横路孝弘
会議録に記録された「横路孝弘」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 9,896 件
- 直近の所属会派
- 民進党・無所属クラブ
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1976/06/24
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛31 件
- 宇宙13 件
- 社会保障・年金11 件
- こども・子育て4 件
- 経済安保2 件
- 通商・貿易2 件
- 地方創生1 件
- 防災1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 安全保障委員会88 件・88%
- 予算委員会第五分科会12 件・12%
※ 全 9,896 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 その機種選定ストップというのは、ストップという形であなた方の方に伝えられたのですか、明確に。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 その気が抜けたのは、それはいつごろなんですか。春に気が抜けちゃったのかしら。夏ぐらいなんですか。雫石の事故がありますね。あの辺よりは大分前ですか。やはり四十六年の二月、三月ぐらい……。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 その二月に航空局の方からサゼスチョンがあったというのは、あなたに直接運輸省のどなたからあったのですか。あなた、だれか運輸省の当時の航空局の幹部と会ったことございますか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 仕事上はもう当然だと思いますね。あなたの職務上会う運輸省の幹部というのはどの関係ですか。航空局長クラスですか、部長クラスですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 この当時、局長に会った記憶はございますか、このエアバスの導入問題で。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 それは、そのころ、ほかにはどんな用事が航空局にはありましたか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 でも、雑用なら課長か部長でいいので、局長に会うときには雑用じゃないでしょう。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 この二月なんですが、航空三社が売り込みをやっているときですね。あなたの方では、機種をいよいよ決めようかと言って詰めている段階。これは、ロッキードの一〇一一のエンジンをつくっているロールスロイスが、その四十六年の二月四日に倒産したのですけれども、これはロッキード社や丸紅の人たちはびっくりしたでしょうね。どうですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 びっくりしてあなたのところへ飛んできたでしょう。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 それで、何と言っていました。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 そうすると、このときそれでストップになっちゃったわけですね。やはりこのストップで一番助かったのは、じゃロッキードということになりますね。このとき機種を決めるとすれば、ロッキードは外れたでしょう。エンジンなくなって、これはトライスターどころか、グライダーになっちゃったわけですから。そうですね。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 まあ調達施設部長としてそれは当然の発言だろうと思うのです。 そこで、ちょっと話が先に飛びまして、四十七年の七月のデモフライトのときなんです。あなた大阪におられましたね。このデモフライトもなかなか大変ロッキードとダグラス社の合戦があったのですけれども、このときに、あなたの方でさきに、写真が写っていてという発言がありましたけれども、ロッキード社の人と会って、一緒に食事でもなさったのでしょう。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 昔よく知っている人に久しぶりにお会いになったわけですからね。 それで、そのときに、丸紅の幹部の人が大阪で、全日空はL一〇一一を六機大体これで注文してもらえそうだという発言を新聞社の人にしたようなんですけれども、あなたは当時、何かそんな発言があったことについて御記憶ございませんか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 そこで、少しオプションの問題についてお尋ねしたいと思うのです。 今回のこういう事件ですね、全日空の場合のいろんな背景とか、こういう事件が起きた原因について少しお尋ねしたいのですけれども、日航と全日空というのは非常に競い合っていたわけですね。特に、現在もそうですけれども、焦点は海外進出を何とか果たしていきたい、できれば定期の航空路を持ちたいということが全日空の悲願だと言われているわけですが、そんなことで、従来どちらかというと日…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 その欠陥はどうだとかいろいろ反省をしておるということなんですが、たとえばそういうような問題点というのは、あなた自身どんなことが問題だというように考えていますか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 じゃ、もうちょっと具体的に、そのかわりちょっと生臭い話になりますよ。 四十四年から四十五年当時ですね、当時の大庭社長、全日空の中には対立したグループがありましたね。一説によると、追い落としのプロジェクトチームまでできていたんじゃないかなんて言われているのですけれども、この間の当時の、つまり大庭さんが社長になった一年間ですね、この間の社内の事情というのはどういう状況だったのですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 さっき、七年間黙っていたことについてどうもよくわからないのですが、先ほどの証言で、大庭さんが希望したというようなことは言いたくなかった、つまり、大庭さんが社長になった当時の全日空の内部の状況では、まあ、大庭派と言うとおかしいのですが、何か大庭さんという名前を持ち出すのもちょっと社内でわっとみんなにつぶされるみたいな、そんな空気のように、これはちょっとお答えがしづらいかもしれませんけれども、そんなように感じたのですけれども、そ…
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 あなた個人が聞いて、個人だけが知っていたということじゃなくて、これはアメリカの方の駐在員の方から連絡が入って、四十五年の初めごろに、三井物産に調達施設部として問い合わせしたことがあるのじゃないですか。いかがですか。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 はい。
第77回 衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第11号
○横路委員 内装の関係なんですが、四十五年の、つまり大庭社長から若狭社長にかわった後で、ダグラス社のインテリアデザインの担当者が来て全日空で打ち合わせをした、こういう事実はございますか。