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日本社会党・護憲民主連合日本社会党宮崎県本部委員長衆議院参議院
総発言数
5,670
直近の所属会派
日本社会党・護憲民主連合
直近の役職
日本社会党宮崎県本部委員長
直近の発言日
1976/06/16

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 予算委員会48 件・48%
  • 決算委員会44 件・44%
  • 政治改革に関する特別委員会7 件・7%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 5,670 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,670 20 を表示
日本社会党1976/06/16

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第8号

○松浦(利)委員 全部出ておるにかかわらず、なぜロッキード社しか出ておらぬかというのは、あなた自身いま見られて——何かロッキードの方に気が向いておるんじゃないかという印象をわれわれは受けるのですが、そういうふうな、すでに四十五年の十二月段階では、もうおたくの方は、決定ではないが、意思としてはロッキード社の方に傾いておったんじゃないですか。その前の方には各社別のDC10あるいは一〇一一、ボーイング747SR、こういった比較対照というものが…

日本社会党1976/06/16

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第8号

○松浦(利)委員 これが実は当時のロッキード社の売り込んだ、各社に持ち込んだ資料です。ところが、これは年別ではなくて、五年単位で需要予測が記載してある。四十一年、四十五年、五十年と記載してあるわけですが、その後、詳細に分割するわけですよね。それは、よほど需要予測について詰めた話がなければ、そういう数字は、これからは出てこない。だから、そういう点から見ても、需要予測に関してロッキードと詰めがあったということは、もうすでに四十五年十二月には…

日本社会党1976/06/16

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第8号

○松浦(利)委員 さらに、お尋ねをしておきますが、この前のあなたの証言それから若狭証言で、昭和四十七年十月二十四日、田中総理と会っておられます。内容は、それぞれ違うのですが、よけいなことを言ってしまったということを、この前、若狭さんは言っておられたのですが、この内容で、あなたはアジア諸国に対するフライトあるいは中国フライトの促進を話したというように証言をしておるのですが、この当時アメリカと日本との貿易関係で、三億二千万ドル近くの飛行機を…

日本社会党1976/06/16

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第8号

○松浦(利)委員 私は、政府からいろいろあったかどうかじゃなくて、そういうことについて、あなた知っておりましたかということを聞いておる。知っておられましたか、どうですか。

日本社会党1976/06/16

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第8号

○松浦(利)委員 そうなれば当然あなたのところでお買いになる次期大型機について政府自身も非常に関心を持っておったはずですね。要するに、これは民間企業の売買だけれども、当時、政府にとっては、これは非常に大きな外交政策だった。ですから四十七年十月二十四日、あなたが田中総理にお会いになったときに、全日空としては、こうこう、こういうものを購入いたしますということについて報告をする、要らぬことじゃなくて、これは報告しなければならない情勢にあったん…

日本社会党1976/06/16

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第8号

○松浦(利)委員 それから関連質問がありますから私、最後にしますが、簡潔にお答えください。日航が747SR、それから全日空がトライスター、それを十月三十日で発表するという話し合いを、日航と最終的に決めたのは、場所はどこで、全日空と日航と、だれとだれが、いつ話し合いをしたのですか、そのことをひとつ正確にお答えいただきたいと思います。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 まず、いまの質問に関連をしてお尋ねをするのですが、きのう朝田日航社長にも質問したのでありますが、当時航空業界に変なうわさが立っておる。それは、いま事務次官から御説明がありましたように、いろいろな怪文書が乱れ飛んでおった。そのことはもう完全に、日航にしても全日空にしても東亜国内にしても、これはおかしい、混乱をしておるということは言われておったのであります。 そこで、具体的にお尋ねをするのでありますが、実は最も摩訶不可思議…

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 そうじゃないのです。この要望書が自民党の航空対策特別委員会に出されておることは知っておるのです。しかし、それがおたくの方にも、運輸省の方にもファイルされておるでしょう、航空局の方に。あるでしょう、これは航空局に。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 そのファイルされておるそのファイルと、それから今度は、自民党の航空対策特別委員会委員長名で福永一臣さんが当時の運輸大臣に「航空企業の運営体制に関する件」として六月二十六日——例の四十七年七月一日の大臣通達の裏づけになったと世間で言われておる四十七年六月二十六日の文書、これと比較されたことはありますか。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 この全日空の要望書とこの福永さんの出された大臣への文書とを比較されたはずなんですよ。それで航空局内部では、どうもこれはおかしいぞという意見が出たはずなんですよ。それは間違いないんです。いま、だれが私にそういうことを言ったかということを私はここで言うつもりはありませんけれども。実際にこれが出されてきたときに比較してみられて、これはおかしいぞというふうに航空局内部でも議論なさったはずなんです。そういうことは絶対ないですか。…

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 事務次官、読み返してみられまして、この前文と全日空の要望書の前文の中では、てにをはが違うだけでございましょう。「行った」というのが「行ってまいりました。」とか「である。」が「であります。」とか、そういう表現の違いでしょう。いま考えておかしいと思われますか。なぜこんなことになったのか、おかしいといまは思っておられますか。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 大臣、四十七年七月一日の通達文書ですね、行政文書、その文書をつくられた立案はどこで一番最初にされておると御報告を受けておられますか。七月一日の文書を一番最初に立案した人は、起案者はだれですか、原案者ですね。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 監理部監督課のどなたですか。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 運輸省もやはり起案者からずっと印鑑を押していって、最後に大臣のサインをもって文書成立でしょう。その起案のあれをこの委員会に出していただけますか。各担当者が署名して、その上の係長、課長、部長、局長、大臣、こういうふうにして書類の作成ができ上がるはずですが、その起案をした文書ですね、この上の文書、それをこの委員会に出していただけますか、原案、かがみを。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 それでは本委員会にそのかがみが出されたときに議論をさせていただきたいと思います。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 委員長に要望いたしますが、かつて予算委員会で議論をしましたときに、検察と委員長とで話をしていただいて、委員会に出せるものについては検察側は協力する意味で、丸紅のレポートとかいろいろな書類を予算委員会に出された経過を持っているわけですが、いまの起案、文書のかがみはそういった意味で非常に重要なんです。だれがこの問題にタッチしたかという意味で、われわれが知る上で非常に重要ですから、いま検察の手に渡っているそうですが、ぜひ委員…

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 それからさらにもう一点、横路委員に補足して質問いたしますが、四十五年の例の日航に対してボーイング747LRの三機国内線転用について大蔵省と打ち合わせをなさいました。そのときに大蔵省の方から具体的に返答がなされて、最終的に十一月三十日に許可がおりておるわけであります。文書発送は十二月二日でありますけれども、その大蔵省からの返答文書ですね、大蔵省と運輸省との合議文書といいますか、その文書は本委員会に提出できますか。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 それでは事務次官、それは事務当局の方でも結構ですが、大蔵省からついた三項目というのは、どういう項目でしたか。

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 これはきのうも指摘をいたしましたが、四十六年六月十日の全日空の開発本部長であった渡辺さんの第六回経営システム講座の要約をしたものでありますが、この中に非常に重要なことを発言しておられるわけです。いまの大蔵省の関係を裏づけておるのですが、「最近日本の手持ドルが増えてきたということで、大蔵省が中心になり外国から物を買うときに、わざわざ外国から借金することはない、日本にドルがあるのだから、そのドルを使えと真剣にいい出し、日航…

日本社会党1976/06/10

77衆議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 第7号

○松浦(利)委員 いまの二点の文書が提出されましてから、また後刻質問させていただきます。 これは事務次官で結構ですが、きのう例の日航のオプションの問題でいろいろと議論をしたのでありますが、四十四年当時航空機業界は売り手市場だったのか買い手市場だったのか。当時の状況は航空機メーカーの売り手市場であったというふうに私たちは航空局の皆さんや航空会社から聞いておるわけでありますが、当時の状況としては売り手市場だったという点について、運輸省として…