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公明党・国民会議参議院
総発言数
7,599
直近の所属会派
公明党・国民会議
直近の役職
直近の発言日
1972/04/24

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会40 件・40%
  • 税制問題等に関する調査特別委員会27 件・27%
  • 予算委員会24 件・24%
  • 社会労働委員会6 件・6%
  • 本会議3 件・3%

※ 全 7,599 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

7,599 20 を表示
公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 それで、実はこういう数々の裁判の費用が全部町から出されているわけです。町費からですね。それは、きょうは時間がありませんから具体的な例はあげませんが、補助金等予算執行の適正化違反で四十四年に懲役一年六カ月、三カ年の執行猶予、そういうのを受けているわけですね。先ほどの水道工事のピンはねの問題にしても、これはやはり町としての裁判というよりも、町長個人の私は悪事だと思うんですね、一部助役が結託しておったにしても。そういうようなやは…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 じゃあ自治大臣、よろしいですねそれで。

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 それで、実は昭和四十二年にやはりこれは頒徳碑をつくっているわけです。胸像をつくるその前にできた頒徳碑ですけれども、五明金弥町長頒徳碑、そしてこれが自治大臣永山忠則書として、その当時現職の大臣である永山さんが表彰しているわけです。字を書いているわけですよ。また先ほどの写真をお見せしました胸像の字もこれは現職の文部大臣が書いた字だと、実は私、これは新聞にそう書いておるんであって、事実、これもそこに参りましたけれどもそこまで見な…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 最後に、いろいろ厚生省あるいは農林省、水道工事は厚生省、農林省は農道関係、そういうようにこまかい点もお聞きしようと思っておったのでございますが、時間もございませんので、これで終わりたいと思いますが、やはり地方自治というたてまえからいえば、国は、自治省としてもそれは命令を出す権限はないかもしれませんけれども、国としても、国民の税金がそういう農道の建設、離島の振興のために国から出されるわけなんですから、そのお金が業者に渡らない…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○主査(塩出啓典君) ただいまから第四分科会を再開いたします。 分科担当委員の異動について御報告いたします。 本日、竹田四郎君が委員を辞任され、その補欠として藤原道子君が選任されました。 ―――――――――――――

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○主査(塩出啓典君) 昭和四十七年度総予算中、厚生省所管を議題とし、質疑を行ないます。 質疑のある方は、順次御発言願います。

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○主査(塩出啓典君) 分科担当委員の異動について御報告いたします。 本日、安永英雄君が委員を辞任され、その補欠として田中寿美子君が選任されました。 ―――――――――――――

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○主査(塩出啓典君) ちょっと速記をとめて下さい。 〔速記中止〕

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○主査(塩出啓典君) 速記をつけてください。

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 それではまず最初に、私は広島県大久野島にありました毒ガス工場の問題についてお聞きいたしたいと思います。 広島県大久野島には、昭和二年より第二次大戦の終了まで、旧日本陸軍東京第二造兵廠忠海製造所があり、ここは旧陸軍唯一の化学兵器工場であり、今日、一般に毒ガス工場と呼ばれていることは、すでに御存じのとおりであります。そこで厚生省に、ここではどういう毒ガスがどの程度いつごろまで作られておったのか、また、終戦時においてはどれだけの…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 私は、もし日本の政府がつくっておった毒ガスによるそういう被害については、国が責任を持って救済すべきだという一般論を言っているわけであります。それに対する御答弁をいただきたい。

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 非常に私は、質問の趣旨がよく大臣も援護局長もわかっていないわけですよ。私は、そういう具体的なことを言っているんじゃないんです。やはりそういう毒ガスというのは、国がつくっておったわけでしょう。だから、それに基づくそういう被害というものがあるならば、私は大蔵省とか、厚生省ということを言っているんじゃないんです。国としてやはり責任を持って見るのが当然じゃないかということを言っておるんですからね。

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 そこで、戦時中毒ガスがつくられておったと、そうして戦後も毒ガスが工場に残っておったわけですね。そして戦後にそういう毒ガスを海に捨てたり、あるいは昭和四十四年にも発見された。あすこに国民休暇村もできまして、その建設途上においてもそういう毒ガス事故が起きているわけですけれども、そういうものに対する国民の健康を守る立場において、一体政府のこの問題の窓口はどこなんですか。その共済のほうは大蔵省だ、援護法は厚生省だ、そうやっていまま…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 まあ、ともかく私のほうからいろいろ説明をいたします。ここは大体非常に生産が盛んであったときにはドイツ式イペリットが二百トン、フランス式イペリットが月産二百トン、ドイツ式不凍イペリット五十トン、ルイサイト五十トン、その他大体月に六百二十五トンの毒ガスを生産をしておりました。そうしてまあ、終戦のときには、大体、ドイツ式イペリット五百三十六トン、フランス式のイペリットが三百五十五トン、ドイツ式不凍イペリットが五百六十トン、ルイサ…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 救済措置を聞いているんじゃないよ。

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 いま私は、そういう救済措置の内容を聞いているんじゃないんですよ。そういう当時の従業員の人たちが、現在やはりその被害を受けて、そういうことがちゃんと広大の医学部、また先般のこういう学会においてちゃんと発表になっているわけですよ。厚生省は国民の健康を預かる役所でしょう。こういう学者の言うことは、全く信用しないんですか。厚生省は、つかんでないんですか、実態を。厚生大臣、どうなんですか、あなたは。いま言ったように毒ガス工場というも…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 まあ、厚生大臣、それが実態なんですよ、いまね。まあ、それは私はここであなたを責めてもしかたないことであって、やはり毒ガスの被害がどういう実態であるかということを、これは広島大学の人たちあるいはそういう各保健所の病院の人が中心になって一生懸命やってきているのですから、やっぱりそういう研究の結果も知ってもらいたいと思うのですよ。まあ先般ですね、私、言いますけれども、第十二回日本胸部疾患学会総会におきましては、この調査は昭和二十…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 いまのは、私は従業員について言ったわけでございますが、ところが、いろいろ調査してみますと、毒ガスの障害を受けているのは従業員だけではない。一つは、戦後米軍の指揮のもとに毒ガスの海洋投棄をやったわけですね。そういう作業に従事した人あるいは――これはまあそういうような実態は厚生省も全然つかんでないわけですから、私のほうから言わざるを得ないわけですけれども、大久野島に国民休暇村の建設工事をするときに、そういう工事に従事をした人、…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 結局、被害者の対策をどうするかということは、現在の法律で適用するとか、適用しないとか、そういうことよりも、まず、実態はどうなんだと、ほんとうにどれほどたいへんなんだと、そういうことを知って、そして現行の法律でそれは救済できれば、それでもいいと思うのですけれども、できなければやっぱり新しい立法をするなりして、それが私は政治じゃないかと思うのですね。そういう点で、過去のことはいざ知らず、厚生省といたしましてもいろいろやることも…

公明党1972/04/24

68参議院 予算委員会第四分科会 第2号

○塩出啓典君 それじゃあ、ひとつそういう点、厚生省といたしましても、よく実態を調査して、そうして、だれびとが見ても納得のいくような、そういうひとつ処置をとっていただきたい。ほんとうはもうすでに戦後二十七年たっているのですから、いまごろこんなことをやりますというのは、ほんとうに皆さんに申しわけないです、ほんとを言えば。これはわれわれにも責任がありますけれども、そういう点で、一生懸命やっぱり研究やっている人も、黙々とやってきているんですから…