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自由民主党内閣官房長官参議院衆議院
総発言数
6,073
直近の所属会派
自由民主党
直近の役職
内閣官房長官
直近の発言日
1957/03/11

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • ロッキード問題に関する調査特別委員会91 件・91%
  • 内閣委員会5 件・5%
  • 決算委員会4 件・4%

※ 全 6,073 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

6,073 20 を表示
自由民主党農林大臣1957/03/11

26参議院 予算委員会 第7号

○国務大臣(井出一太郎君) お答え申し上げます。ソ連側の本年の計画量はおよそ十四万トンという数字を示しておるのであります。従いまして、これがわれわれの見合うべき一つの標準というように考えておりまするので、ただいま鋭意折衝を続けおるさなかでございまして、もうしばらくの御猶予をいただければ仕合せと存じます。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 お答えいたします。ただいま御指摘のごとく、私、農林水産委員会におきまして同様のお尋ねがございましたので、その際お答えをしましたことは、農地改革の方向というもうは、日本の農村民主化のため、また農業生産力増進のため、これは法によってなされた適正なる措置である、かように考えまするがゆえに、その補償価額は適正であり、かつまた、昭和二十八年十二月最高裁の判決もそのようになされたということを申した次第でございます。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 お答えいたします。農地改革そのものに反対する地主団体の動きは、当初大分県などに発生をいたしました。当時の社会事情からしまして、公然たる活動にはなっていなかったようでございます。その後、講和ができまして以来、昭和二十七年ごろから組織的な活動が表面化して参りまして、二十八年末からは全国各地の地主団体の連絡が行われるようになりました、二十八年十一月には、全国農政連盟、こういう団体が主体になりまして、全国地主団体連絡協議会が開催…

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 もとより耕作権というものにウエートを置いて考えるのが近代的な考え方でございまして、各地に起っております土地取り上げの問題は、個々に検討いたしますとその事情に若干の相違があるかもしれませんが、概括的に申しますならば、好ましからざる事態であるというふうに理解をいたしております。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 お答えいたします。これは先般来お答えを申し上げておりますように、昭和三十一年度はまだ年度が締め切られておりません。三月三十一日までに食管会計の中に、あるいは配給の数量の問題等もございましょう。あるいは、その他諸経費というふうなものもいまだ最後の結論が出ておりません。そういう変動の要素というものがあろうかというふうに考えております。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 配給と申し上げましたのは、御承知のように、ただいま基本配給と希望配給とこういう二本建になっておりますので、これはやはり決算を待ちませんと、その間の動きは予想がつかないということで、不確定要素に相なるかと考えております。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 その点は本委員会において統一的に御答弁を申し上げた次第でございまして、横路議員の御質問にお答えをした通りとお考え願いたいと思います。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 その際も申し上げたのでありますが、調査会が出されます結論いかんによりましては、やはり不確定要素として評価の問題に響いてくる場合があり得る、こういうふうに考えます。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 評価の方法は、いわゆる修正売価主義、こういう原則に基いております関係上響いて参る、このように申し上げた次第であります。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 もちろん調査会においてその答申が出ました場合は、政府としてそれを十分に参考にいたしましてきめる、こういうことに相なっております。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 臨時食糧管理調査会におきましていかなる結論を出されますかは、まだ今日予測できないところでありますけれども、その結論が出てそれを政府においていかに受けるか、こういうことに相なるでございましょう。そういう場合においては、響いてくる場合もあるし、あるいはその調査会の結論いかんによっては――まだその結論が出ないのでありますから、響いてくる場合もあるだろうし、しからざる場合もあるだろう、こういうことであります。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 その結論いかんによりまして、これがどういうふうに響いて参るかということはいまだ未確定でありまして、先ほど来申し上げますように、これが消費者米価に響く場合もあるでありましょうし、あるいはその結論の出し方によっては響いて参らない、その点がやはり不確定な要素である、こういうことであります。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 響く場合もあり得るのでありましょうし、それからしからざる場合もあるということであります。

自由民主党農林大臣1957/03/08

26衆議院 予算委員会 第16号

○井出国務大臣 お答えいたします。先ほど来申し上げておりまするように、調査会の決定いかんということによっては、修正売価主義をとっておりまする以上、これが響くこともあり得るであろうし、また、その調査会の結論を受け取りまして、そして政府が結論を出す場合どうなるかということは、まだ未確定の問題でございます。従って、赤字を埋めるということと、赤字が数字の上において動くことがあり得るということとは、別個な考え方であろうか、こういうふうに思うわけで…

自由民主党農林大臣1957/03/07

26衆議院 予算委員会 第15号

○井出国務大臣 青森県の三八地区における中心工場をめぐってのいろいろな経緯については、私も承知しております。そこで、ただいまお尋ねの酪振法でございますが、これは制定以来すでに三、四年の実績を持っておるのでありますが、従来運用せられて参りました経緯にかんがみますると、当面これをもって十分に酪農振興の目的を果し得る、このように考えております。

自由民主党農林大臣1957/03/07

26衆議院 予算委員会 第15号

○井出国務大臣 この問題につきましては、地元酪農民のきわめて熾烈な要望に基いておりまして、さらにそれを受けとっての青森県知事の努力ないしは農林省に対する連絡、これらを勘案いたしまして措置した点でございますので、われわれとしてはこの措置は誤まりなかったものと考えておるわけでございます。

自由民主党農林大臣1957/03/07

26衆議院 予算委員会 第15号

○井出国務大臣 昨日も申し上げましたように、三十一年度の赤字は決算確定を待ちまして、一般会計から繰り入れることになりましょうが、その際指摘をいたしておきましたごとく、これにはまだ不確定要素というものがございますので、やはり決算確定を待って処置すべきであろう、こう考えておるわけであります。なおまた自余の問題は、近く臨時食糧管理調査会も発足をいたしますことでありますから、その十分なる検討を待っていたしたいと思います。

自由民主党農林大臣1957/03/07

26衆議院 予算委員会 第15号

○井出国務大臣 これは三十一年度の当初予算を組みました際と、一年間を通じまして操作をやって参りました経過において、あるいは引き続き二年間の豊作の影響というものもございましょう。あるいはまた外国食糧を買うに当りまして、当初予定額よりも価格が上回ったということもございます。あるいは運賃の値上りもございましょうし、さらにこれらの食糧をかかえての金利、倉敷、こういうものもかさんで参ったというようなもろもろの原因が累積して、かような結果に相なった…

自由民主党農林大臣1957/03/07

26衆議院 予算委員会 第15号

○井出国務大臣 酒米の点でございますが、これはいわゆる酒造好適米と申しまして、特別な品種のものを作っておる向きがございます。これにつきましては、酒米としての別個な価格差をつけておるわけでありますが、今小平委員御指摘の平均一万二千五百円というものは普通米でございまして、食用米と同じものなのであります。これの算定方式を勘案するに当りまして、たとえば時期別格差というふうなものも最高のものをこれにつける、理論的に申しまして、あとう限りの最高のも…

自由民主党農林大臣1957/03/07

26衆議院 予算委員会 第15号

○井出国務大臣 私ただいま資料を持ち合せておりませんが、一万三千八百円という三十年度の値段、これが非常に飛躍的に高かったと考えておるのであります。その前の二十九年あたりははるかに安かったというふうに記憶しておるのでございまして、三十年度の値段というものは、この食管会計のバランスという建前から、非常に高く構成されておったものではなく、むしろこれは正常化した値段だというふうに御解釈をいただきたいと思います。