P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
公明党・国民会議参議院
総発言数
1,891
直近の所属会派
公明党・国民会議
直近の役職
直近の発言日
1978/04/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 行財政改革に関する特別委員会53 件・53%
  • 地方行政委員会39 件・39%
  • 災害対策特別委員会7 件・7%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 1,891 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

1,891 20 を表示
公明党1978/04/10

84参議院 決算委員会 第10号

○和泉照雄君 じゃ資料として提出していただけますか。

公明党1978/04/10

84参議院 決算委員会 第10号

○和泉照雄君 今度の事故を初めとして、家族から離れてこういう海外で真剣に働いていらっしゃる方々がこういう痛ましい事故にお遭いになって、家族の方々はもう生活のすべてを失ってしまうというのが実情でございますので、ひとついま御答弁になった手厚い補償も、及ぶ限りの手を伸べていただきたいと、こういうふうにお願いをしまして、私の質問を終わります。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 私は、法務省設置法の一部を改正する法律案の改正点の第一の沖繩刑務所の移転に関連をしてお伺いをいたしたいと思います。 沖繩刑務所の移転建設は営繕方式と、このように聞いておりますが、移転方式には、いわゆる刑務所跡地を地方自治体が取得するかわりに、その評価分だけ投資をして新刑務所を建設する建築交換方式と、国が全面的に資金を出してつくって、移転をするときに跡地を地方自治体が買い取る営繕方式と、このようにありますが、過去に移転のあっ…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 それではお伺いをいたしますが、鹿児島刑務所の改築移転は、その移転方式について国と市との間でまだ意見が対立してもめているようでございますが、これはどういうような理由によってそのように意見の食い違いが起こっておるんでしょうか。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 法務省の方の意見は聞きましたが、では市の方の主張は、おたくの方でもいろいろとお聞きになっておると思うんですが、どういうふうな主張をしておるんでしょうか。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 法務省の方は建築交換方式、市当局は営繕方式と。実は建設予定地が、ちょうど鹿児島市から百キロ離れた吉松町というところにつくられる予定になっておりますので、そこが大変なネックになっておるようで、要するに、鹿児島市につくるということになりますと、あそこの場所はもう市の住宅密集地域になっておりますし、市の区画整理の計画中でもある場所でございますし、非常に現在地では困るということの意思表示があったかもしれませんけれども、今度できると…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 それはよくわかるんですが、こういうような地方財政を圧迫するような方式について自治省はどういうような御所見をお持ちかとお聞きしているんですから、それに端的に答えてください。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 じゃ局長にお尋ねしますが、お隣の宮崎県の宮崎市の刑務所の移転は、たしか五十一年に改築移転をされたようでございますが、この移転方式は建築交換方式であったのか営繕方式か、どちらだったんでしょうか。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 宮崎の場合は宮崎の市内で移転をするというようなことで、ここでありますと、建築交換方式をおとりになってもそう大したあれはないと私たちは理解するんですが、鹿児島の場合は百キロ離れた吉松に持っていく、こういうような問題がございます。聞いておりますと、宮崎の場合は、最初確かに建築交換方式であったものが、いまいろいろおっしゃいましたけれども、営繕方式に変わったのには、いろいろ私たちの聞いた中では折衝がなされたように聞いておりますが、…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 いま、現在地につくってもらうように、そういうふうに変更せざるを得ないのじゃないかというようなとんでもないお答えをしていらっしゃいましたが、あそこは住宅の密集地帯になって、土地の区画整理上いろいろ支障がございますのでという、市と市議会のそういう意思表示があっておるわけでございまして、そしてまた拘置所を残さにゃならぬわけでしょう。そうなりますと、その跡地も全部フルに使えるという状態ではないわけであります。そういうようないろんな…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 いまおっしゃったとおり、吉松の方では待ち望んでおる状態にありますし、市の方の意向も先ほどるる申し上げたような実情でありますので、ひとつここらあたりは柔軟な姿勢で折衝して、一日も早く移転が促進されますように御要望申し上げておきます。 次は、地方法務局における登記事務に関連をした問題を質問をいたしたいと思います。 この問題は決算委員会等でいろいろ指摘をした問題でございますが、一通り簡単に申し上げてみますと、過疎に悩む鹿児島県薩…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 上甑の出張所の発行した登記簿の謄本によりますと、この登記簿に記載されてある「原因及びその日付」という欄のところには「昭和参五年壱弐月壱壱日土地改良事業の公有水面干拓」、このように明らかに農地を造成するための干拓工事による土地であるということをはっきり登記簿に書いてあるわけです。そしてこの上の方の「地目」のところには「雑種地」というふうに決定をされておるわけでございますが、現地の農家の方々は、雑種地の設定が、先ほど申し上げま…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 登記申請をする場合の書類としては、所有権を証する書面、こう言いますと、完工証明ですね、県の方には完工——実際は完工していないのですよ、していないのをしたようにして、地番もなければそういう地積もはっきりしていないものですから、だからそういうことを決定するために、まだできていないのを完工証明をお願いしたと。そういうような、できていないのを、現地を見ないでできましたという証明をしたのが完工証明でついておるわけです。いまおっしゃっ…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 いやそれはそうでありませんで、完工証明というのは、要するに、所番地と地積とそして完工したことを証明してくださいということで、そして、完工したことを証明するという証明でございますから、もちろん所有者も——本当を言いますと、その完工届が出れば土地改良区が所有をすることにはならないわけであります。これは九州農政局の御意見でも完工すればおのおのの農家に払い下げをしなければならない、一改良区がそれを全部持つということはちょっと考えら…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 これは文書がここにあるんですよ。おたくの上甑出張所の方から「同上甑村瀬上土地改良区を所有者とする土地表示登記の申請書が提出された。そこで当該土地の地目を「雑種地」として申請されているため、この地目について貴会の意見を求めます。」と、昭和四十九年七月十七日付で出ておるんですが、これに対して、上甑村農業委員会会長是枝篤徳という名前で七月二十九日に回答が出ております。「当該土地は未完成のまま放置され」と書いて、このように載ってお…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 いやそうじゃなくて、昭和三十五年の完工のやつは、その単年度の事業が完工であったという、そういうようなことにしかすぎないことであって、全体的には未完成なんですよ。これは農業委員会のやっておるその証明の方が正しいんですよ。ですから、未完成のまま放置されておるのを完工届が出ておるということ自体に疑問を持たれるのが私は当然だと思うんですが、そこで農林省の方、来ておられますか。——この問題を決算委員会で取り上げて、この土地は昭和四十…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 そうじゃなくて、四十七年の休耕補償というのは四十八年の三月三十一日までの補償であるわけで、売買の問題がいろいろ起こったのは四十八年三月でございますから、ですから、その売買が反対派のあれを押し切って決まった、その後は休耕の奨励金の申請はしておらないと思うんですが、その前二カ年もらっておったということは農地ではないかと、農地がそういうようなことで短時日の間にどうして雑種地に変わったかと、おかしいじゃないか、こういうようなことの…

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 四十六年と七年は休耕しておったことは、これはもう明らかな事実でございまして、ただ、そのちょっとした半年の間の出来事で農地がどうして雑種地に変わったかということについて非常に不審があるし、また農地であったことは事実であるんだからそこらあたりをよく調べていただきたいと、こういうふうに申し上げておるんですから、そこらあたりの調査の結果を御答弁願いたいと思います。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 では法務省の方にお伺いしますが、この当時の鹿児島地方法務局の上甑出張所の登記官は、いつごろ着任をされていつごろここをおやめになって鹿児島の方にお移りになっておりますか。

公明党1978/03/30

84参議院 内閣委員会 第5号

○和泉照雄君 先ほど申し上げたとおり、昭和四十八年の三月の末ごろですね、この四ヘクタールの、四町歩の干拓をした農地を売る売らぬの問題で、もう村を挙げて非常に抗争をしておった時期に着任をされておるわけです。ですから、登記官の方もそういうような争いがあったということは、少なくともあの小さな町でございますから、島の中の町ですから、御存じなかったということは私はないんじゃないかと思うんです。だから農民の方々は、法務省というのは権力に迎合しないで…