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各派に属しない議員副議長参議院
総発言数
12,248 件
直近の所属会派
各派に属しない議員
直近の役職
副議長
直近の発言日
1960/04/14

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 本会議97 件・97%
  • 法務委員会3 件・3%

※ 全 12,248 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

12,248 件中 20 件を表示
日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 著者の創意工夫ということを加えることはけっこうでございます。そうすると、教育の目的との一致という、これは指導要領ですか、何かの内容に、平和の精神、真理と正義の尊重、個人価値の尊重、勤労と責任の重視、自主的精神の養成、こういう具体的な問題が述べられておりましたね。今度はこれが削除されておりますね。削除されておりませんか。

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 削除されておりませんか、おりますか。

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 教科書課長補佐、今の文言が今度の中で明確に説明されておりますか、出ておりますか。

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 内藤さんがわからないというのは、こまかいことがわからぬのは私はとがめだてしない。局長はこまかいことがわからないのはあたりまえのことだ。しかし、その作業をした課の課長補佐がそんないいかげんことを言っちゃ許しませんよ。あなた方のきめたことが、あなた方の立場できめたのか、どうきめたのか、あなた方はあなた方の主張があるのだから、それを述べてくれればいいのです。私は私の立場で質問しているのですから、何もあげ足を取ろうとしておるものでな…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 それでは、今速記をとめておる間に話し合われたことは、文部省にそのようにお取り計らわれることにいたしまして、現在いらっしゃる大臣なり、政府委員の方だけで御答弁できる点について質問を重ねたいと思います。 で、今教科書の検定で問題になっているのは、御存じのように社会科の歴史の問題、そうすると、歴史の検定をきびしくしなければならないとか、あるいはゆるめなければならないという一つの、何といいますか、条件として、今までの社会科の歴史の指…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 そういうおとなの——実際僕らのころはそういうような、内藤さんのような判定しかできないような歴史教育が行なわれてきておるのです。ですから、おとなとして見れば内藤さんのような御意見になるかもしれぬけれども、子供たちが、ただ物を暗記するんじゃなしに、人物を突き進んで評価をして、そうして自分と比べて、現代と比べてその価値、行跡というものを判断する、こういう批判的精神と言いますか、見方が育ってきたということは、私はこれは新しい社会科に…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 そこで今度は、午後に出て来てもらわなければならない人でなければ答えられない問題になる。ところが、文部省史観というか、文部省の調査官である村尾さんの発表されておる史観というものは、こういう子供の育て方とは違っていることであります。そうすると、これは御本人が出て来て、いろいろ御本人に説明を聞かない限りは、内藤局長の御答弁では私どもはわからない。内藤さんもそれをお認めになり、大臣もおそらく子供の育て方を——お笑いになっているのです…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 私は検定を云々言っているのじゃない。検定の任に当たる調査官の史観を、気持を言っておるのです。それから心がけ、その態度を言っておる。で、そういうものを、たとえば社会科の歴史教材の教科書を審議会の全員にかけて、全員で検定している事実はない。数人なんです。しかもその資料を出す中心をなしているのは調査官である。その調査官の考え方がこれでよろしいのかということ。それからもう一つ、村尾さんの点について触れます。村尾さんは、ある人との対談…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 東京新聞で村尾さんは、歴史の基礎理論を自分で考え、自分が編み出していくというような独創的活動などにあまり関心を払わず、与えられた歴史観に共鳴し、同調することで、やすやすと満足しがちである、こういうように編集者の教科書の作成の検定に対して批判をしている。こうなって参りますと、あなたのおっしゃるように、太田さんと村尾さんの違いがないというならば、こういう場合だけは違いはないということになり得る。それは独創的というのは、すでに文部…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 しかし、創意工夫を編著者がどのように出しても、検定基準というものをあなた方ががっちり持っておって、内藤さんが衆議院の委員会でも、先ほどから御説明するような誤字の訂正だとか、それから史実の誤りの指摘だとか、そういうことにはとどまりません。まるきり教育目的を変えるような指示というのがあるのです。午後出しましょう、これは。そういう事実でみますと、あらゆる独創というものは検定基準というワクの中で、文部省がこれは独創だ、これは創意工夫…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 それじゃ具体的な例をあげます。この指導要領の小学校を見ても中学校を見ても、皇室尊崇の念を高めなければならないとか、王政復古の思想を強調しなければならないというのはどこに書いてありますか、ありませんね。

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 ところが今度第一次検定、第二次検定を通過したある本を現場の人に借りて見ますというと、建武の中興という例の問題があります。私は建武の中興を入れろ入れるなという問題を言っておるのじゃない。具体的に建武の中興にこういうことを入れている、それは、天皇は京都に戻り、再び天皇政治をとるようになったのですと。天皇が直接、いわゆる天皇親政の時期というものは、これは奈良朝前後だけで、あとは教科書自体にも、摂関政治というものをうたって、京都でも…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 第一次検定でなかったものを、第二次検定でつけ加えられておるんです。指示も何もないものをつけ加えられるはずのものじゃありませんよ。私は、天皇政治をとるようになったのです、建武の中興は二年前後でしよう、その二年前後で混乱をしておったこの現象をつかまえて、あたかも天皇主権の政治が行なわれておったような史実を、ことさらにつけ加えなければならないということは、史実の考え方としてどうだという一つの問題があります。それから天皇政治というも…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 それは大臣、局長の説明が違うのです。建武の中興が入ったり入らなかったりしたので合格してるのもある。こういうのです。私が今問題にしているのは、建武の中興じゃない。初等中等教育局長は、先ほどから創意工夫と、しかも子供の理解度ということをしきりに言っている。今、この前に建武の中興という項があった。その中に「後醍醐天皇は京都にお帰りになりました。」、これでいいんだ史実は。ところがそれを訂正して「天皇は京都に戻り、再び天皇政治をとるよ…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 歴史的史実に反するとは言いませんよ。言葉が、用語が適切じゃないじゃないかというのです。ですから、よく聞いて下さいよ。建武の中興というものは、親政については二年かそこらだ。これを天皇親政が長く続いたような、説明不十分な表現で出すということは、史実を誤らしめるおそれがあるのじゃないかということなんです。私の言うのは、一応それは譲る、しかし後醍醐天皇が京都にお帰りになりました建武の中興というものの中の説明で、お帰りになりました、し…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 調査官の方いらっしゃったところですから、調査官の個人的意見であっても、調査官としての御発表であると、私どもは文部省の、これはたとえば検定問題であれば、検定の一つの考え方だというふうに受け取る、この受け取る受け取り方は当然だと思うのです。 そこで、太田さんいらしておるようですけれども、あなたの御発表と、それから村尾調査官の考え方というものが必ずしも一致しておらない、こういう点を午前中指摘したわけです。そこで、あらためて村尾さん…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 それはわかっています。ところが村尾さんの考え方だとすると、全体として感じているいわゆる教育的な、内藤さんの言う教育的な立場で教材をセレクションするということではなくて、国民の間に伝承されているような事象というものを、国民の全体としての受け取り方でたくさん受け取っているものならば、これをその時代の重要教材としてピックアップするということになりますと、一体、かつての修身科で一つの人格類型を並べて、そして道徳教育をした、かつての国…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 それでは指導要領に従って検定したはずの教科書に、どうして指導要領で要求しておらないようなものが出てきたか。一次検定のものと二次検定のものと、具体的に申し上げますから御説明いただきたい。「私たちのくらしと国の歩み」という中で、「都のくらし、いなかのくらし」という一章があります。これはこう書かかれてあります。「しかしこの美しい都から一歩外へ出ると、多くの人々は昔と同じようなおくれた生活をしていました。口分田からの稲の取れ高も、そ…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 私は調査官の太田さんがこういうふうに指示をしたと思ってもおらないです。そういう御質問もしておらないです。調査委員というものがあって、A、B、C、D、Eという、かつてはそれぞれの調査委員の個人の調査によって得た結論というものを全部書いて、それでそれを今度編著者は見て、条件によっては、とるべきものととらなくていいという自由を持たせられている、今度は調査委員の意見というものはどこからも編著者は憶測するだけで十分わからない、だから調…

日本社会党1960/04/14

第34回 参議院 文教委員会 第10号

○加瀬完君 今、審議機構の問題が出ましたから、これに触れるのは本意でありませんが、付随して伺います。社会科に十人の調査官がおりますが、歴史教材を調査する方は、十人が全部でおやりになっておるのではないでしょう。これが一つ。それから、調査員が一冊について三人か五人で調査をして、それを審議会に出す。審議会の社会科の委員は十五人、十五人といっても、歴史の教材を十五人が全部見るかどうか、これも私はお答えしていただきたい。それから、一次検定のものを…