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日本社会党参議院
総発言数
3,506 件
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
—
直近の発言日
1959/12/11

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 農林水産委員会99 件・99%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 3,506 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,506 件中 20 件を表示
日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 トラン・バン・チェット氏が来朝されたのは、昭和二十九年の八月の末であったと思うので、外務省から情報部長の談話で来朝の目的その他が発表されておりますが、トラン・バン・チェット氏と久保旧さんは、九月の二日に東京都内でお会いになったのですが、具体的にどういう話をされたのですか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 そのとき通訳として席におられたのは、岸本商事の専務だったようでございますが、そうでございますか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 聞くところによりますと、この昭和三十年の二月、さっきお話がありました、最後にビルマの帰途おいでになった。そのベトナムに二月においでになった経緯は、九月二日都内でトラン・バン・チェットにお会いになってお約束されて、ビルマの帰途立ち寄るということをお約束になったということを聞いておるのですが、そうでございますか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 ついでに、ちょっとこれからお尋ねするのに、参考のために。久保田さんは、外務省の調査員の辞命を発令されておるそうでございますが、現在も調査員でございますか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 それから、あなた、外務省の調査員に発令をされたのは昭和二十九年十二月ごろらしいですが、久保田さんは世界をずいぶんお歩きになりましたが、公用旅券として十八回発行を受けておいでになって、ずいぶんお歩きになっておりますが、大体そういうことでございますか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 いや、私はあまり存じませんので、念のためにお尋ねをいたしました。そこで、ベトナムにはずいぶんおいでになっておるようですから、ちょっとお尋ねいたしますが、先ほどベトナムに最初に行った、三十年の二月ごろ行った。それで今の東京でお会いになったトラン・バン・チェットとベトナムに最後においでになって日本大使館でお会いになったということでございますが、間違いはございませんか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 そうです。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 それでそのときは、ベトナムの方にいろいろ御接触になったのでしょうが、どういう方に最初お話しになったのですか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 小長谷大使と一緒にお会いになったのじゃございませんか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 サイゴンで、大南公司の松下光広という人がおられるようですが、この三十年の二月においでになったときはお会いになりましたか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 この三十年の二月には、松下光広氏とはお会いにならないわけですね。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 松下氏と最初にお会いになったのはいつでございますか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 ベトナムの電源開発に関係されるようになってからはお会いになっておりますか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 サイゴンでお会いになりましたか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 この三十年の二月には、ゴ・ディン・ジェム大統領にはお会いになりませんか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 その後、先ほどのお話のゴ・ディン・ジェム大統領にお会いになったときは、松下氏と一緒にお会いになりましたか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 昭和三十年の三月に久保田さん、ベトナムから東京にお帰りになったのですが、向こうでいろいろそういう話をされましてお帰りになってから、日本では政府あるいは実業界、そういう方面に、どういう方にベトナムにおいてそういう話があったということをお話しになりましたか。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 久保田さん、別に邪推をされなくともいいのでございまして、久保田さんほどの大きい仕事をおやりになれば、相当それはまあ、俗っぽい言葉でいえば敵もできるし、反感を持つ者もあるので、そんなことで御心配になる必要もないし、われわれ、また、そういう人たちの声を聞いて久保田さんに偏見を持とうと思っておりませんから、どうぞ御心配なく。そこで、先ほどからお尋ねをいたしまして、久保田さんは外務省の調査員でありまして、しかも、その久保田さんの発…

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 外務省の答えを久保田さんにお尋ねしているわけではなくて、コンマ以下なんとおっしゃいますけれども、ともかく東南アジアにおける久保田といえばだれ知らない者のない久保田さんですから、ことさら、何かこれは知らないと言っているのではないか、それには外務省と何か気まずいことでもあるのではないかと、これは久保田さんではないけれども、邪推を私はいたしておるのですけれでも。

日本社会党1959/12/11

第33回 参議院 外務委員会 第16号

○小林孝平君 それはまたいずれ外務省にお尋ねいたします。久保田さん直接御関係のことではございませんから。そこで、本日のこの賠償にこれが取り入れられるようになったことは、全然いつなったかわからぬというお話でありましたし、今年の三月、衆議院の外務委員会においてあなたお話しになったときも、この仕事がいつ賠償に繰り入れられるようになったかわからないと、こういうふうに御発言になっていますが、今でもそういうふうにお考えになっておられますか。