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日本共産党参議院
総発言数
6,739 件
直近の所属会派
日本共産党
直近の役職
—
直近の発言日
1977/06/08

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 沖縄及び北方問題に関する特別委員会78 件・78%
  • 外交・防衛委員会21 件・21%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 6,739 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,739 件中 20 件を表示
日本共産党1977/06/08

第80回 参議院 外務委員会 第19号

○立木洋君 大臣、もうずっとお答えください、解釈だけをお聞きしたんじゃ、私時間がもうありませんから。 それじゃ次の問題で、この間の本会議で福田総理が答弁なさいましたけれども、いわゆる領土問題の返還については段階をとらないと、つまり四島一括返還だという趣旨のことを言われた。もしか二島だけとすると後に不安が残るという答弁をなされたと私は記憶しておりますが、二島だけ返還してもらうと後に不安が残るというのは、どういう理論的な根拠からそういうふう…

日本共産党1977/06/08

第80回 参議院 外務委員会 第19号

○立木洋君 いや、そうではないと思うんですがね。つまり、二島返還をしてもらうと後領土問題を解決するという上で困難になるというか、不安であると、大臣はたしか不安であるという言葉を使われたと思うんです。不安になるから、だから段階的なやり方はとらないのだという言い方をしたんですよ。だから、二島返還してもらうと後の領土問題を解決するのに不安になるというのはなぜかということなんです。

日本共産党1977/06/08

第80回 参議院 外務委員会 第19号

○立木洋君 もうこれは仕方がない、また私あした総理に聞きます。大臣の答弁は答弁になってないと思うんですよ。全くそういう態度で領土問題返還要求したって全然返ってきませんよ。 最後にもう一点だけお尋ねしますが、昭和三十二年の四月、衆議院の外務委員会で当時の井上外務政務次官が、歯舞、色丹に関してアメリカから軍事基地にしたいという要求があっても、これはわが国として応諾する考えはないというふうに答弁していますが、いまでも政府の見解は変わりませんか…

日本共産党1977/06/08

第80回 参議院 外務委員会 第19号

○立木洋君 私、きょうお尋ねしまして、大変言うなれば失望しました。政府がそのような考え方で、領土返還問題は今後何年間やっても解決できない。私が一番最初に申し上げましたように、領土問題というのは民族の主権にかかわる基本問題ですし、政府が本腰入れてやらなければならない。そのためには理論的にももっと研究をし、どうしたら本当に外交交渉の上で国際的な正義と道理の立場を貫きながら、領土返還を実現させることができるかということを私はもっと直剣に考えて…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 いま問題になっております在外公館の法律に関連しまして、在外公館に勤務する大使の任務と役割りという問題についてお尋ねしたいと思います。 一九六八年に韓国に勤務された金山大使、それから一九七二年以降勤務された後宮大使が、日韓の共同開発に関連してこれが決められる過程の中でどういう役割りを果たされたのか、これが大使として適正であったかどうかという問題に幾つかの問題点を感じるわけであります。この点についてお尋ねしたいわけです。 最初に…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 大臣が事務総長として参加されておられました日韓協力委員会、この第四回合同常任委員会が開かれたわけです。これは一九七〇年八月の四日と五日に開かれた。その参加者、出席者の名前の中には大臣の名前も入ってございます。ここで取り上げられた議題、三つの議題の一番最後の部分に「日韓両国間の海洋を共同して開発を行なう問題」ということが議題に上がっております。そして、ここで討議された内容がこの「新国策」で発表された点によりますと、「第三項議題…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 私が読み上げましたのは、いま「新国策」によるものをそのまま読み上げたんですが、これは事実相違ないとおっしゃるのか、そのとおりであると言われるのか、端的にお答えいただきたい。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 それは大臣おかしいんではないでしょうか。大臣が、これは昭和五十二年一月二十八日、参議院の決算委員会でこの問題についても関連して問題が出ましたけれども、その席で大臣が言われているのは、この事務総長会議等々の問題についてお尋ねしたわが党の小笠原議員の質問に対して、「それは全部「新国策」に載っております。」と、こういうふうにお答えになった。小笠原議員が、「それじゃ「新国策」に全部載っておるから、「新国策」は非常に議事録みたいな間違…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 それは大臣の御答弁ですけれども、私は大変な問題があると思うんですよ。これ、日韓共同開発という問題ですね、第四次常任委員会で取り上げられておる。これはたまたま雑談の中で話が出たという、そういう簡単なものではないんです。これはいま御承知のように大変な問題になるんです。このきっかけがどこから始まったかということから考えれば、これ重大な問題なんです。一九七〇年に韓国において御承知のように海底開発のあの法案がつくられた。そして鉱区を設…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 大筋においてお認めになったということですから、質問進めさしていただきますけれども、当時この問題に関して日韓間で紛争があったということは、大臣、御承知だろうと思うんですが、その紛争があった当時、つまり第四回、第五回日韓協力委員会の常任委員会が開かれた一九七〇年当時、日本政府がこの韓国間との紛争の問題についてどういう態度をとっておったかということは、当時御承知しておられましたか。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 そういう紛争があったということは当時御理解されておったと、これが日本の政府の方針とも異なっておる、つまり日韓共同開発を行うということは、当時の日本政府の方針とも異なっていたということも理解されておられましたか。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 いや、当時の方針、日本政府のとっておった方針と、共同開発を進めようという協力委員会の考え方とは異なっておったということも理解されておられましたかという質問なんです。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 大胆のお答えが非常にあいまいなんですけれども、先ほどは大体において間違いないというふうにお認めになった。ですから、結局ここで言われているのは、いわゆるどういう行為をしたかというふうなことをまだお尋ねしてないんです、私は。ただ、協力委員会としてそれは共同開発した方がいいだろう、それはもう御議論は自由ですし、どの団体がそれは共同開発しない方がいいだろうということを決めるのも、それは私はそのこと自身が悪いと言っているんじゃない。そ…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 また逆戻りされるわけですが、これは大臣が事務総長として出席されたこの第四回日韓協力委員会常任委員会で、「日韓両国間の海洋を共同して開発を行なう問題」というのが第三議題にきちっと上げられているわけです。事務総長が賛成しないで挙げられるはずがない。あなたは一会員としてこの会議に出席されたのではなく、日本側の事務総長として出ているわけですから、そしてそこではこれは大変結構なことだという見地に立って両国政府当局とも協議した上でこれを…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 私は在外公館の大使の任務をお聞きするためにその前段で聞いておるわけですから、余り大臣にばかりお尋ねしておるわけにはいきませんけれども、あと二、三点ちょっと、短くて結構ですから、イエスかノーかで結構ですからお答えいただきたいと思うんです。 大体この「新国策」の内容、それは表現上はいろいろ問題があるにしても、基本的には間違いないだろうということについては先ほどお認めになった。ここでは、いわゆるこれについて両国政府とも協議をした上…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 じゃ協力委員会としては何にもしていない、また協力委員会に参加したメンバーも何にもしなかったということですか、個人としては。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 まあ大臣は協力委員会としてはしなかった、しかしその中の個人がやったかもしれない、その点についてはそれは協力委員会としてではないという回りくどいお話ですけれども、この日韓協力委員会の中に参加されておるいわゆる韓国の代表として、金成坤、あの民主共和党の財務委員長です、御存じですか。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 これは、一九七五年に米上院外交委員会多国籍企業小委員会と米証券取引委員会が、ガルフの政治献金の問題を追及した中での報告書が出されているわけですが、その報告書によりますと、一九七〇年民主共和党は、これは韓国のですね、「さらに激しい政治的挑戦に直面して、新に政治献金を要請した。」、これはガルフに対してです。そのときのことが議事録にありますが、当時ガルフの社長をしておったドーセイという人が委員会に述べておりますが、金成坤氏のことで…

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 この点については、まだ大臣にお尋ねしたい点がございますけれども、大臣もまだ何か御用がおありだとかいうことなので、あとの時間は外務省にいたします。 外務省にお尋ねしますけれども、当時日韓協力委員会がこの日韓共同開発の問題についてこういうふうな態度をとっていたということを理解しておいでになったのかどうなのか、その点についてお尋ねしたい。

日本共産党1977/06/04

第80回 参議院 外務委員会 第17号

○立木洋君 この問題に関して、つまり当時から一九七二年に至るまでの経過の中で、この問題で日韓協力委員会のメンバーあるいはその個人かどうかは別としまして、この問題について話し合いを外務省として受けた経過があるかどうか、その点についてお伺いします。