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日本社会党衆議院
総発言数
763
直近の所属会派
日本社会党
直近の役職
直近の発言日
1953/03/10

政策テーマ別の発言量

テーマ代表語との共起件数

※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。

よく発言している会議

直近 100 件の標本
  • 法務委員会99 件・99%
  • 本会議1 件・1%

※ 全 763 件のうち直近 100 件のみを集計した標本値です。

発言履歴

763 20 を表示
日本社会党(右)1953/03/10

15衆議院 郵政委員会 第11号

○井伊委員 この郵便物運送委託法に関連いたしまして、信書の祕密を保持する関係で、委託をする上の信用のことにも関係しておるわけでありますが、こういう問題が今まで逓送の請負をしております請負業者の方の扱いの上でどういうふうに保たれるか、事件はどういうものが起きておるか、起きておるとすればそれに対する地方郵政監察局の審査はどういうふうに処理されておるか、それを伺いたい。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 私は新潟大学新発田分校の点について若干の質問をしたいと思うのです。新発田分校その他高田、長岡についても結局大学設置審議第九特別委員会が答申をしておるのでありますが、この第九特別委員会の構成はどういうものでありますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 新潟大学学長は入つておりますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 その第九特別委員会は実地の査察をせられたようでありますが、実地はどこについてせられたのでありますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 その実地査察の際に、新潟大学がこの査察に対して整理統合に関する意見書というものを提出しておるのであります。これは文部省においても見ておられると思うのですが、それはどうですか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 局長はその際においては第九特別委員会の委員ではなかつたのでしようか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 その新潟大学から出しました整理統合に関する意見書の内容を見ますると、大体においては統合ということは困難である、また不適当であるという趣意のものであります。そういうものが実際に第九特別委員会査察の前に提出されておるのでありますから、当然これがその審議の内容とならなけばならないのでありますが、文部省の方におきましては、この事実を—今では御承知ないかもしれませんけれども、当時の考え方としては、大学自体がこの統合に対しては賛成をして…

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 第九特別委員会の答申というものは、天野文部大臣のお答えによると、昭和二十六年の一月ということになつておりますが、それは間違いありませんか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 通達をせられたのは昭和二十六年の六月二日と思うのでありますが、その通達によれば、新発田分校は新潟市に吸収するということが書いてある、この新潟に吸収するという意味はどういう意味でありますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 新発田市に存在するところの分校をただ新潟市に持つて来るというだけの、そういう意味合いにもとれるのでありますが、組織的に分校を解消してしまつて本校に統合するのか、その点はどうでございましようか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 私のお尋ねしたのは少し違うのです。新潟市に吸収するという意味は、分校を新潟市に集めて、やはり分校はつくつておくというお考えなのか、そういう趣意であろうかどうかということです。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 よくわかりませんが、そうすると、新発田分校と名のついたものを新潟の地域へ持つて来て、新潟分校というものをつくるという趣意か、もう一度そこをお尋ねいたします。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 管理局長からの御説明ですと、新潟大学においては、十二月一日をもつてすでに統合をして、新潟の市内に新潟分校という看板を掲げたというように報告を受取つておるというお話であつたのでありますが、やはりそれで本来の通達した趣意の統合ということになるのでありますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 分校統合の初めの基本は、高田も長岡も新発田も、全部新潟へ吸収する、こういうふうに見えるのでありますが、そういうことはないのでありますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 長岡に二年課程の学科のみを置く、高田にも二年課程の学科のみを置く、四年課程に属するものは新潟に統合する、こういうことのようでありますが、結局この方針は実現しないようでありますが、それは事実はどうでございますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 長岡、高田には二年課程を置く、四年課程に属するものはすべて新潟に統合するということです。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 さらにお聞きしたいのは、通知が昭和二十六年の六月でありますが、それから昭和二十七年、今年の二月ごろまではそのままに、この方針がきまつたということを指示しただけであつて、あとは別に文部省の方からは大学の方へ、何らのさしずをしないのでありましたかどうか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 昭和二十七年の二月ごろまでの間に、新潟県におきましては、この問題は新発田の分校に一応限りますが、新発田校を統合するということについては、これに反対をいたしておるのであります。地元はもちろん、大学学長も、それから知事も反対しておるのであります。そのことは文部省においてはわかつていないのでありますか。

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 本年の二月二十三日管理局長から新潟大学の事務局長あての書面によりますと、ここに初めて、新発田分校と村松農場、これは新潟大学の農学部の実習地と思うのですが、それの利用に関しての問い合せが来た。このことについては警察予備隊本部から本省へ種々問い合せがあるので、新発田分校及び村松農場について、下記事項に至急御回答ください、なお警察予備隊本部と折衝の参考にするのであるから、特に慎重を期して手違いのないようにお願いをする、こういう前書…

日本社会党(右)1952/12/11

15衆議院 文部委員会 第5号

○井伊委員 これに対しますところの教育学部新発田分校に関する意見というものが出ております。これによりますと、貴学の意見というのに対しては、文部省より先に受けておる通達を尊重することには異議がない、こういうことを言つておるのでありますし、もう一つのことは、予備隊が移管された場合、どういう影響があるかということについては、それぞれ数点にわたつて難色を示しておるのであります。予備隊に移管されれば、こういうことになる、都合の悪いことが起きるとい…