山中吾郎
会議録に記録された「山中吾郎」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 5,054 件
- 直近の所属会派
- 日本社会党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1971/02/24
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 宇宙6 件
- 社会保障・年金5 件
- 労働・賃金1 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 物価問題等に関する特別委員会53 件・53%
- 大蔵委員会21 件・21%
- 決算委員会13 件・13%
- 文教委員会12 件・12%
- 本会議1 件・1%
※ 全 5,054 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第65回 衆議院 予算委員会第五分科会 第5号
○山中(吾)分科員 持ち時間がないので、十分意を尽くさないので残念ですが、次に車庫も屋根つきでなければ許さないという条件を付しておるようですが、有蓋車庫が必要なのかどうかということが一つあると思うのですね。一般の場合には、ほとんど有蓋でなくて、そのまま露天のままにしておるのだし、法人タクシーについても、百台あればそのうちの一〇%ですか、百台のうちの十台有蓋であればいい。個人タクシーの場合は有蓋でなければならぬ。これも不当だ、差別があると…
第65回 衆議院 予算委員会第五分科会 第5号
○山中(吾)分科員 もう答えはけっこうですが、大臣、いまおっしゃった中で、個人タクシーの場合夜のほうがどうもうまくいかぬというお話があったから、そういうときは、ひとつ個人タクシーの許可を午後三時からの分と二通り分けて、両方やれるような許可のしかたもあると思います。あるいは一天組の、一車二人とか、それはまあどうか知らぬが、そういうことについていろいろくふうがあるのじゃないか。それから、おそらく個人タクシーの場合は、いまの法人タクシーのよう…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 大臣の所信表明が単なる作文に終わるものでないと思いますので、その所信と、今後の教育政策の関係を、読んだだけでは不明な点を具体的にお聞きして、今後の法案の審議の参考にしたいと思いますのでお聞きいたします。 大体、今度の国会における佐藤総理大臣をはじめとして、教育を重視するということはたびたび述べられておるのでありまして、それを聞いておりますと、七〇年代という今後の十カ年ということを頭に置いて教育を改革しなければならない、…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 そこで、政策を立てるときに一番考えたいのでありますが、政治と教育の関係ですね、どういうふうに位置づけるかということがやはり日本の現在の国会において非常に大事な問題だ、この辺があいまいもことしておるままに、いろいろのよけいな不信感あるいは混乱もあると思うのでありますが、政治と教育について、坂田文部大臣は、簡明にいってどうお考えになるか。
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 少し御答弁が教育課程の再検討のようなかっこうになったので、私お聞きするのと少しずれたのですが、それはあとでまたいろいろお聞きしたいと思います。 どうも国民全体の国民目標というものを国民の合意に基づいて設定するのが政治であって、それがいわゆる一番大教育目的というのか国民形成の——全体として日本の国を構成しておる構成員としての国民の人間形成の大目標はやはり政治目標であるが、それは同時に大教育目標なんだ、そしてここに、教育の…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 昨年ですか、読売新聞の政治意識調査をした発表を私見て驚いたのですが、いまの日本の進む道を政治は明示しておるかどうかという質問に対して、していないと思うのとわからないというのが七八%という新聞の記事があった。これでは大学生も混乱すれば、教師も教育のエネルギーは出ない、使命感を持てといっても持てもしない、一般青年諸君だって、一体日本列島の中に生まれて育った者が、胸を張って誇りを持って、われわれはこういう国をつくるのだ、この…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 私は、超国家主義と誤解されてはいかぬので、国家目標と言わないで国民目標と言ったわけです。私は、具体的にいろいろの評価があるけれども、現代の憲法の精神というものは、前文にあるように人類の普遍的原理に基づくという確信をうたっておる。この精神が国民目標として合意を求める道であろう。そういう憲法をもう少し教育の立場に立って、国民目標を憲法を媒介として確定をして、その下に教育基本法ができておるのであるから、憲法の評価をもっと真剣…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 本音とたてまえは一つの答弁であると信じてお聞きしておきます。 そこで、それなら具体的に七〇年代の教育改革を考えて教育の人間像を考える場合に、憲法というものを中心に教育改革を考えるときに、具体的にどういう人間形成ということを訴えねばならぬかというと、第一はやはり主権者教育ではないですか。国民が主権者である、これはもう一〇〇%国民が主人公である、これはいかがですか。
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 そのことは、文部省の指導あるいは教育課程あるいはその他に文部大臣の御意見によって水増しをするようなことはおそらくないと思いますから、その立場に立って今後御批判をしていきたいと思います。そのときに、憲法第一条に——私はみなが触れない問題に触れたいと思うのですが、象徴としての天皇制と国民主権の関係を教育政策の原点として考える。文部大臣はどうお考えになりますか。
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 私のお聞きしておるのは、天皇制、象徴という憲法第一条の規定によって国民主権は水増しになっていないかどうか。国民は一〇〇%主権者であるということは間違いないですか。
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 ここに憲法の権威者の稻葉さんがいらっしゃる。また稻葉さんといろいろ論議をしたいと思うのですが、国民主権は一〇〇%第一条に規定している。これを確認しないと教育政策は成り立たないと思っているものですから、やはりこういう機会に記録に残しておきたいと思うのです。私は、天皇象徴制という憲法の精神は、旧憲法においては主権者として規定しておった天皇の非政治化だと思うのです。政治に悪用されたために戦争を起こしたという反省の中から日本の…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 そうするならば、国民教育の原理として、これを国家目標として規定したこのものを教育原理として持ってくるときには、国民の平和の哲学として、平和主義というものを国民のものにするような、いわゆる明確なる文部省の教育に対する基本的な精神が確立されなければならぬと思うのです。それはいかがです。
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 人の質問に裏があるように思うからで、裏も表もないのです。私は還暦で六十歳ですから本音でいくつもりですから、うそも掛け値もありません。文部大臣はその辺を明確にしなければ、私は教育なんというものは成り立たないと思うのです。そういうことでないと作文にすぎないと思うので、お聞きしておきたいと思うのであります。私はこういう意味において、文部大臣がここでいろいろと論議するばかりでなくて、あれだけ施政演説で教育を重視しておるのだから…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 そういうことにして文教委員会をもう少し権威あるものにして——予算委員会において私は文教問題だけで代表質問をしようと思っても、なかなか数字にあらわれない問題であるから、教育問題が一番大事であるのに、予算委員会においては問題としてクローズアップしない。まことに遺憾である。総理大臣があれだけ施政演説で重視をし、四回目の総裁選挙に当選した直後の記者会見で、教育を一番重視すると言っている。一番軽視をされるのは文教委員会ではないの…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 物質文明と精神文明が分けられて発想されるので、どうもぴったりこないのですが、ここの文章を見ますと「自然的文化的環境の破壊を抑止する必要が痛感され、現代文明の本質的なあり方」とあなたが言われておるんだから、いまの公害問題と関連して、単なる生産技術を中心とした文明はかえって人類を滅ぼすんだ。だから、人間と人間同士の関係より人間と自然、人間と植物、人間と動物の関係を生態学的に考えていかないと、教育政策は間違いを起こすんだとい…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 そういう考え方に立ちますと、どうもいままでの日本の教育課程においては物理、化学主義だ、歴史や生態学主義で考えて検討すべきものがあるんじゃないか、そういう意味で教育課程の改定を見ておりますと、その着目が一つもないように思うのです。だから、七〇年代の教育改革を考える中の一つの政策として、日本の教育政策における教育課程というものが、物質文明、精神文明という関連論からではなくて、いままでのような無機物を中心としての物質科学主義…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 よくお聞きしておきます。局長、文部大臣の精神に従って教育課程が改正されていくまでは、これから厳正にながめておりますから……。この考え方と教育課程の改定が少しも関係ないとぼくは見ておるものですから、今後文部省の文教政策をその点から批判したいと思うので、いま文部大臣が答えたことを覚えておいてください。 次に、期待される人間像ですね。これもどうも十八世紀の古い構想で七〇年代の教育改革、われわれの論議、この所信からいって、天皇…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 期待される人間像というものについて文部大臣が批判を持っておられるということを明確にされたので、私はそれは正しいと思うのです。あれは人間形成に何の影響も与えるようなしろものではない。やはりもう一度こういうものを検討して、ほんとうの国民の心をとらえるような問題、ここに書いておる所信に合うような人間像にされることを期待いたします。同じようなことをしていると、ほんとうは文部省廃止論が出ますよ。局長以下もう少し考え直さないと、何…
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 次に、中等教育ですね。これも現実的なものです。中等教育を前期中等教育と後期中等教育と二段階に分ける。中等教育というのは、戦前は一つの学校だったのです。二つに分けるというのはどうも人間形成という立場からいって不適当だと思うのですが、それはいかがですか。
第65回 衆議院 文教委員会 第3号
○山中(吾)委員 大体考え方が一致しているように思うのです。中等教育を、学校を二つに分けるということが決して理想的なものではない。やはり戦前のように、五カ年の中等教育があったのですが、中等教育というのはもう一段階でいいのだ、そうでないものだから、いまのようないろいろな教育効率のむだな、同じ繰り返しも出る。だから、おそらくなぜしたのだろうか、十五歳まで義務教育にして、あとはしないためにという財政的な立場からあったような感じしかないので、そ…