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社会民主党・護憲連合参議院
総発言数
6,103
直近の所属会派
社会民主党・護憲連合
直近の役職
直近の発言日
1981/09/03

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 交通・情報通信委員会26 件・26%
  • 内閣委員会26 件・26%
  • 総務委員会18 件・18%
  • 運輸委員会10 件・10%
  • 行財政改革・税制等に関する特別委員会9 件・9%
  • 国会等の移転に関する特別委員会7 件・7%

※ 全 6,103 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,103 20 を表示
日本社会党1981/09/03

94参議院 安全保障特別委員会 閉会後第1号

○瀬谷英行君 日本の国会の中でも軍縮議連というのが結成をされました。これは超党派であります。したがって、この軍縮議連の性格は、まずできる限り軍備の縮小ということに米ソ両国を含めてやりていってもらおうじゃないかというところにねらいがあるわけであります。しかし、いまの日本の外交の姿勢でもって危険なことは、一言で言えば反ソ的である、アメリカの側に立ってソビエトを敵視していると、こういう点があるんじゃないかということが見られるんです。 一つの例…

日本社会党1981/01/29

94参議院 本会議 第3号

○瀬谷英行君 私は、日本社会党を代表して、さきに行われました鈴木総理大臣の施政方針演説を初め関係閣僚の演説に対し質問をいたします。 国会の開会に先立って発表されました五十六年度一般会計予算案は、いままでになく政府の考え方を端的にあらわしている点で特色があります。総額四十六兆七千八百八十一億は、前年度当初予算に比較して九・九%の伸びとなっておりますが、国債の二兆円減額と引きかえに一兆三千九百億という思い切った大増税が待ち構えております。 …

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 一番最初にお伺いしたいことは、先般来、当委員会でいろいろと論議が行われてまいりましたけれども、その中で北方問題についてのいろいろな見解があるわけでありますが、北方領土が果たして日本の防衛にとって脅威となるのかどうかということがやはり本委員会としても問題となるところであります。 先般の本委員会の北海道視察の際に、地元の市長から陸上自衛隊一個連隊を根室周辺に配備してほしいという意味の陳情がございました。そして、この陳情の趣旨と…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 これらの情報は、どういう筋からの情報によるものでありますか。

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 百三十ミリ加農砲というふうに、かなり具体的なんですが、のぞいてきたようなお話だったんですがね、何か。別にのこのこ行って上がって見てくるというわけにいかないだろうと思うのですが、実際問題として。そうすると、一体どういう筋の情報か。アメリカの情報ならアメリカの情報でいいじゃないですか、ここで隠したって始まらないんだから。わかることはちゃんと言ってもらった方がかえっていいと思うのです。だから、アメリカの情報によればということなの…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 百三十ミリというと十三センチなんですよね。飛行機からのぞいただけでその寸法までわかるということは大したものだと思うのですがね。まあしかしそれはいいとして、そのほかに三千名ほどの国境警備隊と、こういうふうに言われましたが、この前たしか一個師団ぐらい配備されているのじゃないかというふうな答弁もいただいたような気がするのでありますけれども、何個師団配備されているのかということもわかっているんですか。

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 先ほど国境警備隊三千名ぐらいと、こういうふうに言われたんですけれども、国境警備隊三千名ということになると、普通三千名じゃ師団の規模にならないですな。しかし、警備隊は三千名ぐらいだけれども、百三十ミリ加農砲などというのもあるから、まあ師団単位と見てもいいのではないかという推定である、こういうふうに理解をされますが、そんなところですか、率直に言って。

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 どういうことなんですか。

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 長官に今度お伺いします。 具体的には御勘弁願いたい、よくわからないということです、平たく言えばね。よくわからないけれども、いるのじゃないかというようなお話なんです。そこで、こういう一つの推定、防衛庁の話もきわめてあいまいで、率直に言わしてもらうといいかげんなんですが、このいいかげんなソビエト軍の配備状況といったようなことを根拠にして、根室に陸上自衛隊一個連隊の配備をという陳情があったのでありますが、これらの陳情が受け入れら…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 長官のところに陳情に行かないということは、まあそんなに熱心じゃないのだなというふうにいま私は思ったんですよ。この前私どものところへ来たから、当然これは長官のところにも行っているのだろうと思ったんですよ。いま話を聞いてみると、全然長官のところに行っていない。そうすると、何か思いつきのような感じがしたわけでありますけれども、では、特に長官としてはその陸上自衛隊の配備などということは考える必要はないというふうに確認してよろしゅう…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 長官の役職からいって、自衛隊を動かす立場にないということは承知しております。しかし、地元の市長が陸上自衛隊を一個連隊当市にひとつ配備してほしい、こういう話だったから、そういう話になってくると、話に問題があるとすれば、長官を抜きにしてまさか防衛庁にだけ話をするというわけにいかないでしょう、これは。当然長官の方にだって話されてしかるべきことであるというふうに思ったから私は質問したのです。だから、もしそういう要望があるとすれば、…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 この問題はそれで結構であります。大変に明快でございました。 それで今度は、北方領土の返還のいろいろな地元の運動があるわけです。運動があって、早期返還を要求するということなのでありますけれども、四島の返還ということがいろいろと問題になっております。ところが、きょうもちょっと問題になったのでありますけれども、北方領土の日というものを制定しようじゃないか、こういう動きがあったということです。それが二月七日である、こういう話もあり…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 二月七日という話を先般ちょっと聞いたのでありますけれども、そうすると何日でも構わない、構わないというのは少し言い過ぎだけれども、要するに北方領土の日さえ決めればいいということで、日については詰まったことになっていない、このように理解してよろしいのですか。

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 いや、実は本院でも決議をしようという話がある。それは北方領土の日というのが大きな目玉になっているんですよね。だから、ではどういう根拠で何月の何日がいいのかということを明確にしないと、決議だけして後から日にちをはめ込もうというのも変な話なんですよ、これはね。何月の何日というのはこういう意義のある日である、したがって、この日をどういう日にしようじゃないか、こういうことなら話はわかる。日だけ最初に決めちゃって、後からいつがいいか…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 そうすると、北方領土という名称が使われるようになったのは昭和三十年代以降であるということになるわけですね。それ以前は北方領土という名称はなかったわけですね。 そこで、千島列島の問題でありますけれども、領土不拡大という方針をとるとするならば、当然千島列島全島がその対象に入ってもいいのじゃないかという気がするんですよ。これは占守島だとか松輪島だとか得撫島だとか、いろいろな島がありますけれども、これらの島々は、日本が出かけていっ…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 サンフランシスコ条約の際に千島列島が公式に放棄されたかっこうになっている。ところが、そのサンフランシスコ条約の際にこの北方領土の問題について明確にされていなかった、つまりサンフランシスコ条約のときには千島列島というものはどこまでが千島列島であるかということは明確にされないまま放棄をされたという形になっておるように思うのでありますけれども、その点はどうなんですか。

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 その辺が国際的に通用する話かどうか非常にむずかしい問題になってくると思うのです。千島列島について言うならば、千島列島全島がわれわれは武力によって征服した土地ではないという認識に立っているわけなのです。ところが、この安政元年の下田条約の国境が択捉島と得撫島の間に引かれたということを根拠にして、得撫島以北についてはこれを放棄する、択捉島以南については十何年もたってから北方領土という形でもってこれは千島じゃない、こういうふうに主…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 北方領土返還要求という運動が展開をされる場合に、この辺の認識というものが明確にならないとむずかしいと思うのですよ、率直に言って。北方領土という名称自体が昭和三十年代以降だというんでしょう。昭和三十年代以降に政府が考えついたわけでしょう。昔の安政元年の歴史を思い出して、千島列島というのは得撫島から向こうであるという定義を昭和三十年代になってから初めて下したということになってしまうわけですね。昭和二十年代は北方領土という名称は…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 一貫しているということは、昭和二十年代から、あるいは終戦の直後からずっと北方領土問題は日本の領土である、千島列島の中で南千島は含まないんだということを主張していれば別なのですけれども、そういうふうになっていないんですな、残念なことには。そこに私は問題があると思うのです。たとえば千島列島というふうに一口に言いますけれども、千島列島というのは、安政元年の時点においては、得撫島と、択捉島のこっち側——南と分かれていたんです。これ…

日本社会党1980/11/26

93参議院 安全保障及び沖縄・北方問題に関する特別委員会 第6号

○瀬谷英行君 だから、問題は放棄をした千島列島の中に入っているか入っていないかという解釈の問題なんですね。それで千島列島の中に択捉と国後が入っているかいないかという問題は、昭和三十年代になって初めて北方領土という言葉でもって返還を要求しようじゃないか、あれは千島列島じゃないんだ、安政元年の下田条約のときの話はそうだった、こういうことになっている。だけれども、安政元年だけを問題にすると、昭和に入ってからの千島列島の定義というのはどういうこ…