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改進党衆議院
総発言数
2,996 件
直近の所属会派
改進党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 議院運営委員会52 件・52%
  • 労働委員会35 件・35%
  • 労働委員会人事委員会運輸委員会連合審査会9 件・9%
  • 懲罰委員会3 件・3%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,996 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,996 件中 20 件を表示
国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 それでまかせられたこの将校が、自分は幹部であるという考えを、捕虜になつたということで一応ゼロにして、同じ日本人同士なんだという気持にもしその当時なり得たならば、ビンタをくれたり、食堂のピンをはねたり、病人の食糧をごまかしたりすることをしなかつたならば、おそらく私はつい二、三日前までその将校とともに命を投げ出して、無條件降伏も何も知らないで、満洲のすみつこの方で、たまもほとんどなくなつているのに戰つていらつしやつたのです…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 それで私は証人に聞きたいことは、ただいまのような捕虜自体のなかに、こうした反軍闘争、いわゆる反幹部という感情が沸き立つていた。主観的な、要するに條件が整つておるところに持つて来て、しかもソ連の政治局で発行されておるところの日本新聞、あるいは聞かされるもの、見るものがすべて——一応あなたたちの言をそのままいれますと、相当に民主化されざるを得ないような客観情勢が備わつていた。すなわち主観的な條件も、客観的な條件も、おそらく…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 それではこれは問題が飛ぶのでありますが、これも一つの感情的な問題になるかもしれませんが、あなた先ほど山田中将ですか何ですか、細菌戰犯の問題が出ましたが、こういうものはいわゆる反動として徹底的にこうだとおつしやつたんですが、それが真のわれわれの望む民主化である、そういうことをおつしやつたのですが、もちろん民主化の過程においては、こういう犠牲者が出ることは当然のようにも私たちは考えますが、一応人間的な考え方で、今度の日の丸…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 それは罪そのものですか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 私はどうもこの委員会において証人を喚問する、証言を求める姿の中に、何かしら今吹きすさんでおる冷たい戰争をみずから好んで国会内に持ち込んで、しかも堂々と速記録にとどめてやつているような感じがいたします。いまあなたのいわゆる主義とか、主張とか、理論を超越して、人間的な魂の底には、罪は徹底的にやるんだ、しかしその人間的なものに対するところの、いわゆる残虐というような気持は毛頭ないと思うし、もしあなたの御真意がそうであるならば…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 今あなたのおつしやるような日の丸梯団の影響が、いまだソ連に、連合軍の発表するがごとき多数の人がもしいるとしたならば、幾らかでもその人たちの引揚げに対していい影響を與えるか、悪い影響を與えるか、私は絶対にいい影響を與えないと思う。帰還が一日二日でも延びこそすれ、早くなることはないと思うが、あなたは新聞関係におられた立場として、どういうようにお考えになるか。 もうひとつこの際言つておきますが、ただいまあなたのおつしやつた証…

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 議院運営委員会 第43号

○石田(一)委員 公聽会というものでなくして、参考人の意見を聞くとか何とかいうことで方法があるのではないですか。同じものが二度なされるということでなくして、公聽会と同じ効果を生ずるもので、しかも別途の方法においてこれがなされるということであればよいが、そういうことにしないと惡例を残すのじやないかと思いますので、そういう方法があれば、そういうことでやられるとけつこうだと思います。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 議院運営委員会 第43号

○石田(一)委員 承認いたします。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 議院運営委員会 第43号

○石田(一)委員 私の方は、遺憾ながら、参議院の意向がどうであるか、まだそういう報告を聞いておりません。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 議院運営委員会 第43号

○石田(一)委員 私の方は岡田勢一、木下榮を入れていただきたい。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 議事進行について発言します。先ほどの理事会では、共産党の梨木君からいろいろと異議が出たにもかかわらず、そのまま本日以後の証人の喚問を続けるということに決定したそうでありますけれども、この点につきましては、私はたいへんな疑問を持つておるのであります。それはなぜかと申しますと、去る五日に本委員会に証人として呼びました菅季治君が、六日夜の七時二十分ごろ国鉄の中央線の電車に飛込み自殺を遂げているのであります。しかも「世の人々へ…

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 ちよつと簡単にお尋ねします。長い間でさぞおいやでしようが、いやにならないでお答えください。いやになつて、また鉄道自殺などなさると困りますから……。私は簡単に聞きたいのですが、一九四八年の八月ころから一九四九年の九月前時分までに、日本政府の発行したはがきに東京都内の、たとえば代々木の局とか麹町局とかいうスタンプを押したのがありますね。あの日本政府の発行したはがきで、東京のある局の消印を押したはがきが、あなたたち収容所の捕…

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 実は一九四九年の九月ごろ、去年の九月半ば前後に、東京の局の消印のあつた日本政府の発行したはがきが落ちていた、それを読んだ人があるんですけれどもね。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 カラガンダ。(「この証人はハバロフスクだよ」と呼ぶ者あり)ソ連一帶に、東京の局の消印だけで向うにいる捕虜の人たちの手に渡るかどうかということです。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 それからきのうは元将校であつた人がみずから認めたことなんですが、入ソ当時は将校の方が收容所の実権をゆだねられて、旧部下を言うことを聞かぬとか何とかいうことで、点呼のときに前の軍隊生活と同じようにびんたをくれたようなことがあつたかと言つたら、そういうこともあつたと言うのですが、あなたたちもそういうことを経験しておりますか。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 それからお伺いしたいことは、さつきあなたの証言の中に、初めのうちは将校がそういうふうに実権を握つておりましたね。なるべく将校が働かないように働かないようにといつて、ノルマの六〇%くらいやればいいというので、二〇%くらいしか上つていなかつたとしうこともありましたね。しかし将校や下士官がそれで食糧の横流しをやつていた。そうだとしますと、将校や下士官は、普通より以上働けば働くほど食糧がよけい入つて来るのですから、なお横流しが…

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 要するに私はそういうことが原因でこれが反軍闘争になつたと、こう思うのですが、そうですが。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 そうすると、反軍闘争というものから次第に民主化運動という方向に持つて行かれ、しかもその究極の帰還する前後にはいわゆる反ファシスト委員会となつて行つた。こういうふうに理解してさしつかえないですか。

国民協同党1950/04/08

第7回 衆議院 考査特別委員会 第22号

○石田(一)委員 そういたしますと、民主化運動とかいわゆる反ファシスト委員会というものは、将校あるいは下士官等の入ソ当時の一つの暴力的な行為とか罪悪とかというものに対する部下の反感が高じて反軍岡争となつた。言いかえればそれが結局は反ファシスト委員会の大きな根強いものとなつておる。こう理解してもかまいませんか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 議院運営委員会 第42号

○石田(一)委員 これは先般ここの委員会でたいへん問題になりました、三地方に法務委員会の委員がそれぞれ公聽会にまわるというので出張された、あの法案と違うのですか。