P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
自由党通商産業大臣・経済審議庁長官衆議院参議院
総発言数
3,915
直近の所属会派
自由党
直近の役職
通商産業大臣・経済審議庁長官
直近の発言日
1952/12/18

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 通商産業委員会56 件・56%
  • 予算委員会26 件・26%
  • 大蔵委員会11 件・11%
  • 本会議4 件・4%
  • 経済安定委員会3 件・3%

※ 全 3,915 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,915 20 を表示
自由党文部大臣1952/12/18

15参議院 予算委員会 第13号

○国務大臣(岡野清豪君) お答え申し上げます。教育委員会は、御承知の通りに十一月一日から発足いたしております。これにつきましては、先ずいろいろ検討をしなければならんということを私ども考えておつたのでございますけれども、併し一旦実施になりました以上は、できるだけいろいろ指導助言によりまして、その間の調整を図つて運行して行きたいと思つております。併し御承知の通りに、戦後の教育改革というものは非常に広汎にできておりまして、又十分丁重にできてお…

自由党文部大臣1952/12/18

15参議院 予算委員会 第13号

○国務大臣(岡野清豪君) お答え申上げます。お説の通り教育施設が宙に浮びまして教育に支障を来しておる点もあるわけでありまして、これは我々は常に関心を持つて、できるだけ早く全面的の接収解除をして頂きたいと、こう考えて努力しておるわけでございます。私就任以後いろいろ調べてみますと行先がないからとか何とかいうこともあるようでございますが、それはできるだけ一つ行先を早く作つてもらいまして、そして各学校施設は教育の本旨に従いまして、そこに還つて行…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 お答え申し上げます。これはこの前にも私ここで申し上げたと思いますが、参議院並びに衆議院の文部委員会が御調査においでになる。その御調査というのは、むろん私の考えでは、こういうふうにしたい、ああいうふうにしたいという一つの意思、目標を持つて行かれるのじやなくて、現地の実情を十分御調査になつて来て、そしてそれに対して国会はいかなる判断を下すかというために御出張になるだろうと思います。そういたしまして、こちらへお帰りになりまして…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 お答え申し上げます。これもこの前に委員会で申し上げておいたと思いますが、ただいまの段階におきましては、文部大臣にこれをいかにしよう、こういうような権限はないはずでございます。これは皆様御承知の通りでございます。しかしながらこれが国会調査班がおいでになつて、国会が統合はいけない、こういうような結論がもしかりに出るといたしますならば、その場合にはその出方いかんによりまして文部大臣は適当な処置をとる覚悟を持つております。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 これは私この前に申し上げましたことと、少しも意見がかわつておりません。と申しますことは、なるほど大学の統合とかなんとかいうような計画は、設置審議会がある方針によりましてこういう答申をして来た、そうして文部大臣は、このときの判断といたしまして、なるほどその統合がいいだろうということで、当時文部大臣がその設置審議会の答申に同意しまして、これを大学に知らしたわけであります。そしてそれを実行に移す移さぬは大学の自治にまかしてあり…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 お答え申し上げます。あの寿詞の言葉が古臭い、同時に今の日本の当用漢字にもないような字も使つてあるというお言葉でございますが、儀式はやはり日本の中世紀の儀式をもつて行われたものでございまして、ただいまで申しますならば、モーニングとかなんとかで陛下も出られたり何かされるべきはずのものが、やはり衣冠束帯で出られるというふうになつております。そこでそれに合せなければならないという意味におきまして、お言葉も、またこちらの寿詞もそれ…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 辻原さんの御意見もその通りごもつともでございます。しかし私自身といたしましては、あの儀式の言葉はやはりああいうような言葉の方がふさわしいという感じを受けて立太子礼に臨んで来たわけであります。御意見はよくわかりますけれども、私自身といたしましては、立太子礼のあの寿詞というものは、あの環境並びに御服装、式の次第というものに従つて、あああつた方がいいこういう感じがいたします。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 臣茂の問題ですが、私はこう考えております。御承知の通りにこの臣というのは、だれの臣かということから分析して行かなければならないと思います。この臣はいわゆる主権に対する臣でございます。そういたしますと、主権はだれにあるかといえば、新憲法において主権在民でございますから、国民が主権者でございます。そうして主権者である国民から総理大臣として任命されまして、私は総理大臣でございます。そこで私は国民を代表いたしまして、その代表権を…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 大答え申し上げます。総理もやはり同じような考えで臣と使つただろうと思います。それで後からいろいろ話をしましら、いや、その通りなのだということを言つておりましたから、私は疑問がないと思います。ただ問題は、今まで君臣という言葉が封建時代、君主国時代に使われておつた。その言葉そのままが出て来たものでありますから、それで誤解がおありになると思います。これはひとつあなた方から国民にそいう意味で臣という言葉を使つたのだということを御…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 お答え申し上げます。古式にのつとつてできたものに対して臣を使つたという意味で使つたのだろう。こういうようなおぼしめしらしいのですが、しかしそこはやはり世の中でございますから、形式は旧式にしますけれども、しかし今の臣ということは私が解釈いたしましたような意味で使つてあるわけでございますから、これは誤解なさらないでいただきたいと思います。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 私は一般の国民が誤解をしているとは思つておりません。ただ問題は、皆様方がそういうことを仰せになるから、誤解がありますならば、こういう意味で臣という言葉を使つておる、こういうことで釈明をしておるわけであります。先ほども寿詞が古くさいというお話がありましたが、しかし御承知の通り、お経はわれわれ聞いておつても何のことかわかりません。しかし儀式としてはああいうお経を読んでいるのです。これはありがたい、ありがたいと言つて涙をこぼし…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 私はこの寿詞というものが、国民教育においてそれほど大した影響を与えるものだとは考えておりません。とにかく国家の象徴であるところの天皇、その跡を継がれる太子になられるというときに、日本の国民が儀式に連なつた。そのときに儀式は古式にのつとつてやられた。そうして荘厳に行われた。こういうことで私はよいのではないかと思います。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 これは確かに国事でございます。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 私は新憲法の趣旨に反しないと思います。と申しますことは、内容に臣茂ということが出ておりまして、最後にやはり内閣総理大臣吉田茂と、こう書いて、そして差上げてあるのですから、これはとにかく少くとも臣という言葉が一貫しておると存じます。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 先ほども申し上げましたように、臣という言葉はやはり国民主権、その国民から命ぜられた総理大臣、その総理大臣がいわゆる国民に対して臣である。その臣であつて、しかも内閣総理大臣というものが一番国民を代表する一つの職制になつております。それが日本国民の臣である。しかも国民全部を代表してそしてただいま寿詞を申し上げているのです。こういうことで私はりつばに筋が通る、こう考えます。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 その通りであります。

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 私は八月に文部大臣になりまして、天野さんの跡を継いだわけであります。それから第四次吉田内閣にまた文部大臣として再任したわけでございます。文部大臣になりましてから、文部行政に対してどういう考えを持つておるか、こういう仰せでございますが、御承知の通りに、やはり自由党内閣でございまして、前文部大臣が持つておられたところの経輪をそのまま私は実行して行きたい。こういうような考えを持つておりますから、あらためて私がかわつたから文教行…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 まず第一にお断りしておかなきやならぬことは、自由党の教育方針は国家の教育を蹂躙するんじやないかという御心配があるようにただいま承りましたが、そういうことは絶対にありません。 それから首相の施策方針演説で、道義の高揚とか文教政策の今後の再検討をうたつておりますが、これは先ほど申し上げましたように、被占領下におきましていろいろの教育改革ができました。しかしながら、これは新日本憲法並びに教育基本法というものが、厳然として文教政…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 修身科とか、地理とか、歴史とかいうものにつきましては、何とか国民にそういうことも修養していただきたい、こう考えていろいろのことを計画しておるわけでございます。ただ一応皆様方に御了解を得ておきたいと思いますことは、修身といいますと、いかにも封建時代の、ついこの間まで使われておつたところの修身、またついこの間までありましたところの修身科というものがすぐ連想されるわけでございます。しかしながら、私の申し上げます修身は、修身であ…

自由党文部大臣1952/12/17

15衆議院 文部委員会 第6号

○岡野国務大臣 私は古い、すなわち民主主義以前の道徳とかもしくは愛同心というようなものに持つて行くような考えは毛頭ありません。これは結局新日本再建に従いまして、民主主義国家というものをいかに幸福にして行くかという観点からやつて行くのでございまして、今のお説しごくごもつともでございまして、おそらくあなたの今のお説のような誤解を持つている人も多分にあるだろうと思います。しかしこれははつきり申しますが、民主主義憲法が出まして、そして日本の政治…