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自由民主党総務副大臣衆議院参議院
総発言数
387
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
総務副大臣
直近の発言日
2009/02/12

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 総務委員会18 件・18%
  • 法務委員会18 件・18%
  • 内閣委員会12 件・12%
  • 消費者問題に関する特別委員会9 件・9%
  • 外務委員会8 件・8%
  • 厚生労働委員会8 件・8%

※ 全 387 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

387 20 を表示
自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) この百五十億円という数字は予算の積算について行っているところでありまして、したがって、それを世帯数で割ったものが標準になるというような考え方は実はしてもらっては困るわけであります。(発言する者あり)いいですか、ちょっといいですか。

自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) 委員も私も、いずれにせよ税金を使うわけですから、できるだけこれを低く抑えたいということは一致しております。郵便局を使って云々という御意見も非常に参考になると思います。 ただ、過去の例をちょっとだけ振り返ってみますと、地域振興券のときがありましたね、十年前。あのときは二十三区は八円でやったと。こういうのもあるんですよ。

自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) デリバティブを組み込んだ地方公共団体の仕組み預金につきましては、平成二十年末現在において六十七団体が導入しております。その金額は約千五百億円です。 それから、仕組み債の方、このデリバティブを組み込んだ仕組み債ですね、こちらの方も同じく平成二十年度末において十七団体が導入しておりまして、発行額の合計は約四千二百億円と、こういうことでございます。

自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) 委員のおっしゃること、必要性は私はあるなと思います。今後、重要な検討課題だと思います。

自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) 松山市発行の条件を見ますと、通常金利は一般的なものより低くて済むと。その代わりに条件があって、為替レートの変更によって高い金利になる場合もあるということでありますけれども、これよく見てみますと、通常三十年物について言いますと、松山市の発行している、通常金利は二・〇七五に抑えられていると。高い金利を払わなければならない条件に該当するのはドルが五十九円になったときだと。一番高いときでも一ドル四十円にならないとその条件…

自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) 新潟県、大阪府、兵庫県の仕組み債の発行金額は、それぞれ、六百六十八億円、新潟ですね、大阪府が一千五十億円、それから兵庫県が八百九十五億五千万円であります。 それだけでよろしいですか。

自由民主党総務副大臣2009/02/12

171参議院 財政金融委員会 第3号

○副大臣(倉田雅年君) ここのところは、大阪府は上限金利が一〇%ですかね。それから、そのほかについてはちょっと私では分からないですね。

自由民主党総務副大臣2009/01/13

171衆議院 財務金融委員会 第2号

○倉田副大臣 総理への御質問かなと思ったものですから、おくれまして済みません。 今回の給付金についての期間でよろしいんですね、御質問は。(発言する者あり)いや、申請から、申請の期間を言っているんですね。(発言する者あり)ちょっと済みません、もう一回質問してください。

自由民主党総務副大臣2009/01/13

171衆議院 財務金融委員会 第2号

○倉田副大臣 配り方ということでクーポン券というお話が出ていますけれども、現金による……(松野(頼)委員「予算を出し直してください」と呼ぶ)予算の問題、私はクーポン券の方のお話をしますけれども、そういう現金に限っていますのは、迅速かつ早期に実施できる。迅速というのは、結局のところ、クーポン券にしますと券の印刷とかあるいは利用店の登録、ないしは利用後の換金等、こういうものが必要になりますね。(松野(頼)委員「聞いていない、聞いていない」と…

自由民主党総務副大臣2009/01/13

171衆議院 財務金融委員会 第2号

○倉田副大臣 ただいまのことにつきましては、これは、適正化法の第二条の補助金に当たるという認識を持っているわけです。 ただいま、二十六条ということを持ち出されました。「国は、政令で定めるところにより、補助金等の交付に関する事務の一部を都道府県が行うこととすることができる。」この点ですか。 今回の補助金の交付に当たっては、都道府県にこの意味での事務の委託はいたしません。連絡調整としての事務はお願いする。簡単に言いますと、今回の補助金の交付…

自由民主党総務副大臣2009/01/13

171衆議院 財務金融委員会 第2号

○倉田副大臣 ただいまの御質問は、その中身の問題なんですかね。(松野(頼)委員「いや、ほかにこういう事業で何があるんですか」と呼ぶ)県がいろいろなことを、その県下にある、あるいは都道府県にある市町村に対して連絡調整する義務というのは、いろいろな場面であります。 十分の十の補助金の例は、もう御承知の平成十年度の地域振興券交付事業費補助金というのがまずございます。それから次に、この間、平成二十年度の第一次補正予算で行った二百六十億円でしたか…

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 私も先ほど通告を受けたといいますか、御質問を知らされたばかりで、詳しくはないんですが、東京消防庁からお聞きした結果としまして、この二十五番目の事例ですね、ゼロ歳児、東京女子医科大学病院、生存、これでございますね。 これにつきましては、妊娠後、一度しか医療機関を受けていなかった女性が腹痛を起こし、救急要請されたものの、かかりつけ医的なお医者さんがなかったので選定に時間を要した、このように報告を受けました。

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 母子ともに健在、生存しております。(長妻委員「いや、救急車の中で生まれたんです」と呼ぶ) その点は、私はそこまでの細かい情報を得ておりませんでした。

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 病院へ搬送される途中で分娩したというのが事実でございます。

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 こういう事案が今後とも起こらないように、受け入れ側である厚労省ともタイアップして、まずは事案といいますか、個々の、特に目立つ事案も調べると同時に、全国的な細かな調査をしてみるべきものだ、このように考えます。

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 これも先ほど東京消防庁から聞いたそうでございますけれども、老人福祉施設からの要請があって救急車が出た、それから、その老人福祉施設において寝たきり状況にあった方である、このように聞いております。

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 十九年に奈良県で事件がありまして、なかなか受け入れ先が見つからないという事件がありましてから、これは調査すべきものということで調査を、回数ですね、始めているようでございまして、今後、照会の回数の調査を毎年継続して実施する予定としております。そして、先生おっしゃるように、その結果については適宜消防白書等に掲載してまいりたい、そのように考えております。

自由民主党総務副大臣2008/11/19

170衆議院 厚生労働委員会 第5号

○倉田副大臣 高齢者の方で特に年齢の高い方の受け入れがなぜできないのかと。 正直に言いまして、これにつきましては、受け入れる側の医療機関における理由でございます。こちらの方といいますか、消防庁側としては、受け入れをお願いした側でございますので、私が今ここでお答えできる問題ではないと思いますけれども、そういうことにつきましても厚労側と連携をとりながらいろいろな調査をしたいと考えます。

自由民主党総務副大臣2008/11/14

170衆議院 法務委員会 第2号

○倉田副大臣 これは、総務副大臣としてお答えすべきことでもない、個人的な御質問ということでよろしゅうございますか。 そのT氏は、五年前に私のところをやめて、その後、フィリピン女性と結婚している存在です。最近は、民事事件、実は詐欺に係る民事事件があるんですけれども、その記録を欲しいということを言いまして、二、三日前に沼津の私の事務所へ記録を持ってきたと。私は会ってはおりません。

自由民主党総務副大臣2008/11/14

170衆議院 法務委員会 第2号

○倉田副大臣 私は実は、三年前の夏の、十七年ですね、選挙のときに、清水の方から沼津、伊豆へと移籍してまいりました。選挙がありましたのが九月十一日ですが、移籍が決まったのが八月十九日。どなたも存じ上げないところへと移転したものですから、もうやめてはいた秘書ですが、もともとの秘書に手伝ってくださいよと。事務長ということではありませんが、手伝ってくれました。そのほかにも清水から何人かお手伝いに来てくれた、その中の一人であります。