山中邦紀
会議録に記録された「山中邦紀」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 498 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党・護憲民主連合
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1992/12/08
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛8 件
- 社会保障・年金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 安全保障委員会55 件・55%
- 内閣委員会31 件・31%
- 予算委員会第三分科会11 件・11%
- 本会議3 件・3%
※ 全 498 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第125回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 何カ月か先に予想される事態を考えていろいろ諸準備をする、調査をするというようなことはあり得ることだというふうに思います。しかしながら、まず閣議で計画が決められて、それからその実行に当たる命令がいろいろ出てくるはずだ、このように思います。官房長官からの指示、これを防衛庁の長官が受けて準備命令を出す、まだ計画が確定をしていないというあり方は、私は問題があるのではないかというふうに思います。 凍結をされておりますPKFの場合…
第125回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 国会承認事項でなくても、その前段の閣議決定までは同じことではないのかと私は思います。内閣の閣議で準備命令を発したというわけでもないようであります。やはり計画の策定を待ってというのが筋ではないか。準備命令の中身はかなり具体的であったのではないかというふうに思います。隊員の人選、編成、必要な物資の用意、こういうことを計画の策定がないままにやるということは問題ではないのかというふうに思います。 同じやれるという理屈を使うなら…
第125回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 ただいまのお話でありますけれども、調査とかそういうことであればわかりますが、この準備命令の中身は、計画に盛られるべき事項に大分立ち入っているというふうに考えます。調査など本当の意味の準備を超えているというふうに私は思うのであります。こういうことがあってはならないというふうに考えます。 その他、武器の使用とかいうような点についてお伺いをしたいのでありますが、その前に、このたびカンボジア国際平和協力業務実施計画の変更、こう…
第125回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 十一月に入ってUNTACから、休暇などのためバンコクに行く兵士を乗せてもらえないかという打診もあったということでありますけれども、PKFに参加している、あるいは停戦監視団に参加をしている他国の軍人を輸送するということは今回の計画の変更の範囲外であると思いますけれども、その点と、計画の変更を重ねていった場合、そういう他国の軍人あるいは武器弾薬を輸送するという依頼が来た場合に、変更してそれに応ずるということが可能だと考えて…
第125回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 今のお話はちょっと大ざっぱに過ぎるのではないかと思います。他国のPKF参加の兵士を輸送する、これはやってもいいという立場であれば、こそこそとやるわけではないわけでありまして、やはりそういう情報が広く周知をされるということがあるであろうと思われます。そういう場合に、それに特に敵意を持っているゲリラとか紛争当事者が攻撃を加えてくるということの中から、武力行使、武力紛争に関与していくということが大いにあり得ると私は思うのです…
第123回 衆議院 本会議 第23号
○山中邦紀君 私は、日本社会党・護憲共同を代表して、ただいま議題となりました証券取引法等の一部を改正する法律案について、総理及び関係大臣に対して質問を行います。 昨年六月に発覚し、国会はもとより、国の内外で大きな議論を呼んだいわゆる証券スキャンダルは、我が国の経済社会において、公正の観点でいまだに大きなゆがみのあることを示しました。その結果は、政治不信や国際信用失墜のおそれにも至ったのであります。暴力団と結んだ株価操作に至っては論外であ…
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 社会党の山中邦紀でございます。 まず大臣に、恩給制度の趣旨、意義について御見識を伺いたいと思います。昨今、前大戦の後始末について国の内外からいろんな問題が提起をされております。今の恩給制度の評価も含め、関連する恩欠問題などにもお考えがあったらお聞かせを願いたいと思います。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 それでは、今回の改正案の要旨、また増額の数字の根拠についてお尋ねをいたします。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 この数年見ておりますと、公務員給与の改善率には及ばないけれども物価上昇率ははるかに超える、こういう形でアップ率が決められてきているようであります。 ところで、総合勘案方式というのが今のアップ率の算定方式のようでございますけれども、六十一年まで言われておりました給与回帰分析方式、そのどの点を改善して今の方式になったのか。総合勘案方式というのはどういうやり方、手法で数字を決めるものか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 その総合勘案方式でありますけれども、俗に公務員給与の改定率を八と見、消費者物価指数の変動を二と見て算定をしているんだ、こうも言われておりますけれども、やはり恩給の算定方式については、総合といっても中身がもっと明示されなければいけないと思いますので、この方式の具体的なあり方、これを説明してください。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 そういう説明はたびたび伺っているわけでありまして、この三・八四というのにどれだけの根拠があるかというのをもっと具体的に伺いたいわけであります。 それで、その点も含めて、現在この恩給を受給している人数、それから総額、平均受給額、それからまた受給者の平均年齢、これについておわかりでしたら教えてください。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 予想どおり平均年齢が非常に高いということであります。この高齢の方々に対して九十万程度の平均年額というのは、先ほど大臣がおっしゃった生活保障という観点からはどういう意味を持っておるのか、こういう点の実態調査というのはなさっているのでしょうか。方式の変化は、アップ率の進化を意味しているものやら社会の情勢の変化に応じて変わっていったものやら、ずっと以前に決まった数字にパーセントを乗せていくだけで国家補償あるいは生活保障という…
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 恩給を主な収入源としている方もおられることでありまして、受給者の意見を聞く際にどの程度の水準を要望しているか、こういうことは把握をしておられるのですか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 生活保障の面があるのであれば、生活の実態調査と絡んで本音の意見を把握してもらいたいものだというふうに思います。 それで、手続的なことをちょっとお尋ねをいたしますが、恩給の受給権というのはいつ発生するものですか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 発生した権利が具体化するのはどういう手続、方式によりますか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 具体的には請求権者が一定の書類を整えて都道府県に請求書を出すということがきっかけになって具体化していく、こういうことであろうというふうに思います。請求書を出した場合に、これは恩給局は審査をして一定の処分をすることになりますか、どういう内容の処分ですか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 この裁定の効果についてお尋ねをいたします。 そうして都道府県を経由している、さらに厚生省を経由する、これは手続全体ではどういう意味を持つものか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 ただいまのお話によりますと、認定に重要な書類が置かれているところを経由する、こういうことであろうというふうに思います。裁定をするのは恩給局であるということになりますと、事実認定についても恩給局が最終的には権限を持っておるということになろうかと思います。不服の申し立てその他は皆恩給局の裁定に対するものだ、こう考えてよろしいでしょうか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 そういうことでありますと、途中の都道府県の何らかの行為あるいは厚生省の認定というものについては独立して不服申し立てはできない、こういうふうに伺ってよろしいですか。
第123回 衆議院 内閣委員会 第2号
○山中(邦)委員 いろいろ手続について承りましたのは、私、昨年もちょっと質問いたしましたけれども、山西省の残留日本軍軍人問題について関連しているからであります。この問題につきましては、北支派遣軍の中に第一軍というのがございまして、澄田中将というのが司令官であります。山西省の太原に駐屯をいたしておりました。傘下将兵約五万九千でございます。そして、我が国が昭和二十年八月に敗戦という事態を迎えたときに、ちょうどそこには、相対峙をいたしておりま…