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文部大臣参議院衆議院
総発言数
2,587
直近の所属会派
直近の役職
文部大臣
直近の発言日
1952/06/09

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 文部委員会71 件・71%
  • 文教委員会28 件・28%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,587 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,587 20 を表示
文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 現在は、すべてのことが理想的でないのでございます。から、これも理想的なことをいつたならば、いろいろあるかもしれませんが、現在はこれでよいという考えでございます。

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 ただいまの御意見は、私も一応ごもつともなことと思います。けれども、三人の委員でも、専門審議会というものをつくることができますから、三人の委員で運営して、さしつかえが起るということはない、原案の通りでよいと私は考えております。

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 それは一人の人だけを有給にして、ほかの方を無給にするということにして、りつぱな方々を得るということは、あるいはむずかしいということもありはしないか。いろいろな観点から考えると、やはり得失があるように私は思います。でありますから、三人の委員をみんな有給にして——そこに専門審議会というものは幾らでもつくれるのですから、そうしてこれを運営するということでよいという考えでございます。

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 前の御質問については、若林委員にお答えした通りでございます。 次の点につきましては、私も奈良博物館を独立させることは、けつこうなことだと思つております。

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 ほかの行政委員会はみんな整理されるというのに、この委員会を保存するということは、非常に問題だつたのです。しかし、文化財保護ということの重要性からして、ぜひ保存してもらいたいということで、これを保存するに至つたわけでございます。しかし、二人減らして、それで運営できないというのならば、どこまでも三人では困るのですが、先ほども申しましたように、専門審議会というものは幾らでもつくれるのですから、十分運営して行ける、こういう考えを…

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 私が高橋委員長から伺つたところによると、どうかしてこの委員会を保存したいということを強く伺つていて、内部の構造ということについては、希望は伺つたかもしれませんけれども、ぜひそうなければいけないというまでには、伺つておらないように記憶いたしております。

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 私はどこからも圧力などは受けません。圧力を受けて、そうして、できないことをかまわずやれ、そういう考えはございません。三人でできると思つたから、これでやつたのです。ぜひ文化財保護委員というものをこのまま存置したい、ここに私の力点があつたわけでございます。従つて、専門委員を置きさえすれば三人でできると思うから、それで私は三人ということにいたしたわけでございます。

文部大臣1952/06/09

13衆議院 文部委員会 第29号

○天野国務大臣 私は、もうここまでやつて来たから、ここで人数を減らしてもいい、そういう考えではございません。三人にしても、専門委員をつくればできるという建前と、これを存置したいから、それで三人にしたわけでございます。

文部大臣1952/06/04

13衆議院 文部委員会 第27号

○天野国務大臣 教育委員会法等の一部を改正する法律案について、提案の理由と内容の概要を御説明いたします。 教育委員会法、申すまでもなく、教育行政が公正な民意により、地方の実情に即して行われること、及び教育行政が不当な支配に服することなく、その自律性を保ち得ることを目的として、都道府県及び市町村に教育委員会を設けることを定めたものであります。しかしながら、わが国初めての教育委員会制度を、都道府県はもちろんすべての市町村にまで一挙に実施する…

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) その答申案は、これを文部省が採択したのです。そうしてこれを大学長に通知をいたしたわけでありますが、これはいつ幾日までに必ずやるようにということは、文部省では大学長に通知をいたしませんでした。地方によつていろいろな事情がありますから、無理が行かないようにして、できるだけ早くそれをやるという以上に、いつ幾日までという指示は一般にはしておりません。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) そういう問題をはつきりと割り切つてやるということは非常にむずかしいと思うのです。こういう問題が起れば、全部の人が賛成するということはないと思いますけれども、全部の人が反対するというのなら、勿論やつてはいけないことでございましようが、全部の人の賛成ということもございませんし、そういう判断は大学長にお任せしてやるわけであります。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 予算関係は当然のことと思つております。その他においても、一般の人の考え、地方の実情等については、大学長の判断に任せてそうしてできるだけ早くこの案が実施されるようにということを文部省は指示したわけでございます。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) すべて文部省では、大学に向つて強行するとか、天降り的ということはございませんです。いつでも大学と相談して、そうして大学がよく地方の民意を察してやるということでございます。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 一般論としてはその通りでございますが、併し地方の要求があれば、その場合には、たとえ幾らか不備でも、不備なものを何かで補つて統合するという場合もあり得るわけでございます。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 大学設置の方針は無方針に立てているのじやなくて、やはり予算の裏付けというものをいつも考えておるわけであります。ただその際に、地方が特に要望することがあれば、準備が十分できなくとも統合するということも起り得るということを申したわけでございます。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 先ほども申すように、何か事をやろうといえば、反対の人のあることはこれは免れ得ないと思うのです。反対の人があつたから、それで全部やらんということなら、初めからこういう計画は立たないのです。併し大外数の市民の考え方はどうであるか、又これは措置においても無理は行かないのか、そういうことは十分大学当局が考慮をして、良識によつてやることと考えております。だから無理やりにいつ幾日までにやるということは私は起らないと思つてお…

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 大学長は十分地方のことを調べて、例えば新発田の場合であれば、市会というものが私はやはり民主的に市を代表するということは当然、だと思います。そこで一人の反対しかない、あとは全部賛成であるというふうな事情であるとか、そういうをよく大学長は考慮して、無理の行かないようにやることと私どもは考えております。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 私が今ちよつと……あれは二人だそうでございます。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) 私はいつも事務当局から聞いております。

文部大臣1952/06/03

13参議院 文部委員会 第40号

○国務大臣(天野貞祐君) そういう地方の実情は、新潟大学の当局というものが十分に調べておることと私は思つております。そこでもつて新潟大学が判断をするということが、私はたまたま行つて調べるとかいうことより遥かに適正な判断ができるのではないかと思つております。