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34回国会参議院1960/04/14

文教委員会 第10号

発言数
303
登壇者
8
会派数
3
開催日
1960/04/14

会議録

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  まず、委員の異動について御報告いたします。去る四月五日、北畠教真君が委員を辞任され、その補欠として西田信一君が選任されました。また、四月七日、西田信一君が委員を辞任され、北畠教真君がその補欠として選任せられました。  以上であります。   —————————————

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 次に、理事の補欠互選についてお諮りいたします。委員の異動に伴いまして、現在、当委員会に理事が一名欠員となっております。互選は、慣例によりまして、成規の手続を省略いたしまして、委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 御異議ないと認め、委員長より、北畠教真君を理事に指名いたします。   —————————————

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 次に、委員長及び理事打合会の経過について御報告いたします。  一昨日及び本日の理事会におきまして協議いたしました結果、本日は、当面の文教政策に関する諸問題中、主として教科書に関する件につきまして調査を進めることに決定いたしました。なお、来週火曜日には教科書問題を取り上げ、木曜日には芸術院運営について調査をすることに決定いたしました。  以上御報告いたしましたように調査を行ないたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。  なお、本調査に対しましては、政府側より宮沢文部政務次官、内藤初等中等教育局長、末広教科書課長補佐が出席いたしております。御質疑のおありの方は順次御発言を願います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 教科書検定、特に社会科における歴史部分の検定が今大きく問題になっておりますが、まず、この点について伺いたいと思うのでありますが、その前提といたしまして、文部省の歴史教育の究極の目的といいますか、一応、社会科における歴史教育の目的というものを次のように解釈してよろしいかどうか。その点について伺います。一つは、わが国が国家の独立を保つて、世界の強国として発展した。これはわが国民が誇りとすべきことである。このような日本の民族の誇りの自覚、こういうものを一つ与えるということ。それから、しかしながら、わが国の近世における発展は、隣邦諸国に対する帝国主義的な圧迫のような形をとつて、これらの点については、この際、過去のあやまちを十二分に反省しなければならない。過去の国家民族のあやまちの反省。第三は、自立的な立場、世界平和への貢献の自覚、こういうものが歴史教育として強調されておる中核であるというように解釈をしてよろしゅうございますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 歴史教育について、小学校の場合には社会科でございまして、その内容は、社会、政治、経済的なものと地理的なもの、歴史的なものが一体となっておりますので、明確に歴史教育の目的ということは出ておりません。従って、今お述べになったことは、大きな線では私は正しいと思っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 社会科の中の歴史教材ということになるわけでありますが、文部省の検定を終わっておりまする高等学校の世界史なんかの最後のくだりには、今私が申し上げましたような点が、一応これは文部省の小中高を通しての——小学校、中学校の学習指導要領なんかにも具体的にはこれらの内容に触れておりますから、通しての一つの中核をなす目的だと推察をしたわけです。そういたしますと、小・中・高それぞれの対象が違いますし、それから教材の配列も違うわけでありますから、取扱いも違って参りますが、民族の誇りの自覚あるいは過去の国家民族のあやまちの反省、新しい世界に対しまして自主的な立場、世界平和への貢献の自覚、こういうものが、濃度の差はあれ、あるいは教材の取り上げの量の多少はあっても、いずれにおいても貫かれておる線だ、また、社会科というもののワクの中ではあるが、歴史教育の上においてはこういうところをねらっておるのだ、大要はそのように解釈してもよろしゅうございますね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 大要はさように解釈されてけっこうだと思っております。ただ、社会科というものは、今申しましたように、地理、歴史と、こういうふうに截然と区別されておりませんので、社会科全体の目標がございますので、その社会科全体の目標と関連しながら歴史教育を進めていかなければならぬと考えております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そこで、小学校の検定は一応終了しましたが、まだ公表はされておりません。中学校の検定はこれからの問題であります。そこで、高等学校の昭和三十一年度の検定というのが一番最後のものになるわけでありますが、「歴史評論」という雑誌の三月号の中に、北海道の高等学校の先生が、山川版の高校世界史についていろいろと述べております。これによって見ますと、「一九一五年の中国に対する二十一個条要求」、この問題が五訂版では取り上げられておりまして、「列国は大戦のため、これに干渉をするいとまがなかったが、日本の態度を快しとはしなかった」という、短い文章でございますが、あるのです。これが六訂版になりますると全然取り去られておる。こういうように、当然、日本民族として反省しなければならないような歴史的事象というものを取り去ってしまっては、さっき言ったわが国の過去の反省というものを教材から素材として取り去ってしまったのじゃ、十二分の反省というものが、できなくなるおそれがあるがこういう点を、教科書課長補佐の方いらっしゃいますので、今、内藤さんが大要を認めたそのこととは、文部省の検定そのものの食い違いというものをわれわれは認めざるを得ない。これはどういうことですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 私からお答えします。文部省といたしましては、著者が出願された事情について勝手に削除を命ずるようなことはございません。著者がそれを必要であるかどうかという、著者の認定があるわけでございます。主として文部省がやっております検定の仕方は、誤植、それから内容の不正確、こういう点に重点を置いて検定をいたしておるわけですが、歴史の場合に、その時代の大きな流れというものが一応出ていないと困る、こういう点から、文部省が何か検定に際して、今二十一ヵ条要求を削除した、こういうような誤解があるようでございますが、文部省がそういう削除を命じた事実は、私はないと信じております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ですから、内藤さんではおわかりにならないからと私は最初に申し上げている。というのは、この五訂のときに、われわれの研究もこれで一応もう固まったものになった、今後はわれわれ自身においては改訂をする余地はないと、こういうように五訂版の、山川版の世界史の編著者が申し述べているのです。ですから、六訂において、もしも、五訂においてそう大みえを切っているのに、六訂においてたくさんの個所が改訂されておるというのは、少なくもこれは著者の意見じゃない、文部省の示唆があって改訂したと、これは認めざるを得ない。ほかにもっと例をあげます。で、過去のわれわれのあやまちについて反省をするということであれば、過去のあやまちのうちでも、まあ見方の相違はあっても、少なくも太平洋戦争というものについては、太平洋戦争というものがどういう形で引き起こされたか、あるいは日本をそういう形に引っぱってきた軍部の政治関与の問題というのは、今までの教科書ではずいぶん多く取り上げられておった。で、この点も、軍部の政治関与というものを十二分に批判をするという考え方は、今、文部省においても変わっておらないでしょう。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) その点はまさにその通りでございます。軍部の政治関与ということを度外視しては、太平洋戦争を正確に記述することはできないと思うのです。ただ私、前に歴史の教科書を見たときに、ソ連が不可侵条約を一方的に破棄して日本に戦争をしかけたようなことは全然触れていない教科書もあるわけであります。ですから、私どもとしては、公正に歴史の事実というものが述べられておれば、それはけっこうでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 私がこれから指摘するところはそういう点ではありません。前に引きました山川版の、「日本における軍部の台頭」というものが、六訂では三百四ページにございますが、これは五訂の五十行のうち二十九行を削除している。二分の一以上も削除されておるのです。そこで、このように「軍部の台頭」というものを半分以上削除するという削除のさせ方が、一体妥当かどうかという問題が当然出てくると思うのです。で、具体的に私は文章を読んでみます。「日本政府は軍部を統制する力を失ってしまった。」、こういう内容の昭和初期の軍部の歴史について、次の二つの前後において表現が違っておるわけです。あとの方から申しますと、「満州では、張学良が日本勢力の排除をはかり、一九二九年以来、満州には日華両国間の紛争が繰り返された。一九三一年九月、ついに満州事変が起こったのである。これは関東軍の計画的行動で、九月十八日柳条溝で鉄道を爆破するとともに、日本軍の軍事行動は、直ちに全満州に展開され、間もなくその基地をことごとく占領した。戦火は上海に波及して、三二年一月上海事件が起こり、同三月軍部に対する内閣の反対を押し切って、かいらい政権である満州国を作り上げた。国内において、日本の行動は強く非難され、国際連盟も満州問題を取り上げてリットン調査団を派遣し調査させた。その結果、日本の行動は計画的なものだと断定されたので、日本は国際連盟を脱退した。」、これが六訂版、五訂はどうなっておったかと申しますと、「満州では、張学良が日本勢力の排除をはかり、一九二九年以来、満州には日華両国間の紛争が繰り返された。かくて両国の大規模な正面衝突は必至となり、一九三一年九月、ついに満州事変が起こされたのである。これは関東軍の計画的行動で、九月十八日柳条溝で鉄道を爆破するとともに、日本軍の軍事行動は、直ちに全満州に展開され、間もなくその要地をことごとく占領した。時の若槻内閣は、事件の不拡大方針をとったが、軍部はこれを無視して軍事行動を続けたため、内閣は同年十二月総辞職した、次の犬養内閣は、日華の直接交渉によって問題を解決しようとしたが、軍部にはばまれて成功せず、この間、戦火は上海に波及して、三二年一月上海事件が起こされた。同三月、軍部は内閣の反対を押し切って、かいらい政権である満州国を作り上げた。日本国内でも軍部の行動に対する非難が高まったが、軍部はこれを直接に、または右翼団体を使って弾圧し、反軍演説を行なった犬養毅首相が同年五月十五日、軍人のために暗殺された。(五・一五事件)このようにして、軍部はついに日本政府を支配するに至ったのである。」、あとは略しますが、こういう形であります。この、前とあととでどっちが、軍部の横暴が日本の政治というものをじゅうりんしたかということが分明になっておるかということは、これは議論の余地はないと思う。なぜ同じ日本の中でも、若槻内閣のように、犬養内閣のように、平和主義といいますか、あるいは戦争の終結主義といいましょうか、こういう形で、何とか平和を取り戻そうとした多くの人々の考えが、政治家そのものの考え方は、こういう平和主義であったのだということを国民に十分訴えることの方が私は大事だと思う。これを削除してしまっては、これはまるきりあんこのない、皮だけのおまんじゅうみたいで意味がないのじゃないか、こういう改訂を、一体示唆しなければならない文部省の考え方というものはどこにあるのか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 何か文部省が著者に、こういうふうに改訂を命じたというような印象を受けたのですが、私どもはそういう事実は全くございません。私もずっと検定については見ておりますが、そういうような、この内容にわたって一々文部省が、これが多いとか、少ないとかいうような指導をしたことは今までにかつてないわけです。ただ、これはあり得ると思う。全体的な歴史の流れを見る場合に、ある特定の事件だけを取り出して、それだけを強調するということは、大きな歴史の流れを見失うおそれもありますので、その中にはそれぞれ適切な分量がなければいかぬと思う。組織、内容、配列、分量というようなものが適切でなければならぬ。ですから全体を見てみて、そこに一つの歴史の流れが明確にわかるというふうにしなければならぬと思う。ただ御指摘の点は、なるほど軍部の点については詳しい方がよくわかりますけれども、日本歴史全体を扱う場合、あまり一ヵ所に分量をさくことは、これは教科書として適当ではないかもしれません。こういう点で、私どもが何か著者に内容について削除を命じた、こういうような事実はないということをここで明らかにしておきたいと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 削除を命じたとは申しません。しかし削除するように示唆をした。的確なたくさんの証拠をあとで申し上げますから。ですから、内藤さんは直接おやりになったのではないから、直接おやりになった担当の方に私は事情を聞かなければならない。私先ほどから申し上げているのはそこなんです。ただし、ここではっきりするのは、今申し上げました山川版の高校世界史におきましては、少なくとも内藤さんにおかれましても、この日本における軍部の台頭というものが、特に日本政府は軍部を統制する力を失ってしまつた、こういう点では、今二つあげた内容で、訂正しない前の方のものをそこだけ教えれば、子供には十分にわかる材料が与えられておる、訂正されたものは文部省の意図でないにしても、かえって今言つた、この指導要領でも示しておるこの問題を不明瞭にしているということはお認めになると思う。そこで、それじゃ一体、全体の体裁の上から非常にそこがこまか過ぎるから除いたのだ、それで非常に未熟なところをつけ加えたのだと、こういう御説明ですけれども、そういうところもあるかもしれません。それならば基本的に一体文部省の考え方というものは、こういう問題についてはどうだという点を伺わなければならぬ。そうすると、ファシズムに対する批判というものを強く初め指導要領では指示しておる。今日、ファシズムあるいは財閥に対して、文部省は歴史教材としてどういう見方をおとりになっているか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 指導要領では、各教科についての目標がございます。あとは内容は、大体その内容の範囲を規定しているだけであって、あまりこの中に価値観を入れているわけではございません。で、今何か文部省が、ある調査官が勝手にやっているような、私、印象を受けましたけれども、教科書検定につきましては、社会科ですと、大体十人くらいの調査官がおるわけです。そのほかに調査官全部で四十人おります。で、とても四十人だけでは内容の検定が十分に参りませんので、外部の人、現場の先生、また特殊の専門事項につきましては、約五百人程度の調査員を委嘱しておりまして、調査官の場合には、一冊の本について調査官全部の人が目を通して、それぞれ意見をまとめて総合的に検定をいたしております。一方において調査員の意見もまとめまして、審議会において慎重に審議され、審議会においても八十人のメンバーがございまして、各教科にわたって、社会科ですと十数名になっておると思いますが、その方がみずから本を読んで、そうして調査官の意見、調査員の意見を十分聴取されて、そこで慎重に決定を見ておるわけです。ほとんどこれは全会一致でございます。こういうような手続をとつておりますので、文部省がどうのこうのと、こういうようにおっしゃると、ちょっと私どもは答弁をいたしかねるわけです。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし審議会に提出をする、まとまりをつけるのがこれは調査官の仕事なんです。調査官自身が審議会の決定だけにとどまらないで、いろいろ自由な発表もしているじゃないですか。そこで、そういう調査官を問題にするのはあとにしますけれども、文部省がこういう指導要領を幾つか作ったわけだけれども、指導要領は変わつているのです、昭和三十三年に。そうすると、初めの昭和二十二年ですか、それから二十六年に作った指導要領のときと、今言った具体的にファシズムや財閥に対する見方というのは変わつているのかいないのか、具体的にこれを聞いている。指導要領はこれは文部省の責任で作ったのですから、当然、文部省がお答えになれるはずなんです。それを聞いているのです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 財閥やファシズムに対する考え方は、新学制になってから今日まで何ら変わっておりません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 変わっていないとするとおかしい。こういうのは、やっぱり高等学校山川版では、ファシズムと財閥に対する文章というのを全部削除しております。特にファシズムは、虚偽の歴史を教えて自国民の優秀性を強調し、英雄主義を鼓吹し、民主主義国家の悪徳を並べ立て、侵略戦争を正当化した日本ファシズムは、東亜新秩序建設に聖戦と称して国民を侵略戦争にかり立てた、こういう文章が五訂版にある。これは全部削除されておる。で、これは大臣がいらっしゃいませんでしたから、つけ加えて申し上げますが、内藤さんは、文部省が削除したというが、文部省が削除させたわけじゃないと、こうおっしゃっておられますが、今私が読んだようなものが、削除される前の五訂版というものの中には、前書きにおいて、これはもうわれわれが研究推敲をした最後のもので、将来もうこれは改訂はしないのだと、著者が全部の名前でそういう声明をしている、声明的な説明をされている。ですから、著者みずからがこんなに大部分の点を変えるということはあり得ない。ところがですね、現実、六訂版は変わつている。そこで、これは検定のときにこういう示唆があったために変わったとわれわれは認定せざる得ない。これは文部省がやったとか、どうこうということではないのです。ですから、いわゆる著者みずからもここを強調しなければならないという態度であるし、文部省もファシズムや財閥に対する批判というものは変えておらないというのに、なぜ一体六訂版でそういうものが、著者の意思は変える意思がないというにもかかわらず変わってきてしまったか、ここに私どもは疑問を持たざるを得ない。これは全然文部省に責任がなく変わったんだと言い切れますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 今、五訂版とか六訂版とおっしゃったけれども、私、実はその書物を見ていないのですが、調査官制度を置きましたのは、昭和三十一年の十一月に任命したと思うのでございます。ですから、おそらく調査官制度ができる前のことかもしれません。そこで、当時は一般の調査員制度でやっておりまして、いわば片手間にやっておつたということなのです。ですから文部省として調査員が責任ある調査をしているわけではないと思うのでございます。それから、著者が、これはもう絶対に変えないのだというようなことをおっしゃるのは私はおかしいと思うのです。教育の内容や方法は進歩しなければならない。進歩するように教科書の内容や方法を変えるのがあたりまえだと思うのです。これが、それを永久に変えないような教科書というものは私はあり得ないと思うし、また、著者自身がそれだけ確信があるならお変えにならなければいいと思う。ただ、学習指導要領が変わった場合に変えることは、これは当然あり得ることなのです。その点、何か文部省が削除したとか、指示したとかいうお話を伺いますけれども、どうも私はそれを理解しかねるのでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 いわゆるF項パージということが一部世間に伝えられたころ、これは検定がきびしくなったころの五訂から六訂への移りですね、著者は、一、二、三、四、五訂とやったのだけれども、六訂で、もう生徒に対する心理的な条件も、あるいは教材の配列も、社会科としての世界史の教育的な考え方も、われわれとしても固まった、永久に変えないとは言わないけれども、とにかくこれから毎年変えるようなものではなくて、これは一応固まったのだという表現をとるのは当然だと、そういう形が五訂で行なわれておるにもかかわらず、大量に変えていくところが問題だというのです。ファシズムと財閥、あるいは軍部に対する批判、こういうものをことごとく抽象的なものにやわらげてしまった。これが著者の意思によってやったのじゃないということは明瞭である。その最も明瞭なものをあとで材料として出しますが、そこで、今お話にございました、それじゃ、学習指導要領が変わらない前のお話だから、文部省は責任は持てないというのならば、学習指導要領の変わったあとの問題について質問を続けて参ります。学習指導要領の一般編が試案として二十六年に出されたわけです。これは官報告示で昭和三十三年に出された。この指導要領はどういう経過と手続でこの三十三年度版はお作りになったのか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 指導要領につきましては、まず教育課程の基本が教育課程審議会から答申が出まして、それに基づきまして教材等調査研究会というものが各教科別にございまして、これは総数三百何十人に上ると思いますが、現場の先生、大学の教授、その他学識経験者を入れて、各教科別に慎重に審議して、一応の案を作つて、七月に中間発表いたしたわけであります。その後、各方面からこれに対する御意見を伺いまして、十月一日に官報告示をもって公布した次第でございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 三十三年の指導要領には、今までの指導要領とは違った新しい意義というものを与えていると思う。これはどういうことを意図しておるのですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 指導要領というのは、学校教育法の施行規則にもございますように、教育の内容についての国の基準である。これは前から明確になっております。学校教育法を受けて、指導要領の基準によるということになっておりまして、それでございますので、別に、今回告示という形をもって公布いたしましたけれども、国の教育内容の基準という点については、従来も変わらなかったし、従来もこの基準に基づいて教科書の検定が行なわれたわけであります。ただ、昭和三十三年のときは非常に整理した、今までは指導要領が非常に分厚いもので、かつ教科別に三百ページぐらいのものでございました。それは教育の目標、内容、その取り扱いのほかに指導法までが入っておつたわけです。私どもは教育の指導法までを国の基準にするのは行き過ぎであるという考え方から、指導法は手引書に譲りまして、そこで教育の内容と目標、その取り扱いにむしろしぼって、各教科を通じて二百ページ程度のものに、非常に簡素なものにいたしたわけでございます。国の基準性という点については、従来も今日も変わりがない、かように考えておるものでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 前の指導要領の一般編を見ると、学習指導要領の目的というものが明確になっております。これは教師を助けるためのもの、教師の手引、教師の仕事の補助をするもの、こういう書き出しで、一として、教育の一般目標として教師に示唆を与えるもの、二として、教師に具体的な学習の手がかりを示唆するもの、三として、学習内容や組織について示唆をするもの、四として、有効な指導の例を示すとともに、教師が自分の創意や工夫を生かして指導するよう教師に刺激を与えるもの、以下何条かが述べられている。今度の学習指導要領の目的もこれと同じですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほども申しましたように、前の指導要領は指導法までたくさん入っておった、そういう点で法律体系の上から見ますと、学校教育法及びその施行規則をごらんいただければ、教育の内容については、学習指導要領の基準によらなければならないということが明示されており、その法的な考え方において私は同じだと、こう申し上げたのでございまして、内容は先ほど来説明しておりますように、このたびの指導要領は教科の目標、内容、その取り扱いという点について限定をいたしておりますので、前の指導要領は三百ページ程度の分厚いものが各教科別に出ている、今回は二百ページ程度のものに全教科をまとめた、こういう点で内容は違っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それじゃ学習指導要領の新と旧で、内容の大きな違いはどこですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほど申しましたように、新の方は教科の目標、内容、その取り扱いということに限定いたしました。旧の方は指導書、手引書の分が分厚く入っておつたわけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 前の指導要領は重要ではあるが、これは参考資料、言い直せば重要参考資料、こう表現した、それから教師の創意工夫を重視すべきだ、こういう点が強調されている。これは変更されておりませんか、今度の指導要領では。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほど来申しますように、指導要領というものは、これは学校教育法及びその施行規則の系統において法的性格が明確になっている、これは各学校において教育を行なう場合に、指導要領の基準によらなければならない、こう出ておる。だから法的性格は同じだと私申し上げているわけです。それから今お話の点について、教師の創意工夫を重視するという点は、今日も前も変わっていないのであります。ですから指導要領できめているのは、一応のワクでございまして、その内容をいかに盛るか、その方法をどういうふうに効果的にやるかということは、教師にまかされている。ですからその基準性の分と参考的なもの、手引書的のものが、前は一緒に入っておった。今回は基準性のものだけを引き抜いた、こういう点に違うものがあるだけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そうすると、教科書というものに対する見方は、旧指導要領においても、新指導要領においても同じですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それじゃ前の指導要領では、教科書というものをどういう見方をいたしておりましたか。今度の指導要領はどういう見方をすると書かれておりますか。私は違っていると思う。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 前も現在も内容については、教科書検定にあたっては指導要領の基準を守らなければならぬと、こう明記されているのでございまして、この点変わっておりません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 教科書課長補佐、今の内藤さんのお話で違っておりませんか。もっとほかの別の表現をしたでしょう。

末広秀則文部省初等中等教育局教科書課長補佐

○説明員(末広秀則君) 今、局長のおっしゃった通りだと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 前には、学校で用いる教科書は学習指導要領を基準として、これに準拠して作られる、しかし教科書は学校における必要な教育活動の全部を用意しているとは限らない。教師は学習指導要領を参照し、かつ自己の経験に基づく見解も加え、さらにいろいろな視覚、聴覚の材料をも補充して、教科書の学習を一そう豊富なものにする必要がある、こう書かれておる。ところが今度は、教科書その他の教材、教具などについて常に研究し、その活用に努めることということで、非常な短い文でくくられておる。しかも調査官の、週刊雑誌の例など出すと、いろいろ新しい物議がかもされるかもしれませんが、調査官の新聞や雑誌等における対談その他論文と言いますか、こういうものでも、教科書が主たる教材としての厳重なワクをだんだん強くかぶせておる。こうなってくると、前の指導要領における教科書の見方というものと、今度の調査官が検定の対象として、今セレクションしておるこの教科書というものの見方とは変わつております、こうわれわれは判定しなければならない。教科書課長補佐、あなたは、それでも全然前と同じ見方をしておるということが言われますか、表現がまるっきり違うでしょう。前の学習指導要領を読んで、今度の指導要領を読んで、教科書というものが、前の指導要領と同じものだという認定はこれは下せませんよ、下せますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 責任は初中局長の責任でございますので私から申し上げます。  学校教育法をごらんいただきますれば、明確になっておりますように、教科書は使わなければならない、これは国定にいたしましても、検定にいたしましても、学校においては教科書は使わなければならぬ、第二章に、有益適切な教材は使用することができる、こういうふうになっておるわけであります。ですから教科書が主たる指導教材であることは、学校教育法をごらんいただければ明確になっておるのであります。この点は指導要領においてもあるいは検定基準においても、そのことが貫かれているわけでございます。ですから本質的には変わつておるはずはないと思うのでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 私の聞いておるのはそんなことじゃない。前の学習指導要領には、教科書という項目が設けてあって、教科書というものは、さきに私が述べたような形で取り扱うということになっている。今度の学習指導要領には、教科書のワクが、がちっときまっておる。そうすると、ニュアンスとして、教科書に対する受け取り方というのが違ってくるのじゃないか、また違ってくるような、特に検定などに臨む調査官の態度というものは違ってきているのじゃないかという受け取り方をされるような言動がある。そこで指導要領では、教科書の取り扱い方を変えたのかと伺ってみると変えないとおっしゃる、変えないというならば、今度の指導要領のこの文章では、文言では、前の指導要領の教科書に対する説明のような懇切丁寧な点は欠けているんだ、そして文部省の調査官の言動というものがああいう形になって現われてくると、教科書の検定を受ける人たちにとつては、教科書というものがもう動かすことのできない固いものという感じを受けるんじゃないか、ニュアンスが違ってきているか、いないかという点で、われわれは文部省はどう考えているんだということを伺っている。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) この点は先ほど来申しましたように学校教育法を制定いたしましたのが昭和二十二年、当時私もこの起草に当たったわけですが、その当時から教科書が主たる教材であるということは明確になっておりまして、有益適切な教材を使うことができる、ですからその他の教材は第二義的な補充的な意味を持っておるのでございまして、こういう点で視聴覚な教材を使ったり、あるいは先生方がいろいろな経験を豊富にして教えていかれる、これはもちろん必要なんでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 従って、その教科書は指導計画の全体を示すものではない、こういうことで、結局、指導要領に基づいた指導計画というものが大事で、指導計画の主体をなすものは、これは先生方の経験なり、学習なり、こういった教育事実、教育体系、教育的な学識、こういうものだ。そういう指導を、先生を主体にする指導計画のワクの中で、主たる教材になるのが教科書なんだけれども、その教科書というのは、指導計画の全部を示すものではないのだから、これは教科書プラス・アルファということで、それで指導が行なわれるのだ、こういう立場が明確になっているのでしよう。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) お説の通りです。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そうすると、教科書そのものが何もかも全部の教材で、一切これ以外の教材はないという考え方じゃないわけですから、言葉を平べったく言えば、昔の国定教科書のような考え方ではないのですから、そこで教科書の編さん者のそれぞれの教育的立場、学問的立場で、自由な意思というものを教科書の内容に盛り込むことができる。そしてまたそれを受けとってくるところの教師の側では、自由な意思を盛り込ませたその教科書に、先生方自身の自由な教育的意思を盛り込んで、教育計画というものを作ることができる。ところが今度の指導要領によりますと、そういう点が全然説明がございませんし、くどいようですけれども、調査官があのように、特に社会科などの歴史関係の教材では発表をいたしております。教科書が主たる教材というものを通り越して、昔の国定教科書のように、この教科書で何もかもやらなければならないのだという印象をどうしても受けざるを得ない。一例を言えば、この間、あとで詳しく申しますが、村尾さんは社会科の中の歴史の教材というものの見方は、記憶させることが非常に大切だ。そうなってくると、記憶させなければならないというものを文部省は持っておって、これとこれとこれという、こういう教材というものは入れられなければならない、こういうものは記憶させなければならないということになります。そうすると、指導計画の中で、先生方の方で創意工夫を働かせる余地というものが非常に狭まってくる、こういう印象を受けざるを得ない。こういうことでないのですね、教科書というものは元の通りですね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 基本的な考えはあなたと同感でございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それではさらに伺いますが、検定基準は、そうすると前と変わつておりませんか。たとえば絶対条件と必要条件というものはどういうふうに——絶対条件としては、教育の目的と一致すること、それから教科の目標と一致する、それから立場の公正、こういう三点が特に強調されておりました。それから必要条件としては、学習指導要領の内容に準拠すること、それから不正確、一方的見解がないこと、それから内容の程度、こういうものがあったですね。これは現在でもこの通りで何も変わっておりませんか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 検定基準は前の基準と同じでございますが、ただ一つだけ、著者の創意工夫という点を新たに加えただけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 著者の創意工夫ということを加えることはけっこうでございます。そうすると、教育の目的との一致という、これは指導要領ですか、何かの内容に、平和の精神、真理と正義の尊重、個人価値の尊重、勤労と責任の重視、自主的精神の養成、こういう具体的な問題が述べられておりましたね。今度はこれが削除されておりますね。削除されておりませんか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) これは教育基本法、学校教育法に明示されておりますから、当然入ってくるわけですし、また社会科の中にも、個人の尊厳あるいは平和的手段によって解決しなきゃならぬということは強調されておりますのです、変わっていないと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 削除されておりませんか、おりますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) この指導要領をごらん下されば、削除されてないことはおわかりになると思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 教科書課長補佐、今の文言が今度の中で明確に説明されておりますか、出ておりますか。

末広秀則文部省初等中等教育局教科書課長補佐

○説明員(末広秀則君) ちょっと私も具体的に、その文言そのものが出ておるかどうかは存じておりませんけれども、今、局長の言われました……。(「だめだ、そんないいかげんなこと言つちや、あんた課長補佐だろう、内容知ってるはずだ。知らぬはずがあるか、質問できない。」「委員長々々々」と呼ぶ者あり)

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 さっきからこの運営まずいと思った。第一に、きょうは事前に通告されておる。それでこの教科書の課長を呼んでるはずだ。地方に出張してこない。課長補佐が来ている。それに質問している。なるほどあんたは責任者かも知らぬ、内藤君は。しかし全部何か待ってて押えるような格好で答弁する。ところが、われわれ聞いてるのは事実なんだ。事案に基づいてどうなるか、これが大切なんだね。ところが、その何が局長の意を迎えるように実に不明瞭で、そのものを持って来たのか、持って来てないのかどうなのか。その資料はあるはずだ。その資料を読んでみなさい。何ですかその答弁は。そんな運営でいいのか。委員長注意して下さい。あんた資料持って来てるでしょう、その資料があるんだから、今、加瀬君の質問がある点がはっきり出ているか、出ていないか読んでみれば明らかなんだ。あなたの役はそれでいいのだ。何も人の意を迎えたり主観的なことを言う必要はない、事実を国会で。あなた説明員としてここでやることを要求された、その任務はそういうことです。あなたはそんな変なことを言うことはないのです。局長だってそうなんです。局長だって事実を話しなさい。あなたの主観的なことを話す必要はない。政治的な問題は大臣に聞くのだ。その点はっきり確認しておきたい。言いなさい。何を言っておる。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 内藤さんがわからないというのは、こまかいことがわからぬのは私はとがめだてしない。局長はこまかいことがわからないのはあたりまえのことだ。しかし、その作業をした課の課長補佐がそんないいかげんことを言っちゃ許しませんよ。あなた方のきめたことが、あなた方の立場できめたのか、どうきめたのか、あなた方はあなた方の主張があるのだから、それを述べてくれればいいのです。私は私の立場で質問しているのですから、何もあげ足を取ろうとしておるものでなければ、事実がどうなっておるかということを聞いて、それでいいかどうかということは局長なり大臣に聞く。しかし、あなたが知らないということはない。(「削除したら削除したと言えばいい」「相談しなければ言えないのか」「あきれたものだ」「あなた以上知っている人はいないのだよ」「大臣注意してくれ」と呼ぶ者あり)

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 議事進行のために申し上げますが、ちょっと速記をとめて……。

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 速記をとめて。    午前十一時二十四分速記中止    —————・—————    午前十一時四十二分速記開始

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 速記を始めて。質問を開始します。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それでは、今速記をとめておる間に話し合われたことは、文部省にそのようにお取り計らわれることにいたしまして、現在いらっしゃる大臣なり、政府委員の方だけで御答弁できる点について質問を重ねたいと思います。  で、今教科書の検定で問題になっているのは、御存じのように社会科の歴史の問題、そうすると、歴史の検定をきびしくしなければならないとか、あるいはゆるめなければならないという一つの、何といいますか、条件として、今までの社会科の歴史の指導の中に子供たちがどう育ってきたか、その子供の育ち方がここでは妨げられているから教科書を改訂しなければならぬ、これは正しい行き方です。ここはさらに育成しなければならない、こういう問題に当然なってくると思う。問題は、子供の歴史の見方というものがどうであるかということも、一応私ども問題にすべきじゃないかと思う。そこで、二月十一日に、NHKが現代の子供と日本歴史ということで放送いたしました。そうしますと、百三十六人選んで、歴史上の人物のうち、よく名前を知っているもの五名選ばせたり、あるいはどういう人を尊敬するかとか、その理由は何だと、こういうような調査を、いろいろ子供たちがどういうように社会科の中で歴史的にずっと言ってきたかという見方を調査をして、その放送がございました。それを見ますと、神功皇后とか、道鏡、高山彦九郎とかはあまり知っておらない。しかし戦前の、歴史を学んだおとなたちの知っている人物を今の子供は知らない点はあるけれども、逆に卑弥呼とか、泰時のような、昔のおとなの理解の薄かった人物を今の子供たちはよく知っておる。それから戦後の歴史教育では、人物評価の基準が戦時の国史教育に比べて大きく変化しておる。子供たちの人物を見る目がだいぶ変わってきている。こういうことで、好きな人、尊敬する人というものを選ばせましたら、聖徳太子、豊臣秀吉、野口英世、徳川家康、福沢諭吉、こういうものが出てきました。しかもどういう点で好きかという好きな理由を書かせましたところが、家康が好きだという子供は、家康はずる賢いから好きだ、ああいうずる賢いものがおれば、大東亜戦争がとことんまでいかずに終結できたであろう、こういう見方です。それから福沢諭吉はどうかというと、福沢諭吉はみんなほめているけれども、貧乏人の子供が入れない慶応義塾なんか作ったのは反対だ、こういう見方をしておる。まあ福沢諭吉の見方はともかく、家康の見方は、今まで私が学んだ歴史教育、国史教育の中には出てこなかった一つのセンスだと思う。そうして高位高官になったからと言って、その人物を高く評価しておらない、この人間の性格だとか、知恵、知事、こういう人間的な点を高く評価しておる、こういう見方を、内藤局長はそういう見方をされては困るんだと、こうお考えになりますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 別にそれは困るとは考えておりません。ただ、今おあげになった人物の中で、豊臣秀吉にしても徳川家康にしてもりっぱな人物だと思うのです。ただ、家康をずる賢い人物だというふうに断定するのはどうかと思うのです。やっぱり相当な人物であったと思うのであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そういうおとなの——実際僕らのころはそういうような、内藤さんのような判定しかできないような歴史教育が行なわれてきておるのです。ですから、おとなとして見れば内藤さんのような御意見になるかもしれぬけれども、子供たちが、ただ物を暗記するんじゃなしに、人物を突き進んで評価をして、そうして自分と比べて、現代と比べてその価値、行跡というものを判断する、こういう批判的精神と言いますか、見方が育ってきたということは、私はこれは新しい社会科における歴史教育の一つの成果だと思う。これはお認めになりますね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そこで今度は、午後に出て来てもらわなければならない人でなければ答えられない問題になる。ところが、文部省史観というか、文部省の調査官である村尾さんの発表されておる史観というものは、こういう子供の育て方とは違っていることであります。そうすると、これは御本人が出て来て、いろいろ御本人に説明を聞かない限りは、内藤局長の御答弁では私どもはわからない。内藤さんもそれをお認めになり、大臣もおそらく子供の育て方を——お笑いになっているのですから、そういう育て方をされている子供たちがいるということはいいことだとお考えになっているだろうと思うのです。ところが、こういう教育をしてはだめだという考え方を持っている者が検定調査官にいるということになっては私は問題だと思うのです。それじゃ村尾史観というものが、あるいは文部省の史観というものが違うのかということになりますと、これは違う具体的な例をここに幾つか申し上げますから、午後、御本人なり、あるいはちゃんと調査をしてお答えをしていただきたい。たとえば太田調査官という方がおりますね、それから説明を抜きますけれども、文部省の考え方がまとまっておらぬ、太田調査官がこう言っておる。ある特定の立場や角度からのみ、ながめて、史実の選択や解釈が一面的になっては教科書としては困る、ごもっともな話であります。ところが、内藤局長は積極的な教育的立場というものを強調している、積極的な教育的立場というものも、一方的になれば、これは特定な立場、特定な角度でこれを見るようになりがちなんです。これらの点は、一体、歴史教材というものをどういうふうに見ておるか。それから教科書は必ず使わなければならない。しかも子供は自分で選択する自由はない。チフスの予防注射と同じことで、強制する以上、薬の検査をするのと同様に教科書の検定をするのは当然で、相手の年令や抵抗力を十分考慮して行わなければならない。これもこのことに限って間違いない。ただしですよ、たくさんのそれぞれの専門家が、与える子供の年令なり、地域なり、環境なり、条件なりというものを十分考慮をして編さんをいたしました教科書の内容というものを、一人や二人の諸君が、幾人の学者や教育経験者が書いたものでも、おれたちが検定をしなければ、チフス菌が入っているかどうかわからぬ、こういう見解を持っていること自体が非常に潜上のさたではないか、内藤さん、あなたの部下はこういう発表をしておるが、どうお考えになりますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 私、部下の監督をしておりますので、具体的に検定の中にそういう点が現われておるかどうか、どう具体的に検定が出てくるかという点は、私絶えず関心を持っております。一々その人の思想の自由に立ち入るわけには参りません。役所の仕事の面において、あまり個人的な色彩が出ないような仕組みにもしておりますし、私が教育的配慮と申しますのは、小学校の場合は、やはり小学校の子供に消化できる程度のことしか教えていただかぬ、これ以上のものを教えると消化不良になると思います。ですから、その程度によって教材の出し方が違ってくる、同じ出し方でも、高等学校、中学校、小学校それぞれ違う、こういう意味で教育的配慮という言葉を申したのでございます。一方的な史観を持った行き方ではないのでございます。それから調査官の調査につきましては、先ほども御説明しましたように、これは会議制をとつておりますし、審議会でも会議制であります。審議会の委員さんはそれぞれ自分で読んできて、自分の考え方をお持ちになっていらっしゃる。そこに調査官のまとまった意見と、それから調査員の意見が双方紹介されて、そして最終的には審議会で御判断になっておりますので、しかもその決定に基づいて、調査官が教科書会社に指示を申し上げておる、こういう段階でございますので、個人的な史観だけで検定をしておることはあり得ないと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 私は検定を云々言っているのじゃない。検定の任に当たる調査官の史観を、気持を言っておるのです。それから心がけ、その態度を言っておる。で、そういうものを、たとえば社会科の歴史教材の教科書を審議会の全員にかけて、全員で検定している事実はない。数人なんです。しかもその資料を出す中心をなしているのは調査官である。その調査官の考え方がこれでよろしいのかということ。それからもう一つ、村尾さんの点について触れます。村尾さんは、ある人との対談を見ますと、いろいろのことを言っているけれども、村尾さん自身から見れば、今の教科書の編さんなんというものは、まことに独創性がない、もっと独創的な史観というものを持って教材の選択をすべきだということを言っている。そうすると、文部省は、独創的な歴史観というものを要求しておるのかどうか、これが一点。そうすると、前の太田調査官も、特定の立場、特定の角度からものを見てはいけないと、こう言っておる。主任調査官がそう言っているし、あとの調査官は独創的な歴史観というものがあるべきだと言っているが、一体どっちなんです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 両方とも私正しいと思いますのは、太田君が言ったのは、一方の角度から片寄った教材の選択をしては困る、特定の角度なり特定の立場から教材の選択をする、それでその時代を説明するということは、これは教育的によくないと、それも事実だと思います。それから村尾君の考え方ですが、史観に独創的だとか、何とかいうのは、これは一つの歴史観というものは皆さんお持ちだと思います。ただ、それが教科書の中にどういうふうに表われておるかということを見ますと、教科書を全部見てみますと、もう少し創意工夫があっていいんじゃなかろうか、こういう気が私もするわけです。その創意工夫ということであって、史観が独創的であるかどうかということは、これは皆さんめいめい一つの歴史観をお持ちなんですから、当然私は史観をお持ちで、それによって編集された、その史観があまり突拍子もなくて、一般の国民に受け入れられないようなものは、これは困りますけれども、そこに一つの制約はありますけれども、教科書全体を見まして、もう少し私は創意工夫があっていいように思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 東京新聞で村尾さんは、歴史の基礎理論を自分で考え、自分が編み出していくというような独創的活動などにあまり関心を払わず、与えられた歴史観に共鳴し、同調することで、やすやすと満足しがちである、こういうように編集者の教科書の作成の検定に対して批判をしている。こうなって参りますと、あなたのおっしゃるように、太田さんと村尾さんの違いがないというならば、こういう場合だけは違いはないということになり得る。それは独創的というのは、すでに文部省において、新しい社会科の歴史教育の独創的スタイルというものは、こういうものだというものがあって、それに合致するものだけが独創的である、しかもまた文部省スタイルというものが、太田さんの言うような正しい角度だ、こういうものを想定しなければ、こうまちまちな話し合いというものは出てきません。また内藤さんが二人の意見が一致しないというのは、すでに文部省史観というものがあるということを、いわば裏書きするとしか解釈できない。あるのでしよう、あなたがた。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 別に文部省史観なんというものはございません。ただ、私どもも教科書を読んで見まして、もう少し著者の方で創意工夫が出せないものかという気はいたすのでございます。ですから、歴史の取り上げ方にいたしましても、教材の選択にいたしましても、(「正確にしなければいかぬ」と呼ぶ者あり)もちろん正確でございます。正確性がなければ困ると思いますけれども、結局どういうように歴史の事実を引き出していくか、どういうものを落とすかということになると、その時代にあまり影響のないものは落とさなければ、無限に広がつている歴史を書いたら、二百ページの教科書ではとても入りきらぬと思う。ですから、その時代の性格が、正確に映らなければならない。そこで教材の取捨選択があるわけなんであります。その時代を代表しているようなものを、ともかくあらゆる角度から検討して一応出してくる、こういう点にもう少し創意工夫があっていいのじゃないかという私も気がするのであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし、創意工夫を編著者がどのように出しても、検定基準というものをあなた方ががっちり持っておって、内藤さんが衆議院の委員会でも、先ほどから御説明するような誤字の訂正だとか、それから史実の誤りの指摘だとか、そういうことにはとどまりません。まるきり教育目的を変えるような指示というのがあるのです。午後出しましょう、これは。そういう事実でみますと、あらゆる独創というものは検定基準というワクの中で、文部省がこれは独創だ、これは創意工夫がある、これは創意工夫がない、こういう一つの物指しを、検定基準というものでもってがっちり押えている。検定基準というものは、公表されている検定基準でないものを、おそらく文部省は持っている、そういうことじゃないのですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) それが先ほど問題になったこの検定基準でございます。この検定基準の中心は、内容については指導要領によらなければならないということが原則になっておりまして、先ほどお述べになりましたように、絶対条件として教育の目的と一致しているかどうか、各教科の目標と一致しているかどうか。これは指導要領等の問題でございます。立場が公正であるかどうかという三点が絶対条件、必要条件としてはこの内容の正確性とか、あるいは内容の撰択あるいは程度、組織、配列、分量が適切であるかどうか、表現、表記がどうだとか、あるいは使用上の便宜がどういうふうになっているか、あまりに地域的なものとか、学校差があるようなものは困る、印刷、製本その他の技術が適切であるかどうか、創意工夫があるかないか、こういう点を見てみますと、別にこれで絶対のワクをはめているわけじゃございませんで、この抽象的な中で、一応のワクはありますけれども、十分創意工夫が出し得ると私どもは考えておるのでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それじゃ具体的な例をあげます。この指導要領の小学校を見ても中学校を見ても、皇室尊崇の念を高めなければならないとか、王政復古の思想を強調しなければならないというのはどこに書いてありますか、ありませんね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) そういうことはございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ところが今度第一次検定、第二次検定を通過したある本を現場の人に借りて見ますというと、建武の中興という例の問題があります。私は建武の中興を入れろ入れるなという問題を言っておるのじゃない。具体的に建武の中興にこういうことを入れている、それは、天皇は京都に戻り、再び天皇政治をとるようになったのですと。天皇が直接、いわゆる天皇親政の時期というものは、これは奈良朝前後だけで、あとは教科書自体にも、摂関政治というものをうたって、京都でもって天皇政治をしたという説明はどの教科書を見たってあまりない。どかっとここに、再び京都に戻って天皇政治をするようになりましたといっても、京都でもって天皇政治がはなやかであったという説明は、いずれの教科書にも十分理解できるような書かれ方をしておらない。ところが、ここだけで、天皇が政治をとるようになったのです——建武の中興何年続きました。天皇政治をとるようになったと言われますか。これこそ史実を忠実に伝えておると言われない。それから、その前に天皇が政治をしたということはどういうふうに各教科書なんかに出ておるかというと、大化の改新のところで、天皇を中心にした政治を整えることに努力した聖徳太子のことだけ出ている。それから桓武天皇が都を京都に移して政治をしたと書いてある。いわゆる主権、天皇としての政治の状態というものは、教科書のどこにもつまびらかに説明されておらないんですよ。ところが建武の中興というものを浮き彫りさせるために、ここだけを天皇が政治をとるようになったのですという言葉を、第一次検定にはなかったものをつけ加えた、こういうことが、これは文部省の少なくとも指示によってやったと言わなくても、これが通っているところを見ると、文部省はこれを認めておるわけです。史実というものはあまり大切にされておらない。そこで独創的という名のもとに、今度の小学校指導要領にもこういう言葉がありますね、国民的自覚を高める、国民的自覚を高めるということは、国民的自覚を高めるという名のもとに、どういう教育が行なわれておったかということは、私どもはこれは反省しなければいかぬ。国民的自覚を高めるという一つの指導要領の指示が、具体的には天皇政治をとるようになったのですという表現をさせて、これをして独創的というなら、この独創的は非常な危険な自国の優越性だけを強調するような、かつての国史教育の独創性につながるものだ、こう考えるわけです。こういう具体的な例が今度の検定の過程においてございますが、これに携わった者は村尾さん、この村尾さんの考え方というものについては、指導要領に忠実であるし、あなたの言うように、ただ誤字とか、教育的な立場としての誤りというものを訂正する、あるいは子供や教育技術の上からの創意工夫というものだけにとどまって、検定が指示されていると言い切れますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 建武の中興の話が出ましたが、建武の中興という言葉がなくても教科書は合格しておるのでございます。ですから建武の中興のときに、天皇政治をとったということが書かれたからといって、これが重大な間違いであるとは私どもは考えていないんです。そういう点で特に村尾君個人がどうのこうのということでなくして、調査官の会議で会議できめたことであり、それを審議会でいろいろ検討され、審議会の意見に基づいてA意見、B意見、A意見の方は、これは直していかなければならないんですが、B意見の方は参考にお示しする意見でございます。これを公正にお伝えをしておるのでございまして、今の点について文部省が指示したと私考えておりませんが、さらに調査をしてお答えいたします。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 第一次検定でなかったものを、第二次検定でつけ加えられておるんです。指示も何もないものをつけ加えられるはずのものじゃありませんよ。私は、天皇政治をとるようになったのです、建武の中興は二年前後でしよう、その二年前後で混乱をしておったこの現象をつかまえて、あたかも天皇主権の政治が行なわれておったような史実を、ことさらにつけ加えなければならないということは、史実の考え方としてどうだという一つの問題があります。それから天皇政治というものを、天皇が政治をしたということを、あらゆるところでクローズ・アップしている、これは午後、二十点ばかりにわたって指摘します。これでも文部省の調査官の考え方というものが、一体、天皇あるいは日本の国体、国柄、こういうものを強調した国史教育につながる一つの考え方を持っていないとは私言い切れない。そこで、こういうことを文部省注意しているのか、していないのか、そういう点、指摘します。こういうように極度に天皇とか、皇室とか、あるいは国史教育でいったところの日本の国柄というものを強調することを、一体、文部省としては認めているのか、これを排斥しなければならないという御認定に立っているのですか、どちらですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 天皇という地位というものは現在もあるし、過去においてもあったわけなんです。ですから別に私どもは、それは事実を事実として書かれることは差しつかえないし、また当然であろうと思います。それ以上何か国体をどうのこうのとか、あるいは天皇制をどうのこうというような、積極的な考えを持っているわけじゃございません。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 関連。ちょっとお聞きしますが、今のような、先になかったものが入ってきた、そういうところを独創と考えているのですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) そういうことを独創とは考えておりません。要するに、その時代というものが明確に、しかも簡潔、公正に正しく把握されているかどうかという点について、多少私も見ましたけれども、似たり寄ったりのところが多いわけなんです。もう少し創意工夫は出せないものかなという感じを持ったのです。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 今のは何ですか、創意工夫と考えていますか。つまりもとが足らなかった、そこで今度は新たにそういうものを入れた。これは創意工夫でよかろう、さっきから独創と創意工夫を同じような概念で言っていますけれども、これは私違うと思う。主観の独創、これは根本的な問題です。ところが創意工夫というのは、同じ事柄をどういうふうにうまく説明するか、わからせるか、それから興味を持たせるか、そういうふうに解釈すべきだと思う。用語の混同がある。そこであとの方は創意工夫があって、今度のやつはよくそこのところをやったと、こうお考えになっていますか、どうですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 別に、建武の中興というものは昔からあったことなんで、これを入れたから創意工夫だとは私考えていない。むしろ教科書としてほんとうに適切に、興味深く子供たちが楽しんで読めるようなものがほしいという気持でございます。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 それでは先のは入らなくて、今度のやつはいいとお考えになっていますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 別にこの第一次検定で不合格になったから、あるいは条件付になったものが——具体的に本についてはお述べにならなかったので存じませんけれども、文部省がA意見として指示した事項については、これは直さなければなりませんけれども、今お述べになった教科書の、どの教科書、何年の教科書かをお調べ下されば、文部省が指示したかどうかということは明確になると思います。ただ私どもとしては、建武の中興を入れなければならぬという考えは持っていないのです。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 そんなこと聞いていない。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ですから指示するはずがないと申し上げているのです。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 文部省の指示いかんということは別問題にしておきましょう。しかしこれは判断の問題です。新しい教科書と古い教科書があった、新しい教科舌でそういうような建武の中興について、ちょっと一行かもしれないけれども入れた。これは非常に根本的な問題を含んでいると思う。しかし、こういう問題を、入ったことをいいと考えておられるのか、悪いと考えておられるのか、この点のあなたたちの判断が明確になっていなければ大へんなことですよ。すべての大もとのあなた方が、これに対する判断もできないということは重大問題で、私はこの点聞いているのです。どうなんです。古い教科書に比べて今度のこういうような点で新しいあなた方の創意工夫だと思うんだが、こういうものを加えられた、こういう点はよろしいと、こうお考えになっていらっしゃるか、どうですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) これを創意工夫とは考えておりませんし、建武の中興という言葉を入れようが入れまいが御自由でございます。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 そうですが。今の問題重大だね、天皇制の問題と関連してね。そうして天皇親政のそういうような問題を入れたこと、それが自由だというようなことでかき回すことのできる問題じゃない。そうでしょう、いいですか。今まで答弁で、これは大臣に第一にお聞きしておきますよ。今のような問題を軽々に、そんなふうに論じられているところに問題があるんじゃないですか。冗談言っちやいけませんよ。

松田竹千代自由民主党文部大臣

○国務大臣(松田竹千代君) 入れない場合でも通過しておる。私個人としては入れた方がいいと思っているけれども、入れないでも通過しておる。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それは大臣、局長の説明が違うのです。建武の中興が入ったり入らなかったりしたので合格してるのもある。こういうのです。私が今問題にしているのは、建武の中興じゃない。初等中等教育局長は、先ほどから創意工夫と、しかも子供の理解度ということをしきりに言っている。今、この前に建武の中興という項があった。その中に「後醍醐天皇は京都にお帰りになりました。」、これでいいんだ史実は。ところがそれを訂正して「天皇は京都に戻り、再び天皇政治をとるようになったのです。」と、こうある。そこでくどいようですけれども、「再び天皇政治をとるようになったのです。」というのには、前に天皇政治が何ヵ所かこのように美しく行なわれておつたという史実がなければ、子供の理解はなかなか届かない。ところが前にどれだけあるかといって探っていってみると、天皇を中心とした政治を整えることに聖徳太子が努力をしたという一項と、桓武天皇が京都に都を移して政治をしたということで、いわゆるここで天皇政治をとるようになりましたという、天皇政治の内容というものはその前に説明がつまびらかでないのですよ。そこへぼこんとこれ一つ入れては子供の理解というものが十分でないんじゃないかと、こういうことを聞いている。天皇なんか入れないとか入れるとか、そういう問題を言ってるのじゃない。あなたの言う子供の心理から考えて、全然前に説明のないものをぼこんと、天皇政治を再びとるようになったということを入れることは無理じゃないか。しかし、そういう入れ方をするはずがない、編さん者は。文部省の指示がなければ。今までの教科書はなかったのです。それから子供の心理的なことを、理解度ということを言っていますから、もう一回言いますけれども、また、ある教科書には伊藤博文の憲法を作る個条で、「天皇の名において」という言葉を特に入れてある。「天皇の名において」という言葉は、思い出すとたびたび聞かせられた言葉です。しかし今の子供たちに天皇というものが十分説明されてきておらないと、ここで「天皇の名において」ということで強調してあることは、子供の心理に合うか、教材の配列に合うか、こういう問題もある。これを文部省は指示しておる。こういうふうに訂正しろと指示しておる。こういう考え方という、村尾さんの考え方というものに対して文部省は一体ノーコメントでいいのか。ユネスコから——文部省も御存じのはずです——各国民の国民的偏見が戦争の重大原因であるという立場から、地理、歴史の教科書の改善に努めるための資料を日本にも要求されておるはずだ。日本は、そういう特に国民的偏見を持った地理や歴史の内容はないという報告をしておるはずです。これでも明かなように、「天皇の名において」ということや、それから天皇の天皇政治といいますか、こういうものをたびたび盛り込むようになりますと、これはやがて国民的偏見の育つ温床になる。なぜならば、歴史学者諸君が非常に反対しておるのは、そういうような歴史の編さんというものを今の学者たちは経験して来た。文部省の意図がそこになくても、ユネスコが国民的偏見というものを是正しなければならない、特に歴史教材の中の国民的偏見というものをはばまなければならないということを言っておるのに、こういう編さんの方向というものを文部省が出しておる。出しているというなら、あなた方がいわゆる今の調査官でないときの——調査官でないときは文書で伝達する、その中に太平洋戦争については日本の悪口をあまり書くな、もっとロマンチックに書けと書いてある。歴史についての史実が全体としてあまり科学的だということを書いてある。それがだんだん発展してきて、今私が指摘したような編さんの変更を指示してきておる。これではどうもユネスコが心配する現実が日本に行なわれておる、これを文部省が文部省の名において行なわれては、これは文部省の定めた指導要領に違反するじゃないか。たとえば前の指導要領では民主的な点ですね。それから国際善隣といいますか、外国と非常に仲よくしなければならないという点、子供の言葉に直せば。それから世界が平和を保たなければならないという点が社会科の中心の課題であるというふうに指定しておる。だから社会科の中の歴史教材であっても、やっぱり世界平和とか、民主的な日本の生活の訓練の仕方、あるいは善隣友好というようなことは、これはやはりどっかで強調されなければならないこと、それは変わっていないはずです。そういう今までの指導要領の立場から見れば、ユネスコが指摘したような地理、歴史の教科書は国民的偏見は少い。ところが今度は国民的偏見を助長するような形になりつつあるのじゃないか、こういうことを私どもは一次検定と二次検定の変化の事実から見ておかしいというのです。内藤さんの御指摘のように、子供の心理から考えても、ぴょこんぴょこんと思わないところに天皇、こういうものを出して強調させておる。前後の連絡は一つもない。これは教科書としての性格からいっても、体裁からいっても、非常にむしろ二次検定の方をもっと検定しなければならないというように感ずる節がございます。こういう点について、午後、十二分にお答えのできる方をお出し願いたい。それであとで説明するとおっしゃいましたが、私はこういうことは文部省が知らぬと言うと困るから、それならば、あなたはさっきから審議会が全部きめるのだと言いましたが、教科書の検定が、各検定で回されて来た原稿を調査員がいろいろチェックするわけです。調査員のチェックしたものを調査官がまとめるわけです。まとめて審議会に報告するでしょう。そして伝達の形式になるのでしよう。ですから具体的に建武の中興でも何でもいい、具体的な一つ、二つの例で、こういう調査員の報告を、この調査官がこういうようにまとめて審議会にかけて、こういう形になって伝達したのだという具体的な状況のわかるものを資料としてお出しいただきたいと、こう理事会でお願いしたら、ただいまの「教科用図書の検定調査について」という紙をいただきましたが、私の申し上げたようなことわかりますか。これは文部省が今言っておるのじゃない。正しいことならば、文部省の態度として、こういう態度であって何が悪いというものを天下に公表しなさい。私はお聞きしたのですよ。それでそういうやり方がいいか悪いかというのは学問的な問題だ。多くはあるいは教育的な問題だ。これは国会の論議の外で論議されることになりましょう。しかし、どこにもそういうことを出さないのです。きょうの新聞を見ると、検定は公表することができない、できないというなら、一次検定、二次検定、こう変わったのはどうかと言うと、文部省は知らない。教科書を会社が何を好んで去年と新しい版を、全然活字を変えて、内容を変えて印刷したいと考えますか。去年の方で済むものならば、去年ので悪いところを訂正した一次検定で済むなら一次検定で済ませたいものと思って、それを一次検定に出し、一次検定とまるきり違うものにそれを変えられてしまって、これが文部省の意思が全然働かないとどうして言われますか。その具体的な資料を出して、これこれこうだと御説明してくれればわれわれ納得します。ここで、私は二十ヵ所にわたりまして自分で全部教科書を読んで参りました。その内容を三種類しか読みません。建武の中興などということは、私は問題にいたしません。今、一次の指摘したことすらも明確な資料をお出し下さらないのです。それではやはり担当の方が出てくれなくては水かけ論になるじゃありませんかということで、午後は私の質問に答えられるような態勢を御準備いただきたい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) できるだけ準備いたしますが、今お話しの、伊藤博文が天皇の名においてやったということが私は別に史実に反すると思っていないのです。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 歴史的史実に反するとは言いませんよ。言葉が、用語が適切じゃないじゃないかというのです。ですから、よく聞いて下さいよ。建武の中興というものは、親政については二年かそこらだ。これを天皇親政が長く続いたような、説明不十分な表現で出すということは、史実を誤らしめるおそれがあるのじゃないかということなんです。私の言うのは、一応それは譲る、しかし後醍醐天皇が京都にお帰りになりました建武の中興というものの中の説明で、お帰りになりました、しかし武士がこうなってまた騒乱になった、こういう説明ならつながりとしてはわかる。天皇が京都にお帰りになって、天皇政治が再び始まりましたというけれども、天皇政治という説明が十分に前の方でなされておらないのです。ですから、後醍醐天皇のところだけで天皇政治を強調しても子供が理解に苦しむだろう、心理的配慮がないじゃないかということ。もう一つ心理的配慮がないというならば、天皇の命においてということをぴょこんと出してくる、これは使われている言葉じゃないから子供が理解に苦しむ、それより前の表現の方がわかるのじゃないか、わかりにくいものを、わざわざ天皇という言葉をことさらクローズ・アップしているのは、別に意図するところがあるのじゃないか。内藤さんのおっしゃる子供の心理を考えてとか、教育的立場を考えてということから見れば、これはどうも解しかねると言っているんですよ。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) わかりました。文部省がそういう指示をしたことは私ないと思います。従って後刻この点はさらに調査いたしまして、今の二点について教科書の名前を教えていただければ……、ぜひ教えていただければ調べて出します。

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 速記をとめて。    〔速記中止〕

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 速記を始めて。  午前の調査はこの程度にし、午後は一時半より再開いたします。  それでは休憩いたします。    午後零時二十四分休憩    —————・—————    午後二時五分開会

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) 休憩前に引き続き委員会を開会いたします。  ただいま出席しておられますのは内藤局長、末広教科書課長補佐、原田検定調査官、太田社会科主任調査官、こういう方が出席しておられます。  質疑のおありの方は、逐次お願いいたします。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 調査官の方いらっしゃったところですから、調査官の個人的意見であっても、調査官としての御発表であると、私どもは文部省の、これはたとえば検定問題であれば、検定の一つの考え方だというふうに受け取る、この受け取る受け取り方は当然だと思うのです。  そこで、太田さんいらしておるようですけれども、あなたの御発表と、それから村尾調査官の考え方というものが必ずしも一致しておらない、こういう点を午前中指摘したわけです。そこで、あらためて村尾さんを私は問題にいたしますが、村尾さんは和歌森さんとの対談の中で、二十八年前とあとでは、社会科の中の歴史の取り扱いが違ってきておると、こう言うのです。午前中の質疑では、初等中等教育局長は、指導要領は内容そのものは変わつておらないと、こう言う、変わっておらないと言うのです。それで結局、村尾さんの考え方だとすると、社会科の中の歴史教材ういう見方ではなくして、そこにウエートがなくて、歴史教育をすることが社会科の目的に合うのだという、こういう極端にいえば立場をおとりになっておられるように思われる。そこで、その説明の中でこういうことを言っている。国民が全体として感じているものとのつながりというものが、教材として一番のウエートを占めるもの、そうして具体的な例として、たとえば群馬にいくと、磔茂左衛門も塩原多助も同じように郷土的には尊敬されている、これはいわゆる国民全体として感じているもので、同じように扱わなければならない。和歌森さんは、それは社会科歴史教材の扱い方としては違うという御見解をとっている。和歌森さんの意見は一応伏せておいて、こういう村尾さんのような考え方でいくとすると、私は非常に社会科の中の歴史教育というものは、国史教育になる疑問を持たれてくると思う。もっと説明を加えると、教科書は主教材であって大切なものだから、しかも歴史教材というものは、相当歴史教育の中では記憶が尊重されなければならないということを御説明になった。これは記憶させなければならないという教材を選んできて、調査官の見方によって選んできて、あるいは文部省的な見方によって選んできて、それを記憶させる。その教材の選び方というものは、国民の全体としての感じで、塩原多助も磔茂左衛門も同様に人口に膾炙しているならば、同様にこれを取り扱うということであると、一体かつての国史教育とどこが違うか。違いますか、違いませんか、この点を太田調査官にまず伺いたい。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ただいまの最後のお尋ねの、かつての国史教育とどう違うか。かつての国史教育というお言葉が、もし戦前の国史教育というような意味でございますならば違います。ただし、同じ部分ももちろんございますでしょう。それから先ほどその前にお尋ねになりました、歴史の中で、たとえば磔茂左衛門、塩原太助と、それとどちらも同等に扱うのかどうかというお尋ねですけれども、この点は別に塩原太助、磔茂左衛門、これはどこかの座談会で私見として述べられたのでしょうが、指導要領を私ども基準として調べておりますときには、その時代の歴史として見て、いわゆる時代史として、その中で大きな比重を占める事柄は全部取り上げる、ある一つの部面だけに大きな比重を持たせるようなことを、その個人の特殊な歴史観で行なうということは、いけないということを三十四年度改訂の指導要領でわれわれ教えられておるわけであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それはわかっています。ところが村尾さんの考え方だとすると、全体として感じているいわゆる教育的な、内藤さんの言う教育的な立場で教材をセレクションするということではなくて、国民の間に伝承されているような事象というものを、国民の全体としての受け取り方でたくさん受け取っているものならば、これをその時代の重要教材としてピックアップするということになりますと、一体、かつての修身科で一つの人格類型を並べて、そして道徳教育をした、かつての国史教育で、一応皇国史観というものから見て教材配列をして、これを伝承的にあるいは教訓的に教育をした、こういう歴史観とあまり変わつてこなくなるおそれが生ずるんじゃないか、そういう心配が持たれてはきませんか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 私ども教科書原稿の調査をいたしましたときには、本人、自分の持っております歴史観とか、思想とか、そういうものはあとへ引っ込めまして、全くその指導要領の立場で見ております。従って、村尾さんがどういう思想を持っておるか、私がどういう思想を持っているか、そういったようなことは表面にどうしても出ないわけであります。全部指導要領に従っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それでは指導要領に従って検定したはずの教科書に、どうして指導要領で要求しておらないようなものが出てきたか。一次検定のものと二次検定のものと、具体的に申し上げますから御説明いただきたい。「私たちのくらしと国の歩み」という中で、「都のくらし、いなかのくらし」という一章があります。これはこう書かかれてあります。「しかしこの美しい都から一歩外へ出ると、多くの人々は昔と同じようなおくれた生活をしていました。口分田からの稲の取れ高も、その中から毎年の租税を納めてしまうと、あとには自分たちの食べる分がやつと残るくらいでした。また、大きな寺や宮殿を作るための労役に従ったり、防人になったりすることも、ほんとうにつらいことでした。けれども、このような苦しい生活の中でも農民はよく働いて、少しずつ生産を高めていきました。鉄の農具もようやく広まり、作物の種類もふえてきました。」、これが一次検定に出した文章です。それを二次検定ではこういうように修正された。「都の文化が進むにつれて、農業の生産も少しずつ高まっていきました。鉄の農具もようやく広まり、作物の種類もふえてきました。」、ここではおそらく著者は、日本の封建性の打破のためには、民主主義の確立という社会科の大きな目的があるのですから、こういった事実というものを与えて、政治というものの本来の姿がどうあるべきものかということを、小さいながらも政治的正義感といいますか、こういうものを与えようとする意図が十分に読みとれる。しかし、「都の文化が進むにつれて、農業の生産も少しずつ高まっていきました。」では、全然その日本の「都のくらしといなかのくらし」というそのいなかの暮しは出てこないんじゃないですか。その一次検定を二次検定に改めたのは、どういう調査委員の意見で、調査委員は一人じゃないはずです。それをどういう調査官がまとめて、審議会ですよ、だれがどういう意見でこういう舌足らずの文章に改まったのか、この点を詳しく御説明をいただきたい。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 実は私どもが調査しまして、それをまとまった意見とするためには、調査官十人ばかりで会議いたします。かなり何回も何回も出したり引っ込めたりして会議をしますのですが、そのとき出たときの記憶では、古代史の部分についての記述が一般に非常に冗長である、ああいう古代史の部分は憶測に基づくところが相当多いので、従来は、憶測に基づく部分を非常にはっきりとした実証的な根拠があるかのごとくに冗長に書いている教科書が多かった。これはかなり分量を減らさせて、もっと新しい方に力を注がせる、そういうことがいいであろう、そういう意見が出たことがあります。それが第一次検定でもし落ちたとすれば、それも理由の説明の中に加わっていたんだと思います。それで第二次に申請をして参りますときには、そのことを著者の方が考えてもう少し簡略にすると、そういうふうにしたんではないかと思います。第二次申請をする前に、こういうふうに書いてこいとこちらが指示することは全然ございませんです。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 私は調査官の太田さんがこういうふうに指示をしたと思ってもおらないです。そういう御質問もしておらないです。調査委員というものがあって、A、B、C、D、Eという、かつてはそれぞれの調査委員の個人の調査によって得た結論というものを全部書いて、それでそれを今度編著者は見て、条件によっては、とるべきものととらなくていいという自由を持たせられている、今度は調査委員の意見というものはどこからも編著者は憶測するだけで十分わからない、だから調査官が十人で相談して、冗長だからこういうふうにしたというお立場はお立場としてわかる、その前には、どういう調査委員の意見が、古代史は冗長だから、古代史といってもこれは口分田が問題にされて、奈良の大仏が問題にされ、防人が問題にされているのですから、全然史実のないところを想像で書いたものとは違うのです。著者のねらっているところは、社会科の指導要領にのっとって、社会科の指導要領のねらっているところを一応歴史の教材として提供しようという意図があったのです。それは短い文章ではどうにもならない。そこで何という調査委員がどういう意見をこの問題については出したのか、何という調査官がどういう御発言をしてこういうまとめ方にしたのか、それをもし御記憶がなければ、調査の上少なくともメモはあるはずですから、メモを提出してもらいたい、こういうことです。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それではただいまのお尋ねに関連しまして、業者に指示する前に指示事項をどういうふうにしてきめるかという順序を御説明したいと思います。調査官が先ほど申し上げましたように十人おりますが、社会科ですが、社会科の十人で会議の結果、あるまとまった意見ができまして、それを審議会に提出いたします。それからそれと全然別途に調査員、先ほど調査委員とおっしゃいましたが、そのことだと思います。部外、文部省以外の現場の先生とか、あるいは専門の学者とか、そういう人たちで、大体一冊につき三人ないし五人という調査員が任命されておりますが、この調査員の方々の調査表というものもやはり審議会に提出されます。審議会の方では、われわれ調査官からの評定表と、調査員の評定表と両方二本立で受け取りまして、その両方をしんしゃく参考にします。参考にしますけれども、それには決して審議会は縛られないで、単に参考にするというだけで、審議会が今度独自の判定をします。審議会の委員というのも、御承知の通り、専門のそれぞれ大家がそろっておりますので、自分で教科書を調べて参りまして、自分の御意見というものを出されるわけです。審議会としては、ただいま社会科では十五人審議会委員がおりますけれども、十五人で会議なさって、そうして審議会としての結論をお出しになるわけであります。もう少し詳しく申しますと、審議会の結論を、あらためて文部大臣の決裁を経まして、決裁が済みますと、それを業者に伝える。従って、その業者に伝える段階になりますと、その指示事項というものは、どの調査官の意見であるとか、どの調査員の意見であるとか、審議会のどの委員の意見であるとかいうことが全く消えてしまいまして、調査官、調査員、審議会委員、いろいろなものが入りまざった最後の一つのまとまった意見というものになるわけであります。それを業者に伝えるわけであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 今、審議機構の問題が出ましたから、これに触れるのは本意でありませんが、付随して伺います。社会科に十人の調査官がおりますが、歴史教材を調査する方は、十人が全部でおやりになっておるのではないでしょう。これが一つ。それから、調査員が一冊について三人か五人で調査をして、それを審議会に出す。審議会の社会科の委員は十五人、十五人といっても、歴史の教材を十五人が全部見るかどうか、これも私はお答えしていただきたい。それから、一次検定のものをこの審議会にかけますか。一次検定を審議会にかけて、審議会で注意事項が出て、伝達をして、二次検定でまた審議会にかけて、二次検定できまったものをまた伝達する、そういうことをやっておりますか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 先ほど歴史の調査官が何人あるか、審議会の委員に歴史の専門家が何人あるかというお尋ねでしたけれども、実は小学校の教科書は、歴史とか、地理とか、政治、経済、社会と、そういうふうに分かれておりませんで、全部渾然一体となったいわゆる社会科と、こういうものになっておりまして、私どもページを追つて読んでいきましても、ここは歴史である、ここは政治であるというふうには分け得ないのであります。歴史のことを言っておるかと思いますと、それが政治的なことを話しておるところもありますし、政治的な機構のことを説明しておるかと思いますと、その中に歴史が出てくる場合がございます。全部一丸となっております。従って、この部分は歴史の調査官が見る、この部分は政治の調査官が見るというふうには分かれておりませんで、十人の調査官が一ページから最後の行まで全部見ます。従って、どの部分についても全部意見を出すと、そういう形で会議しております。ただ、もちろん歴史の専門の方は歴史のことに詳しいので、歴史的な事項についてはいろいろと意見を出すことがあるでしょう。しかし、それも、ほかの専門の調査官がそれを聞いていて、ああなるほどと思えば会議で成立するでしょうし、そんなものはだめじゃないかということになれば成立しないと、そういうことになります。それから、一次検定、二次検定というお話がございましたけれども、実は、第一次で落ちた場合には、その落ちた理由というものを私ども説明いたします。やはり審議会で決定になった理由でありますけれども、それを説明します。そうして、第二次に出す場合には、その理由を業者が生かそうが生かすまいが、これは全く業者の自由でございまして、こちらで、今度第二次はこういうふうに書いてこなければ通さないぞということは全然ございませんです。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 もっとあなた方専門的にきちんとした答えをして下さい。とにかく、一応学者のレベルにある方々が調査官になっておるはずだ。指導要領を見たって、歴史教材として扱うべきものと、地理教材として扱うべきものは、五年生なら五年生、六年生なら六年生できちんときまっておる。指導亜領に準拠して教科書が編さんされるからば、それぞれの専門家の立場で——指導要領の中に盛られておる歴史教材なら歴史教材の専門家の立場で歴史教材を検定するということは当然です。一例を言えば、理学博士が、社会科の本だといっても、歴史教材を歴史の専門家よりも先に発言して、その意見が取り入れられるということはあり得ない。社会科の中でも、教材のそれぞれの検定をするウエートというものはあると思う。皆さん専門でそれぞれやっておるのですから、あなたは主任調査官で全体を見るかもしれませんけれども、地理の専門、歴史の専門、それぞれあるのに、かりに全部見るにしても、意見は自分の専門のことに意見が強くなってくるのは当然です。一般中小学校の先生のような方々が調査官になっておられるなら別としても、歴史の専門家として、東洋史のだれ、西洋史のだれ、日本史のだれとして専門に選ばれておる人が、それぞれ専門でもって見るということは、あたりまえじゃありませんか。それが一つ。それから、一次検定というものが、どういう構成で一次検定の結論というものを出すのか。一次検定でだめなものはだめだというけれども、いいかげんなことを言ってはだめですよ。文部省ではなるべく検定を落とさないように、たくさんな資料になるから文書では伝えられないから、口頭でこまかく話し合いをして、なるべく検定を通すようにというようなことを言っておるじゃないですか。事実、一次検定では二%くらいしか通らなかったものが、二次検定では何十%も通つておるじゃありませんか。そのあとで、調査官と編さん者と、あるいは会社代表者との間のいろいろな話し合いが持たれておるじゃありませんか。ほんとうのことを言って下さい。あなた方のやり方がよいとか悪いとかいうことはこれからの問題です。ほんとうのことを言わないで、何もわれわれが知らないというようなものの言いっぷりは承知できません。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 初めの方のお尋ねですけれども、文部省へ入るまでは、調査官はおのおの、ある者は日本史を専攻して参りますし、ある者は東洋史を専攻して参りますし、分かれておりますが、入ってからのわれわれの仕事というものは、社会科の調査官と、こういうことでありまして、特に小学校の場合には、これが地理、歴史というように分かれては困ると、分かれないようにお互いに注意してやっておるわけであります。とかく、ただいま御心配のありましたように、歴史の専門家は歴史だけのことを言いたがる、地理の専門家は地理のことばかり言いたがるということになる気配がありますから、そうならないように努めるのが私の務めでございます。全く御心配のないようなことになっておりまして、先ほど理学博士というお話がありましたが、これは地理専攻の理学博士でありますが、なかなか歴史の方も達者でして、歴史についても非常に発言をしております。同様に、歴史専門家の者も、地理についても大いに発言をしております。私も及ばずながら、政治、歴史、地理について十分発言をしておりまして、決して専門でないから発言力が弱いとか、そういったような心配はございません。それから、しまいの方のお尋ねですけれども、一次検定と二次検定との間に業者との話し合いがあるだろう、こういうお話でありますが、これは、先ほど申し上げたように、一次検定で落ちた場合に、その理由を説明する。その理由の説明を、口頭でかなり詳しい程度に説明をいたします。実はこれも、昨年までは理由を文書に書きまして、文書を業者に、これこれこういう理由で落ちたと渡したのでございますけれども、文書となりますと、どうしても簡単になりまして、要点だけ、しかも抽象的になるおそれがあるのです。業者の方では、こんな不合格理由書なんというものは、まるで死亡診断書である、もらっても何にもならぬ、もっと口頭で詳しく言ってもらいたいと、こういう希望が実は出て参りまして、そういうようないきさつがあったのだと思いますが、今度は文書に書いて渡した上で、口頭でさらにその内容を具体的に説明する、ある程度まで説明する、そういうやり方をやったわけであります。この点は喜ばれておると思うのであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 文書で渡すのは、不合格という判定をしたものを文章表現で渡しますね。しかし、一次検定から二次検定へ持っていく過程のときには文書でお渡ししていませんね、口答だけですよ。それからもう一つ。これから全部答えてもらいますけれども、そこで一次検定の業者に結果を報告する役目は調査官がおやりになっておるのでしよう。調査官が連帯でおやりになっていますか、個人で伝達をいたしておりますか。必ず何人か複数で、審議会の結論をメモか何かきちんとしたもので忠実に伝達をいたしておりますか、それは個人で伝達をしておりますか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ただいまあとの方のあれですが、業者に理由を説明します場合には、もちろんはっきりとした文書を根拠にしておりまして、その文書というのはここに持って参りませんでしたけれども、ちゃんと大臣まで決済を得た公文書でありまして……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 一次検定のときですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 一次のものも二次のものも、合格の場合も不合格の場合も同様ですが、この文書を根拠にして、しかもこの事項は、合格の場合には必ずこの通り指示して、直してもらいたい、そういうような意見と、それから参考までに聞いてもらいたいというような、そういうような意見と二種類に分けまして、その分けることまで大臣の決済を得まして、その文書をほとんど朗読にひとしいような方法で業者に伝えているわけであります。それから一人の調査官が指示する、これは非常に立て込んで参ります場合には、一人で指示する場合もありますけれども、先ほど申し上げましたような社会科ではいろんな要素が入っておりますので、一人だけではやり切れない場合が大部分です。従って二人、三人、そういうような組になってかわるがわる指示する、一冊の本についてもそういうやり方をしております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし実際上、業者の伝達は、それは社会科の本であっても、日本国の誕生なら日本国の誕生、あるいは貴族政治なら貴族政治、こういう六年生になれば、歴史的教材というものと、ほかの教材というものは割合に明確に分かれている、こういうときに歴史的教材の伝達をするときに、社会科の歴史関係でない、地理やその他の専門の方までも立ち合われますか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) これは立ち合っております。それからただ一人で指示するという、そういう場合も先ほど申し上げましたようにありますけれども、その場合でも必ずそれは人が、そのときちょうどその指示する人が足りない、あちらこちら一ぺんにどっとやらなければいけませんから、足らないといったような場合には一人でございまして、そういう場合には、歴史の部分を歴史以外の専攻の調査官が指示するということも非常にたくさんあります。たびたびあります。私なども大へんおこがましいのですが、歴史の部分についての指示をやります。しかし、これは先ほど申し上げましたように、文書の通りですから、読み上げるだけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 内藤局長に伺いますが、読み上げただけでなくて、個人的な指示をいたしたものがありましたときにはどうしますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほど来申しましたように、教科書検定審議会において、どういう事件がいかぬとか、この程度ならいいとか、いろいろA意見、B意見に分かれて、A意見は合格図書につきましては直していただかなければならぬ、B意見の方は参考に、こういうことで合格した教科書については、今申しましたように、審議会の決定された事項についてこれを伝達する、それから不合格につきましては、先ほど申しましたように、不合格の理由書を差し上げるのでありますけれども、これが抽象的でございますので、具体的にこういう点が問題になるということは指示するわけでございます。ですから審議会で論議された結論を申し上げるのであって、個人的な見解を申し上げておることはないと信じております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それでは全部あれに審議会が責任を持つということに了解してよろしゅうございますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それならば、なぜ一体、先日の火曜日に私の方から調査員なり調査官なり、あるいは審議会なりで、具体的に一次検定の場合の意見をどうまとめてどう指示したかという例を二、三あげてくれという要求に対して出せないのですか。それに対してこれでしよう。何にもこれではプロセスはわからない。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 私それでよくおわかりいただけると思って実はそういう資料を出したのですが、この前、衆議院の方であったときに、実は指示した内容についてというお話がございましたので、ちょっと見本を持って参りましたけれども、こういうふうに、もう全部符箋つきで、全部この中で具体的にこれを説明しろとおっしゃったのだ、私はこれは不可能だと申し上げただけのことでございます。審議会の機構あるいは調査員がどういう形で審議しておるかという系統は、先ほどお出ししました資料で大体御理解いただけるのではなかろうかと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 具体的にお聞きしますが、「武士と農民のくらし」というのがございます。その一次検定に提出した表現は、「このころ、地方の農村にいる武士たちは、武家造りという、大きいけれども質素な屋敷に住み、服装も活動しやすいものにし、ふだんから武芸を磨くことに心がけ、まじめで堅実な生活をとうとびました。」、こういう文章があります。これが二次検定ではこういうふうに修正されている。「このような生活の中から、めめしいことや卑怯な行ないを恥じとする気風が生まれてきたのです。」、史実そのものからいえば、この当時の武士が徳川幕府のころになっての義挾心による忠君愛国などという固まったものはないというのが現実です。正しい史実の見方、あとでこういう文言を挿入しなければならなかったのは、どういう御結論——どういう調査にどういう調査官がおつきになって、審議会でどういう御結論になって、このような修正に表われるような経過をとったのですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういうようにあれを書くように指示したはずはないわけであります。それからただいまのお言葉の中に、一次検定と二次検定とおっしゃいましたが、一次で落ちたものの再提出のものでございますか。これは一次検定で落とし、そうして……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 一番初め出して……。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それが落ちて二度目に出した……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そうです。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それならば、これは指示して書かせるのではなくて、二次に提出した場合には、全く著者は同様の立場で書く、従って一次と二次の場合に変わっておりましても、これはそういうふうに変えろと指示するわけではないわけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 話をしないのですか。一次検定から二次検定で、符箋をつけて、いろいろ話をして、その結果によって、二次の検定をするものに現行はできるのじゃないですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 落ちた教科書は……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 落ちたというのが正しくなかったら、あなたの方で考慮を要求される教科書があるでしょう。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それは、多分それならば合格ものですか、合格した教科書で、そうして修正しなければならない条件つき、そのことを言っておる……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それはあなた、そんなことは言わなくても初めからわかっている。初めから落ちたのは問題にならぬ。一次検定で合格したから二次検定で問題になるのは当然です。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 合格してこう直さなければならない。ただ、ただいまおっしゃったような訂正を指示した事実はございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それは指示しないのですと、あなた方の方で言えば、指示しないと言うのはきまっている。指導要領にしたって指示という言葉は使っていない、示唆という言葉が使ってある。しかし、よりによって何もこのように書かなくても、自分が仕上げた原稿を無条件で訂正するはずはないですよ。これは何らかの話があるから訂正をしたわけです。あなた方の方で指示した覚えがないということであるならば、この編著者を呼んで、会社を呼んで、なぜこれを改めたのか、文部省から何らかのサゼスチョンはなかったのかということを聞かなければならない。なければなくてもいい、例を次にあげるから、幾らでも、今の「武士と農民のくらし」のところですね、その中でいろいろ武士の活動が述べられております。そこで、「農民はたくさんの年貢米を納めなくてはならなかったのと、天災や飢饉を防ぐ十分な備えがなかったために、その生活はあまり豊かではありませんでした。それでも正月や盆やお祭りなどのときにはふだんの苦労を忘れて楽しんでいる姿が見られました。」、こういうものは全部削除してある。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 実はそういう部分々々、ここをこう直せ、あそこをこう直せという指示でなくて、全体として冗長であるとか、あるいはもう少しやさしく、簡略にするように、そういう包括的な指示をする場合はあります。それを著者の方で、そこをそういうふうに変えたということがもしあれば、それをまたあえていけないということはございません。そういうふうに直せといって指示した例は全然ございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そう言うだろうと思いますけれどもね、これはあとで、それじゃ言わなかったら言わなかったという資料を出していただきますから。  次にまたあげます。建武の中興のところですけれども、「武士たちの間に不平が起こり、その政治は初めから乱れがちでした。」、こういう説明がある。これは省かれておる、二次検定で。「こうして再び天皇を中心とする政治が行なわれるようになりました。」と書き改められておる。全然指示も何も、サゼスチョンもしないものをまるきり内容の違ったものに書き改めるということが、あなたも学者です、著書をなさるときに、あなたそういうことをなさいますか、常識としておかしいと思いませんか、何にもなかったと言い切るには少し違い過ぎているじゃありませんか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういうふうにこうこうしろと、何も指示したことはございません。先ほど申し上げた通り、包括的に、冗長過ぎるとか、あるいはここのところはむずかし過ぎるとか、あるいはここのところは大事な要素が抜けているとか、そういったようなことはあるかもしれません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 冗長だというなら、どういうところが冗長だといって切られたかというと、封建制度を説明しているところがほとんど切られている。それから封建性とか、封建制度という言葉も全部切られている。封建制度を是認しているのです、文部省検定の基準的態度は。冗長だといって全部そこを日取つてしまっては、日本の封建性というものがどういうものであったか、封建制に対する残滓というものは相当ある。これを改革するような子供に育てていかなければならないのが社会科の一つのねらいです。あなたは歴史ではない、社会科だというのですが、たとえば民主的な訓練をするということも社会科の一つのねらいです。過去の歴史、われわれの残滓の中には封建性が多分にあるということを歴史の教材の中に洗いざらい出して、子供の適合した範囲において洗いざらい出して、こういう封建的な過去というものを反省しなければならないという教育をしていかなければならない。指摘しなければならない材料を全部取っちゃって、どこでたとえば封建性に対するわれわれの反省というものを教育するのですか、社会科として。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) もちろん封建性を是認するとか、そういうことはございません。ただ、歴史で封建的な時代があれば、それは史実は史実として書くことが今度の指導要領では要求されております。(「それが書いてない」と呼ぶ者あり)それを書いた上で、さらにそれを批判するという部面は政治の部面、あるいは政治的な学習なり、こういうところで十分行なわれるはずであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 いや、あなたの説明のようにできておらないということです。私が指摘するのは封建的事実が顕著であって、それを取り上げて一応子供なりに正しい国の姿、国の正しい政治のあり方というものをだんだん育てられていくはずの教材が取り下げられてしまっては、そういう指導ができなくなっていくんじゃないかと思うのです。もう一つ具体的な例をあげると、家長制度というか、家族制度というか、こういうものが初めの教科書では取り上げられて、たとえば、「士農工商の四つの身分に分けられ差別をされていました。武士は一番高い身分で、世の中のことのすべてが武士を中心にして組み立てられていました。」云々として、「家庭では家長の力が強く、長男は跡取りといって特別に大事にされました。女の人たちは「家にあっては親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従い」と言われて、何につけても控え目な態度が最もよいとされていました。」、こういう説明がある方が、日本の封建制度なり、家長制度なり、家族制度というような批判にはいい教材だと思うのです。改訂版ではこれは全部除かれている。文部省が何も言わないのに、これだけの集めた資料というものを跡形もなく消してしまうというはずはないでしょう。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 繰り返し申し上げますが、そういうふうに直すように指示したことは全然ございません。ただ顔色を見たりされるのは不徳の至すところでありますが、言葉でそういうことは言いません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 太田さんは主任調査官でありましょうが、全部の教材を立ち合っておるわけではないでしょう。あなたは簡単にそういうことを指示した覚えはありませんというが、だれかがこの問題で話をしなければ変わってこないです。あなた一人で、私はいたしませんということはわかっておる。だれも文部省の調査官で、こういう意志表示をいたしませんということを言い切れますか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 私、主任調査官といたしまして、社会科に関する指示は全部承知しております。全部承認いたしております。私はいけないと思うのは、そのままだれかの調査官によって伝えられているという事実はございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それでは今あげた家族制度というものを教材の中に説明として入れておくことはあなたとして賛成ですか、反対ですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それはその前後を読ましていただいてまた……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 前後といっても今読んだのが全部です。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) おそれ入りますが、もう一度読んでいただきたい、前後のところを。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 「江戸幕府の政治」という題目の「士農工商」という小さい題目の中で、「封建制度の世の中では身分の区別がきめられていました。人々は士農工商の四つの身分に分けられ差別をされていました。武士は一番高い身分で、世の中のことのすべてが武士を中心にして組み立てられていました。そして農民や町人(工商)は、武士の言うことに従わなければなりませんでした。また、武士は武士の間で、町人は町人の間で、さらに家族の間でも上下の差別がこまかくきめられていました。家庭では家長の力が強く、長男は跡取りといって特別に大事にされました。女の人たちは「家にあっては親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従い」と言われて、何につけても控え目な態度が最もよいとされていました。」、こういう文章にかえるに、次に、「豊臣秀吉は刀狩りなどによって武士と農民との身分を分けましたが、江戸幕府は、士農工商の順に身分を一そうきびしく区別しました。武士は一段と身分が高いものとされ、武士の子供は大きくなると武士になることができました。武士は人々の上に立って、政治に当たる身分とされていましたから、小さいときから武士にふさわしい教育を受け、学問や武芸の修業に励みました。しかし農民や町人(職人や商人)の子供は、どんなにすぐれていても、農民や町人として一生を送らなければなりませんでした。ですから、秀吉のように貧しい農民の子に生まれながら、本人の力次第で関白や大名になるというようなことはできませんでした。」、こう書いてある。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) その先の方にお読みになった文章、そういう記述があっても決して差しつかえございません。いけないから直せとは決して申しません。ただ、それだけであったとすると、江戸時代の記述として不十分であろう、そういう指示は多分すると思います。そうして、それがあとでお読みになったように変えられましても、著者がそういうように変えられてもけっこうでございます。先よりもやや要素が余分に入っているのじゃないかというので、幾分前にお読みになった部分よりは幅が広くなっております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それはあなた、聞いただけで御判断させるのはいけないかもしれませんけれども、幅が広くなっているかもしれないけれども、重点はぼけている。それで江戸時代の全体がわかりますか、それで。江戸時代の中の士農工商という題目なんだから、士農工商というならば、その身分制度、その封建的な身分制度というものは士農工商だけではなくて、さらにその身分制度が家族の中にもあったという説明が加えられてこそ、江戸時代の封建制度というものははっきりするわけです。また、そういう点をはっきりさせることが指導要領の社会科の方針からとつても、私ははずれているわけではない、むしろ強調すべきことであって、秀吉が刀狩りをしたのや、武士の子供だけが学問や武芸を修業したというようなことで、士農工商の説明になりますか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 身分制度を説明するにしましても、家族制度のところまで言及していく、そういうことはもちろんあって差しつかえないのでございますけれども、ページ数に制限がある簡単な小学校の教科書で何もかも書かなければならない場合は、ややそういうふうな冗長であるという指示に当てはまることもあろうと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ページ数は同じだ、三語か四語。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) いえ、全体の教科書としてのページ数がきまっておりますから。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 全体のページ数がきまっておったってこれは四、五字しか違わない、何もここを特別改める必要はないでしょう。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 関連して。これは今のやつですね、これは文字にしてはっきりすればなおわかると思うのですが、これは調査官の今の説明はちょっとやはりこれは納得できないのです。それはあとの方、第二次の検定のやつは支配階級のことは書いておりますよ、武士のことは。しかし先のことは、その時代の士農工商、それから家族の中まで入って、どっちが本質的だか、こういう問題になれば私はおのずから結論が出ると思うのです。しかし、これをここで論議する場ではないから、このことはあまりこだわりませんけれども、しかし、今の説明だけでは納得できないということは、これは結論的に申し上げることができると思います。  そこで、私はお聞きしたいのはこういうことです。このように第一次検定では何らあなたの方では指示もしなかった、まあ暗示もしなかった、これはよくわからないのだが、暗示したのか、しないのか、まあしなかったというように一応言われている、そういう雰囲気も何も伝えなかった、そういうものをとにかくまあ直してきたのですね。この直してきた点については問題にならぬのですか、第二次検定をやるときにこれは問題にならぬのですか、私は不思議だと思うのです、今のことを聞いて。これは第一次で通つている、何でもなかったのだ、これを筆者が書き直してきた、そうして、しかも今言ったように封建制度の士農工商というものを説明する、その内容としては、確かに私たちがここで聞いていても、調査官が今言われるようなことにはならないと思う、おそらくここにいらっしゃる皆さんも、どっちが本質的かといったら、これはやはり前者だと思うのです。ところが、なるほど一つの観点は、私の指摘した支配階級のことだけは詳しく書くという観点に立ったら、私はそれはいい、権力者について十分書くという観点をとるならば、あとの方がこれは正しいと思うのですがね。こういうような変更があったことについて、第二次検定のときに問題になるのか、ならないのか。あなたが指示しないとすれば、あなたでなくても、その社会科の調査官や審議会がこれを問題にしないとするなら、一つこの問題は非常に私は重要だと思うので、このことをまずお聞きしたいと思います。これはどんなに変えてきてもいいのですか、第二次のときにはかまわないのですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 第二次に出て参りました場合も、もちろんやはり先ほど申しましたように、全員で協議しまして、いけないところはいけない、そういうふうに申します。  ただいまお読み上げになった部分ですけれども、これは同じ分量の中で言っている事柄の幅が広くなっている、そういう意味で、それがいけないという意見は出なかったと記憶しております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 士農工商という説明をするのに、先にあげたものとあとにあげた文章で、幅が広いということを言われますか、刀狩りをしたの、何のというものは士農工商というものの前提のことなんで、士農工商の前の話なんで、士農工商を説明するのに、士農工商の肝心かなめなものを省いてまで秀吉の刀狩りまで言うことが、何の必要があるのですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 実は、小学校の社会科でそういう歴史的な事項を記述するぺージ数というのが非常に少ないのでございまして、それが私、計算してできませんが、四十ページか、その程度じゃないかと思いますが、そのくらいで、そもそもの一番初めから、国の初めから最後の第二次大戦以後まで全部書くわけでございまして、そういう中で士農工商だけをそういうふうに、ページ数だけで、そういう分量をとるということが、もし分量として多過ぎるということになれば、もうちょっと、同じ分量の中で幅を広く記述したらどうか、そういったようなことになるのじゃないかと思います。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 関連。だから、なお本質的なものを伝えるということにならなくちゃいけない。士農工商とい問題、これを解説するときに当然家族制度に触れる、こういうようなことですね。これは当然だと思います。いわゆる社会の組織、それからそれを構成しているやはり家族、そういうものを私は明らかにしなければ本質は伝わらないと思う。ところがあとのものは、聞いてみますと、読んだ範囲内ですけれども、それだけは、これは支配階級のことは書いていますよ、しかし、それ以外のところはほとんど出ていないのですよ。これじゃ全体じゃないのだ、やはりここのところを直すには、それはもっと具体的な資料をたくさん出してやれると思うのですが、一体今のようにこんな質的な相違がある、それを単に叙述の上で、向うが自分で自発的にこういうことをやってきたのだからといって、ずいぶん私は質的な変更があるものを、そのまま見逃していいものかどうか。それからもう一つは、指示はしなかった、こう言われているけれども、しかしこれは、指示というのは単に言葉で、そうしろとか何とか命令をしなかったということで、しかし暗示を与えるとか、あるいはその場の雰囲気とか、ものの言い方、言葉というのはなかなかニュアンスがあるのです。そういうようなやり方で一体これは与えていないかどうか。それからもう一つ、さらに何かその場の雰囲気を筆者なり業者がいち早く感得して、そして実は五だけのものを言っているのを十あるいは十五ぐらいにこれを自分の方で早や受け取りをして、それに迎えるような、こういう改善をやってくる。そういう雰囲気というのは一体ないのかあるのか。おそらくあなたたちはあるとは言わないでしょう。しかし、今言ったように何だかおかしい、やはり今の答弁ではそういうような実態を私は考えざるを得ない。これは単に私の憶測ではない、こういうような点についてあなたはどうお考えになりますか、この点お聞きしたいと思います。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ただいまのあとの方のお話、業者がわれわれの言葉を、ニュアンスとか、顔色とか、言葉以上のものを感じてよけい直してくるのじゃないか、そういう点は私どもないと信じております。それほどわれわれこわい存在じゃないだろうと自身で信じております。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 あなたはそうでしょう、そう言わなければ大へんなことになる。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それから前の方でおっしゃいました歴史の本質的なものというお言葉でございましたが、つまり変革的な要素、社会改善に資するような要素、そういうものだけを特に強調するということは、昔の社会科の指導要領には多少その気配が現われております。しかし、三十四年度の改訂の指導要領では時代の特色を描くという言葉が入っております。時代の特色を客観的に描く。今の時代のある立場から見て特に役に立つと思われるような史料に重点を置く。そういうことはしなくなった。その点が前と今と違うところだと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし、今度の指導要領にも、わが国の文化や伝統に対する正しい理解や、これを尊重する態度などを深め、ということとともに、世界の平和や人類の福祉に貢献しなければならないわが国の立場について考えさせるという文章がある。しかも世界の主要な国々の様子や、わが国とこれらの国国との関係などを具体的に理解させ、現在のわが国が世界の国々から孤立しては存在できないことに気づきさせる。だから歴史の中で現在の友好善隣の関係をマイナスしたようなものについては、反省を加えていかなければならない。それから人間の尊重とか、民主主義、こういう考え方というものについては、こういう考え方にはずれたような歴史的事実というものに対しては、やはり若干の批判を加えていかなかったら新しい人間像というものはできませんよ。そこで、今までの社会科の中の歴史教材で、どういう検定を見ても割合に教材の大きな幅を持っておったのが、このみじめな経済的条件に置かれた階層の具体的な例と、あるいは封建制度、封建主義というものに対して相当の材料を与えてこれに批判を加えてきた。それをほとんど今度はきれいさっぱりと抽象化としている。そこで私が午前中から言ってる文部省の史観というものに変革を来たしたのではないかという疑問が持たれている。国民的自覚を高めるという名のもとに、国史の教育においてかつてのいわゆる天皇絶対のころの歴史観に基づいて、このような教材、素材というものに言葉を並べてしておった。それに復元するような動きというものをわれわれは憂えざるを得ない。こういう疑問を持つ。ですから、あなたの言うことはわかる、わかるけれども、歴史的な史実の濃度についていろいろ質問すると、社会科の本だから何も史実だけを忠実にどうこうということは言われないということを言われる、文部省は。あなたもそれに似たようなことを言われる。社会科の問題になると、社会科は変わっておらないと一番初め説明されたのでしよう。ところが今度は社会科の中で、調査官の村尾さんが言っておる通り、歴史の教育の見方というものが、変わってきておる。こういう判断をせざるを得ない。そこをくっきりと、指導要領のどこに準拠して、どういう態度で今の文部省が考えているという検定基準の尺度を話して下さい。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) もちろんおっしゃる通り、歴史の中で反省すべき点は反省させ、世界の平和に貢献するような、そういう資質を養って行くことが大事だ。その点は心がけております。ただ、過去の歴史をながめる場合に、今の立場から見て、この時代にはこんなつまらぬことがあった、こんなつまらぬことがあったというだけを並べたのでは、ちょうど今から批判すれば、過去は至らなかった点が大いにあることはきまっておりまして、夏目漱石はテレビジョンを見ることができなかったから、彼は非文化人であるということと同じような批判の仕方になる。そういうような歴史の見方ということが、三十四年度の指導要領の時代の特色を描くという言葉によって慫慂されてきたわけでございます。それまでは、その前の社会科におきましては、歴史の中から社会改善の意欲とか、自主的な精神とか、そういうものを養うのに都合のいいような教材をピック・アップするということがある程度認められておったわけでありますが、今度はそういうピック・アップじゃなくて、一まとめの時代史をずっと学んで、全部学んだ上で批判なり何なりということが社会科で要請されております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 素性も氏もよくないので士農工商にこだわるわけじゃありませんが、士農工商という題材について二つの説明がここに行なわれている。私たちが見れば士農工商なり、あるいは士農工商に伴う士族制度なり、あるいは家族制度なりというものの説明は前の方がいいと思うのに、あとのような表現に第二次検定で改まっておる、こういう問題なんです。この史実を取ってきて、この史実を捨てるということになれば、同じ士農工商という歴史的な事象を説明するのに、何も書き改めなければならないことがないのに書き改めたのはどういうことであったかということです。しかし、これはあまり長くなりますから次へ移ります。  次は、内藤さんも先ほどから建武の中興、建武の中興と、質問しないのに建武の中興というものはとめないとか言っているが、この問題を出しますと、まだなまかじりの、半分しか質問聞かないで答えられると困りますから、最後までよく聞いて下さい。百姓一揆の問題では、幕府の衰えというところに、「幕府は産業を起こし、節約を勧めるなど、政治を改めて建て直しをはかりました。しかし衰えた農村を救うことはできず、十八世紀の終りになると、各地に百姓一揆が次第に起るようになりました。」、こう書いてある。第二次検定は百姓一揆はない。百姓一揆を認めている本もあれば、認めていない本もある。認めているというのが言葉が悪ければ、記載されている本もあれば記載されていない本もある。しかし、これは水かけ論になりますけれども、原本にあったものが第二次の修正でなくなるということは、これは文部省が指示しなくても、これは危ないから抜いた方がいいのじゃないかなという作用が働いたとしか考えられない、あったものがなくなっているのだから。それで、村尾調査官は、百姓一揆などというものも、史実としてあげなければその当時の実際の歴史的現象というのはわからないんだと、こういう説明をしている。しかし、ある教科書のごとく、百姓一揆を除かなければならないような事態が現実として現われてくる、これはどうしたことですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 百姓一揆を削れという指示はもちろんしたことはございません。それから百姓一揆を書いてあるのも書いてないのもございますが、これは著者の方の意向、自由な立場でございまして、われわれとしましては、百姓一揆というのは相当顕著な史実であるから、ああいうものはあの時代を描くとしたらあって当然であろうというふうには、われわれ会議の際にも話し合っておりますけれども、しかし書いていないものを、これを書けという指示はやはりいたしません。これは著者独自の考えで、その時代のバランスを考え、比重の強いものを取ったためそういうことになりますので、それは著者の態度を尊重することにいたしております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 文部省は調査官の気持に合うように書かれたときだけ尊重されても困る。もっときぜんたる態度をもって、百姓一揆は教材として取り上げるべきだという御見解なら取り上げるべきじゃないか、一行の説明で足りるのじゃないか。なぜ元通り入れておかないかという注意がなぜできない。あなたは指示して、やはり百姓一揆は教材として取り上げるべきだ、こういう御措置がなぜやれないか。これは入れてもいいんじゃないか、そうしないと、全体の史実のバランスがとれないという御指示が当然あっていいんじゃないか。そういうところだけ文部省が主たる教材だといって教科書を集め検定を実施している。それなら、取らせたい教材があるなら、入れさせたい教材が当然なければならない。百姓一揆、入れた方がよければ、なぜこの教材に百姓一揆を入れなかったのか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 江戸時代については、どういう史実とどういう史実をあげるのが一番比重の関係でバランスがとれているかという、そういう解釈は著者にまかせておりまして、それに非常に何か片寄ったものがあった場合には、そちらに意見をお伝えするときもございます。ただ、こちらの顔色を見て向うがどう思うか、著者の方がそんなことをされるはずはないと信じておりますが、何かの都合でそうなった。それから書いてないものを書けというふうに指示することは非常にわれわれとしては慎しまなければならない。よほどのことでない限りは慎む、よほど重大な場合には申し上げる、そういうふうにしております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 これはよほど重大なことになりますね。これはあなたの方に何された開国のところで、「一八五三年には、アメリカ合衆国の使節ペリーが軍艦四隻を率いて神奈川県の浦賀に来て」云々というところで、「大名の意見も聞くことにしました。これから後、開港派と攘夷派との二つに分かれて世の中は騒がしくなりました。」、その間に文章として相当長いものが入っておる。「というのは、武家政治が始まって以来、朝廷の勢いは大へん衰え、政治の実権は全く武士の手に渡っていたのですが、信長や秀吉は、天下を統一するにあたり、皇室を上にいただき、天皇の命を受けて全国に号令する形をとったように、皇室をとうとぶ気持は国民の間に伝統となったからです。」、こういう文章になっている。これは大切なこととして入れさせたということになりますね。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それは入れよという指示はもちろんしたことはございません。それは著者がそう自分で考えてお入れになったことだと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 著者というのは、ずいぶんばかなやつばっかり著者になっているようなわれわれ錯覚を持つ。著者というのは一応の見識を持ったそれぞれの教育者なり、あるいは社会科の歴史教材の場合には歴史学者ですよ。それが精選して、指導要領というものを十分参酌して一応練って去年までは通ったものです。通つているのだ。それをここで書き改めるということで、去年のものにさらに手を入れて指導要領に合わせて出したら、それがだめになった。そうして今言ったようなものを書き入れて出したらパスした。体、著者が勝手にやったということだけで済みますか、子供じゃないですよ。  それからこういうことがある。「大老井伊直弼は朝廷の反対を押し切って条約に調印したので、世の中は一そう騒がしくなりました。」、これに対しまして、今度は、「井伊直弼は、朝廷の許しを得ないで条約に調印しましたから、尊王攘夷派の人たちは大へん憤慨しました。」と、そこでこの表現で見ますと、天皇が直接国政を担当することが正しいという考え方を子供が持たされる。これでよろしいのか、現在の憲法と比べて。それから朝廷の許しを受けるということは、徳川幕府の建前から、全部の政治的行動が朝廷の許しを受けたという歴史的事実があるか、井伊直弼の勅許を待たないということは国史の本に出ておった通りです。しかしながら、当時の政治的な常識としては、開港、攘夷あるいは朝廷というものと結びつけての尊王攘夷というものが出てきましたから、政治的な配慮としては、朝廷の勅許というものを待つという方が運動の進め方はよかったかもしれないけれども、政治的な建前として、必ず政治的行動に朝廷の勅許を得なければならなかったという史実があるか、徳川幕府全体を見てそういうことがあるか。それから、これをそのまま子供に教えれば、皇室は当然政治に関与すべきものだ、政治責任の座に天皇はある、こういう形に受け取れる。われわれがかつて歴史や国史を学んだと同じことになる。こういう考え方を復元するような材料というものを教科書として用いて一体いいのかどうか。これは憲法の精神をじゅうりんすることはなはだしい。指導要領のどこにもそんなことはない、史実の判定に若干疑問のあることは、国史教科書のそのままの姿で、井伊直弼の勅許を待たない事件というふうなものをそのまま載せてある、これが文部省の指導要領にのっとった方針ですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ある教科書で江戸時代の末期の騒がしくなってきた状況を記述したところに、どうしてもその当時の尊王攘夷のことを記入しないと前後がわからない、そういうのでございまして、そこでは尊王攘夷のことをあらまし入れた方がいいだろう、そういう指示をした教科書がございます。それがそれに当たるかどうかわかりませんけれども、多分それをそういうふうに書いたのだと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 尊王攘夷というのは現実に歴史的にあったのですからいいですが、ただ、ここにきて、あなたの話と逆にページ数は実に倍になっている、ページ数というか、行数、文字数は倍になっている、尊王攘夷は尊王攘夷としてそのまま出せばいいのです。その前の方にも尊王攘夷がないわけではない、ただ簡単な単語として出ているわけです。朝廷の許しを得ないで調印することがいけないという見方、だから井伊直弼が朝敵だと、こういうことになる’それでいいのか、正しい史実か。それからここにきて、この前にはどこにもそんな説明がない、信長が天下に号令したこと、秀吉が天下を統一した方式に朝廷を使ったという、上にいただいたという、こういうものをこの中へ無理に説明につぎ込んで、皇室を尊ぶ気持は国民の伝統となっているのですという言葉を生かすために長い説明を入れている。こういう、天皇が直接国政を担当した史実というのが少なかったのだ、輔弼の任にある者の政治的な責任なのだということで解釈しないと、天皇の戦争責任にまで問題が波及してきますよ。そういう教材の取り扱い方をあなた方は指示なさったのですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 先の方の尊王攘夷の問題でありますが……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 尊王攘夷はいいですよ。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) これは時代史としてどうしてもいれなくちゃならないと思います。それからあとの秀吉、信長の皇室を尊ぶ……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 井伊直弼……。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それはそういうものを入れろという指示をしたことは全然ございません。それは著者の見解だと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 これは正しいと思いますか。正しくなかったらあなた方はチェックする、第二検定に入れた、入れたら無条件で通っている、どうですか、これは。いいですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 著者がそういう見解で出してきたものを取るほどの必要はない、けっこうだと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それじゃ朝廷の許しを受けるということは、徳川幕府の幕政の建て前でありますか、史実の問題であります。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 実は、いわゆる井伊直弼の勅許の問題でありますが、唐突に勅許も得ないで、皇室のお許しも得ないで、天皇のお許しも得ないで何々しました、そういう史実を書いたものでございます。唐突であった場合には、その当時の事情というものを説明して、それまで長い間、実は皇室に何もお伺い立てなく、勝手に幕府がやってきた、それで唐突にお許しも得ないでそういうことをやったので恨まれて殺されました。こういう事実のあることがわからないので、その当時の尊王攘夷を入れた方がいいだろうということなんであります。そういうことです、勅許問題。ぜひ日本では勅許を受けるべきだというようなことを言ったことは全然ございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 全然言わないことまでも書いてある。「大老井伊直弼は、朝廷の反対を押し切って条約に調印したので」云々という方は味も、そっけもないようだけれども、史実として忠実だ。こういうように文部省が意図しないまでも、天皇の神格化、天皇の神聖化というものがあらゆるところで取り上げられている。少なくとも文部省の指導なり助言が、そういうように一部のものにしても受け取れるような要素というものがどこかにあったから、こういうことになったのです。それなら、あなたの方で勅許問題というものは書き直させる意思がありますか。もう一つ、こういうように天皇というものを——天皇は憲法で規定されているように、われわれは当然象徴で尊敬すべきものだ。われわれはこれを否定しない。しかし、こういうような書き方をすると、明らかに天皇の政治責任というものが、教えざるを得ない、出てくる。それでいいですか、どうですか。憲法の問題だ。いかに指導要領でも、憲法改正が論議になっているから、もう憲法はどうでもいいということは一つも書いてない。どうですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ただいまの勅許の件は、書き直させるつもりはございません。著者の見解でそういうふうにお入れになった。その当時の尊王攘夷という、ああいう気配を描くことは、これは示唆いたしましたけれども、勅許の問題は、ここで取り上げるということは、こちらから指示したことはございません。また、しかし、著者の見解としてあげたものは、これはまた、それをとれという指示をするつもりもございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし、あなたの方では、著者の見解として、言葉を強めて言うならば、学者的良心として書かれたものまでも訂正さしている事実がある。だから、正しい指導要領の線に沿わなければ、著者の訂正であろうが、二次訂正、三次訂正で注意すべきだ。だから、私が聞いているのは、ここに載せたことがいいか悪いかという問題じゃない。天皇の政治責任という問題をどうするんだと言っている。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ただいまのその記述は、ずっとその時代を描いてきた、いわば歴史的な記述になっております。そういう天皇の政治とか何とかという問題は、またそのあとの方の政治のところの記述がございますが、そこのところで当然そういう問題は記述されていると思います。どの教科書かわかりませんけれども、その歴史の場合、歴史上の事実について天皇の政治責任をどうということは、ちょっとわれわれとして、そこまでは言われない。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ですから、そういう説明はありますよ。ありますけれども、たびたびこういうような天皇に対する扱い方をすれば、教えている者の何分の一かには、かつて国史を教えていた先生が残つているわけです。あなた方の頭も、僕らの頭も、どっかの一部分には国史的な考え方があるのですよ。これはぬぐおうつったってぬぐわれない、何十年も教え込まれたものですから。それと同じようなことがあれば、扱い方だってまた復原してきますよ。そうなってくると、天皇を軽々に材料としてこういうところに引っぱり出すことは、どうしたって、私が前に指摘したように、天皇の政治介入——高みくらの座、大君がよろず民をしろしめすと、こういう考え方が創造されてくる。そういう錯覚を持つように小さい子供たちの中に心配が生まれてくる。そういう心配は、私はこれは警戒をしなければならないじゃないか、こういうことなんです。史実からいっても、勅許を待たないで井伊直弼が開港調印をしたということは、その当時、そんなに重大な犯罪でもなければ、政治的常識から見てはずれていることじゃないじゃないですか。尊王攘夷の説明ならもう少しいろいろ加えなければ、これは史実からもはずれてくるのじゃないか。史実の判断がどうこうというよりも、教えている者、教わる者に、天皇に対目する、憲法で規定された概念と違うものを、誤られるような——かつて、われわれが天皇の神格化によって歴史教育を誤ったようなよりどころになりそうなものを与える記述というものは、十分注意しなければならないのじゃないか。見解はありましょうけれども、注意をしなければならないということは、これは認めていただけると思うのですが、どうですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういう注意はもちろんいたしますが、おっしゃるようなおそれがあるとすれば、そういうことにならないように極力警戒——現在もしておりますが、なお一そうするつもりでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それから、また封建制に返りますが、この「明治維新と四民平等」というところで、「封建制度のもとでは」云々という言葉が、むずかしいというためかどうかしらぬけれども、「封建制度」という言葉をとってある。それから、さっき調査官いらっしゃる前に指摘しましたけれども、伊藤博文の憲法制定のための調査、あるいは憲法制定、これらの問題で、「伊藤博文は天皇の命を受けて」、「伊藤博文は天皇の名において大日本帝国憲法を」云々という言葉が出ておる。今まではこんなはっきりしたものを出さないで憲法の内容を表示しておった。「この憲法は第一条に「大日本帝国ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と書いてあり、今の日本国憲法とは大へん違つています」と書いてある。それは村尾さんが指摘するように、明治における明治憲法の制定というものは、歴史的事実としてはこれはりっぱに高く評価しなければならないものだと思う。しかし、「天皇の名において」、「天皇の命を受けて」、こういう言葉を使って欽定憲法というものが非常にりっぱだという、国史教育そのままのような言葉を用いることは、「天皇の名において」なんということをぽこっとここに出されてきたって、子供の概念ではわからないのじゃないかという問題を含めて、一方では「封建制」とか、「封建制度」というものを極力表に出さないように、一方では天皇というものを非常にクローズアップしている。この教科書だけから見れば、全体を通じてそういうことが言われる。これは注意しなくていいですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) ただいまの伊藤博文の憲法、「天皇の名において」という記述をするようにという指示は、もちろんいたしたことはございません。ただ、書いた人の気持を察しますと、わざわざ「天皇の名において」というふうに入れたのは、これは欽定憲法であって、今の憲法とは違うのだ、むしろ、今の新しい憲法との違いを述べたいのじゃないかと思いますが、こちらからそういうものを書くようにということは、もちろん申しません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ですから、その制定の手続がいろいろ述べられて、「この憲法は第一条に「大日本帝国ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と書いてあり、今の日本国憲法とは大へん違つています」、こういう表現で、「一八八九年二月一日に天皇の名において大日本帝国憲法が発布されました」、こう書いてある。これで、欽定憲法だから今の憲法よりもまずい点があるから、いろいろ比べて調べて見ましょうという表現になりますか。前の表現の方がはっきりしておるじゃないですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 「天皇の名において」という言葉を、欽定憲法であるということの説明のために入れておるのだと想像しますけれども、そういうものがあって、もちろん悪いことはありません、事実でございますから。ただし、そういうものを入れろと言ったことは、先ほどから繰り返して申し上げますように、ありません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 内藤局長に伺いますが、指導要領で、「日清、日露の戦争や条約改正を経て」云々という内容を入れて、日清、日露戦争というものを今までの社会科で取り扱っていたこととは違って、国民的な誇りといいますか、ということで、これは高く評価をしろという意図でございますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) そういう意図は毛頭ございませんが、明治の歴史を説く場合に、日清、日露の戦役のことに触れないで明治の歴史は理解できないと思うのであります。ただ、日清、日露の戦争を通じて政治、経済、社会的に日本が、何と申しますか、社会的に変化したことも、これは事実でございます。ですから、そういう事実を述べることは歴史として当然のことと考えています。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 その点については異論はございません。そこで、「日清、日露の戦争」というところで、今までの本ではいろいろ日清、日露の戦争というものの経過が書かれ、最後に、「一九〇四年(明治三十七年)日本とロシアとはついに戦争を始めました。」、その前にいろいろ理由が書いてあります。「戦いは日本の勝利に終わりましたが、多くの人々の生命が失われました。この戦争を日露戦争といいます。」ということで結んである。今度はこれはもう三倍ぐらい文章の量がふえています。それで、「朝鮮に勢力を持っていた清国は、日本の考えを無視して、しきりに朝鮮の政治に口出しをしました。」、これが日清戦争の初めとなっている。それから、「眼れる獅子といわれて世界からおそれられていた清国と戦つて、小さな島国の日本が勝ったのですから、世界中の人々は驚きました。これをきっかけに、日本はアジアの強国として世界の国々に認められるようになったのです。」、こういうように説明がありまして、戦争のために無辜の民がなくなって、こういう戦争というものはとにかくいかなる理由、いかなる結果になろうとも避けねばならないものだという考え方というものは一切あとの検定では削られている。これは文部省の方針ですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 歴史を述べる場合に、戦争がいいとか悪いとかいうことは一がいに言えないと思うのです。それぞれどこの国でも世界の歴史をひもとけば戦争の歴史がたくさん出てくるわけなんです。ですから、その当時の戦争の原因なり、それがどういう結末に終わったかという事実が述べられればいいのではなかろうか。で、もちろん社会科の政治、経済、社会の分野におきましては、戦争というものは否定しているし、私どもは平和的に解決しなければならぬということが指導要領に明示されておりますから、戦争についての反省あるいは価値判断というものは十分なされ得るようになっておるのでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 価値判断はしていますね、新しく。「眼れる獅子といわれて、世界からおそれられていた清国と戦つて、小さな島国の日本が勝ったのですから、世界中の人々は驚きました。これをきっかけに、日本はアジアの強国として世界の国々に認められるようになったのです。」、そうしますと、これを読んだ子供たちはどういうことになりますか。前には、「日本の勝利に終わったが、多くの人々の生命が失われました。」と、一応十二分に戦争の悲惨というものに対して反省をしなければならない要素というものは出ておる。これがなくなったんですよ。とられちゃったんですよ。それでちょうど昔の絵草紙か国史の本にあったと同じような表現に変わつているのです。これでは戦争是認じゃないですか。あなたも戦争があったという事実、戦争の結果というもの、これは伏せろということには反対だ、それはそれでいい、その通りです。しかし、こういう取り上げ方をすることは、これは意識過剰じゃありませんか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 戦争についての価値判断は、先ほど申しましたように、社会科の政治、経済の分野において十分され得るようになっているし、平和的に解決しなければならぬことは説いておるわけでございます。で、戦争の場合でも日清、日露の戦争と大東亜戦争とはだいぶ違うと思う。大東亜戦争の場合には、特に指導要領にも、国民が悲嘆に明け暮れたということが明記されておりますので、戦争にもいろいろな場合があり得ると思うのです。おそらくそういう全体を見て、その歴史が正しく描かれているかどうか、こういうところに問題があると思う。今お述べになったように、確かに私は日清戦争のあとに諸外国が、日本が勝つたのでびっくりしたことは、これは事実だと思うのです。ですから戦争というものに対していろいろの場合がある、その場合に、一々戦争がいかぬいかぬというふうに歴史の中で述べなくても、別に戦争に対する価値判断は十分され得る分野があるのですから、そこでしていただいてもこれはいいのじゃなかろうかと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 分野があっても、前には日清戦争を評価しないということじゃない。しかし戦争に対する反省といいますか、戦争に対する勝利の陰の犠牲、特に人命の犠牲というものに対して強い反省というものを文章として表現しておったわけです。今度は戦争による国民の犠牲というものが、特に失われた生命というものについては何ら触れないで、これで戦争によって国威が高揚したということばかりの書き方、こういうことでは指導要領にいう国民的自覚ということに誤りを来たすのではないか、調査官どうですか。この書き方ばかりを問題にするわけじゃないのですけれども、前後を通じて、前に言われた戦争に対する反省的な要素というものの教材は全部とってしまって、この日清戦争、日露戦争、このあとにもありますよ、どこどこで海戦に勝ちましたということが書いてある。そればかり並べては、これはちょっと戦争の教材としての扱い方としては、社会科としては納得できない。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 日清、日露の戦争につきましては、三十四年度の指導要領で、その戦役のあと国際的な地位が向上したという項目が加わっております。それに従ってそのことを述べることが必要であるという指示をしたものはございますけれども、今お読みになったような、そういう記述を指示したことはございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 じゃ、その戦争に対する嫌悪感、戦争に対する反省というものを除いたのは、これはどういうわけか。そういう指示も文部省ではしてない。それでやはりその反省的教材というものは入れる方がいいとお考えになりますか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういうものを削るような指示は全然したことはございません。これは繰り返して申し上げます。それからそれをどう考えるかということは、その前後のつながりといったようなものを、その教科書についてもう少しゆっくり見ないと、その個所だけでそれがいいか悪いかということは私判定しにくいと思いますので、余裕をいただきたいと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 次に、これは「満州事変と日華事変」という内容です。「戦いは初め日本に有利に進み、日本軍は中国の首都南京を陥れたが、中国はこれにくじけず、あくまでも日本と戦う決意を固めたため、その後の戦いは日本の思うように進まず、次第に困難になってきました。日本人の中には、この戦争を大きくしないで、なるべく早く解決しようと努力した人々もあったが、軍部に押えられて成功しませんでした。」と、こういう記述が今度の改訂で全部切られている。で、日本の平和運動あるいは平和主義の考え方、あるいはこれらに貢献をした人々というものは、特に日本の歴史教育の上では、大体日本が好戦的で、歴史といえば戦争に勝った負けたが多いのですから、その中で新しい歴史教育というものは、少なくとも日本の中にもあった平和主義者、あるいは平和運動、こういうものをやはりある程度ピック・アップしていかないと、全然教材のバランスがとれないと思うのです。しかし今度はこういうものは削除されておる、ここだけではありません。あらゆる点で平和に貢献のあった、あるいは平和的なものの考え方などという例なども全部とられている、これはどういうわけですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) その部分につきまして、やはり私ども会議したときの記憶を申し上げますと、日清、日露の戦争というものは、その当時の国際情勢とか、あるいはロシアのいろいろな政策とか、そういったものを全然抜きにして日本の侵略的な意図だけを強調しようという……。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 大東亜戦争ですね。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) その当時、そういうものだけを書き立てている書き方というものは、その当時の時代史として見ると、バランスを得ているものではないであろう。それからもう一つ、その当時反戦論も多少あった。反戦論とか、厭戦的な気分が、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」、ああいったようなものが多少あった。あったけれども、これを特に大きく取り扱っていくということは、その当時の時代史として見ると、やはり比重として掲げられているほど大きくはなかったのである。いわゆる今の平和の思想から考えるならば、それを特に大きく取り上げる、厭戦思想こそ大きく取り上げるんだというような御意見も、前にはございましたのですが、今度は時代の特色を描くという、そういう立場に変わりましたので、その立場からいいますと、その当時は比重のあまり大きくなかったものは、小学校の教科書ぐらいでは取り上げても、ほかが犠牲にならないならばいいけれども、そのためにほかが犠牲になるような書き方であっては慎しむべきであろう、そういう意見が合意の結果として出てきております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 私は、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」が上がつているか上がつていないかということを問題にしているんじゃないんです。それは主たる教材であっても、指導計画は教師自身が立てるのですから、教師自身が説明の中に付説すれば、それで事足りるかもしれない。しかし、日華事変、満州事変、日華事変という中に戦争の不拡大方針があった。あるいは平和裏に解決したいという念願が日本人の一部の中にもあったんだということを書いて置かなくっては、善隣友好の大きな世界史の目的としている教育の目標にもはずれてくるのではないか。こういうものを特別にはずさなければならない理由は私はないだろうと思う。特に日本の現実においては、時代史々々々と言うけれども、時代的な見方ばかりをしているなら、それは客観的史実でわかる。ところが、井伊直弼のときには、井伊直弼というものと朝廷というものを特に結びつける、これは時代史の客観的な見方ではありませんよ。あるいは建武の中興にしたところで、建武の中興で、ことさらに京都に帰って再び天皇政治が行なわれましたということを特別に書き出さなければならないということは、これは客観的に尊氏が賊だという書き方は、客観的な時代史の忠実な書き方ということにしては異論が差しはさまれる余地が残る。一応教育ですから、社会科のワクの中で歴史教育を扱っておるわけですから、これは文部省は、文部省で、こういう立場で教材をとったんだというものがあっていいと思う。正しいものは文部省の主観でけっこうです。何でもあったものを全部並べろというばかな話を私どもは是認するわけじゃありません。ただ、類は少ないかもしれませんけれども、非常に近い世代のことなんですから、このときに全部の国民が、一億総がかりで満州や支那で戦争することを一歩もひるまなかったんだ、平和的なものの考え方をした人が一人もいなかったんだというような印象を受けるような、あるいはそういうふうに判断されるような材料の出し方では不足だと、こう思うんですが、どうですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 先ほど申し上げましたように、総括的な指示というものはいたしますけれども、ここにこういうものを入れろとか、こういうものをとれとかいうような、そういう具体的な指示をやることはわれわれとしてもできるだけ控えております。やりますと、共同編集になるとか、あるいはよけいな拘束を加えるという非難をすぐに受けるから、非常に遠慮がちになっておりまして、その点はこちらが指示して削らしたものではない。こちらが指示して入れさせたものでもない。それは著者の自主的な考え方を、それをできるだけ尊重したということであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 これを先に出した。これではだめだということになって、それであとで直して出せばいいということになったのでしよう。だめだというからには、だめなところが話し合いに出た。いいというからには、削除することを認めておる、挿入することを認めておるわけです。この中にも因果関係がないという説明をさっきからしておりますが、因果関係がないと言われますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) これは先ほど申しましたように、第一次検定に上がった場合に、合格になりますと、条件をつけてお返しするわけであります。それは先ほど申しましたように、これはたくさんありますので、この中でA意見については直していただかなければならぬ。それからB意見は参考にしていただいてけっこうだ。全然こちらから申し上げない点もあります。ですから、第二次検定になった場合に、今の点は文部省は指示していない。それ以外にもたくさんこういうふうに誤りがあるわけであります。ですから、こういう誤りはどうしても直していかなければならぬ。ですから、今おあげになったそれ以外のところには、これは直ったから文部省が指示したんだ、文部省が指示したんだという、こういう御説明をなさるのは、私は少し誤解ではないかと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 第一次検定不合格、第二次検定条件つき合格ということです、内容は。そうすると、第一次検定の不合格の内容についてはお話し合いがある。文部省から指示がある。それで、それを忠実に指示に従うか、あるいは文部省の意向をそんたくして、さらにワクを広げて、一応改訂をして出したのが第二次検定、二次検定は条件つきではありますが、合検した。そうすると、合格したものを見ると、一次検定のときになかったものが大量に挿入されている。一次検定にあったものが大量に削除されている。こうなってくると、なぜ一体、文部省はそう直接に取れとか、加えろとかいわないとおっしゃっているにかかわらず、あるべきものが取られて、なかったものが加わったかという疑問を、これは第三者としては持つのも、あながち無理じゃないでしょう。そこの経過をもう少し文部の立場で説明を願わないとわからない。それで削ったものについて、これは削る必要があるかというと、必ずしも削らなくてもいいような御見解、こんなもの入れたらおかしいじゃないかという御見解、入れたものについては文句を差しはさむことは差し控えたいが、必ずしも百パーセント賛成ではないというまた御見解である。そうすると、一体教科書というものは、文部省で検定の権限を持ち、文部省で検定しているんだけれども、検定合格の中には、文部省の意図が一体盛られているのか、盛られていないのかわからなくなってくる。そうすると、これは何かないものに恐れて、会社は、恐ろしい検定をやるそうだ、何だかこういうことをいったから、それじゃこれかあれかというふうにそんたくをして、空中桜閣でいろいろなことをやるということになれば、またそういうような印象を若干でも、意識はなくても、文部省の調査官が検定方法というものについて与えているということであれば、文部省自体も考えていただかなければならないことである、それによって教科書の質が悪くなるんですから。そうでしょう。これは取らなくてもいいものだというものも取られている。つけ加えなくてもいいものがつけ加えられているという結果になりましては、またそれが著者の意思ではないということであっては、何のために検定しているかわからない。この間の事情というものをもっとはっきりしませんと、私どもはどうも検定をやって、ますます本が悪くなると思う。文部省に聞くと、文部省の方針とまるきり違ったものが合格本として出てくる。まるきり違ったということが言い過ぎであれば、必ずしも文部省の意向を百パーセント現わしているものでないものが、事実においては検定を通過して子供たちに与えられるということでは、これはおかしい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ちょっと誤解があるようですが、教科書の原稿が文部省に申請されまして、その場合、一次で通る場合と不合格になる場合がある。一次でかりに合格になりましても、非常にたくさんの誤記、誤植、不正確な要素がありますので、これについては、どうしてもこれは教科書として欠くべからざる要素である場合には、審議会の御決定に従って、A意見として会社に指示する。これはA意見については、直していただかないと合格にできないわけです。そこで、そのほかに今度は不合格になるのが別にあります。不合格になるのは、いろいろな観点から、必要条件を満たしていない。こういうことで実は不合格の理由書を差し上げる。たとえば内閣が粗雑である、あるいは組織、配列、分量が適切でないとか、程度が高過ぎるとか、そういうような抽象的な理由をあげまして、これが不合格の理由書を差し上げる。ところが会社では、実はそれだけでは事実がわからぬから、ともかく問題になった点はどういう点かということで、先ほど申しましたような重要な問題点つまり不合格にしなければならなかったような問題点については、こちらからこういう点が問題になったということを申し上げるわけでありまして、これについても審議会で十分その検討された結果を申し上げてあるわけであります。そこで、その次に、それじゃ文部省の意図に反した教科書と言われれば——これは文部省の意図に沿っておる教科書です。指導要領というのは非常に大きなワクでございますから、そのワクの中でいかにこれを、教材をこなしていくか、またそれを教育的に、効果的に表現していくかということは著者にまかされたる自由裁量の余地なんです。もちろん歴史の中にはそれぞれの史観がございます。しかしながら、全体として見て、文部省が検定した場合には、これは文部省として適切であるという一応の判定をしたわけであります。その中に、まあ適切でもいろいろあると思います。まず八百点くらいのものから百点に近いものと、こうずっとあると思う。ですから非常にこれは文部省としていいものだというものもあるし、まあまあこの程度のものなら合格にさせよう、この場合に私どもはできるだけ著者の立場を尊重していきたい。ですから文部省としてはできるだけ控え目に指示したい。よほど本質的なものでない限りは指示しないことを原則といたしております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 その説明はよくわかる。今私が問題にしておるのは、一次検定で不合格になって、今、局長の言うように、十二分に文部省から指導、助言があって、二次検定に合格したもの、この二つの間の関係を問題にしているのです。そこで一次検定で不合格で指示したものが、そのまま二次検定の内容として直されてくることはこれは当然なんで、私どもも形式的には文句を差しはさむ余地がない。ところがいろいろ今伺っておると、教科書自体は一次検定の不合格から二次検定の条件つき合格になるまでにたくさんの内容の書き改めを行なっておる。その内容の書き改めた点について、文部省の御指示があったんですかと聞いたら、必ずしも指示した覚えはない。それではこの不合格のときの表現が、その全体は不合格だけれども、その表現自体は百点と八百点に、御説のように隔たりはあっても、一応最低でも合格に達しておるのかどうかという意味合いでこれは認められるかと聞くと、必ずしもそれは反対ではない、そのままだって認められるということなんです。ただそれは非常に長いから簡略にしろというようなことを言ったかもしれない、ところが非常に短いところのものも削られて、簡略にしなければならないと一部で指導しながら、今度は長い説明を加えて、それはそれでまた認められておる。それじゃその説明の内容については文部省は指示したのかというと、指示しない。じゃ前のでもいいかというと、前のでも悪くない。そんならば、何を一体寄りどころに会社なり編著者なりが、一次検定の不合格というものから二次検定の条件つき合格というものに書き改めたか、文部省も指示しない。で、改めなくてもいいところを改めておる。要らないところをつけ加えたり、それではわれわれは判断に苦しむ。そこで問題が先に返りますけれども、これは不合格の点は冗長であるとか、あるいは子供の心理に合わないとか、非常に史実が間違つている、誤植が多いとか、出すのでしようけれども、それ以外に、これは懇切丁寧に調査官なり何なりが一次検定の不合格について、いろいろの指示ではなくても、質問に対しての応答という形で、何らかのサゼスチョンというものがあって、それが個人的な見解であっても、文部省の見解だという受け取り方をして、改めなくていいことをも改めたということになるのか、まあこういう想像も出てくる。そうすると、何回これを聞き返しておっても、文部省は私の方の責任ではありませんと、こういうことになるので、それじゃあらためてここできちんとさせたいのは、文部省の指示ではないというけれども、天皇なり皇室なりというものを非常にクローズ・アップさせるような書き方を二次検定の場合しているけれども、こういう御意思で御指示をした考え方なり、御指示をした事実というのはないのだと了解してよろしいのですね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。先ほど申しましたように、一たん不合格になった教科書は、これは説明をしなくてもいいわけなんでございます、不合格理由書が行っているわけですから。ですから、それも一つの方法でございますけれども、それはあまりに会社に対して不親切じゃないかと思うのです。審議会で不合格になったおもな点だけは、これはこちら側の考え方を申し上げた方がいいと思うのです。その場合に教科書会社が取るか取らぬかは御自由なんです、全然新しい教科書の検定でございますので。それから今一つの問題は、一次で不合格になった場合に、二次に提出される場合に著者を全部入れかえられる場合もあると聞いておりますし、また新しい執筆陣を加えるということも聞いているのです。ですから、私どもは今申しましたように、審議会でどうしても不合格にしなければならないというのは、相当いわばまあ重症な問題なんです。ですから、その重症の点をあげて御説明するわけです。軽微なものでしたら、これは条件つき合格になるのですから、そこは私ども一々指示するはずはないわけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 条件つきでも何でも、合格したものはパーセントが非常に低いのだ、一次では。低いですよ。(政府委員内藤譽三郎君(「違う」と述ぶ)じゃ説明して下さい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 一次で合格いたしましたのは、平均で私八割ぐらいと記憶しております。七割から八割は一次で合格しております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 全然事前の話し合いも何もなくて出されたものが、社会科で八〇%合格しておりますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 社会科については三〇数%が不合格になったように記憶しておりますが、平均を申しますと、七割から八割が合格しております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 問題を出しているのは社会科です。三六%か幾らでしよう。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 不合格率が。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 とにかく、不合格なり条件をつけられておって、一応修正作業というものをしなければ、ほんとうの意味の検定にパスできないというものは、相当多いわけです。無条件でパスしたなんというのは、パーセントは幾らなんですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 無条件でパスするような本があったら、私どもほんとうにお目にかかりたいと思います。と申しますのは、こんなに符せんがつくのです。ですから、この中に誤記、誤植もあるし、事実の不正確も相当あるのです。ですから、これが無条件であらゆる合格するような本があったら、ほんとうに私は日本の教育のためにしあわせだと思っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そういう末梢のことではなくて、基本的な教材配列なり、教科系統なり、あるいは教材内容なり、こういうものであまり文句がつかないという場合は非常に少ない。文字だとか写真の何とかいう、こまかいことを除いて、形式的なものでなく、内容的なものでフリー・パスというのはごく少ない。そこで結局非常に検定がきびしいということになりますから、さっきお話のように、一次検定でだめだということ、二次検定でがらりと人を入れかえて、新しい本を作るというようなこともたくらまれるということになるのです。しかし、これは教科書の成長の上からいえば、必ずしもわれわれは全面的に賛成するというわけではないわけです。そうすると、業者も良心とか教育的立場ということから、いかにして検定を通ろうかということだけに検定基準というものにおもねった編著書というものができるわけです。そういうことは、これは教科書の正しい成長とは私は言われないと思う。そこで、話が余談になりましたが、いろいろそういうことはあったにしても、皆さんが注意した中で、封建主義なり、封建的な家族制度なりというものを説明から取り除かれておりますけれども、これはそういう封建主義なり、家族制度なりというものをあまり取り上げて説明してはならないと、こういうことではないと了承していいのですね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) まことにその通りでございまして、日本の封建制度というものは、過去の歴史においては至るところにあるわけですから、それぞれのところで適切な説明の加えられることが正しいと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それから、戦争の問題ですが、戦争の是認ではなくして、歴史的評価はするけれども、戦争に対する批判、あるいは戦争に対する犠牲の反省というものについては、社会科がねらっているように、当然これは十二分に教育の計画の中に盛り込まれるべきだと、こう考えていいですね。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) もちろん戦争についても同じ考えを持っております。ただ、小学校、中学校、高等学校と、それぞれの段階がございまして、小学校では理解しがたいようなものは、できるだけ高学年の方に譲るということはあり得ると思います。ですから、中学校や高等学校の段階で、先ほど来仰せになったようなことは、十分私盛られてくるものと思っております。ただ、小学校はスペースも少ないし、時間的な余裕もないから、そう詳しく扱えないというきらいはあるかと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ですから、最初私が高等学校の世界史を出している。高等学校の世界史もずたずたに、肝心かなめのところが切られている。それで、小学校もやっぱりだめだ、それで問題を出したのです。  あらためて伺いますが、第二次世界大戦という中で、「都会の小学生は家を離れていなかに疎開し、中学生や女学生は兵器の工場や農村に行って働きました。召集されて戦地へ行った大学生もたくさんいました。」という一章があります。これは、今度削除された、これは何か文部省の方針ですか、御指示ですか、調査官。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういう指示は全然したことはございません。先ほどの局長のお答えにもありましたように、同じ会社から出ています教科書でも、著者がかわる場合もあります。その場合、当然記述も変わって参りますので、決してこちらの指示によって全部変わったというふうにはお考え下さらないように願います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 調査官に伺いますが、文章の記載だけで限定するのではなくて、そこに載せられている写真なり、さし絵なり、教科書全体の体裁についても、これは検討なされるのですね。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 調査をもちろんいたします。検討いたします。そういうさし絵、写真、実はそういうものに非常に間違いがたくさんありますけれども、漏れなく調査いたします。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ところが、今私が材料としてあげておるこの教科書は、今のような文章が除かれております。それで、当然これは学習の計画の過程において太平洋戦争というようなものが出てきて、何か六年生は六年生で、その当時のちょうど六年生くらいの子供たちはどうしておったろう、少し上の中学生や高等学校のお兄さんやお姉さんたちはどうしておったろうか、一番上の大学へ行っていたくらいのお兄さんたちはどうしておったろうかということは、学習課程として出て参ります。それを全部はずしてしまって、「一九四一年、日本とアメリカとイギリスとの間に戦争が始まりました。戦争は、初め日本側に有利に進んだが、長続きせず、やがて日本の本土も空襲を受けるようになりました」では、大東亜戦争あるいは太平洋戦争の説明にならない。しかも、絵が、さし絵、写真まで見るというと、こっけいなことには、この文章は除かれておりますけれども、さし絵は残っておる、二次検定で。これはどうしたことですか、調査官。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) それは著者が変わりましても、さし絵とか、写真とか、そういうものが前のままなお残つている部分もございます。しかし、著者が変わった場合には、変わる部分も非常にたくさんあるということでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そういうことを言っているのじゃない。説明の文章全体がすぽっとなくなっちゃって、さし絵だけが取り残されているのですよ。こういう検定の仕方というのはおかしくないかというのです。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういうようなものは小学校の場合は非常にたくさんございます。さし絵、写真だけがあって説明が全然ない、本文もない、そういう場合さえもございます。これは絵を見て考えさせるという、社会科ではよく使う手でございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そんなばかな話がありますか、判じものじゃありませんよ。建前としては、そういうような体裁になっているのです、教科書の著述が。しかし、この教科書の著述では、今言ったような学徒動員とか、学童疎開の説明があって、学童疎開の絵がありますから、実感が、これは戦争中にはこういうようなことが行なわれたのかということがわかるのです。全然説明がなくて学童疎開の絵だけぽこんとあって、どう取り扱われますか、取り扱えないこともないかもしらぬけれども、その教科書の編集方針からすれば、当然そのさし絵というものは、これは何らかの説明を加えて残すか、ほかの方法をとらなければ、説明の文がなくなっているのですから、不自然です。しかし、そういうことはミスされているのですか、それを認めて、それでもいいというのですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そういうことはもちろん気がついております。それでどうしてもその説明がなければいけない、それでなければさし絵だけになってしまう、どうにも学校の授業の進めようがないじゃないかと思われるようなものについては、そこに説明が要るということをこちらはお話ししますけれども、そうでないものは非常に多いのです。さし絵を見る、写真を見る、統計を見る、それだけで考えを進めていく、そういう指導を、現場の先生がおやりになるのにかえってその方が都合がいい、そういう教材はたくさんございます。これは社会科の場合などその例が非常に多いので、御承知願いたいと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そういう編集の方針というものは、指導要領のどこを見ても許容されるということには受け取れませんよ。少なくとも編著者はその説明というものをつけて、説明をさらに十二分に納得させるためにさし絵を出している。全然そういう表現のないところにぽこんと出すことではちょっと無理じゃないか、あなた方はそういうときは六年生という学年の心理的条件とか、学習的条件というものはあまり考えないで……。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 無理だと思う場合には、説明が要るといって説明をつけてもらった例も相当たくさんございます。無理でない、現場で先生が指導すればかえってその方がおもしろいじゃないかという例もたくさんございまして、なお、そのことが指導要領ではそういうことを許してないとおっしゃいましたが、指導要領は教科書記述の要領ではないので、現場での指導の要領なんでございます。教科書の記述の場合に、それを基礎にして記述するだけでして、教科書の記述の仕方まで指導要領では説いておりませんから、そういうことがないと思っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そんなことをいっているのじゃないのです。指導要領に忠実に教科書が編纂されなければならないというのは文部省の方針で、これは間違いないでしょう。そうでしょう。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) そうです。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 指導要領の対象になっている六年生教材になっている歴史書、こういうものを全部組み合わせて見たときに、今あなたのおっしゃるように、理科とか、あるいは算数とか、あるいは地理の気象とか、いろいろの問題で、図をぽかっと出して、一切説明を加えないというような場合には、これは指導計画からいって有効な場合もたくさんあるかもしれません。しかし、文部省が、特に村尾氏が言っている記憶をさせる歴史教育というようなことを強調しているとするならば、さし絵だけを記憶させてどうなりますか。ですから、そこだけを、ほかのことは知りませんよ、十二分に子供にわかるような形式で表現をしなければ困るじゃないかというのです。そういう点を配慮されてお認めになったというなら何をか言わんやだけれども、私がこの教科書を見ただけでは、どうもさし絵だけが飛び出しちゃって、どこを探して学童疎開というものの説明を結びつけるのかわからない、こういう点が感じられるということです。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 仰せの点もよく注意いたしますが、そのさし絵だけで大丈夫だと認めた場合には、そのまま何も言わないで通したという例は相当数ございます。それからいけないと思って、このさし絵には何とか注なり、あるいは説明なりはつけてほしい、そういうふうに指示した例も相当たくさんございます。実は、その例が多いとみえて、そのことを新聞、雑誌ですが、功撃の文章が載ったのがございます。これは教研集会というものがございまして、そこで配ったパンフレットの中に、さし絵の説明をしないでおいたところが、文部省が説明しろといった、彼らは社会科がわからないのだ、そういうようなことをいって批評されているわけでありますが、われわれもそこのところは、さし絵の要るもの、要らないものを区別しておるつもりでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それから基本的の問題ですが、明治憲法の取扱いのときに、旧憲法と新憲法の比較というのが割合に取り上げられておった。今度はこういう点がむしろ明治憲法を非常に歴史的に高く評価して、クローズ・アップして、新憲法の問題との比較対照というものをことさらに避けている。これはこういう方針ですか。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) これもよく世間で言われるのですが、その新旧憲法の比較をしてはいけないという指示は一つもしたことはございません。ただ、それを政治的の記述の場所で比較している、そういう教科書もありますし、歴史的な記述のところで比較をしていると、そういうものもあります。両方ダブっている場合には、一方だけでいいだろう、これは比較は政治的のところで書いてあるから、そこに譲ったらいいだろう、そういうのはございますけれども、新旧の憲法を比較してはいけないという指示は全然したことはございません。現に合格した教科書大部分に、新旧憲法の比較があります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 指導要領では、日本国憲法については平明に取り扱うように配慮することが大切である、こういう平明に取り扱うという場合、前の指導要領では憲法の精神というものは、非常に教育の各場面で取り上げるように強調されておる。それは一切、表に出さないで、平明に取り扱うということは、あまりむずかしいことを言うな、憲法のむずかしいことを言わないで、あっさりやれということで、教育基本法なり何なりが大きな教育の目標として掲げている、あるいはこの前の指導要領が、新しい人間像として想定した憲法にきめられた人間像というものの性格が、非常にあいまいになってくるおそれはないですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 小学校の社会科には御指摘の通り憲法を平明に解説するとある。ところが、小学校の段階で憲法を論ずるのは非常にむずかしいわけですから、できるだけやさしく解説するようにという趣旨でございまして、中学校の方の指導要領をごらん下されば、憲法に掲げられてあるところの基本的原則を相当詳細に、憲法の問題を扱っているわけですから、特に小学校の段階と中学校の段階が、心身の発達の段階から無理ではなかろうか、こういう趣旨でございまして、憲法の基本的の問題を十分扱うという点については共通でございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それで、今私は二十幾つかの例を出したのですが、これは全然文部省ではそういう指示をした覚えもない、また、そういう記載の変更を求めた覚えもないということですが、それでは満足できません、そこで、一体今私の指摘したような教科書に対して、どの調査官が主たる担当をして、どういう調査官の個々の意見あるいは審議会の委員の意見というものを取りまとめて一つの意見として伝達したのか、これを資料の上で明らかにしていただきたい。それはそういう点は指示しないなら指示しないでいい、その点ではこういうふうに指示したら指示したでいい、それがありませんと、これは言ったの、言わないのの水かけ論で困ります。私が希望したいのは、話を聞いてみると、まるでこれは、歴史じゃありませんが、平家の軍勢よりもまだ始末が悪い、水鳥の飛び立たないのに驚いている始末、これでは話にならないので、それの誤解を生ませておるのは文部省であります。文部省がそういうことのなかったという事実を資料の上で明らかにしていただきたい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) これは先ほど申しましたように、審議会が最終決定をいたしまして文部大臣に答申する。文部大臣が答申に基づいて指示しておるのでございまして、一つの機関決定でございますので、一々の人がどういう意見をあげたとか、あげないかというようなことを、外部に公表する性質のものではないと私は心得ております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし、調査官の個人として、私はそういうことを言ったことがない、私がこう言ったのを誤り伝えられたということを公表しておるのです。国会には報告できなくて、資料として提出できなくて、個人としては発表できるということはどういうことですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ここでも御質問の点については、十分理解いただける説明をいたしておるわけであります。ですから、私ども責任をもって答弁をしておりますので、私どもの答弁に間違いがありますれば、いかようにでもこの点は解明をいたしたいと思っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 しかし、そういうことは申しません、それは私どもは書き改めろと申しません、挿入しろなんということは申しませんと言っただけで、言わなかったという何も聞き直つての話ではありませんが、証拠があるわけでなし、あるいはそんなこと言わなかったのだけれども、勝手に私ども書きましたと編著者が言っておるわけでもない。で、世間の疑惑は、特殊な調査官という立場をもって、いろいろ口頭で指示をしている事柄があるのじゃないか。それで、一応言っても、それを自由に拡大して、編著者の意図に反するところまで教科書が書き改められておるのじゃないかという疑惑が持たれておる。全然、調査官が編著者なり会社の関係者を呼んで、何にも話をしなかったということはあり得ない。話をしていることは事実であります。ですから、私の指摘しているところで適当なところがないならば、あなた方は付せんをつけているのがたくさんある、幾つの例でもいい、五つでも六つでもいいから、この点はこういうふうに指示をいたしました、あるいは訂正を要求したとか、あるいはサゼスチョンしたとかいうことを明らかにしてくれる資料を提供して下さればよろしいのです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) これは具体的な事例でないと、そういうことは言えないと思います。(加瀬完君「具体的な事例を求めている」と述ぶ)今、加瀬委員からお述になった事例についても、一々責任をもってお答えをしておるのですから、この責任あるいは答弁を一つ信用していただく以外に私はないと思う。歴史の教科書についても、徳武情報を中心にいろいろ議論がされておりますけれども、全然別の観点から、「文芸春秋」でもお茶の水の尾鍋教授が書いておるのですから、私どもは、今私が申し上げたことが、これが真実でございますので、それ以上の資料は今のところないわけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 私は徳武情報がどうだの、尾鍋さんが何を書いているかというふうなことを材料として取り上げて一つも質問をいたしておりません。自分で現場の人から教科書を借りまして、一次検定、二次検定、その経過というものを全部調べました。調べて、ここにこれだけの資料を作ってみた。もっとありますよ。たくさん。ありますけれども、一応、一番訂正をされているものを拾つてみて、その中には幾つか、当然、文部省調査官の思い当たるものがあるだろうとして、数の多いものだけ、今、乙の材料として提供した。一次検定ではだめで、二次検定で合格したのだと、しかも、一次検定の表現とまるっきり二次検定の表現が違っているのだから、何も文句もつけられないのに勝手に改めるということはあり得ないことだから、何かあったと巷間伝えられているから、具体的にどういう基本線でどういう指導助言をしたのかということを伺っている。あなたは、調査官もさっき何か指示した内容あるいは指導助言した内容というものはあるようなお話をなすった、そのあなたの指示した内容だけでけっこうです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ただいまお述べになったことについては、一々私どもから責任ある答弁をいたしておるのですから、御質問のない事柄について、私どもがどの教科書についてどうだ、こうだというようなことは差し控えたいと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 責任ある答弁と私は受け取れませんよ。第一、この問題全部、太田調査官が立ち会ったとは、太田調査官自身も言っていない。立ち会った者が、私が立ち会いまして、その点はこういうように言いまして、相手はこう答えました。ですからここまでは文部省の責任ですけれども、これからのことは会社の責任ですというところまで立ち会った者が言ってくれるならばはっきりする。しかし、ただ太田調査官が主任調査官として大要をつかんだ立場でそういうことがないであろう、あるいは自分の関係している事項については、私はありませんということを言っているにすぎない。今の言葉は、全然文部省に一言半句の指導助言なりあるいは示唆なりがないということは言い切れませんよ。あるということもわれわれは聞いているのです。しかしこれは、会社の営業にも関係するし、あるいは、編著者はそれぞれ教育的な身分を持っているものですから、ここにそれを証人や参考人に引っぱり出して、そうでもないああでもないということを文部省自体とやらせるということは、御本人の立場というものもありますから、私たちはそれができない。だから、みんなおっしゃったというなら、みんなおっしゃっておるとは思いませんから、この次にもっとたくさん聞きますから答えて下さい。それはいいですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 具体的事例がありますれば、あらかじめお調べいただきまして、私の方にも資料をいただけますれば、それに対して、文部省の統一ある見解をお伝えいたしたいと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 文部省の統一ある見解を私は聞いているのじゃない。立ち会った調査官が何を言っているかということを聞いている。だから、局長さんでは気の毒だ、あなたは知らない、立ち会つてない。あなたはときどき大演説をやるから、その演説の内容についてはわれわれ尋ね、そしてあなたもお答えできるけれども、個々の問題で、何だかネコがネズミをじゃらすように、聞こえるか聞こえないかわからないような声で指示したとか指示しないとかうわさも出てるようなところで、指示を個々の調査官がやったとしたらこれは大問題だ。だから、個々の調査官について、たとえば村尾さんなら村尾さんという人について、私はもっと具体的に問い詰めてみたいことがございます。それは後日に譲ります。  そこで、最後に、調査官の氏名がここに出ています。それから、担当教科もわかりました。それから、経歴も概略わかっておりますが、今問題になっておりまするこの社会科の調査官の方は、どういう選任の経過によって任命をされましたか、明らかにして下さい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 教科書調査官の選考基準といたしまして、第一に「旧制大学学部卒業者又はこれと同等以上の学力を有すると認められる者」と、「ただし、音楽、美術、職業、家庭など特殊の教科を担当する者については、旧制高等専門学校卒業者若しくはこれと同等以上の学力を有すると認められる者」、これが第一です。二番目に「経歴、業積等からみて、調査官として担当すべき事項に関し、大学の教授又は助教授となりうる程度の専門の学識があると認められる者」、第三に「初等中等教育に関し理解と識見を有する者」、四番、「視野が広く、かつ、人格が高潔で円満である者」、五番、「思想が穏健中正で、身体健全である者」、六番、「昭和二十三年以降の検定教科書の著作編集に従事したことのない者」、七番目が「教科書の発行者に密接な関係のない者」、八番目に、「原則として年令三十五才以上五十五才未満の者」と、こういうような選考基準によって選考いたしたのでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 中教審から教科書の検定問題では答申が出ておりますね、わが国現行の教科書制度は、戦後教育改革の一特色をなすものであるから、現行制度の基本的性格は維持されるべきものと考えられる。そうして現行の審議会を拡充強化し、その委員は学識経験者一教職員その他の中から、中正かつ適切なる方法によって選任さるべきものとする、こういう答申がありますね。これは文部省としてこの答申はすなおにお認めになられるでしょう。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さようでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そうすると、個人的なことを申すのは恐縮でありますが、人格皆さん御高潔であると私も信じます。しかし、社会科の教科書の検定をなさるわけでありますから、指導要領に準拠した社会科の教科書の検定というものに適か不適かということは——適、不適ということが悪ければ、より適当な方を選ぶというためにも、その御経歴というものは相当検討しなければならないと思う。そこで、新美さんという方は神宮皇学館の教授です。神宮皇学館で、それから御就任になるまでどういう経歴を歩んできた方ですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 新美君は、昭和十五年の三月に神宮皇学館の教授になり、その後、昭和二十九年一月に愛知県立女子短期大学の教授になった方でございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 これは適格審査はどうなっておりますか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) この全員が適格審査に合格しております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 初めからですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) さように考えております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 さように考えておるじゃなくて、間違いありませんか。パージになって……。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) パージになった者は一人もないと私は聞いております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 この、後藤さんは善隣協会調査部、蒙古文化研究所長というのですね、どんな仕事をなさっておるのですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) そこに書いておりますように、慶応義塾大学の経済学科を卒業された方で、ここに書いてありますように、善隣協会の調査部と、蒙古文化研究所長をやっていらしたと、こういうことでございまして、この人もパージになっておるわけではございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 村尾さんは東大の国史科のいわゆる平泉門下だといわれておりますね、船舶幹候隊の教官をなさっておりまして、それから御商売をなさっておりまして、これに御就任なさったのですね。少なくとも学問的傾向としては、これは皇国史観の方であるといわれておりますが、いかがですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 皇国史観というものがどういうものか、私よく存じませんが、村尾君は私の部下として有能な部下であり、人格もりっぱでございますし、私も信頼しておるのでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 あなたの御信頼はよくわかります。関口さんは大蔵省のお役人でありますが、社会科でどういう御専攻ですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 社会科の中には分野として政治、経済、社会、地理、歴史の部門がございますので、そのうちの法制、経済関係を担当していただいておるのであります。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 ほかにいろいろ御経歴の方々がたくさんありますが、この方々は学問的な傾向として特に歴史学の上ではお立場が、どういうお立場をおとりになっておる方ですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 歴史の学問的な立場は、その人の個人の自由でございまして、私どもは、文部省の教科書の検定をしていただくのに適当な人物であるかどうかということを中心に選考したわけでございます。先ほど来申しますように、個人で勝手に指示しておるわけではございませんので、十人の社会科の調査官が会議で一致した見解に基いて、さらにこれが調査員の意見とあわせて教科書の検定審議会の十五人の委員によって、委員みずから調査研究され、調査官の意見と調査員の意見を十分参考にされて判定せられたものでございますので、個々の考え方がどうのこうのということは私行き過ぎではなかろうか。これは思想の自由でございますので、個人の思想には私どもはなるべく立ち入りたくない。しかしながら、先ほど来申しましたように、文部省の教科書の検定にふさわしくない人物は、私どもは好ましくないと思っております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 その御答弁は、聞かない。検定制度というものが形を変えられるということはよろしくないと、こういう見解に立って中教審は答申をしているわけです。しかも、調査員とか、調査官というようなうわさの出ておったときですから、少なくとも中正かつ適切な方法で選ばれなければならないということも、文部省に答申をしているわけです。いわば勧告をしているわけです。それをあなたは尊重すると言っておられる。そうすると、中正かつ適切な方法ということであるならば、個人的にはどういう思想か私も存じませんが、多くの方が、神宮皇学館とか、善隣協会、蒙古文化研究所だとか、あるいはそのほかにも、東亜研究所嘱託だとか、それから平泉さんの門下だとか、こういう経歴の人たちだけを集めましては、一方的な史観で検定が行なわれるのじゃないかという疑惑を持たせる素地は十分あると思う。中正かつ適切な方法で、より優秀な人たちを選ばなければならないのは当然なことであるにもかかわらず、別に一線の社会科の、あるいは歴史教育の指導などで卓越な現場の人を連れてきたということも、ここには明らかにはさまれておらない。あるいは歴史教育に特別に長い間の経験のある人を迎えたことにもよらない。これでは、大きな仕事をする調査官というのが、少し中教審の答申とははずれる選定ということにはなりませんか。個人的にあなたのおっしゃるように信頼をなさり、あなたの部下としてよく働いているということは、私たちはそうでないと申し上げられないわけですけれども、中教審の答申のワクというものからは、もう少し同じような傾向でない者を集めなくては、中正かつ公平ということにはならないのじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 先ほど来神宮皇学館におったとか、あるいは平泉先生の門下におったとか、こういうことだけでその人の価値を判定するのは、非常に行き過ぎではなかろうかと思うのです。要は、その人が中正、穏健なる思想を持っておるかどうかということだと思うのです。私どもは、中教審の答申の中に、現行の検定制度を維持してということは、国定にするとか何とかいうことではなくて、検定を維持しながら、しかも検定に当たる調査官は穏健、中正でなければならぬという、そういう趣旨を体してこれは任命したものでございまして、いずれも適切な人だと考えておるのでございます。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 今、あなた、ぬけぬけとそういうふうに言われますけれども、文部省はわざわざこういう疑惑の前に立つ必要はないのだし、もっとやはり運用の面で意を用いなくてはならぬと思うのです。穏健、中正だということを言われておるのですから。しかも、これは国民も知っていますよ。長い間どういうことをやったか。これはまあ今後詳細にやればいいわけなんだ。具体的にやりますからね。しかし、今とにかくそういう点で、全然不適格者でないというような形の上ではそういうふうになっているかもしれませんが、これについては、十分意を用いて、疑惑を巻き起こさないようにすべきだと思うのです。しかも、問題が起こっていなければいいが、起こっているのです。こういう態勢の中で、あなたは今そういうふうな答弁をされましたけれども、とにかく世論の非常に下から起こっている問題でありますから、これについては少なくとも再調査をすべきじゃありませんか。どうですか。再調査をしていて、その結果においてこういう疑惑を解くという努力をするのが、行政官として当然だと思うのですけれども、どうですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 村尾君のことについて今お尋ねがございましたけれども、私も村尾君とはしばしば話をしておるし、いろいろな会議で彼の意見も聞いておりますし、また、彼の出しておる論文等も十分目を通しております。文部大臣の意向に反しておる人物でないことは明瞭であります。さらに本人の調査をしろとおっしゃっても、私は信頼しておるものでございますので、今その考えを変える意思はございません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 文部大臣の意思に反するとか反しないとかいうことは問題じゃありません。教科書検定ですから、教育の基本的ないろいろな法律、あるいは最低に見ても、学習指導要領というものの考え方や基本というものは、これは問題がありますけれども、一応これを前提にしても、このワクからはずれるような考え方というものは、これは許されない。私も村尾さん個人をどうこう言っておるのではない。しかし、村尾さんの言説の中には、「前進的な役割を果たしているということが踏まえなれていれば、今の憲法から見たらどうかということも差しつかえありません。」と、こういう見解を述べておる。一つの歴史観ですよ。それから、「全体の状態がわかれば、その中で著者が重要だと思ったことが特別に書かれても、差しつかえありません」、「記憶が大切、記憶がないと考えることができませんからね」、「国民が全体として感じておるものとのつながりというものも重視すべきだ」と、こういう教材の選定の基本的な考え方というものを公に出しておる。これは、このまま正面から解釈すれば、大したことはないと見過ごせるかもしれませんけれども、こういう考え方が、国士教育の考え方の根なんです。そういう根をおくめんもなくもう一回口を出されては、私どもももう少し御本人に真意のあるところを聞かなければならないという気持を持つわけです。それで、結局、和歌森さんを初め、日本歴史学協会、これが要望書を文部省に出しておる。この中で、「おれは知らぬ」などと尾鍋なんという人は言っておる。その中に、欠席した人もあれば、実際決議に賛成だからといって賛成権を委任した者もある。ですから、この書かれておるものが、全部同席してきめたものではないそうですが、尾鍋さんの意見のようであったわけではなく、その後、日本の代表的な歴史学者たちが集まって、それは進歩的な者ばかりはおりませんで、古い考え方の人たちもその中には当然含まれておる。その人たちもおりまして、今度の教科書の検定というものを見ると、どうも調査官の指示というものが、別の史観というものを要求しておるのではないかというようなことで、本日のような問題になっているのです。それで、対談をいたしまして、明らかにこれは社会科の中の歴史的な教材という見方ではなくて、二十八年度以降社会科の中の歴史というものの性格が変わったのだと、村尾さんの考える歴史教育というものをすることが社会科の目的に合う教育になるのだと、こういう極端なことは言いませんが、はっきり言えば、そういう傾向の立場というものをとつておる。これは非常に指導要領にはずれます。だから、あなたに——村尾さんでもない方にいろいろ申し上げても、あなたもおっしやりようがないでしょう。こういう問題がございますから、私はこの材料をあとで全部調査官に差し上げますから、これに全部回答して下さい。それから具体的な問題が幾らでもあるから、またあらためて申し上げることにして、私は保留しておきます。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ただいまの社会科の考え方でございますが、やはり社会科の要素というものは、地理的なもの、歴史的なもの、政治、経済、社会というような要素がからみ合っているのでございます。中学校の段階にいきますと、一年で地理、二年で歴史、三年で政治、経済、社会になっておるわけであります。  そこで、今お尋ねの村尾君の所説でございますが、やはりそういうものを全体的につかまえて社会的な人間形式を作ることがいいのではなかろうか。特に今和歌森教授との対談の点を御指摘になりましたが、私もその論文は拝見しましたけれども、村尾君の説が間違っているとも考えておりません。むしろ和歌森先生のように、ある時代について、その時代の将来の社会に役立つもののみを抽象して、それだけ記述すれば歴史はいいんだ、こういう考え方が正しい歴史では私はなかろうと思います。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 あなたは歴史学者でもなければ、教育体験者でもないんだ。初等中等教育局長という立場にあって指導要領を編さんしたり、あるいは教科書の検定をする教科書課を統轄しておりますから、監督しておりますから、あなたにいろいろ聞くのです。教育的にあなたに聞くことは一つもありませんよ。学者でもないのに学者の見解に対してしろうと的な意見を展開されることは大いに迷惑だ。だから、教科書の検定をしておる調査官なり、調査官を監督している課長に調査官の意見というものはどういうものであったかということを聞きたいということを私は言っているのですから、お答えになる必要はございません。あとは具体的には資料で重ねてまたいずれかの日に伺います。

野本品吉自由民主党

○野本品吉君 簡単に、今迄加瀬さんの深い経倫と鋭い御議論に耳を傾けておったのですが、それに関連して一、二お伺いいたします。  村尾さんがいろいろな人との対談において発表された意見が、あるいは新聞にあるいは雑誌に登載されていろいろ問題を起こしている。ここではっきり私は聞いておきたいのは、その村尾さんが発表された意見というものは、教科書の調査官会議等における責任のある意見として統一された意見であるかどうか、この点をはっきり伺いたい。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 村尾君の意見がどこにどういうふうに出したか私も全部は見ておりませんが、文部省の方針に反したことは言っているとは思っておりません。ただ、もちろん個人的な見解の分もあろうかと思いますけれども、一々村尾君の発表した文について私どもが全部内閲して発表しているような形をとっておりませんが、文部省の方針とはずれていることはなかろうと思います。

野本品吉自由民主党

○野本品吉君 さらに明らかにしたいのですが、それが問題になっているんだから、それは文部省の責任として受け取れるかどうか、こういうことです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 村尾さんがいろいろなものに発表したり、座談でしゃべったり、そういうことは、御自由になさつておりますけれども、私ども検定して調査します場合に、会議のときには村尾さんがどこでどういうことをいったから村尾さんがここではこう言うべきだというようなことは決して言いません。この会議の場合には全くその立場々々でわれわれはやっておりますので、無関係だと考えております。

野本品吉自由民主党

○野本品吉君 私は、村尾さんがどういう思想に立って歴史をながめ、仕事をやられておるかということは、これは村尾さんの思想の自由に属する問題である。その人の発表されたことがもし文部省全体の意向であるということをあなた方が確認されるならば、これは村尾さんの問題というものは相当大きな問題としてわれわれは考えなくちゃならない。その点をはっきり聞きたい。  もう一つは、調査官会議等において、私は学者でありませんからよくわかりませんが、歴史の見方——史観というものが、これは昔から非常にやかましい問題としていろいろあることは申し上げるまでもないので、それぞれの持っている史観というものを調査官会議において自由に聞いて、活発にあるいは角度からの議論が尽くされておるかどうか、これを一つお聞きしたい。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) 調査官は大勢よりますが、おのおのみんなが歴史観というようなものを持っているとは言えません。調査する場合にはそういう歴史観というものをなまで出してやってはおりません。一々指導要領に従ってこれは合う、合わないということでございますから、その点はどうも……。

野本品吉自由民主党

○野本品吉君 村尾さんの意見に対して各方面からいろいろな批判なり御意見がある。私はそこで問題なのは、個人の発表したものを、個人対個人の関係において究明され、論議され、論難されることは差しつかえないと思うのだけれども、調査官として調査官会議でいろいろ会議された線でいくものに対して、そこで村尾さんの責任を追及する。今度は村尾さんだけでなしに、次の人のことを言う、次の人のことを言うということになると、つまり調査官会議の自由な論議を拘束する、そういうようなことは私は避けるべきだと思う。それについてどうですか。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 村尾君が個人の立場からいろいろ見解を発表されることはこれは御自由でございます。しかし、教科書の検定に関する限りは文部省の方針に従っていただかなければならぬし、また、現に忠実に従っていただいておると私は考えておるのでございます。  御指摘の点でございますが、個々の個人の意見について一々文部省が責任を負わなければならぬ性質のものでもなかろうかと思います。特に学問的な見解については、これは学問の自由でございますので、学問的な論争というものはあり得ると思うのでございます。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 職務の問題ですね。調査官です、そうしてその調査の、検定の内容について触れておる。この問題についてあなたたちこれはやはり何ですか、文部省の役人として規律違反と思いませんか。こういう点からも私はやはり調査すべきじゃないかと思います。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) これは私が今申しましたように、教科書検定ということに関しては、これは御指摘の通り、文部省の調査官でございますから、文部省の方針なりあるいは指導要領のワク内で議論すべき問題だと思います。しかし、村尾君も人間でございますから、学術的な見解を述べることもあろうと思います。学会へ出て意見を発表することもあろうと思う。それは私どもは個人の自由じゃなかろうか、こう申し上げたのであります。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 それは私は混同してない。個人の学術的な見解を自由に発表することについて言ってないのです。調査官としての発言がたくさんにあるわけですよ。そうしてこのことが問題を起こしておる。そうしてあなたたちを今苦しましておる、実際問題として。これは規律違反ですよ。明らかに職務内容に関する問題だ。この点についてはやはり調査すべきじゃないか。  それからもう一つ、調査官会議でどうです。これは問題になったかどうか知りませんが、これはならざるを得ないじゃないかと思う。統一が保てなくなった、そういうような対外的に問題を起こして、そうして実は文部省の検定内容についても多くの疑惑を今日呼び起こしておる問題だから、これについて一体内部で討議されたかどうか。  それから当然これは、あなたは部下だと言っておるが、この部下について一体、私はこれはやはり規律違反だと思う。この点はやはり具体的に調べなさいよ、たくさんあるんだから、そういう面が。  それからもう一つついでに、これは時間がないから言っておきますけれども、さっきの適格——読み上げましたね、あれを資料として下さい。われわれもこれは資料として調べてみなければならない。あなた方の方の適格基準のあれを印刷して下さい。どうですか、この点。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 選考基準、差し上げてけっこうでございます。  それからいま一つ、村尾君の件について、教科書の検定に関する限りは、これは文部省の責任を負わなければならぬ問題ですから……。

岩間正男日本共産党

○岩間正男君 その調査官会議でどうです、調査官会議で問題にならないのですか。問題にならざるを得まい。

太田和彦教育局教科書調査官

○説明員(太田和彦君) いろいろと中での座談の話題になっております。しかし、これは検定の直接の仕事に影響はない、そういう考え方で私どもは検定はまた検定、文部省の立場でやっておる。彼がどういう思想を持とうと、どういう意見を発表しようと、これが検定に直接及ぶものではないものと考えておりますので、それほど重大視しておりません。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 それは個人の歴史観というものはどういう考え方であろうとも、それが検定に及ぶものでないと御説明になっても、どういう形で第二次検定あるいは合格という線が打ち出されるかということが明確にならないと、なかなか今の御答弁だけでは理解できかねる。そこで教科書の検定について、社会科だけでけっこうです。社会科の特に歴史教育だけでけっこうだ。調査官会議でどういう基本的な方針というものがはっきりときめられておるか。個人の見解は村尾さんやそれぞれが述べられてわかっておる。太田さんが述べられてわかっておる。調査官あるいは教科書課としてどういう基本的な大ワクでもよいからお持ちになるか。それからさっき言った何かプロセスのわかる資料というものをこの次までにちょうだいしたい。それだけです。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) 基本的なものはこれは指導要領でございます。それについて検定しております。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 何でもいいのだ。資料として提供してもらいたいということだ。

野本品吉自由民主党

○野本品吉君 今の資料要求の問題は、これは質問の要点が明確にならぬからということで資料の要求をされましたけれども、その資料の要求自体に対してわれわれは多少考え方が違っておりますから、あとで委員長理事打合会等で十分御検討願いたい。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 委員長理事打合会で検討する要のないことだと思う。指導要領だけでもって、こんな大筋だけで検定の一切の定規としてはかれるものでない。ですから指導要領をもう少し砕いた基本的なこういう点、こういう点というものがわれわれは用意してあると思う。今のものはお出し願つても差しつかえないだろうと思います。とてもできないというならいいです。そんなものがなくてやっているならまた質問しますから、かまいませんですよ。

内藤譽三郎文部省初等中等教育局長

○政府委員(内藤譽三郎君) ただいま太田調査官が申し上げましたように、指導要領でこれを検討して、個々の場合にどうはめるかということなのです。それ以外に、文部省が別に何か基本的なものを持っているかというお尋ねでございますが、これはございません。従って、指導要領の基準に照らして、この教科書のどこがどうだということの検討でございますので、各具体的のケースについて判断していただいているわけでございます。

加瀬完日本社会党

○加瀬完君 そうなると、質問がたくさんありますから、あとでやります。

清澤俊英日本社会党

○委員長(清澤俊英君) それでは残余の質疑は次回に持ち越して、本日はこれにて散会いたします。    午後四時五十三分散会

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