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北方対策本部審議官衆議院参議院
総発言数
68
直近の所属会派
直近の役職
北方対策本部審議官
直近の発言日
1978/04/27

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 68 件の標本
  • 沖縄及び北方問題に関する特別委員会39 件・57%
  • 文教委員会17 件・25%
  • 予算委員会3 件・4%
  • 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会3 件・4%
  • 地方行政委員会2 件・3%
  • 社会労働委員会2 件・3%

※ 全 68 件のうち直近 68 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

68 8 を表示
内閣総理大臣官房参事官1978/04/27

84衆議院 地方行政委員会 第19号

○橋本説明員 お答えします。 交通安全国民会議が四十年から開催されておりましたことは先生の御指摘のとおりでございます。これが四十六年まで前後九回にわたって開かれております。最初三回は春、秋の安全運動の機会に開かれました。四回目から年に一回、秋の運動の際に分科会を設けていろいろと議論がなされております。四十六年が最後でございますけれども、御承知のように、昭和四十五年に交通安全対策基本法が制定されまして、これに基づきまして中央交通安全対策会…

内閣総理大臣官房参事官1978/04/27

84衆議院 地方行政委員会 第19号

○橋本説明員 お答えいたします。 推進会議も開催され始めましてからもう五回以上にもなりますので、やはり会議の運営というものは常時工夫をしてまいらなければマンネリ化になります。その点では、現在すでに会議の運営についてどうあるべきかということを検討しておりますので、先生の御指摘の点を含めまして、今後関係省庁とも協議をしながら検討を加えてまいりたいと思います。

内閣総理大臣官房参事官1978/04/18

84衆議院 社会労働委員会 第14号

○橋本説明員 交通遺児育英会に関する御質問でございますので、総理府の交通安全対策担当の橋本の方からお答えいたします。 先生が先ほど仰せのように、交通遺児育英会は現在、高等学校と大学に進学している生徒、学生に奨学金を出しております。さらに大学院生について、ほんの数名だけ出しております。しかし、専修学校につきましては、二年ほど前に専修学校制度の改正がありました際に、この学校の生徒にも出すことを検討したそうでございますが、財源の関係で見送った…

内閣総理大臣官房参事官1978/04/18

84衆議院 社会労働委員会 第14号

○橋本説明員 自賠責の運用益は、この配分は総理府は関与しておりませんで、詳細につきましては所管の省、運輸省、大蔵省が関係ございますが、そこにお聞き願いたいと思いますけれども、交通遺児に対するそういうものにつきましては、関係の省庁あるいは類似の制度を持っておる省庁とも連絡をとりまして、財源措置の可能性を含め、検討してみたいと思います。

内閣総理大臣官房参事官1978/04/05

84衆議院 大蔵委員会 第21号

○橋本説明員 御質問の趣旨、私こういうように解釈してお答えしてよろしゅうございましょうか。警察が飲酒運転の取り締まりをやるということでございますけれども、総理府としては、取り締まりだけでなくて、そのほかに飲酒運転の防止をどういうふうにして……

ソ連地区引揚者1956/07/21

24衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第16号

○橋本参考人 私、橋本であります。終戦と同時に、樺太特務機関におりまして、ソ連赤軍の最高指揮官であるエヒモフ少将と、軍使として会談しました。そうして、占領地における占領軍政の網が張られたときに、私は逮捕されて、豊原の刑務所に送られました。そうして、軍事裁判によって十五年を受けたのであります。一九四六年のちょうどメーデーの日に、バイカル湖の北端にクラスノヤルスクというところがありますが、ちょうど北緯七十度の地点でありますが、ずっと下ってい…

ソ連地区引揚者1956/07/21

24衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第16号

○橋本参考人 ソ連の刑法には三つあります。欠席裁判、オソボ・リベスシテヤニエ、民事裁判、ナロドノイ・スウド、それから軍事裁判、ウエンヌイ・トレブナル、現在この民事裁判と軍事裁判だけがあるのであります。そして概略申しますと、現在ハバロフスクにおりますところの七五%は全部二十五年であります。皆当事兵隊あるいは給水班の衛生兵であるとか、こういったものであります。いわゆる正式に裁判にかかった人、あるいは東京でありますと国際裁判、ああいった細菌裁…

ソ連地区引揚者1956/07/21

24衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第16号

○橋本参考人 ナリンスクに約十五万の禁固刑者がおりました。五三年以後、スターリンが死なれ、ベリヤが処罰になって以後、第一番に出たのが少年刑であります。要するに私の言わんとするのは、いわゆる国内人に対しては具体的な大幅の釈放をやっております。まず受けたのが、少年刑の十八才未満の者は全部釈放する。もちろん中には悪い者もおりますので、これは大々的に釈放するわけには参りませんが、まずそういう手を打っておる。それから減刑嘆願書を全部受け付けており…