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自由民主党衆議院
総発言数
2,001
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
直近の発言日
1956/06/02

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 懲罰委員会59 件・59%
  • 決算委員会28 件・28%
  • 交通安全対策特別委員会6 件・6%
  • 産業公害対策特別委員会6 件・6%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 2,001 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

2,001 20 を表示
自由民主党建設政務次官1956/06/02

24衆議院 建設委員会 第34号

○堀川政府委員 土建協会というものは道路局長も知らぬそうであります。建設業協会とか……。

自由民主党建設政務次官1956/06/02

24衆議院 建設委員会 第34号

○堀川政府委員 それはあるかもしれません。今のところ私では即答しかねますからあとで調べまして……。

自由民主党建設政務次官1956/06/02

24衆議院 建設委員会 第34号

○堀川政府委員 一応調べて御返事しますが、そういう協会から補助をもらって出ていったということは一向聞いておりません。

自由民主党建設政務次官1956/06/02

24衆議院 建設委員会 第34号

○堀川政府委員 それは出せると思いますから要求いたしまして御提出いたします。

自由民主党建設政務次官1956/06/01

24衆議院 建設委員会 第33号

○堀川政府委員 ただいま二階堂議員からお尋ねがありました、あの東海村へ先般お供して参ったのでありますが、御質問の内容は、国道六号線が非常に悪い、これに対して早急にやらなければ、荷物の運搬とかなんとかに非常に困るのではなかろうか、こういうことだろうと存ずるのであります。なお本年度は舗装はどのくらい進んでおるか、またそれに対する予算は幾らかというようなお尋ねだと思うのであります。あそこの六号国道の予算は、昨年、一昨年は三千万円程度だったのが…

自由民主党建設政務次官1956/05/29

24参議院 建設委員会 第35号

○政府委員(堀川恭平君) 石井委員の住宅局長と計画局長に対する御質問の趣旨はよく私ものみ込みましたし、さような通りだと私も考えておるのでありまして、今両局長が答弁いたしましたことは私もとくと了承いたしておきます。

自由民主党建設政務次官1956/05/29

24参議院 建設委員会 第35号

○政府委員(堀川恭平君) 今住宅局長が申し上げましたように、残りの五万九千戸ですが、これに対しましてはできるだけ——われわれも今年四万八千戸でなしにやはり五万戸というつもりでおったのでありますが、予算上の措置でどうにもならなかったことは残念でございます。この点に対しては、大蔵省方面でも多少理解してくれているものと考えております。こういう意味におきまして、来年度の予算にはどうしてもこれだけは獲得しなければならぬ。これは政府の言明であります…

自由民主党建設政務次官1956/05/29

24参議院 建設委員会 第35号

○政府委員(堀川恭平君) こっちの方がよけい閑静だな。

自由民主党建設政務次官1956/05/29

24参議院 建設委員会 第35号

○政府委員(堀川恭平君) その当時は国会もけんかしておらぬのだよ、にぎやかでなかったよ。(笑声)

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) 大臣わかりませんので、私の方から……。それは事実あったと思います。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) その書類はちょっと今わかりかねますが、申請されたのが事実でございますが、それが今手元にありませんが、調査いたしまして御提出いたします。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) 実はそれだけの土地がほしいということを申し出たのでございますが、その書類がいかなる書類が出たかということは、今ちょっとここではわかりかねる次第でございます。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) 東京都の方に出たのじゃなかろうかと思うのですが、私の方にあるかないかは、帰って調べてみぬとわからぬのですが。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) 土地の換地処分になっておりますので、都知事がやることで、建設省は関係ないそうであります。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) 指令というのは方針のことじゃないかと思いますが、その指令はちょっと読み上げてみますると、昭和二十一年の八月二十日戦災復興院告示第一〇〇号によって当初の駅前広場約一万九千二百八十平方メートルが決定されておったのであります。それが昭和二十四年の五月十日に建設省といたしまして四二二号の告示をもって当初の計画を変更いたしまして、一万三千二百九十平方メートルの広場が決定されたのであります。これが現在の広場になっておるので…

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) その通りであります。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) 初めの広場の予定地は今申し上げた通りであります。その次にできたのが、西口の方へ西武線が出てきて、西武線の万の予定地にまっすぐに並べて土地を換地したということになっておるのが七百七十六坪とお覚えております。西口と言ったのは東口でした。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) その点につきましてのいきさつを申し上げますと、昭和二十一年当初決定の際は、極内配線等についてコンクリートな案ができておらなかったのであります。戦後復興都市計画を早急に決定する必要に迫られまして、これに上越線の乗り入れを考え、また西武線、東上線、両線は西口のターミナルに入ることに決定されておったのであります。それがその後国鉄におきまして、関係各機関と協議の上いわゆる構内計画を決定したが、昭和二十一年の当初の計画で…

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) それは構内の線路が非常に多くなりまして、初めのはコンクリートされておった決定案ではなかったものでして、その後に線路が非常にふえまして、そのために東口の方に幅が広がってきたわけであります。そういう関係で西武線が入って来いたしまして、それと並行してやるような格好になったので、そこに換地処分にした、いわゆるそれは駅舎を作るのだということで換地処分をしたことは事実でございます。

自由民主党建設政務次官1956/05/24

24参議院 建設委員会 第34号

○政府委員(堀川恭平君) お尋ねの点につきましても申し上げてみたいと思いまするが、結局国鉄の土地が二、三カ所に分れておったのであります。その二、三カ所に分れておった土地を、駅舎にするのだからというここで、それを一まとめにして換地処分したということになっておることは事実であります。