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日本社会党衆議院
総発言数
8,950
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1959/03/27

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 内閣委員会82 件・82%
  • 災害対策特別委員会18 件・18%

※ 全 8,950 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,950 20 を表示
日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 一つお願いしたいのですが、委託契約書を出していただきたい。これはどうです。あなたは今、秘密じゃないと言っている。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 これは重要な発言で、食い違っております。廣岡事務局長は、委託契約書はあると言っている。岸内閣総理大臣の名前で出している——これはうそですか。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 これはすみやかに御提出を願います。 この委託契約書について、三十二年の三月にレポートが出ているはずであります。このレポートが、先般聞きますと、非常にずさんです。講演は何かと言うと、国防会議の事務局員がたくさん集まって聞くんだと言う。このレポートも、ただ単なる参考までの書類だからと言う。そういうものに百万円の金を使っているのですよ。この内容が出せないならば、私は国防会議の委託調査費、試演謝礼というものは事務局員の自由な委嘱にま…

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 全部で百万円です。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 天川が三十二年三月に出したこのレポートは出せますか。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 三十二年に頼んで三十三年に出したのか、三十三年に頼んで三十三年度に出したのか、どっちです。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 赤城官房長官にお聞き願いたのですが、三十二年二月から三十三年三月までの間にこのレポートが委嘱され、出されている。その四月十二日が機種決定の日なんですよ。私たちはこのレポートは非常に重要なものであるから、あなた方は出さないと思うのですが、廣岡事務局長は何でもないレポートだと言っている。それならお出しになったらどうです。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 廣岡事務局長は、あなたの指図によってこういうものは全部押えましたと言っている。あなたは見ないで、国会の審議のために要求したものを片っぱしから知らないといって、押えるのですか。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 やすやすととは何です。国会の審議のために要求したものを、やすやすととは何です。おもしろ半分にやるんじゃないですよ。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 それじゃ、あなたはどうです。重々しく出しますか。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 あなたが、一片のレポートを慎重に検討しなければならないと言うのであるならば、そういう重要なレポ—トを作らした天川のしたことに対して、どの程度知っているのです。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 あなたがいろいろ言いのがれをするならば、愛知前官房長官にも来てもらいますよ。少くとも、天川という人間は何げなしにレポートを作ったというなら見のがしておきますけれども、すでにさっき提示せられましたような重要な秘密文書を、資料を、しかも国防会議の、国会にさえ提出できないようなレポートを作るような役割を与えられたとするならば、私はこの天川という人間を即刻当委員会に呼び出して、その真相を究明せざるを得ないのであります。 廣岡事務局長…

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 あなたの方から提出されました天川勇の履歴書なるものを読んでみますと、 昭和 九 年三月 慶応大学文学部 哲学科卒業 同 四月 慶応大学文学部 哲学科助手 昭和十四年 四月 海軍大学校研究 部嘱託 兼海軍省官房調 査課嘱託 昭和十五年 四月 内閣総力戦研究 所派遣勤務 昭和十八年 四月 海軍教授 海軍大学校教官 逓信省工務局嘱 託 昭和十九年 四月 海軍省出仕 軍務局第二課 官房調査課 昭和二十二年 一月小松製作所嘱託 業務部…

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 単なる一片の履歴書を検討もされずに、国会に提出することさえやすやすとはできないような重要な委嘱をしたということは、一体どういう気持なんです。吉村君の大なる支援があったのですか。それとも、あなたは一緒に飲んだとでもいうのですか。それから、昭和二十六年三月以降の大川氏の行動はどうです。二十六年以降ですよ。天川研究所ということがあるのですよ。最近の履歴書は何もないのです。天川研究所の実体はわかりますか。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 どうも、あなた方は、どういう根拠に立ったのか知らぬけれども、天川という人物を非常にやすやすと信じておるのです。すでに吉村主計官が、天川が支払った料理屋の金は新三菱重工と三洋電機が大半を支払ったと証言をしておりますよ。森脇メモの大部分は吉村によって証言され、認められておる。その人間に、国防の重要な委託をし、同時にまた、彼の手にさまざまな重要書類が渡っておる。読み上げましょう。森脇氏から提示された書類を見ましても、天川先生あての…

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 私は、これらの書類が防衛庁あるいは通産省から出たこともわかっております。わかっておりますが、この仲立ちをしたのは国防会議の吉村なんです。これは明確なんです。その吉村が手引きをして入れたのは、天川勇なんです。その天川勇に、ぬけぬけとあなたが大事な委嘱をし、大事な講演をさしたということ、しかも、国民の税金を十万円なり、あるいはこの講演の謝礼を数十万円渡したという、このずさんさは、私はとうてい見のがせないと思う。これはあなたの答弁…

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 官房長官、一つ行く前に聞いておきたい。今、廣岡局長が言っている通り、天川という人間に頼んだ資料は、何でもない勉強の資料だそうです。これはおだしになれるでしょう。廣岡局長は、何ともないと言いました。これはレポートをお出しなさい。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 レポートのことを言っているのですよ。委託書ではなくて、報告書です。何ともないものを頼んだというのですから、出てくるものも何ともないでしょう。何ともないものを頼んで、何ともあるものが出るはずはない。お出しになってかまわぬでしょう。

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 あのレポートのことは言っておりません。天川に関してだけです。あなたが下手に天川をかばったら、世間では赤城官房長官は実にきれいな、いい官房長官で、自民党まれに見る人格者といっておりますが、これはだめになりますよ、そんなことを言ったら。天川という人間のいろいろな行状は、わかってしまっておるのです。しかも、きょう出されました中には、明らかにグラマン決定に関しまして、グラマンF11F—1FとロッキードF104Cの比較表が出ているです…

日本社会党1959/03/27

31衆議院 決算委員会 第15号

○淡谷委員 これは重要なことがありますね。廣岡事務局長は、天川には何ともないことを頼んだのだと言っておる。あなたに言わせますと、非常に重要な書類かもしれないから出せない、と言っておる。天川氏の書類というものは、秘密の性格を帯びたものではなしに出せないような何らかの理由がありますか。あなたが、今後当委員会が決定をして要求した場合に、出せないと言うのは、この書類は秘密であると断定してよろしいですか。