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総務省総合通信基盤局長衆議院参議院
総発言数
1,276
直近の所属会派
直近の役職
総務省総合通信基盤局長
直近の発言日
1966/10/20

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 総務委員会64 件・64%
  • 厚生労働委員会25 件・25%
  • 内閣委員会3 件・3%
  • 決算委員会3 件・3%
  • 外務委員会1 件・1%
  • 外交防衛委員会1 件・1%

※ 全 1,276 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,276 20 を表示
自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 山花さんのおっしゃるとおりに、確かに人事院勧告、人事院は民間給与ベースとの差をわれわれに勧告したわけでございますから、われわれはあくまでもこれを順法することが、尊重することがたてまえでございます。しかし、ただいま申し上げましたように、財源難あるいは財政経済に及ぼす影響等から考えまして、ことしは万やむを得ず九月一日実施にしたのでございますが、しかし、私は、それと公務員がストライキをやるということは、これはまた別問題であろうと…

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 人事院の勧告がなされましたのが十八回でございます。しかし、その間完全実施は——最初のうちは、これは時期が明示してございませんでしたけれども、完全実施は私はないと記憶しております。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 ございません。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 人事院勧告を完全に実施しよう、これを尊重しようということで、毎年非常な努力が関係者においてなされるのでございますが、しかし、いつでも財源の問題あるいは財政の問題等におきましてああした実施がなされている現状でございます。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 公社現業は、確かに仰せのごとくこれは完全実施をしておりますので、このままの状態でいきますと、確かにこれらの問題との格差も出てまいりますので、これは深刻な問題として私どもも善処していかなければならないという考え方でおります。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 昨年の夏に佐藤総理大臣が沖繩に行きました、その人名簿については、もうすでに印刷で当時から広く配付がしてございますので、私の手元に一部持っておりますから申し上げたいと思います。総理大臣佐藤榮作、秘書官は大津正、勝田俊男、本野盛幸の三人です。警護は広川泰康、鎌田太稗の二人、文部大臣の中村梅吉、それから秘書の中村靖、文部省調査局長蒲生芳郎、厚生大臣鈴木善幸に秘書官の山下真臣、厚生大臣官房長梅本純正、総理府総務長官の安井謙、秘書官…

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 何名になりますか、数えてみます。ちょっと調べさしておきます。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 経費は、ほとんど中心は庁費になっていると思います。しかもその内容は、飛行機のチャーター料ということでございます。 〔赤澤委員長代理退席、委員長着席〕

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 同行者は全部で三十九名になりまして、経費は千百万円くらいです。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 私は、いま人名を申し上げておわかりのとおり、それぞれ沖繩関係には非常に造詣深い方々でありまして、これは総理が適当と認めた者をピックアップして行ったわけでございます。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/20

52衆議院 予算委員会 第3号

○森国務大臣 私は、総務長官就任直後に沖繩に参りまして、先ほど野原さんの御質問の中にありました総理の昨年の沖繩訪問、この意義を、正直内地におりますときにはそれほど感じませんでしたけれども、行ってみまして、歴代の内閣総理大臣のうちで佐藤さんだけが沖繩に来てくれた、そしてその歓迎ぶり、さらにはその成果というものはばく大なものがあったと私は信じております。それだけに、確かに三十九名という数は多いと御指摘なさればそれまででございますが、それぞれ…

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 大蔵委員会 第8号

○森国務大臣 公務員給与というものは、民間との格差を人事院で査定いたしまして、そして、その結果を政府並びに国会に勧告をしてくるのでありまして、したがって、われわれといたしましては、この人事院の勧告を尊重するのがたてまえでございます。しかし、今回の場合は、そういうたてまてから十分関係閣僚の間におきまして協議いたしました結果、景気がいいという話はあるけれども、しかし九月決算におきましても、もうはね返りがない、きわめて財源は困難だ、こういうこ…

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 大蔵委員会 第8号

○森国務大臣 われわれは、この検討にあたりましては、そうした事態になってもなかなか財源が困難だという理由のもとに閣議において決定したのでございますから、一ぺん決定したことを変える意思はございません。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 大蔵委員会 第8号

○森国務大臣 担当の大蔵大臣から、財源等につきましてはわれわれるるお聞きはいたしました。その結果によってこういう判定がなされたのでありますが、かねてから人事院の総裁も、国会にもこれを提出してあるんだから、したがって国会の場で十分論議をしてくれということ、これは私も全く同感でございます。私たち政府といたしまして、その財源等を見越して、これで万やむを得ないという結論を下したのが九月からということでございます。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 大蔵委員会 第8号

○森国務大臣 現在の時点に立っての見通しはなかなか困難だということで九月一日にしたのでありますが、今後財源等がいわゆる大幅ないい意味での見込み違いがあったときには、当然そうしたものの問題になると思います。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 大蔵委員会 第8号

○森国務大臣 私の発言が非常に問題になっておりますので重ねて申し上げたいと思いますが、私はいい意味での大幅な財源が出たときには当然問題になると申し上げたのであります。そうすべきだと申し上げたのではございません。当然財政経済に及ぼす影響等も考えなければなりませんから。しかし、われわれの見通しと実際に出てきた数字とが大幅な変化があるときには、当然私は問題になるとは思っております。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 大蔵委員会 第8号

○森国務大臣 私は給与担当の大臣でございます。したがって、いま大蔵大臣の言われる見通しと大幅な変化があったときには、私自身は、これは違うじゃないかという意味では、当然問題にいたします。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 法務委員会 第7号

○森国務大臣 佐藤・ラスク会談におきまして、佐藤総理から特にこの点を強く要請したことを私は聞いておりますし、それから、さらにラスクから検討しようという話を聞いたことも私は知っております。私自身も八月一日に沖繩担当の立場に立ちまして、ワトソン高等弁務官をはじめ、あらゆる機会にこの問題はすみやかに善処してもらいたい、こういう申し入れをしてございます。

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 法務委員会 第7号

○森国務大臣 これは私が申し上げるまでもなく、平和条約第三条によって沖繩がすべてアメリカの手中にあるというこの冷たい現実というもの、これは私は無視するわけにはいかないと思います。しかしそればどう考えてみても、移送問題というものは、同じ血の流れている日本人としてどうしても遺憾に思うわけでございまして、したがって、私は就任早々にエマーソン公使にお会いいたしましたときにも強くこの問題を主張いたしましたところが、アメリカ側の言うのには、ともかく…

自由民主党総理府総務長官・防衛庁長官事務代理1966/10/19

52衆議院 法務委員会 第7号

○森国務大臣 ワトソン高等弁務官が退任するにあたって、突如としてこの問題が再び生きてまいりまして、私としては従来から強くワトソン高等弁務官をはじめとしてアメリカの関係者にるる私どもの考え方について申し述べてきたやさきであるだけに、非常に驚きました。驚きますと同時に、先ほど申し上げましたように、沖繩の実情を知れば知るだけに、これはまことに遺憾なことである、こう感じて、引き続き私は努力を続けているつもりでございます。