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外務省アジア局長参議院衆議院
総発言数
1,132 件
直近の所属会派
—
直近の役職
外務省アジア局長
直近の発言日
1958/07/03

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 外務委員会78 件・78%
  • 農林水産委員会14 件・14%
  • 予算委員会第一分科会7 件・7%
  • 予算委員会1 件・1%

※ 全 1,132 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,132 件中 20 件を表示
外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 少し具体的なことを申しましたので、誤解を生じたと思いますが、必ずしも家族がおるから南鮮に帰さなくちゃならぬ、何々の建前で北鮮に帰すべきだという確定的な意味で申し上げたわけじゃありません。今お話のように家族が日本におる者もございます。そういう工合にこのケースは非常に複雑であります。従ってその点につきましては、われわれとしてもなお検討の余地がある。のみならずもの一つ大きな面といたしまして、日韓交渉上の関係がございますので、こ…

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 各国の例は、私つまびらかにしないから存じませんが、常識的に言いますと、そう長い間収容所等に入れておるところはないだろうと思います。問題は、要するに朝鮮の現状から来る非常なむずかしい事態から起っているわけでございまして、普通の状態ならば、確かに本人の帰りたいところに帰すというのが原則でありますし、私どもとしてもその考えでおるわけであります。ただ遺憾ながら日本といたしましては、李氏が支配しておりまする韓国を国連の精神に基きま…

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 その問題は前国会からしばしば問題になりまして、私も直接調査を命じた次第でございますが、判明いたしたところによりますると、一度外務省には詳細に個人名を並べた収容所調査簿があったわけでありますが、それが終戦直後焼失いたしまして、現在その詳細なものがないことは確実でございます。ただ岡田課長が有田八郎氏にあると申しましたのは、警察で作りましたそれの抜き書きでございましてその書類はございます。しかしそれは個人名に並べたものでなく、…

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 御提出できると思います。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 一冊で割に厚いものでございます。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 研究してみます。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 私は劉連仁氏自身が行政供出かどうかよく存じません。しかしながら日本に入ります場合には、当時日本に来た華工は全部雇用契約の形に切りかえられて来ているものと私は存じております。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 詳細は存じませんが、まず当時劉連仁を雇用しておりました明治鉱業が非常に手厚くもてなしまして、衣服も与え、東京に連れて参りました。東京に参りましてからは、前官房長官がみずから衝に当られまして、見舞金及び見舞状を当人に渡しまして、私どもの感じでは円満に帰国したものと信じております。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 これはもともと雇用契約で入ったものでありますから、戦時中就労中はもちろん賃金が払われておったものと思います。その途中におきまして劉君が山の中に入って十二、三年も人里のないところに入っておったということに対しまして、その労苦に対して慰謝する意味で出したわけで、謝罪というような意味はないと思います。やはり慰労という意味で若干の金額を贈呈した次第であります。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 この問題につきましては、今お話のごとく過去において民間団体の手で調査送還をやっておったのでありますが、民間団体の方でも大体民間団体でやり得る限度も過ぎたということで、政府で直接やってくれという要望が強かったことは御承知の通りであります。政府におきましても研究しておった次第でございますが、いよいよこのたび厚生省を中心といたしまして、政府の手で調査を開始することに決定いたしました。すでに厚生省から予備的な調査の指令を各府県に…

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 この問題は主として厚生省の問題でございまして、厚生省とも連絡を受けながら、ただいま大谷会長を通じまして、民間団体とも今後の関係をどうするかということにつきまして協議中でございます。厚生省の考えといたしましては従来民間団体でやっていただいた御心労、御苦労はもちろん十分了察する次第でございますけれども、民間団体としてはもう手の及ばない範囲外の仕事に移るわけでございますから、政府といたしましては、ただいま排除というようなお言葉…

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 ただいまのところ予算の区分といたしまして送還の方は外務省からということに一応方針をきめております。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 これは必ずしも外務省の役人が行けるか、行く方が適当かどうか、この点はもう少し今後の様子を見てからきめていきたいと思っております。

外務事務官(アジア局長)1958/07/03

第29回 衆議院 外務委員会 第5号

○板垣政府委員 私どもといたしましては、これは事人道上の問題でありますので、お考えのような方法でいけるのではないかというふうに考えております。

外務事務官(アジア局長)1958/06/27

第29回 衆議院 外務委員会 第4号

○板垣政府委員 御承知のように五月二日に日中友好協会の長崎支部主催で中国切手等に関する展示会が長崎の百貨店で行われたわけでございます。(森島委員「こまかい経過は要りません。簡単に」と呼ぶ)それに対しまして、直ちに同人を巡査に引き渡しまして、それから旧中友好協会の長崎支部長から長崎警察署に対しまして告訴状が出ております。従いまして長崎警察署は五月二十八日に本件を長崎地検に書類送検をいたしておりますので、ただいま長崎地検におきまして本件につ…

外務事務官(アジア局長)1958/06/24

第29回 衆議院 予算委員会 第3号

○板垣政府委員 このたび行政措置で百六点を韓国側に文化財として引き渡しました根拠は昭和二十二年の法律、すなわち物品の無償貸付及び譲与等に関する法律の第三号に基いたものでありまして、法律的根拠があると存じております。

外務事務官(アジア局長)1958/06/24

第29回 衆議院 予算委員会 第3号

○板垣政府委員 そうです。

外務事務官(アジア局長)1958/06/24

第29回 衆議院 予算委員会 第3号

○板垣政府委員 第三条の標本用物品というものに該当するものと判定をいたしております。引き渡しました品物は、御承知のように韓国の慶尚南道の昌寧郡の古墳から出た出土品でありまして、主として考古学用物品でございます。従いましてこれにつきましては日本にも他に類似品もありますし、標本用物品と認定をいたした次第であります。 ただいまの国内法という問題につきまして、この法律の趣旨は大体そうでありましょうけれども、必ずしも国内的のもののみでないという根…

外務事務官(アジア局長)1958/06/24

第29回 衆議院 予算委員会 第3号

○板垣政府委員 ただいま外務大臣より御答弁がありました通り、予備会談及び来たるべき全面会談を円滑に進行させるという意味におきまして、日本政府として好意的なしるしといたしまして、若干の美術品を行政措置で引き渡し可能なものがあれば渡すという一方的意思表示をなした次第であります。従いましてその後としまして果して行政的措置でもって渡せるものがあるかどうか、その当時はまだはっきりいたしておりませんので不発表ということにいたした次第であります。後に…

外務事務官(アジア局長)1958/06/20

第29回 衆議院 外務委員会 第2号

○板垣政府委員 先般韓国側に引き渡しました百六点につきまして、昨年の十二月三十一日の抑留者相互釈放に関する協定を結んだ際に、日本側の口頭の約束に基いて引き渡したものでございまして、特に文書に書いた協定というものはございません。