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日本社会党衆議院
総発言数
5,054
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1970/12/09

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 物価問題等に関する特別委員会53 件・53%
  • 大蔵委員会21 件・21%
  • 決算委員会13 件・13%
  • 文教委員会12 件・12%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 5,054 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

5,054 20 を表示
日本社会党1970/12/09

64衆議院 文教委員会 第1号

○山中(吾)委員 簡単に全額支出しますとは大蔵大臣でも言えないと思いますが、結局は補助と起債の裏づけをしてやらないとおそらくできないと思います。そのくらいの措置は前向きで検討されてしかるべきだ。そういう方向で検討してください。 それから第二に、空気が非常に汚染をしており、ぜんそくとか結膜炎が五人に一人というふうにふえるような大都市の小中学校を見たときに、むしろ学校の緑化をしたらどうか。周辺に思い切って植物を植えるとか、こういうことはそう…

日本社会党1970/12/09

64衆議院 文教委員会 第1号

○山中(吾)委員 植物生態学の学者に言わせると、人間は植物の寄生虫だ、植物の出しておる酸素をとって、そして人間の生命が保持されているんだから、いまのように植物がなくなってくると人間自身も死滅するのだから、思い切って全国の小中学校を緑化するような一つのロマンを持った予算要求をして、坂田文部大臣時代に日本の学校が全部緑の中の学校になった、そういうものを歴史に残してもらいたい。こういう公害のときにせめて--これは金はそんなにかからぬですよ。苗…

日本社会党1970/12/09

64衆議院 文教委員会 第1号

○山中(吾)委員 その線でひとつ大いに予算要求をしてもらって、われわれも大いに協力したいと思いますから、遠慮なくどんどんやって、がんばってもらいたいと思います。 そこで、いま申し上げたことを総合して文部大臣に意見を聞きたいと思うのですが、学校環境の保全、これも何か特別措置が要るように思う。それから学校周辺にキャバレーができるとか公害企業が出る、したがって、学校周辺の教育的保護というような措置も要る。都市計画その他における特例法が要る。そ…

日本社会党1970/12/09

64衆議院 文教委員会 第1号

○山中(吾)委員 同感で、あとはわからないのだが、たとえば文化財保護にしても、このごろ地域保護というようなことが出て、立法論が出ているわけです。技術革新のために公害が発生して政治問題化し、各方面から立法運動が出ておる。ひとり文教関係が遠慮しておる必要はないので、子供を守るという大事な問題がありますから、私はこういう問題は立法措置というものを積極的に考えていいのじゃないかと思うので、私自身は考えるべきだと思うのです。与党の河野委員長代理、…

日本社会党1970/12/09

64衆議院 文教委員会 第1号

○山中(吾)委員 これで終わりますが、日本人の自然を愛する自然観、そこまでは完全に一致する。ところが、自然を愛しながら自然を破壊している日本、これなんですね。だからイデオロギーを越えて、やはり資本主義における経済合理主義というものの中に、それと結びついて日本人の本来の自然愛好、自然とともに生きる、自然の和という精神が失われている。それなら自然が育つかというと、逆に破壊されてきて、日本列島が世界の公害国になっている。そういう点も検討しなが…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 最近の教科書判決について、これは重大な日本の文教、行政の一つの問題を提起したと思いますので、私は、日本の教育行政はどうあるべきかということを中心として、真剣に論議すべき問題であると実は考えておるわけであります。そういうことで、これは時事問題ではない、日本の教育行政の変転の問題であるから、これをまじめに、あまりものにとらわれないで論議をすべきである、こういう立場から、杉本判決についてわれわれはどう考えていくかということを…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 いまのことばはわりあいに穏当ですが、まことに不当きわまるような局長の新聞発表があった。一番内閣の中で三権分立の思想というものを尊重して、若い国民に順法精神を説かなければならぬあなたなんです。第一審判決といえども、しかしこの判決にわれわれの意見の相違があるので、判決に敬意を表しながら最後までわれわれの所信を貫くためにさらに上訴したいというならばわかるのですが、あの新聞の記事とあなたの答弁はずいぶん落差がある。その一つの証…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 第一の責任は局長にあるとお聞きしておきます。 この通牒の中身をちょっと見ましたけれども、どうも理解しがたいことがまことにあるので一、二お聞きしたいと思うのです。 全体としてまことに傲慢だと私は思うのです。これは地方教育行政の立場からいいますと、教員の処分の問題においても起訴されただけで休職処分にするという態度、県教育委員会その他において、教員の人事について厳正な立場をとっておる慣行が確立されておる。起訴されただけです。…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 変な理屈を言いますが、刑事事件とか民事事件じゃなくて、これは教育行政訴訟、行政問題です。そういう区別をするというふうなことの前に、三権分立の思想の上に立って、いわゆる司法当局において批判をされ、起訴されたということの事実に対する教育行政の措置なんです。そういう民事でない、刑事でないという理屈をつけて、裁判が出たときにこんな通知を出すなんというふうなことは、いまだかって一体どこに前例があったのか。そういう前例はいまだかつ…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 国家と国民を対立したというあの判決は思想があるんだという断定のしかたは、許すことができないとぼくは思う。憲法に基づいて国民に主権がある、国民主権国家である。そのもとに国民から委託されて政治を行なうについては、政治を行なう一つの基本原則としていろいろの人権が規定をされておる。すべての国民は文化的に最低の生活をすることができる、すべての国民はこうだ、そういう原則を含んで国会に委託をするというのが現在の国民国家の考えなんです…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 だからあなたの国家観は何なんだ。国民と対立する国家というのは何ですか。国民に対する国家があるのですか。

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 あなたは現在の憲法を少しも知らないのじゃないですか。国民の主権国家として第一条に規定されて、そして現在のいわゆる国家観というものがある。したがって、すべての国民は旧憲法のように臣民の権利でなくて、国民の人権として規定されて、その中にすべての国民は教育を受ける権利を有するという規定が出ておる。したがって、国民に教育を受ける権利——教育権ということばは私正確でないと思う、教育を受ける権利、学習権だと思うのですね。その学習権…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 中身なんかわかっているんだ。あなたは国民と国家を対立に考える、そういう考えだから取り消しなさいと言うんだ。

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 あなたが解釈しているんだ。

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 憲法構造についてあなたが少しも理解がないと私が言っておるのは、憲法二十五条、二十六条、ここに教育権と生活権を並べておる。憲法二十五条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」これは現在の国民主権の思想と人権思想から生まれてきた規定。そしてその次に、国はつとめなければならぬと、それを受けて国の責任が書いてある。二十六条には、すべて国民は、教育を受ける権利を有する。私からいえば、いわゆる学習権…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 判決発表当時は、文部大臣も相当興奮しておったと見えて、はなはだしく不当だと権力の府のようなイメージを国民に与えましたが、きょうは少し冷静に、冷静を取り戻して答えておるようですが、こういう論議でないといかぬと思うのです。 それで、いまの国の教育権あるいは教育の自由、あるいは検定制度、これは国会においてもっと深く議論をすべきものであって、判決が出たときには興奮をして不当であるといって終わる問題ではない。真剣に日本の教育行政…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 真理に基づく教育の自由は、これは大臣が言われるように当然考えなければならぬ。そのことは重大なことであるので、少なくとも権力からの自由という保証がないと、真理を追求し真理による教育ができないから、ここにいろいろな問題が出ておるのです。この辺はあとでもっと突き詰めていきたいと思う。 そこで、具体的にむずかしい論議をする時間がないので、家永教科書の中で、検定制度の運用の問題と考えてもいいのですが、具体的な不合格部分の中に、神…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 判決文の中に家永教授が証言したことばを引用しておるのですが、「古事記、日本書紀、これは貴重な古典であることは申すまでもありません。しかし」、「古事記、日本書紀は貴重な古典でありますけれども、それが客観的史実でないということははっきり認識させておかなければまた大変なことになると思います。」これは歴史学者として当然なんです。「ここに「すべて」ということばを使っておりますが、それはストーリーの骨組」について申し上げておるので…

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 神話は神話で取り扱ってけっこうであるし、当時の民族のものの考え方を表現したものでけっこうである、そのとおりでいいのです。高等学校の歴史の教科書であるから、歴史的事実として日本のすべての学者が例外なく認めておる史実を前提として編さんをした教科書に、そういう客観的な歴史的事実を述べることはよろしくないというふうな行き方の不合格、これは許されないじゃないですか。

日本社会党1970/09/09

63衆議院 文教委員会 第22号

○山中(吾)委員 いま家永教科書の話をしたのであって、「「神代」の物語はもちろんのこと、神武天皇以後の最初の天皇数代の間の記事に至るまで、すべて皇室が日本を統一してのちに、皇室が日本を統治するいわれを正当化するために構想された」、これは客観的事実です。これを知らしめることによって、日本の国民思想が教育的にいってどうして悪くなる。これが歴史的事実じゃないですか。