瞭に一生懸命子供たちに教えたという記憶を持っております。ただ、憲法問題につきましては、ちょうどあわして青年運動をやっておりましたので、憲法八十九条でございますか、公の支配に属せざる公金を支出してはならないということについて、社会教育団体に対する助成ができないというような…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 確かに戦後の経過を見てみますと、昭和五十五年度予算編成のときでございましたか、いわゆる十二年間かかって四十人学級を実現するというような問題が大きくクローズアップしてまいりました。そのときも、私は過疎の学校でございますので四十人もいなかったわけでございますけれども、私自身そのいわば四十人学級というものと、教育に対する使命感と愛情と、もう一つはやっぱり能力の問題というのが先生として持つべき要素であるとすれば、やっぱり…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 専門家でもございませんので一口に答えるだけの準備が率直に言ってございませんけれども、私は教育基本法というものがあってそうして長い間の議論の末教育委員会というものの質的な変化もなされた今日、教育行政の立場からの教育委員会というものとそして現場の先生方と今大変に効果的に機能していらっしゃるんではないかと、こんな感じで見ております。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 私もあの当時ジャパニーズ・ティーチャーズ・ユニオン、JTUというバッジをいただきましたときに大変誇りを持っておりました。がしかし、その後だんだん変化してまいりまして、そのうち私も県会議員になったものですから先生をやめたわけでございますけれども、そういう変化した中に何か私の人生観とでも申しましょうか、対話と協調の中にあってこそ繁栄があって対立と抗争の中には進歩がない、何かその方にだんだん傾向が動いていったような感じ…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) やっぱり当時は行政の方も大変接触しておったような感じを持っております。それは私自身いわゆる市町村に教育委員会が設置される前という感じで都道府県教育委員会というものが設置された時期であったと思っておりますが、そのときは最初は双方に何かそういう努力というようなものはあったような印象を今でも持っております。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 双方とおっしゃいましたが、私はそのことはそれでいいじゃないかと思っております。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 教研集会というのに私も出かけたことがございます。この間その資料を、古いものでございますが見ましたら、平衡交付金の話を私がしておりました、今の交付税の前身でございますが。なかなか勉強しておったもんだなと思って、みずから感心しておりましたが、ただその教研集会がいわば組合活動の一環としてという、相互切磋琢磨は私はいいと思っておりますが、そういう印象を与えるような傾向に変化してきたんじゃないかなという、専門的にいつごろか…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 私が記憶いたしております、私が大蔵大臣になってからは四十人学級十二年間でというのが出だしでございました。しかし義務教育費国庫負担法の中で、教材費とかそういうようなものを地方に持っていただくとか、そんなことを随分お願いをして、やりくりして予算編成をしておったわけでございますが、ただ一般歳出に占める割合というのは大体同じように推移しているんじゃないかな、こういう認識の上に立っておったわけでございます。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) やっぱり私の記憶で一般歳出、いわゆる国債費、交付税除く、そうしますと大体一四%程度でなかったかと思っております。 今の問題でございますが、恐らく先生は、かつて私どもがやってまいりましたいわゆる概算要求基準、俗称シーリングのときにその予算の中でのみ込め、そうすれば他のものが幾ばくか枠外に出ていくと、こんなことを御経験上の念頭に置きながらの御質問だと思いますが、大事なことは大事なこととして予算化しなければならないこと…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) いわゆる研修期間というものが身分不確定である、こういう考え方での御質問かと思うのでございますが、私は従来から、やっぱり物すごい情熱とそして愛情と、そしていま一つがこの専門知識というようなことをお互いが教育者として備えなければならないということを念頭に置きますと、研修期間というものが今御指摘のような状態であったといたしましても、それは、その道に生涯の情熱を燃やそうと思う者にとってはマイナスの負担というふうには私は考…

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 私も、行政は条件整備あるいは機会の保障とか、要するに環境の整備というようなことに当たるべきものである、新しい教育委員会制度になった当初からそういうものではなかろうかというふうに思っておりますので、今、研修に対する物の考え方も文部大臣からお答えしたと同じでございます。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) これは全く文部大臣と考え方をひとしくしております。

自由民主党内閣総理大臣1988/05/24

112参議院 文教委員会 第13号

○国務大臣(竹下登君) 法制化の考えはないということを私からも確認をいたします。