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日本共産党衆議院
総発言数
7,375
直近の所属会派
日本共産党
直近の役職
直近の発言日
1975/10/23

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会55 件・55%
  • 決算委員会26 件・26%
  • 予算委員会第一分科会11 件・11%
  • 決算委員会第三分科会8 件・8%

※ 全 7,375 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,375 20 を表示
日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 総理、私は時間が予定より長くなりましたので、この問題について終わりますが、総理の御所見を、そういうのはやはりぐあいが悪い、正せるところは正さなければならないという御見解を、もしございましたら伺いたいと思います。

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 時間がございませんので、私は日米首脳会談の問題について伺いたいと思います。 総理は、八月五日と六日にフォード大統領と会談をなさいました。ところが、新聞報道によりましても、大方の予想に反しまして、あるいは総理自身は反しておられなかったのかもわかりませんが、八月五日のワーキングディナーの前にフォード大統領と、日本流に言えばさしで個人会談をなさいました。それは一体どういういきさつでなさり、何をお話しになったのでしょうか。

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 何か総理は初めからコンプレックスをお持ちのようでありまして、私は何もフォード大統領とお二人だけでお会いになったのが悪いというようなことは一言も言うてないんですね。お会いになったのはいかなるいきさつで、何をお話しになったのでしょうか、こういうように聞いておるわけですね。 ところで、私は新聞報道を詳細に読みましたけれども、あのフォード大統領とのお二人の会談というのは、フォード大統領の方から二人だけにしたい、こういうようなお話があ…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 いろいろのお話の中には、たとえば総理のブレーンの一人である平沢和重さんが「現代」の十一月号などにもちょっとお書きになりまして、国内的なことを話したんだ。おれは当選十四回でおまえは十三回だ、おれは三十八年でおまえは二十六年だと言ったら、向こうがいや二十七年だと訂正したとか、そんなことを言うたんだ。ほかには五大国首脳会談のことがちょこっと出ただけだというようなことが書いてあります。あなたのいままでの新聞報道でも大体それを敷衍する…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 私は、いまの外務大臣の御答弁は、非常に御丁重ではございましたけれども、問題をすりかえておられると思います。それで、御承知のように共同声明と共同新聞発表というように分けられました。なるほど共同声明というのが、三木総理の哲学といいますか理念を入れたいということで渡米の少し前に御発案がありまして、最終的に、そういうことでいままで準備されてきたものを共同新聞発表にする、それはオーケーだというのがまいりましたのは恐らくお着きになってか…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 いま非常に遠回しな御発言でございましたが、私の申したことをお認めになったと思います。それで、そのどこが直されたかという点につきましては、八月十三日の読売新聞が、原案になかったものが両首脳の会談で結局挿入されることになったということで大きな記事を出しております。それを見ますと、最も重大なところが変わっておるのですね。 たとえば、御承知のように当初は韓国条項の前に「両者は、アジアのすべての国々の間で安定的、かつ、建設的な関係が樹…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 両者が最終的に合意して発表したものが唯一のものだ、それはよくわかっております。しかしそれに至る前に、私どもが正確に確かめたところでは発表まで極秘ということで——しかもこれは読売新聞だけではありませんよ。私が当時の新聞を丹念に見ますと、たとえば日経新聞でワシントン五日発で、金指特派員がほぼ同様のことを打電してきているのです。これはどういうことを打電してきているかというと、三木総理が共同声明と共同新聞発表というふうに分けるという…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 もし御趣旨のようであれば、原案という言葉をおきらいのようでございますが、途中まで作成されていたように、「朝鮮半島の平和は」というようにだけお書きになった方がよほどよくわかると思うのですね。それをわざわざその前に「韓国の安全が朝鮮半島」と、こういうぐあいになったのは、やはり韓国の安全を日本の平和と安全に結びつける、その中間項として朝鮮半島の平和ということを入れたのだ。なぜ入れたかと言えば、安保条約の第六条では、米軍は極東の平和…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 いま三木総理から、有名な、対馬と釜山は非常に近いんだという言葉を想起させるような御答弁がありまして、影響がないと言えるだろうか、こういうぐあいにおっしゃいました。しかし、もう少し別のことを聞いてから、最後にその問題に触れたいと私は思いますが、影響があるとかないとかいうことと、韓国の安全というのが回り回って日本の安全に緊要、必要であるというのとは違うんです。影響があるというのは、風が吹いてもいろんな意味で影響があります。影響が…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 いまの御答弁は、真正面からの答弁ではないと私は思うのです。それは、なるほどイエスもあればノーもあるというように言うたのでございますと言えるかもしれませんけれども、私が指摘しました各紙に載っておる内容を大臣は否定はなさらなかった。そうしますと、大臣のおっしゃっておるのは、韓国領土の西海岸に小さな島が五つか六つありますけれども、そこら辺で何かトラブルが起こった場合は別だけれども、陸軍部隊が南下してくるという場合は受け取り方が違う…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 宮澤外務大臣のいまの御答弁によりますと、シュレジンジャー氏はハト派であって、八月十三日の宮澤外務大臣の米議員団への答弁は逆にタカ派であるというようにとられかねないのですね。向こうが言いもしないことをこっちが先に言っておる。 しかし、宮澤外務大臣に伺いますが、シュレジンジャー氏はあなたに何とおっしゃったか知りませんけれども、それほど甘い政治家ではないんじゃないでしょうか。私はここにパシフィック・スターズ・アンド・ストライプスの…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 外務大臣のそういう御答弁でございますが、しかし、同じシュレジンジャー氏が韓国において責任ある人々にはこう言っておる。しかも、そこがまさに紛争が起こりそうなところですから、それはやはり注目しなければいけないんじゃなかろうかというように思うのですね。 〔委員長退席、谷川委員長代理着席〕 しかも、ホリングワース氏がシュレジンジャーに言った短期決戦の戦略というのは、これは八月二十八日に突如として言い出されたものではないのです。私はこ…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 いまお話を伺っておりますと、和気あいあいとお話しした。何か、シュレジンジャー氏がアンドリュース空港で言いました三十年間これほどいい関係はなかったというのが、もっぱら坂田防衛庁長官の玲瀧玉のごとき人柄による個人的な印象から言われておるかのように、そういう答弁ですけれども、あなたが玲瀧玉のごとき人柄であろうということについて私はあえて異議は申しません。しかし、政治の世界というものはそれほど、人柄がいいなということで日米関係が三十…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 私はいまの答弁を聞きまして、わが国の国民はこれは安心できないな、肝心の国防長官がこういう重大なことを一度ならず二度発言して、坂田防衛庁長官と会ってから、前ほどは露骨じゃないけれども似たようなことを言うておるのに、これを読んだことがありませんと、そんなことでよく防衛庁長官がお務まりになるなという気が、非常に失礼ですが、してまいりました。 そこで、私は坂田防衛庁長官に伺いたいのですが、二階に上がってはしごを取られるというのは、日…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 まことに御名答だと思うのですね。二階に上がってはしごを取られるとおりられない。つまり、おりられないということは、その人間にとってはもう非常に困るということでしょうね。 ところで、私がなぜ永井文部大臣に伺わないで坂田防衛庁長官に伺ったかといいますと、あなたのところの久保次官がそう言っているのですね。久保次官が九月十三日に防衛庁で開かれた隊友会主催のゼミナーで講演しておるのです。その中で、米韓相互防衛条約があっても日米安保条約が…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 御懇切な御答弁をいただいてありがたい点はあるのですが、残り時間が少なくなってまいりましたので簡潔にお願いしたいと思います。 それで、いま総理並びに防衛庁長官からも御答弁がありましたが、何か被害者意識で押しつけられた、そういうものではないと言われておりますが、私の口から被害者意識で押しつけられたというようなことは一遍も言うてないのです。総理がそういうようにおとりになっただけなんです。私があえて言いますと、国民にとってはとんでも…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 宮澤外務大臣に伺いたいと思いますが、宮澤外務大臣は昭和三十一年ごろに「東京−ワシントンの密談」という著書をあらわしておられますね。私は内容を読ましていただきまして、才気あふれる文章であるというように敬服いたしました。しかも、この「東京−ワシントンの密談」という題名は、なお今日的意義を持っておるというように私は非常に敬服したわけです。 その中の三百七ページを見ますと、宮澤外務大臣は、こういう非常に傾聴すべき見解を述べておられる…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 最後に一問だけお願い申し上げます。 三木総理に、先ほどお触れになりました対馬と釜山というのが三十海里だ、天気のいい日には見えるのだ、これで関係がないと言えるかということをおっしゃいましたが、宮澤外務大臣は、七月に東京の外人記者クラブでは、その関係のことを一衣帯水という言葉で御表現をなさっておられます。私はそれを拝見いたしました。つまり総理のおっしゃりたいのも、結局日本と韓国とは、特に対馬と釜山などは一衣帯水だ、そういうところ…

日本共産党・革新共同1975/10/23

76衆議院 予算委員会 第4号

○正森委員 私は、そういう御見解というのが、実は新しい考えではなしに、非常に古くからのわが国の考え方であるということを指摘したいと思います。 私がここに手元に持っておりますのは、明二十七年十月十九日の貴族院の速記録であります。日清戦争が終わった直後です。もう一枚は、明治三十七年三月二十三日の衆議院の議事録であります。 ここで、明治二十七年には内閣総理大臣の伯爵伊藤博文さんが演説をしております。その中でこう言っているのです。「朝鮮我と僅に…

日本共産党・革新共同1975/10/18

76衆議院 外務委員会 第1号

○正森委員 イシコフ漁業大臣が前回お見えになったときに、日本国において有効である漁業規制措置を考慮に入れていろいろの方策を講ずるという合意ができました。それを受けたのであろうと思いますが、九月八日から十七日まで、わが方の松下友成水産庁次長とソ連側のラフィツキー氏が専門家会議をやっております。そこで、この操業協定に規定されていることだけでなしに、日本側の漁業規制を尊重するという点でどういうような合意が行われたか簡単に説明してください。