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日本社会党・護憲共同衆議院
総発言数
8,390
直近の所属会派
日本社会党・護憲共同
直近の役職
直近の発言日
1977/04/08

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 社会労働委員会97 件・97%
  • 土地問題等に関する特別委員会3 件・3%

※ 全 8,390 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

8,390 20 を表示
日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 占領軍が日本に上陸をいたしまして以来、これらの戦争犠牲者の措置が問題となった、まだその直前、それから引き続いてそういう状況ですが、そういうときに国民義勇隊関係や旧防空法関係、一番議論になった問題ですけれども、そういう関係については、資料を自治体に対しては焼却を命じ、あるいは閣議等におきましてはこれを封印した、こういう経過の事実があると私は理解をしているが、いかがですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 本法の第二条による国民義勇隊に関する件で、昭和二十年三月二十三日というふうに現行はなっておるわけですが、最初これが取り上げられましたときには二十二日というふうになっていたわけです。私が、二十二日には閣議はなかったではないかという指摘をいたしまして二十三日に直した経過があります。そういうふうに非常にどさくさで、きわめてずさんな資料で当時厚生省は線引きをしたのではないか、私はこういうふうに思います。 そこで私は、国民義勇隊…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 そういうことで実態を把握したということが言えるのですか。前から議論しておるのだから、きょう突然言ったわけじゃないのだから、そんな怠けたことでどうするのですか。(資料を示す)大臣、そこには二つのコピーがあるのですが、新聞の方を見ましょう。局長に見せてやってもいいですけれども、怠けておるから見せぬ方がいいかもしれない。(笑声) 昭和二十年当時の新聞の切り抜きの1を見てください。一番上にあるやつです。これは広島の中国新聞、朝…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 それは私、特徴的な閣議決定だけを申し上げたのですが、その前後の閣議決定から考えてみまして、そういう解釈ではないのです。そんなものは、法律をつくるのだったら黙って法律をつくればいいのであって、法的な措置を講ずるということも一つの項目ですよ。事実認識はそうではなしに、事態がどんどん進んできたから、これは閣議決定だけでは処置できない、こういうことが明確になったから、法律をもつくるのだということで体制を進めていったというふうに…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 戦争中最後の帝国議会において、委員会をつくりまして審議をいたしました議事録がここにあるわけです。その中では、やめられた森田重次郎氏が非常にたくさん発言をしている。これは青森の人ですね。それから加藤鐐五郎君が委員長です。それから保利茂君がやはり委員です。中原謹司君も委員です。濱田尚友君その他ずっとおります。そして内務政務次官が窪井義道君です。非常にたくさん発言をしているのが芝山兼四郎陸軍次官と兵務局長那須陸軍少将で、それ…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 理屈はわかるし、理屈はあるが、実際にはついていけないのじゃないか、こういう話ですね。私が言った範囲は明快でしょう、あなたも援護法の精神からいって無視することはできないでしょう。ただ私は、財産被害について言っているのじゃないのです。援護法も財産被害は言ってないわけです。これは傷病者、遺族、これを中心に援護しているわけです。 最初にお答えいただいたように、当時の日本の本土における死没者は、多いようだけれども三十万から五十万…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 あと三十分だから、今度は各論に入ります。 戦傷病者戦没者遺族等援護法の主な改正経過という中で、昭和二十八年、軍人恩給が復活した年ですが、そのときに船舶運営会所属の船に乗っていた船員を軍属の範囲にしたわけですね。それはどういう根拠と、どういう実態であるか、何人いるか。 〔戸井田委員長代理退席、委員長着席〕

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 適用対象は何人。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 つまり、遺族年金を受けている人が一万四千人余りで、あとは障害年金、こういうことですね。 で、この船舶の所有権はどこにあったのか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 それは常識なんですよ、私が言っているのは。それははしょりましょう。つまり、国有であろうが民有であろうが、船舶運営会を組織したわけです、特殊法人の。だけれども、趣旨は、国民義勇戦闘隊の件で申し上げたように、召集下令があったように、船舶運営会とそれから鉄道と逓信は、これはもう義勇隊召集をやったわけです。 そこで、質問をさらに進めてまいるわけですが、これ以上は、あと政治的にやってもらわなければならぬから、役人だけと質疑応答を…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 どういう判断、どういうことに基づいてですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 それは公務に従事中ということについての判断ですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 これは大臣も聞いておいてもらいたいのですが、広島に原爆が投下されたときには警戒警報が解除になっていたのです。B29がきわめて高いところから飛んで入ったわけです。警戒警報が解除になっていたのです。警防団でも医療従事者でも、あるいはその他義勇隊の行動にいたしましても、警戒警報が解除されておったわけですよ。解除されておって、抜き打ちでやられたわけですよ。警戒警報が出ておりますと今度は配置につくわけです。言うなれば防空配置、戦…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 つまり、警戒警報が発令をされたら直ちに配置につく。警防団、医療従事者にいたしましても、国民義勇隊の場合でもそうですよ、これは防空もやるのですから。警防団と密接に連絡をとりながらやるわけです、八月六日の段階では軍が実際上掌握しておったわけですから。そうすると、義勇隊の戦闘体制もこの防空体制と一体だったわけです。だから、自宅に待機しておる場合に事故が起きた場合でも、やはりそれは職務の性質においてあるいは仕事の性質において、…

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 なかなか四角四面な答弁だね。軍人の場合だったら、営内居住の場合はこれは適用になるでしょう。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 営外で官舎におったらどうですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 しかし、軍人だったら、戦闘は夜の間にもあることですから、そうすると、帰っておって、いつでも出てこいという待機の状況にある場合にはやるのじゃないですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 地域を指定して、所定の官舎その他におって、いつでも待機、行動できるような状況のときには、それが戦争被害を受けた場合においては公務とみなすのじゃないですか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 絶対ないか。

日本社会党1977/04/08

80衆議院 社会労働委員会 第8号

○大原(亨)委員 警防団員に対する準軍属処遇についての設定の時期、ちょっと義勇隊の問題がありましたが、これは昭和十六年の防空従事者扶助令を基礎にいたしまして実施の時期を決めておるというふうに言うのですが、しかし、ここにも資料がありますが、警防団令が設定された昭和十四年四月からこの警防団、医療従事者について、これを準軍属として処遇する制度にしなかったのはどういう理由か。