受田新吉
会議録に記録された「受田新吉」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 17,759 件
- 直近の所属会派
- 民社党
- 直近の役職
- —
- 直近の発言日
- 1976/03/04
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 防衛82 件
- 宇宙59 件
- 社会保障・年金56 件
- 労働・賃金5 件
- 観光・インバウンド4 件
- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- エネルギー0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 100 件の標本- 内閣委員会90 件・90%
- 内閣委員会同和対策に関する小委員会10 件・10%
※ 全 17,759 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第77回 衆議院 内閣委員会 第4号
○受田委員 満州事変までさかのぼってきた、昭和六年までさかのぼってきた、しかしその前に幾つかの事変があり、それからシベリア出兵がある、こういうような方々の妻はもうよわいが七十、八十になっておられる、そういう方々に対してはどうですか。
第77回 衆議院 内閣委員会 第4号
○受田委員 その問題も一緒に検討してもらうべきです。もう少数です。それ以前の戦傷病者の奥さん、これは戦死者、戦没者の方も共通するわけですがね、そういう方々に対する少数の老齢者という問題が一部残されてきたわけです。満州事変以前ということになるとごく少数になってきておるのです。それを対象として、もう生命のともしびが余り長くはともっていないという方々まで拡大するという問題は予算的には大したことがないと私は思います。どうでしょう。
第77回 衆議院 内閣委員会 第4号
○受田委員 私は、恩給法と戦傷病者の援護法と兄弟みたいなものですから、従来ここで一緒に審査する時間をとらしていただいたのですが、最後に長官、恩給法の適用を受ける御遺族と戦傷、戦没者の遺族、援護法の適用による遺族が——なお南方その他の諸地域で未帰還の遺骨として残っておる。これに対して全面的に去年から取り組んでこられたわけです。この点は国務大臣としての見解を、あなた自身で総理府でその問題も扱う機関が一つあったですね、遺骨収集。収集は厚生省の…
第77回 衆議院 内閣委員会 第4号
○受田委員 これで最後の質問にします。 最後に、ちょっと先ほど質問をしようと思って残しておった問題があるのです。恩給支給時期の問題。実際は公務員の給与よりも一年と四ヵ月もおくれておる。せめてこれが一年おくれの四月に支給という線へ前進させていくべきである。それを四月に実施してもなお一年おくれておるのですね。その点もう繰り返し毎年申し上げていることですが、長官のこれに対する配慮を御答弁願って、ちょうどジャスト、約束の時間です。
第77回 衆議院 内閣委員会 第4号
○受田委員 では質問を終わります。
第77回 衆議院 文教委員会 第1号
○受田委員 五分間以内に質問を終わります。 文部大臣、先般の教育委員会委員長会議で、いま高橋委員の指摘された主任制度の対象になる職種を拡大しようという御意図があることを承っております。さらにこれから図書主任、給食主任等へも広がっていくとなりますと、この主任制度の対象になる職種がずいぶんたくさんになって、最後には手当を出すのにしては半分以上出さなければならぬというような事態が起こってくると思うのです。そういうことになる危険があるということ…
第77回 衆議院 文教委員会 第1号
○受田委員 小学校で十八学級という一応の基準、それをだんだん十二学級という方向へ下げていく、こういうような構想もございますか。
第77回 衆議院 文教委員会 第1号
○受田委員 永井先生は御懸念をする必要はないというお話のようですけれども、主任の対象になる職種というものはどこへ頂点を置くかということになってくると、なかなかとどまるところを知らないということになると思うのです。そこで制度としてはそれで結構だが、手当は支給しなくて済むという形にしておけば、たくさんの主任をつくってもいいわけなんですが、手当というものが当然伴うということになると、その手当は管理手当か指導手当か、いろいろ見方があって、世間で…
第77回 衆議院 文教委員会 第1号
○受田委員 人事院がまだ考えておる最中、三月からやろうというのにいま考えておる最中ではこれは間に合わぬということになるわけです。ここに非常に壁のある問題であるということは、私自身も学校長の経験を六年やっておりますだけに、こうした主任の立場の制度というものは一応理解できる。理解できるが、これに手当を出すということになると、管理的な認識を世間では持つ危険がある。それを指導的な認識に切りかえて、人事院がいま苦労して検討しておられる実態も十分わ…
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 坂田先生、お元気で何よりです。ひとつあなたにすかっとお尋ねしたいのですが、ポスト四次防構想について、私いろいろな方面で坂田構想を承っておるわけです。坂田先生はその構想の中に、いまの日本の財政事情等も勘案して、陸上の十八万を少し量よりも質的転換を図って、経費の節約と優秀な隊員の獲得を図りたいというお考えがあるやに承っております。これは私、当委員会でしばしば、十八万という固定した数字にとらわれないで、現実に十五万五、六千人しか確…
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 そうしますと、あなたの構想は、十八万は確保した上で量よりも質と、そういうことになるなら、どういうやり方があるわけですかね。量も確保したい、質も確保したいということと同じことになるのですか、これは。
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 わかりました。そうすると下限はどのぐらいだと思われますか。
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 いま坂田長官によって、十八万は上限であると……。私何回かこの問題に質疑応答を繰り返した経験から見て、私は、十八万は下限であるという従来の防衛庁の意図のように思ったのが、今度は逆に上限が十八万で下限は目下検討しておるとなれば、私がしばしば指摘した十五万とかあるいは十三万とかいう数字もそこで出てくると思うのでございまして、防衛庁としては画期的な長官構想であるということになると思うのです。そこで坂田長官、この十八万の事実上確保でき…
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 私は、わんさと押しかけて笑いがとまらないという情勢と予想しておったら、そうじゃなくして、離職率が減ったというさびしい御答弁でございます。この問題にちょっと触れたいのでございますが、いま十八万を充足するに至るほど志願者がやってきたら、それを受け入れる予算がとってあるんですか。あるいはとってなくて、十八万はごまかしの数字であるのか。御答弁を願いたいのです。
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 そうしますと、平時における陸上の定員十八万というのは幻の定員であって、防衛庁は法律にうたわれた予算を確保してない、大ぜい押しかけて十八万を充足するに至ったら全部受け入れる体制じゃなくして、一割五分なり削減した体制でやるということであれば、これは何のための十八万か。非常に志願者がふえて十八万を充足するに足るようになれば一挙に引き受けることができるのかと思ったらそうじゃないということは、これは一たん緩急あるときできるだけ定員を確…
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 どうしてですか。
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 わが祖国の防衛庁が、自衛隊が十八万を必要とすると固執しながら定員増を図る法案を幾つも出されて、いま事実募集もできないような数字を無理をせぬでも、実員に応じた改正をされてはどうかと何回か申し上げたにかかわらず、数字だけは十八万に強引に法改正をされた。ところが、いま八六%程度の充足率でいい程度の定員募集しか予想してない、予算も組んでない。ことしのように大ぜいの志願者がありそうだ、離職率も少ないということになれば、こういうときにこ…
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 長官、有事の事態になるというたって悠々として有事の事態になるんじゃないんです。有事の事態は突如としてなるわけです。有事の事態にでもなれば予算等を考えるというような、そのような悠々とした防衛体制じゃいけないのです。これはいつ有事になるかもわからない。平時、有事というものは突如として転換するわけです。
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 長官、あなたはウサギの耳の話をいま持ち出されましたが、かつて中曽根防衛庁長官が諜報中枢機関なる構想をお持ちであったのですが、あれは坂田先生、中曽根構想をそのまま採用されようとしておられるのでしょうか。また、非核中級国家構想というようなものもお持ちになっておられたわけですね。ひとつお答え願いたい。
第76回 衆議院 内閣委員会 第10号
○受田委員 中曽根構想は、統幕会議の中に諜報機関なるものを考えておったわけです。そして、中曽根さんの場合は自主防衛五原則ですか、それから先生の場合は三原則、二つほど原則が減っておるのです。これは中曽根構想を坂田先生も参考にされた三原則か、中曽根君などはへのかっぱだ、われ坂田長官なりでやられたのか御答弁を願いたいです。