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改進党衆議院
総発言数
2,996 件
直近の所属会派
改進党
直近の役職
—
直近の発言日
1950/04/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 議院運営委員会52 件・52%
  • 労働委員会35 件・35%
  • 労働委員会人事委員会運輸委員会連合審査会9 件・9%
  • 懲罰委員会3 件・3%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,996 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,996 件中 20 件を表示
国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 要求されております。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 それはたしか速記録を見ると……。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 さらば單なる意見であれば、私は動議を撤回してようございます。しかしこれは西村君に特に私は委員長を通じて勧告というか、今の菅君の死に関する発言は、少くとも委員長の職権または議長の職権において、不穏当と認めるならば速記録から取消すというふうに取扱われた方がいいのじやないかと思いますが、いかがでございましようか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 証人に証言を求められる最中に、西村君はこのことを発言しております。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 私はこの発言は西村氏としてまことに惜しむべき発言であると思います。実に当委員会の良心がいずれにあるか。しかも菅証人の死に対して先般委員長が哀惜にたえないとおつしやつたことも、西村君のこの一語によつて哀惜だか何だかわからなくなつたということです。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 では先の動議を撤回いたしましよう。菅氏の死んだことに関して、証人に証言を求める途中において、こうした意見だかしらぬが、重大な発言を許されるならば、われわれちよいちよい利用さしていただきます。 先ほど他の委員からの質問の中に、日本で発行される雑誌とか新聞というようなものが、日本新聞社に何箇月か遅れるでしようけれども入手される。その入手の方法は一宣伝部長である証人ではわからない。こういうお話でしたが、たとえば共産党の機関紙…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 そうすると、アカハタから転載したということが明らかについておるそうですが、この日本新聞には、それらの記事の取扱いについては、宣伝部長としては全然あずかりしらぬということでありますか。どういうふうに転載されるということ……。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 そういたしますと、入手のその経路はもちろん日本新聞社自体に尋ねなければならないことでありますが、これは日本新聞社自体がこれを入手するのでございましようか。それとも政治局とか何とかいうようなもので入手するのでございますか。その辺のことは御存じありませんか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 これは先日もある証人に聞いたのですが、あなたの收容所生活中、一九四八年の六、七月ころから八月ごろ、あるいは一九四九年の六、七月ごろから九月ごろ、この間におきましてあなたはあなたの郷里から、もちろんあなたは死んだことになつているそうですから、お手紙は行かないと思いますか、あなたのお友だちなんかで、捕虜用のはがきによつて、日本政府の発行したはがきで、東京のある局の消印を押したはがきを受取つた日本人捕虜がありますか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 捕虜用のはがきとか、捕虜に特に当時許された通信の自由を守られるために使われるはがきというものがあつたはずであると思いますが、そういうはがき、あるいは手紙、切手に消印されるスタンプは、幾種類くらいのものが着いていましたか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 そうするとただいまお尋ねしましたように、特に捕虜用のはがき、あるいは通信の封緘はがき等で、日本政府の発行したはがきでないということは間違いありませんか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 実はせんだつてこの安員会に証人に来られました——私の記憶に間違いがなければ、たしか小島さんという証人は、カラガンダにいらつしやいまして、昨年の九月半ばごろ、ふとごみ捨て場をぞのいて見たり、はがきが一枚おつこつていた。しかもそのはがきを取上げて読んでみると、日本共産党本部と書いて、日本のはがきが来ていた。消印は東京の消印であつた。こういうはがきがおつこつていたと友だちに見せたら、前收容されていた連中が落して行つたんだろう…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 わかりました。先ほど来あなたの証言を聞いておりますと、捕虜に対するソ連の待遇というものは、まことによかつたというが、一般ソ連人に対するのと同じようにされていた。そのためにスターリンヘの感謝署名運動というものまで起きた。こういうことでありまして、この署名運動の署名者の数を見ても、いかにこれが厚遇されたかということがわかる、こうおつしやいましたが、あなたの証言の中に中佐とか少佐とか、戰犯級のものが手を合せて、ぜひ署名させて…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 いいえ、私の言いますのは、先ほどある委員が、それは君だけで、ほかの多数は冷遇されたのだという反問があつたところ、証人は、しかしあのスターリンに対する感謝署名運動の数を見ても、いかにみながその捕虜の生活に満足していたか、感謝していたかがわかる、こういう意味の御証言があつたのです。それで私の問いますのは、先ほどあなたのおつしやるように、中佐とか少佐とかいうような戰犯級の者でさえ、一日も早く帰りたいと手を合せて拝むくらいなの…

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 そういたしますと、あなたの先ほどおつしやつたのは、相当の部分が感謝しておるのであつて、署名の中には相当感謝していないのもいる。こういうわけでございますね、

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 そこで私はあなたの先ほどの証言は、あなたの知つておる範囲においては優遇された。他のことは一応あなたの推察ということになるわけですね。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 そうじやないのです。感謝文に署名した数では、それだけが全部ソ連で優遇されたと言うことはできない。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 中には手を合せてむりにやらせてもらうのもあるのですから、また水原みたいな者もあるのですから、心から感謝していない者もある。ですからその数ほどは、捕虜の生活が満足するほどのものではなかつたのですね。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 私は決してあなたが行きもしない、見もしないようなところの証言を求めようとするのではないのです。あなたは先ほど推察で、スターリンに対する署名感謝の運動を見てもわかるということで立証されようとしたのですが、それがそうでないと旧すると、あなたの先ほどの捕虜が厚遇された、まるまると太つて帰つた、こういうことは、あなたの知る範囲の問題であつて、捕虜全部がそうであつたとは言い得ない、こういうことは言えますか。

国民協同党1950/04/10

第7回 衆議院 考査特別委員会 第23号

○石田(一)委員 それから私はこのことを非常にこの間から気にしているのです。ちよつと意見がまじるかもしれませんが、かんべんしてください。入ソ当時、将校下士官に収容所の指揮権をゆだねられた。こういうことは間違いありませんね。