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日本社会党・護憲共同衆議院
総発言数
3,420
直近の所属会派
日本社会党・護憲共同
直近の役職
直近の発言日
1973/07/16

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 建設委員会59 件・59%
  • 安全保障特別委員会41 件・41%

※ 全 3,420 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

3,420 20 を表示
日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 それは具体的にはどういうことなんですか。あの霞ケ浦の出口に水門つくって、そこで調整して水をためるということですか。もう水門できていますね、水資源公団ですか。どういうふうになさるのですか、その水を確保するというのは。入り込む水の量はきまっているわけでしょう。どういうふうになさるのですか。

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 利根川の水とは全然別ですか。

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 それでは一応——利根川へ下水の排水は流しますね、この学園都市では。その利根川の水がまた霞ケ浦に戻ってくるということはないんですね。

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 ありませんね。 この間建設省が、水の問題でたいへん危機的な「昭和六十年の水需給の見通し」というのを発表されましたね。南関東だけで二十億トンですか、不足すると。しかも、これも実質年間経済成長率を八ないし九%に押え、人口の集中を極力押えて、五百七十カ所のダムをつくり、工業用水はその八〇ないし九〇%循環使用するという前提ではじき出した数字だというふうに聞いておりますが、この二十億トン不足というこの計画ですね、これといまの問題とは全…

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 ですから、洪水のときにまあ水をためておくということですね、いまあなたのお話伺うと。そうすると一種のため池のようになりますね。この霞ケ浦の周辺には七十五万人ぐらい人が住んでいるのじゃないでしょうか。どれくらい住んでいましたか。それからこれは豚の産地ですね。豚一頭は人間七人か八人分ぐらいの屎尿を流しますね。この豚が五十七万頭ぐらい周辺に住んでいると思いますね。住んでいるということばは当たるかどうか知りませんが、飼っていますね。そ…

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 私は疑問を投げかけたんですから、それに対して、いやこれはこういうふうに具体的にして、絶対に、琵琶湖が危険だと言われてますがね、そういうことにはならないんだという具体的なあれを聞きたかったんですよ。そういうふうに努力いたしますということではちょっと困るんです。どうなんです。

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 ですから、これは大臣に締めくくってもらいたいと思いますけれども、汚染が非常に進行しているのは間違いないと思うんですよ。それから利根川だってどんどん汚染が進んでいますね、人が密集するに従ってね。たださえ水が足りないところに、これ以上汚染されたんではますます輪をかけますね。ですから、どんなことがあっても汚染をストップさせて、飲用水としては確保するんだという、非常に強い決心なんだというその方針を私は建設大臣の口から伺いたいのです。

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 それでは、いろんな国の施設が移転しますね。その移転したあと地はどういうふうに考えていらっしゃいますか。

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 私はいまたいへん前向きのいい答弁をいただいたと思います。私が一番心配していたのは、大臣ね、これは特別会計ということもありましょうけれども、簡単に民間に払い下げられますと、すぐこれはスラム化すると言いますかね、ことば悪いけれども、一番最初に私念を押しましたように、過密を越えるという、人間の面と土地の面がありますと申し上げましたけれども、意図からはずれてしまいます、完全に。ですから、もちろん業者にも個人にも民間には払い下げてほし…

日本社会党1973/07/16

71参議院 内閣委員会 第21号

○前川旦君 終わります。

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 それでは、まず最初に、今回新たに建設本部を設置するというのが内容でありますが、筑波での研究機関の建設は昭和四十三年から開始されているはずであります。四十三年でありますから、もうすでに五年ですね、従来の営繕事業が進められていたにもかかわらず、今回特にこういう独立した組織をあらためて設置するという理由はどこにあるのか。この前言われました提案理由説明だけではたいへん表現が簡単で、しかも抽象的でありますので、その理由について御説明を…

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 大臣は閣議に出ていらっしゃったわけですから、大臣にお尋ねしますけれども、これは前期五年、後期五年だったはずですね。それを特に三年に短縮して、もうあと二年半ちょっとしかないじゃないでしょうか、いまから言うと、昭和四十九年度末ですから。そういうふうにぐうっと短縮してこれからスピードを上げてやろうとなさる、そういう閣議決定はどういう理由でそういうふうにされたんでしょうか。

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 この問題はあとでまた機会を見ましてもっと突っ込んだ質問をしたいと思いますが、それじゃ、これはどこになりますか、首都圏整備委員会になりますかね。これは六つの町村にまたがっていますかね。これは行政区域としては将来どういうことを指向されているんでしょうか。これは担当は首都圏かな。

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 私は現場をちょっと見せてもらいましたけれども、現場事務所に、これは住宅公団の現場事務所、まん中に将来の中枢地区の模型というのがありました。その中で将来の市役所の位置とか建物なんかボール紙でやっぱりつくってありますが、ですから私はその辺は一体どうなるのかという疑問がありましたので、これはどこでしょうか、やはり首都圏整備委員会でしょうか。

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 それでは、これもまた次の機会に少し——きょうは特別な制限のある質問ですから、いたします。 それじゃ、区画整理をしてそれをもとの地主に戻すという計画になっているようですね。これは住宅公団でしょうか、担当は。これは区画整理をしてもとの地主に戻す、これは幾らか減歩して戻すんだろうと思いますけれども。戻されたあとは一体何に使ってもいいということになるんでしょうか。たとえば転売も自由である、ずいぶん値打ちが上がりますね、転売も自由。そ…

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 これもちょっといまの御答弁ではどうもたいへん抽象的なもんで、もっと突っ込みたいんですけれども、残念ですね、これはまた次の機会にいたしましょう。 住宅公団、いろいろ計画は考えているようですけれども、私は一つふしぎに思うのは、いま建っている公務員住宅に、現場事務所のような、下に小さな店ができていますね。これは非常に不便な、品物もわずかです、私は、中をのぞいて見ましたけれども。いま入居者にとって非常に不便です。その後どうするかとい…

日本社会党1973/07/10

71参議院 内閣委員会 第19号

○前川旦君 それを受け入れるための準備というか、全然考えていないということですか、いまのところは。

日本社会党1973/06/28

71参議院 内閣委員会 第16号

○前川旦君 この問題でお聞きしますけれども、これは農林省の管轄かもしれませんけれども、ただ、資源という問題で、もっとマクロな立場で見ると、通産大臣もたいへんこれは大事な責任があると思います。 そこで、いまのアメリカに派遣してどうこうというお話ですけれども、結局、アメリカは、国際収支を改善するために、食糧不足、国際的な食糧不足を前提にして、食糧を戦略物資として考えているというふうに言われているわけです。そうなると、少々の説得ではなかなか聞…

日本社会党1973/06/28

71参議院 内閣委員会 第16号

○前川旦君 きょう起こったことですから、きょうすぐ具体的なことをお尋ねしても、それは無理かもしれません。そこで、まあ私はいまのでやめておきますが、一つだけ、原則論として、いままで通産省のエコノミストには、食糧の、農業の国際分業論というのがずいぶんあったように聞いています。しかし、こういう国際分業論というものはもう成立しなくなった、そういう時代が来ていると私ども思うのです。その点で、大臣は食糧の自給率を高めていかなければいけないというふう…

日本社会党1973/06/19

71参議院 内閣委員会 第13号

○前川旦君 最初に、物価局の新設が法案の内容でありますが、巷間よくいわれているところによりますと、例の国土総合開発庁との見合いでこの物価局の新設になったということをいわれておりますが、実際はどうなんですか。これは、いつごろからこういう構想がありましたか。