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改進党衆議院
総発言数
2,996 件
直近の所属会派
改進党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/06

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 議院運営委員会52 件・52%
  • 労働委員会35 件・35%
  • 労働委員会人事委員会運輸委員会連合審査会9 件・9%
  • 懲罰委員会3 件・3%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,996 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,996 件中 20 件を表示
国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 そこでただいまこうしてあなたたちがなされておる現存のこの委員会のあなたの行動も、日の丸梯団の一員として、その綱領によつてこの運動が続けられているのですか。あなたたちの運動の一連としてこれがなされているのですか、どうですか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 今の証言は、お互いに日本人同士がシベリアにおつてあまり反目し合つたということなどをひとつ矯正させて、ほんとうの日本人に立ち返つて仲よくやろう、こうして梯団がつくられたのですが、今お認めになりました第三か何かの、いわゆるシベリアの民主運動の罪悪の徹底的暴露というのは、日本人同士が相反目することではありませんか。現在まだシベリアに日本人が残つておりますが、それらの人たちのやつておることを、あなた方が罪悪を暴露するのだといつ…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 過去においてシベリアにおる日本人が、一日も早く帰りたい、しかもこれがほんとうの民主主義者だ、共産主義者だというように装えば帰れるとすれば、これは日本人の情ない根性かどうかしりませんが、弱い人間だつたら、だれでも一日でも早く帰りたいために、共産主義を粧うのが人情です。国内的にも終戦当時は相反目し続けておつたのです。ましてやシベリアの收容所においていつまで置かれるかもわからない、それが妻子のおる日本に帰れるといわれたら、あ…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 私はそれはまことによい考えだと思います。それであなたたちがそれを罪に陷れようとはしない、お互いが自己反省してほんとうの日本人の姿になつて同じにやつてもらえばよい、それが根本である、そうおつしやることは私も同感であります。しかしその結果として、あなた方がそれを暴露し、しかもまだ現在残つておる人たちがより以上に収容所で苦しめられるのではないかということをあなたは証言なすつておるが、そのことをあなたが認めておりながら、またご…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 何も私はあなたと討論しているのではない。あなたがそのおつもりならそれでいいのです。怒らないでください。あなたが返したいと思つていらつしやる以上に私は返したいと思つているから、討論はよしてください。私が言つたことで、言葉の使い方でもしあなたの感情を害するようなことがあつたら、それは私の言葉の使い方が下手だつたと思つてかんべんしてもらつて、この問題は重大なのですから冷静に……。 そこで一つお伺いしたいのですが、先ほどソ連に…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 そうすると現在のところ、積極的にこの梯団が実際に動いている姿は、徳田要請がなされたということの輿論を喚起して、もし反動は返すなという徳田書記長の要請が事実であつたとするならば、私たちはこれは重大問題として取上げる決意を持つている。今あなたたちが具体的にやつていらつしやること以外には、ほとんど消極的な運動と認めてけつこうですか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 この梯団の中にいわゆる方針といいますか、今あなたがおつしやつた基本的な梯団の方針の中に、方法としてこういうことがあるのです。ちよつと申し上げてみますが、三月号の中央公論の中にこういうことが発表されております。「上陸後合法的手段に依り全国民に真相を公表し、且つ社会的地位の剥奪」要するにあなたは罪にしようとするのじやないとおつしやつておりますが、この梯団が内地に帰つてから、ソ連の収容所において民主主義運動——共産主義運動で…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 知らないとおつしやればこれはやむを得ません。そうだといたしますと、こういうことは御存じですか、将校に対して日本人としての礼儀を失つたとか、あるいは無礼なことをやつた、こういろ者を対象にするというようなことは御存じありませんか。あなたたちが民主グループと目する者の中に、特に反動をどうしようと言つた者、要するに将校あるいは憲兵、あるいは元中隊長、大隊長、こういう者に対して一兵士の分際で反動的態度をとつて、日本人的資格を失つ…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 これはあなた以外の一人たちが全部に諮つたのではないとおつしやられるので、あるいは証人が御存じないことを聞くのでむりかと思いますが、そこで一応証人にお伺いしたいと思いますのは、先ほどのはがきの件で、東京からの消印であつた、消印はどうだというのでみんなで見て、東京からだつたと思うとおつしやいましたが、それはどういうところから消印を東京だと判断なすつたのですか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 それでこれが東京の消印だというためには郵便局の消印があるのですね。たとえば中央郵便局とか、麹町とか、あるいはどこそことい各局の消印が入つているわけです。だから東京と認めるためには東京のどこかの区の郵便局の所在地の所から出ているので、たとえば今の日本共一産党本部と書いてあつたら代々木で、おお、これは東京だというのなら話はわかる。しかしそういう印象も何もなくて、ただ東京とみなが言つていたというのでは、何か私たちもぴたつと来…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 その当時人にはがきを見せればすぐ消印か問題になるのですね。それほど重要なるその消印が、東京ということはみな言つていたけれども、裏に書いてあつたことはよく記憶している、共産党の本部からというのもよく覚えている、本部から来たのだ、消印はどうだと、それほど大きな問題になるところの消印が東京と判定をされる、要するに証人がいつも持つて歩いていたのだが、そごまでうつかりしていた、不注意だつたとおつしやるのですが、これはたいへん重要…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 私が証人にこのことを聞きますのは、証人が先ほど証言なさつた便所の付近のどこかで拾つたどおつしやるはがきは、本委員会が調査している徳田要請そのものではないのです。共産党から出た、だれだか姓名不明のものから出たはがきであるが、内容においてはそれほど本委員会で問題になつているものではない。ただ問題は、要するに日本政府の発行したはがきが東京の消印をぽんと押されて、これがカラカンダの收容所のだれかに届くということが、去年の九月十…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 そういたしますと、これは間違いなく昨年の九月の十五日より以前だということですね。前にいた人たちのところに来たはがきである。それで日付も何もはつきりしないのですが、この点につきまして、これは委員長にお願いしたいのですが、これはいわゆる万国郵便法とか、何とかいうものがあるはずであります。占領治下にある現在の日本の郵便物は、ただ日本のはがきで、東京のある局の消印を押して、ソ連でもどこでもこれが公然と通用し、出されるものである…

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 その将校の方が元の軍隊の編制のままでソ連の收容所において——あなたはおやりになりませんでしたか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 そのときにこの收容所においては、やはり将校に対しては兵隊は挙手の礼か何かしたのですか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 この收容所において、直属の上官に対して兵隊が敬礼をするという申合せといいますか、收容所内の規律といいますか、その亡とは 兵隊全部にお諮りになつて、兵隊もそうするというのでおやりになつたのですか。それとも今までの大隊長、中隊喜長というものの軍のあり方そのままでその形をお続けになつたのですか。どちらですか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 その間短期間でございますけれども、兵隊の中から何か将校あるいは隊長に対する不平の声が上りませんでしたか。初期において……。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 元日本に軍隊を設置することが許された当時のことなのでありますが、たとえばちよつとした問題をとらえて、びんたとか何とかいうのがよくなされたそうですが、あなたの收容所において、いわゆる将校——直属の上官が部下にびんたをくれたり、何かした晴実は一つもありませんでしたか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 だらしのないやつと見苦しいやつというのは、どういう程度ですか。

国民協同党1950/04/06

第7回 衆議院 考査特別委員会 第20号

○石田(一)委員 そのわずかな短期間、ひどいところはまだ他にもあつた。あなたのところでは短期間スムースに行つた。それはけつこうですが、点呼をやるときは、要するに隊長というものは以前の将校の服装と同じというか、刀をぶら下げて階級章をつけていたのですか。