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日本共産党・革新共同衆議院
総発言数
2,820 件
直近の所属会派
日本共産党・革新共同
直近の役職
—
直近の発言日
1973/04/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会80 件・80%
  • 大蔵委員会20 件・20%

※ 全 2,820 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,820 件中 20 件を表示
日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 それではそういう指導をきちっと、厚生大臣のいまおっしゃったことと、お心はどうだかわかりませんけれども、おっしゃったことと県が同じように動くようにやっていただきたい。実際には動いていないわけです。

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 それでは午前に引き続いて援護法について質問いたします。 先ほどの杉山千佐子さんの問題ですけれども、このようなひどい傷害を受けながら、国からの援助、補償というものは何もないというわけです。この方は片目がない、それから顔がひどい大きなやけどと大きな傷がついているわけです。そして、片目の視力が〇・〇四というひどい障害があるわけです。それからもう一人、やはり同じ年代の方ですけれども、少し若くて当時十八歳、前田秀子さんという方で…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 十二条にはあるはずです。

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 その防空法は昭和十六年に改正されたというふうに思っておりますけれども、ちょうどこの杉山さんや前田さんの方たちが障害を受けたのは昭和二十年なわけですね。そうしますと、この法律はそのとき生きていたわけです。そういうひどい顔にされてしまった、そのときその法律は生きていたわけですね。しかし、あの戦災のひどいさなかで、そういうことを要求することも知らないままに、その法律がなくなってしまっているわけです。いまその法律がないからとい…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 それではさっそくにこれを調べて、もし該当するならば、いまからでも支給できるということでしょうか。

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 そのときに知らなかったというよりも、そのときはもうそれができる状態ではなかったのです。片目をえぐり取られたり、全身大やけどをしているというふうな状態の中で法律がなくなって、そうしていまになってこれもだめだ。そうしますと援護法もだめだ、福祉法でもだめだ、この法律もだめだということになれば、この人たちに対する国の責任というのは一体どこにあるのかということを考えるわけですけれども、厚生大臣はそれをどうお考えになりますか。

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 それは制度の上でできないということで、これは私もわかっておりますけれども、少なくともそのときには申請する能力がなかったわけですね。その間にそうなってしまったわけです。厚生大臣に、もう一度考えていただきたいと思うわけですけれども、十八歳や二十歳のそれこそうら若い女性が、国が起こした戦争のために顔じゅうにそれこそひどい傷を負い、片目を失い、片目の視力が薄い。そうして外貌というものが著しくどころか、たいへんひどく傷つけられて…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 年収六十万円というのは、いかに低い生活かということは、この物価高の中でおわかりになると思います。この人たちの残された人生というものが、あとわずかしかないというのに、これで少しでもかせげば所得制限ということで福祉年金にも当てはまらない、こんなことがいまの日本のGNPの世の中で、あってもいいのかというふうに思うわけです。 この人たらの顔がこんなにまでひどいことにされたというのは、国がやったんではないでしょうか。私たちがもし…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 いまの厚生大臣のおことばですけれども、一般の社会保障を上げることによってということは、どう考えても、それでは自分の過失でけがをした人と同じに扱うということですから、結局は国では責任をとらない、とる気はないということですね。

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 そうすると結局は国の補償、国の責任はとらないということですね。今後それをとっていくという方向というのは出てこないのでしょうか。そういうおつもりは、これからも全くないのか、あるのか、はっきりお答え願いたいと思います。

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 被害はすべての人間が受けているならば、そうすれば、援護法の対象になっている人も私たちもみんなあるということじゃないですか。この方たちがなぜこういう顔になっているか。大臣も私も同じ時代に生きてきたと思うのです。しかし大臣も健康ですし、私も健康です。確かに被害はいろいろ受けております。しかし、この人たちの被害とはあまりにも違うじゃないですか。それを同じにするということは間違っていると思うのです。 だから日防空法の十二条でも…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 まああなたが、厚生大臣がかわっていただかない限りは、この人たちを救うことはできないんだということを強く感じます。そのために私も今後努力をしたいというふうに思います。 もう一つありますけれども、これは私のところに近所の人たちからの訴えとしてきているわけです。本人からきたものじゃありませんけれども、これは愛知県の北設楽郡というところに伊藤覚治郎という方がいらっしゃいます。この方の娘さんが十八歳のときに——やはりこれは援護法…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 そういうお答えの中に私は非常に冷たいものを感ずるわけですけけれども、三十年もたって、そしてそういう手続をすることを、援護法が二十七年にできたということさえ知らない。おとうさんがもう八十にもなっていらっしゃる。そういう方たちに対しては、やはり県のケースワーカーなり何かがその証拠を裏づける努力というものをしてもらわないことには、きのうあったことならば近所の方たちでもするでしょう。しかし、もう三十年近くもたっているのに、そう…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 それでは先ほどの件と一緒に、県の障害援護課あたりから積極的にこれを調査していただきたいというふうに思うわけです。 それから、きょうこのような具体的な事例を幾つか取り上げましたということは、これは私は調査に行きましたら、非常にたくさん——いま全国に空襲を記録する会というのが三十二カ所できております。そういうところにこういう訴えが一ぱい出てきておるわけですね。その中から、私がこれはひどいと思うのを幾つかより出してきたわけで…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 ぜひ調査をしていただきたいというふうに思います。 最後に、いま初めて政府がこの間フィリピンに慰霊碑を建てられたということですけれども、こういうことは、そこでなくなった方たちの霊を慰める、五十万の人の霊を慰めるということでいいことだと思いますけれども、やはりこの中にも公平の原則というものが貫かれませんと、ほんの一部の方は喜んでも、あとの方がまた非常に悲しい思いをするというようなことがやはり出てきているわけです。この点を今…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 この慰霊碑をつくるという場合に、戦争で傷ついた方たちというのは、心も身もたいへん傷ついているわけです。そういう人たちを慰めるためにつくるものですから、やはりこの人たちがほんとうに慰められ、喜ばれるようなものをつくっていただきたというふうに思うわけです。今度のフィリピンの場合にも、地元のフィリピンの方たちから、また日本が侵略してくる前ぶれではないかというふうに反発があったということも新聞などに報道されておりますし、そうい…

日本共産党・革新共同1973/04/12

第71回 衆議院 社会労働委員会 第14号

○田中(美)委員 そうすると三百人の遺族が行っておるのに、その中で十四名は国から行かせてもらった、あとの人は全部自費だ。県によっては、県が多少援助しておるということを聞きましたけれども、そうしますと、結局お金のある者は行かれる。しかし、そうでない者は、自分の夫の死んだところ、自分の子供の死んだところに行きたい、そしてその慰霊碑ができたらそこへ何かささげてきたい、そういう遺族の気持ちというものは非常に無視されるというふうに思うのですね。そ…

日本共産党・革新共同1973/04/03

第71回 衆議院 社会労働委員会 第12号

○田中(美)委員 時間が少ししかございませんので、いままでの質問と重複しないよう、また現在の時点の問題はだいぶ厚生大臣からも言われましたし、その中での質問はありますけれども、観点を変えて基本的なことを、二、三質問をしたいというふうに思います。 まずバングラデシュに天然痘が発生していたということはわかっていたということでしたけれども、他の地域、他の国、インドとかそういうところにも発生していないかどうか。どういうところに発生しているかという…

日本共産党・革新共同1973/04/03

第71回 衆議院 社会労働委員会 第12号

○田中(美)委員 それではその点十分に、根本のところで二度とこういうことが起きないような対策を至急にしていただきたいというふうに思います。

日本共産党・革新共同1973/04/03

第71回 衆議院 社会労働委員会 第12号

○田中(美)委員 先日、三月六日に、性による差別定年制のことについて質問いたしました。そのときに労働大臣は、かような問題に対して断固たる態度で臨む所存であるというふうに言われましたし、「裁判にも判然といたしておるのでありますから、その方向に従って指導監督いたす所存であります。」と、断固たる態度で臨むというふうに言われたわけです。それから約一カ月たっているわけですけれども、どのような指導監督をしていただいたか、お答えをしていただきたいと思…